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映し鏡

作者: 木漏れ日和

「今の自分が、本当に自分らしく生きていられるか」という疑問が投げかけられたのは、これで何回目だろうか。道徳の時間、もしくはホームルームの時間、担任の先生が教壇に立って、何の悪気もなく放った言葉が最初だった。


 まだ、進路とかそういうものが漠然としか考えれない時期に、まずは夢について聞かれる。「将来、あなたは何になりたいですか? ついさっき配ったプリントに、一位二位三位まで、ランキングをつけてみましょう」


 クラスの各々が、ぶつくさ言いながら紙に自分の夢を垂れ流し始める。医者だとか、パイロットだとか、未だに夢を見る女の子は、お花屋さんだとか。運動ができた奴は、サッカー選手と書いていたような事も耳にした。


 僕も、思い思いの事を紙にぶちまけようとした。だが、その瞬間、僕の後ろで笑い声が上がった。


「お前みたいな奴が、小説家になんてなれるかよ。現実見ろよバーカ」


 そいつは、クラスで力の強い、言うなれば権力者だった。いつも子分を引き連れて、目に付いたやつのプライドがズタズタになるまでいじめてる奴で、頭が良かったから、実際誰も言い返すことが出来なかった。


 次の対象が、誰になるかなんて分からない。そう思った僕は、"ゲームクリエイ"まで書いたところで、消しゴムを使った。微塵の筆跡が残らぬよう、丹念に丹念に消した。周りを見ると、誰しもが同じ事をしていた。紙が破れるぐらいの勢いで、ゴシゴシと消していた。担任の先生の怒声がクラスに響き、いじめっ子が担任に連れられていった所で、道徳の時間は終わった。


 先生がプリントを回収し忘れたので、いじめっ子が何を書いたのかを見に行った。他の奴らも、同じようにして群がっていた。


 プリントには、"普通の職業につき、普通の生活をし、安定した人生を歩む"というような事が書いてあった。笑えてしまう、先生の指示すら分かっていない奴に、普通の人生が送れるのだろうか?


 だが、他のクラスメイトは、決まったように「現実見てるわ……」と言葉をこぼすのだ。


 子供が、夢を見て何が悪いのだろう? どうせ大人になったら、夢を見れなくなるのに。可能性を自ら潰した先に、何が待っているというのだろう?


 家に帰り、事の経緯を親に話した。冗談混じりだったが、親の視線は冷ややかに、僕の目を捉えていた。


「へぇー、お前は何を書いたの?」


 ゲームクリエイターなんて言ったら、口をホッチキスで止められて、将来がなんであるかを語られるところだっただろう。


 僕が「医者」と言うと、親は喜んだ。親も医者だったからかもしれないが、医者の素晴らしさをしきりに僕に語ってきた。


 人の命を救う素晴らしい仕事。


 素晴らしいゲームを作って、誰かの明日を生きる糧としてくれれば、命を救う点においては一緒ではないのだろうか? 創作物で人生が救われた人も、世の中には必ずいるはずだ。


 お金持ちになれる。


 そんなの、開業している医者だけだ。勤務医はそんなに貰っていないと、食事中に話したのはそっちの方じゃないか。


 

 寝る前に、洗面台に映った顔を見た。


 僕は、いったい何になるのだろう?


 大人は、子供に進路を要求する。しかし、思い思いの夢を語ると、現実を見ろと却下される。

 

 僕らは、結局誰かの映し鏡でしかないのだろう。内面にいくら夢を抱いても、外面は、誰かの意思や期待を反映した存在でしかない。その、反映した誰かも、誰かの意思や期待を反映してて、その誰かも……


 顔に水を浴びせ、再び鏡に映された顔は、のっぺらぼうのように見えた。


 この顔は、回想にふける前の、仕事に行く前の僕の顔にそっくりだった。

 

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