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夢鬱つ世界転生

作者: 結城新月

午後一時昼休み終了の五分前、とある高校の屋上で僕はぼんやりと空を見上げていた。空模様が怪しい、雨が降りそうだなんて事を考えていると、後ろから不意に肩を叩かれた。


「よぉ、何してんだ?」


振り向くとそこには同級生、たしか谷口とか言った筈だ。そいつがニヤニヤしながら立っていた。


「別に、空模様が悪いなって思ってさ。」


「なんだ、そんな事か。探してたんだぜ、話し相手がいなくて暇でよー。」


知らない、僕はお前なんか探してない。


「悪い悪い。もう行こうぜ、あと五分で授業だろ。」


「そうだな、じゃあ行くか。」


そう言って僕は谷口と共にクラスへと戻り自分の席に着く。周りを見ると談笑してる奴、座っている奴、本を読んでる奴、寝てる奴、色々な奴がいた。

突然だが告白しよう僕は学校が嫌いだ。

周りには馬鹿しかいないからだ。

馬鹿といっても頭が悪いという意味ではない。

どいつもこいつも楽しそうにしてるのが気に入らない。どんな物でもどうせいつかは無駄になって、失くなって、消えて、全部忘れられてしまう夢に過ぎないのに、どうしてああも楽しそうに、ああも必死で生きているのか理解出来ない。見てて苛々する。

例えば今日の事だって死ねば無駄になるし、生きていたって忘れてしまう。忘却の積み重ね、記憶の死骸、無価値の連続で出来た日々に、一切の希望は無いと気が付かない蒙昧の掃き溜め。息をする事すら嫌気がする。僕は、ある日自らの手でこの掃き溜めからの脱出を試みて、ビルの屋上からこの身を空に投げ出した。けれどそれは偽善の手で容易く受け止められた。近くにいた名も知れぬ男に運悪く助けられてしまった。その後も何度も死のうとした、なのに、その度に差し伸べられる善意に邪魔された。何度も、何度も、何度も、僕が死にたいと願う度、僕に生きろと願う手が僕を救い上げる。世界は生きたくない命を守り続ける。その果てに僕は鬱病と診断され、精神疾患患者の烙印を押された。普通の人とは違うのだと、そう見なされたのだ。普通じゃないのは、異常なのはあいつらの方なのに。それからは、僕が死のうとしたのは自分達の所為だと語る親や友達の視線と態度が、生温く不快な物になった。見当違いの自己嫌悪と自己満足に吐き気がした。だって僕が死にたいと思ったのはこの掃き溜めを満たすゴミが、余りの醜さと悪臭を放っていたからだ。


「はーい、席に着けぇー。」


やる気の無い声と共に現代文教師の川西が入ってくる。学年でも特に嫌われてる教師だ。川西が入ってくると、今まで談笑してた生徒も会話をやめて席を着く。


「はい、チェックテストをやります。教科書テキストはしまうぅー。」


川西の言う通り全員が教科書やテキストをしまってチェックテストを始める。すると少し経ってから前の席にいる生徒の解答を見つめて


「伊藤君、ちょっと勉強が足りないんじゃないかな。」


などと偉そうな事を口走る。

こんな風にテスト中に喋ったりしてうるさくする川西が学年の全員が嫌いだった。川西の偉そうな喋り方がと高圧的な態度が僕も嫌いだった。チェックテストが終わるとチェックテストの用紙を回収し、川西が用紙をまとめ、教卓に手をつく。


「えー、テキストを出して三十ページを開いてください。皆さんやってきましたね?」


川西がそう言うと、女子生徒の一人があの、と小さく手を上げる。


「すいません、忘れてしまいました……」


「仕方ないですね……次からは気を付けてください。他に忘れた人はいませんか?」


川西がそう言うと男子生徒の一人がすいません、と手を上げて


「僕も忘れてしまいました。」


そう言うと川西があからさまに目を吊り上げて、表情を不機嫌にする。そして深く溜息を吐いて次の瞬間


「いい加減にしろぉ‼︎」


声を張り上げ、教卓を思いっきり叩いた。

バンッ‼︎という音が響いて静まり返っていた空気が更に音を無くし、川西の声だけが辺りに響く。


「忘れるなと何度言えば分かるんだ‼︎損をするのは自分なんだぞ‼︎」


「すいません……」


「やる気があるのかお前は‼︎」


「す、すいません……」


僕はそのやり取りを見て小さく舌打ちした。

川西、あれこそがこの掃き溜めを満たすゴミの象徴だ。テキストを忘れた男子生徒は、現代文の授業での忘れ物は今日これが初めてだ。しかし、それにもかかわらず川西は何度言わせるんだと理不尽な主張を男子生徒に突きつけている。掃き溜めのゴミは、川西みたいな自分勝手な大人達だ。自分が偉いと思い込んで、理不尽な事を言って、自分に都合良くする為なら平気で嘘を吐く、そんな大人が僕は嫌いだ。だから、僕は大人になる前に死にたかった。なのに死なせてくれなかった。だから今もこうして目を背けたくなる様なゴミをこの目で見つめている。


「ったく……。」


そのままそれ以上は何も言わず川西は黒板に向かって文字を書き始める。男子と女子で扱いが違う、人を差別する。だから僕は、こいつが、大人が嫌いだ。


「良いですか、私がこんなに怒るのはーー」


川西が何か話そうとするのと同時、僕は川西の話を聞くのをやめた。大人はいつもそうだ。自分を正当化して、自分は間違っていないと、間違っているのは僕らだって決めつける。間違っているのは僕らも、そっちも同じの癖に。


「だから、皆さんもーー」


聞くだけ無駄な話を繰り返して話すだけ話して満足するのは、誰でも変わらない。現に川西はこの後授業の半分を説教で潰し、問題を何個か解説して授業が終わった。机に突っ伏していると、誰かに体を揺すられる。顔を上げるとそこにいたのは見知らぬ女子生徒だった。


「どうしたの?」


「あの、ちょっと話したい事があって……」


「ん?」


「今日、その、放課後に、来てもらって、いいかな?」


途切れ途切れに言う女子生徒を不審に思いながらも僕は首を縦に振った。


「良いけど。」


すると女子生徒が嬉しそうに笑ってからありがとと言って


「体育館裏で待ってるね。」


女子生徒は自分の机に戻っていった。

途切れ途切れの言葉、放課後体育館裏で待ち合わせ、何かただ事では無い事があるのだろう。

女子生徒の言葉の意味を考えながら授業を受け、放課後になった。掃除を終わらせて体育館裏に向かうと、僕に話しかけてきた女子生徒がいた。

僕はその顔を見て、相手の感情を探る。

侮蔑か、怒りか、はたまた別の感情か、何を考えてるのかを顔を見て察しても何も見えてこない。

僕が言葉に困っていると、女子生徒が僕に近付いてきて


「ずっと前から言いたかった事があります……」


「うん。」


大嫌い、死んで欲しい、消えて欲しい、はてさて一体どんな言葉がその口から飛び出るのか、そう思っていると、次の瞬間思いもよらない言葉が飛び出してきた。


「ずっと前から好きでした。私と、付き合ってください……‼︎」


「え?」


悪口や誹謗中傷ではなく純粋な好意を告げられた事に、僕は言葉を失った。全くの予想外だったからだ。

まさか自分を好きだという人間がいたとは今まで微塵も思った事は無かった。驚きで頭が一杯になる僕を無視して女子生徒は続ける。


「あなたの事でずっと頭が一杯でした。あなたの事ばかり考えていました。」


「僕の事を………」


「そうです。こんな事を言われたら困るかもしれないですけど、私、あなた無しじゃ生きていけません。それ位私はあなたの事が好きなんです。」


「……そうなんだ……」


しかし、女子生徒の言葉を聞いている内に、僅かに浮ついた気持ちが段々冷たく沈んでいく。

段々女子生徒の顔がぼやけていく気がした。

後半はほとんど聞いていなかった。女子生徒が告白をやめたのは口の動きを見ていて分かった、僕の答えを待って女子生徒が僕の目を見つめてきたから、僕は女子生徒の告白に対する答えを返す事にした。


「ごめん。」


「えっ……」


「僕は誰とも付き合えない。だから、ごめん。」


「そう、なんだ……」


俯き小さな声でそう言って肩を震わせる女子生徒を見ても、僕はなんとも思わなかった。

むしろ断られて当然だろと、そう言ってやりたかった。好意なんてものは独占欲に過ぎない。告白だって相手を自分の物にしたいから耳障りの良い言葉を並べて相手の気を惹く為の打算的な好意に過ぎない。


「分かった、変な事言ってごめんね。」


「ううん、こっちこそごめんね。」


「うん、じゃあね……」


ゆっくりと歩き去っていく女子生徒の背中を少しだけ見つめて僕はその場を後にし家に帰った。

家に帰りリビングに向かうと、夕食を作る母の姿があった。


「お帰り。今日は遅かったわね。」


「ちょっと色々あったからさ。」


「色々ってなぁに?」


「告白されたんだよ、名前も知らないクラスメートに。」


すると母は振り返る事なく、まぁ‼︎と驚きの声を上げる。


「良かったじゃない。で、なんて答えたの?」


「もったいない。付き合えば良かったじゃない。」


「嫌だよ。今はそういうの興味無いんだから。」


「そっかー、あーあ、お母さんだったら絶対駄目って言わないのに。」


「うるさいな、なんだって良いじゃん。」


鬱陶しかった為少しだけ語気を強めて言うと、母親が溜息を吐く。


「まぁ、良いけどね。お風呂湧いてるから入っちゃいなさい。」


「はいはい。」


そうして、その日は風呂に入って夕食を済ませてから眠った。









満天の星空の下で、僕はただ星達を眺めていた。

空には星以外にいくつかの月と、銀色に輝く光の鳥が飛んでいるのが見えた。鳥が弾けて光の粒が大地に降り注ぐと、殺風景な地面から天を貫く巨大な樹と、エメラルドの泉、七色に花が咲き乱れ、熊のぬいぐるみが列を成して更新し始める。これは夢だと、僕は分かっている。けれど、覚める気にはなれない。

覚めないで欲しいと、僕はいつも願っている。

だって、夢の方が現実よりもずっと綺麗で、優しくて、眩い程の明日がある。もしも、ずっと夢を見られるのなら、現実の今日を捨てたって構わないと、僕はそう思っているのに、世界は永遠の夢を望まない。

夢はいつだって一瞬で、儚くて、いつかは覚めて、僕が触れない場所に消えてしまう。それが世界の理だとしたら、僕は、夢が見れなくなった時、一体何に縋れば良いんだろう。目の前の美しさに見惚れながら、同時にそんな風に恐がる僕がいる。そんな複雑な心を無視して、立ち昇る朝日がまた夢の幕を閉ざした。







次の日、いつも通り学校に向かった。

やはり、世界は夢の様に美しくはない。

ゴミと埃が歩く掃き溜めには、どうやったって意味を見出せない。そんな事を考えながら頬杖を付いていると、谷口がこちらに近付いてきた。


「なぁ、お前に用があるって人が来てるぞ。」


「僕に?一体誰が?」


「なんか知らない先輩三人がお前を呼んでこいって。」


「先輩が?」


「あぁ、お前何かしたのか?先輩達にこやかな感じじゃなかったぞ。」


何かしたのか、そう谷口に言われ、思い浮かぶ可能性は一つしかなかった。あぁ、そういう事か、と僕は心の中で呟いて席を立ち上がった。


「いや、多分なんでもない事だと思う。とりあえず行ってくるよ。先輩達は今どこに?」


「教室の扉の前にいるぜ、さっさと行って帰って来いよ。」


「すぐ帰って来るよ。」


そして、教室の扉の前にいる先輩達の元へ向かい、僕は体育館裏に連れ出された。






嘲笑、嘲笑、嘲笑、三人が浮かべている顔はどれも同じだった。三人はいずれも体格の良い男の先輩で、体育館の壁に追い込み、僕を囲んでニヤニヤと笑っている。先輩の一人が僕の肩に手を置いて、おい、と低い声で言う。


「お前、自分が今どうして囲まれてるか分かるか?」


「………告白、の事ですか?」


「分かってんじゃねぇか。お前を呼び出した女子がよぉ、言い値でお前を売ってくれたんだ。自由に殴って良いってよぉ。」


「そう、なんですか。」


特に驚きはしなかった。

やっぱりかと、そう思った。

好意で独占しようとして、叶わぬと見れば相手を壊そうとする。改めてあの告白を了承しなくて良かったと思っていると、先輩の一人に顔を殴られ地面に座り込む。


「いたたた……」


「安心しろよ、殺しはしねぇからよ。保健室も近くにあるし、怪我したら治してもらえるから、よ‼︎」


座り込む僕の鳩尾を先輩が蹴り飛ばし、地面に仰向けに倒れる。それからはよく覚えていない。蹴り飛ばされて踏み付けられて、ひたすら痛めつけられた。しばらく経って気が済むと先輩が僕に唾を吐きつけてどこかへ行ってしまった。


「……いっ、つつ……」


痛みを我慢してなんとか立ち上がり、僕はゆっくりとした足取りで保健室に向かった。その途中、窓ガラスに映った僕の顔は土に汚れ、血だらけになっていた。


「酷い顔だな。」


自嘲気味に呟いてから再び保健室へと足を動かす。

保健室の先生は僕を見て、一体その怪我はどうしたのか、と聞いてきたが、転んだだけだと言い張った。

結局その日は学校を早退し、家に帰った。

母も僕の怪我を見て一体どうしたのか聞いてきたが、保健室の先生と同じ様に転んだだけだと言い張った。

それから二日後に学校に向かうと、教室には僕の机だけ無くなっていた。ざわめくクラスメイトを無視して教室の窓に近付くと、校庭に僕の机が落ちていた。


「ははっ……」


小さな声で、誰にも聞こえない位の小さな声で僕は笑った。校庭に机を取りに行き、教室に机を戻すと何事も無く授業が始まった。相変わらず川西の話はクソだった。また、谷口が休み時間に僕の机にやってきた。先輩がまた僕を呼んでいるらしい。僕は躊躇う事無く先輩の元に向かって、また痛めつけられた。

その日は養護教諭の先生がいない時を見計らって保健室に忍び込み、自分で応急処置をして、教室に戻った。すると、誰一人として僕を心配するクラスメイトはいなかった。それどころか何人かの生徒が僕を嘲笑っていた。その日も授業を受け終え家に帰ると、また母に心配されたが、この前と同じ様に転んだだけだと言い張った。それから一週間同じ様な日々が続き、不審に思った母が僕が知らぬ内に学校に掛け合ったらしいが、何も知らないと言われたと、憤慨していた。

それからだった、僕が夢を見れなくなったのは。

星空も、いくつかの月も、光の鳥も、天を貫く巨大な樹も、エメラルドの泉も、七色に咲く花も、僕の微睡みを彩る物は全て無くなってしまった。夢の終わり、それが悪夢の始まりだった。

あれから何度夜を迎えようと、僕が好きな夢を見る事は出来なかった。あれから見る夢の中では必ずあの女子生徒に告白され、先輩に痛めつけられた。きっと、それは僕が嫌いな奴らが僕に傷を付けたから、ただでさえ反吐が出る様な連中が、僕の世界を傷付けたから。現実だけでなく夢の中でも美しさを失った僕の生に、僕は意味を見出すことが出来なかった。

死にたいと願う僕を唯一この世に繋ぎ止める理由は失われた。

だから、僕は今、学校の屋上から片足を差し出して、地面を見下ろしている。そして、あの日と同じ様にこの身を空に投げ出した。嗚呼、さよならだ。夢のまた夢、次の世界に思いを馳せて。永久の眠りと夢を求め堕ちていく。宵闇の空に願いを放ち、そして僕は、この世界に別れを告げた。

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