~黄巾の乱~『蒼天』と『黄天』の理
投降します。
駄文ですがお付き合い下さい。
~荊州宛城~
城内は慌ただしく負傷兵の治療や籠城戦の準備に兵が走り回っている。
荊州黄巾第四軍は第五軍の敗残兵を吸収し宛へ撤退した。
無傷だった第四軍に対し、第五軍はほぼ壊滅といっていい被害を受けていた。
第五軍団長である張曼成、副将の趙弘、孫夏の戦死。
第五軍、五万の兵は負傷兵を除けば僅か八千にまでその数を減らしていた。
「たった一戦。それでこの有様とはねぇ…。敵を甘く見てたつもりはなかったんだけどなぁ…」
空を見上げ小さくごちる。
そう、甘く見ていなかった。
出来る限りの準備を済ませ、万全を以て迎え撃ったはずだった。
それを嘲笑うかの様に敵軍は第五軍を蹂躙した。
撤退の合図が遅ければ第四軍も蹂躙されたのだろう。
「まさか死んじまうとは…。なぁ、張曼成。仇は取れなかったよ…」
今は亡き友を想う。
いけ好かない男だと思った事もある。
だが、直ぐに思い直した。
綺麗事を並べるだけでなく、現実を直視し現状に最も効果的な策を選べる男だった。
そして、韓忠の生存を最も強く望んでいた友だった。
張曼成を討ったのは臧洪。
重装騎兵と歩兵を率いていた将だ。
臧洪は第五軍の蹂躙を兵に任せ、真っ直ぐ張曼成を狙ったらしい。
陣は崩れていたとは言え、黄巾兵の真っ只中をたった30騎で突破したというのだろうか…。
ありえないと思う反面、それをやってのける敵がいたという事に驚きを隠せない。
「伝令!周倉と廖化を呼べ」
「はっ!」
伝令を飛ばし二人の副将を呼んだ。
「璃々の花嫁姿は見れそうにないなぁ…。紫苑、ゴメンよ」
益州へ避難させた愛する家族を想う。
そして、未だ諦めず城内を駆け回っている兵達を想う。
彼らにも愛する家族や友、守らんとする物があると。
城内には戦に関係のない無辜の民も大勢いる。
このまま籠城すれば彼らも巻き込んでしまうだろう。
「よもや、官軍がこれ程とは思いませんだな」
想いを馳せていた韓忠に声を掛けて来たのは褚貢。
宛の太守を勤めていたが、朝廷の腐敗を嘆き黄巾へ参加を表明し、弩の大量配備と兵糧の捻出や資金管理、戦時の民の慰撫を担当し、荊州黄巾軍を陰から支えてきた男である。
褚貢は韓忠の隣に並ぶと城下を見渡し、
「敗戦は必死。これ以上の抵抗は無駄に兵の命を失うばかりか民まで巻き込んでしまいましょう。この戦、褚貢の首を以て終わらせられまいか?」
静かに自らの首を以て終戦せよと促す。
「いや、褚貢殿の首だけじゃ足りないさね。間違いなく俺の首も必要さ。振り上げた拳を下ろすだけじゃ終われないのが戦争ってもんだろ?…それにこの戦争は俺たちが始めた戦争だ。褚貢殿に責任を押し付けて俺だけケツ捲って逃げるわけにゃいかねーさ」
「………」
覚悟を決めた韓忠の言葉に褚貢は返す言葉を見つける事が出来なかった。
「韓忠さま。周倉、廖化が二名。参りました」
「おぅ、いきなり呼びつけちまって悪いな」
周倉と廖化の方へ向き直る。
周倉と廖化。
年若くして義勇軍を率い黄巾へ参加した義侠心溢れる若者たち。
韓忠はこの二人を逃がそうと考えていた。
「お前たち二人に任務を頼みたい。コイツは『颶鵬』っていう弓だ。コイツを益州にいる黄月英って女に渡して欲しい」
背に掛けていた大弓を周倉に渡す。
戦場を共に切り抜けてきた半身とも言える存在。
宛へ撤退する際、颶鵬がなければどれだけの被害が出ていた事か…。
撤退戦の折、韓忠は颶鵬を手に矢を射掛け、弩でさえ貫く事の出来なかった重装盾兵を何十と居抜きその行軍を止めてみせたのである。
貫かれる事のなかった者たちが一本の矢で大盾ごと吹き飛ばされ、次々と射抜かれていき、足を止め防御を固めざるを得なかった。
更に騎馬連環陣を指揮し、張曼成を討ち取り撤退のため逃げ惑う第五軍を蹂躙していた臧洪を一矢で落馬させ、連環陣を崩して見せている。
荊州黄巾軍が宛に撤退出来たのは、韓忠と颶鵬が在ったからとも言える。
ただ、彼にはこれが限界だった。
颶鵬の強すぎる張力は韓忠の腕を蝕み、使い物にならなくしてしまったのだ。
韓忠は二度と颶鵬の弦を引くことは出来ないだろう。
「わ、我々は韓忠さまと共に戦わせては頂けないのですか!?」
「韓忠さまの弓を命とは言え誰かに渡すなど…!」
食い下がる周倉と廖化だったが
「黄月英は俺のカミさんだ。お前達には俺の家族を守って貰いたい。…ダメか?」
「「…………」」
韓忠と周倉、廖化の間に静かな沈黙が流れる。
「…否とは申せませぬ」
「…心得ました…」
「そっか。ありがとな。…益州にいる厳顔って奴を訪ねろ。そこに月英がいる。お前達に俺の真名、大和を預ける。女房と娘を頼んだ」
「「…はっ!」」
周倉と廖化は益州へ向かった。
大和という真名と颶鵬という韓忠の半身を持って。
~朱儁軍本陣~
「舜水の容態はどうだ?」
「肩を射抜かれておりますが、命に危険はないかと」
「そうか。ふぅ…。まぁ、死ななくて良かった。舜水はこのまま本陣で大事を取らせる。麾下の騎馬隊と歩兵は本陣の守備に回せ」
「はっ!」
臧洪の容態を聞き、安堵の溜息が零れる。
張曼成を討った臧洪は撤退する黄巾第五軍を蹂躙し、深追いし過ぎたのだ。
若さ故の軽挙であった。
「韓忠…か。とんでもない奴がいたもんだな」
韓忠は200m以上離れた距離から臧洪の心臓を狙った。
その矢は臧洪の剣によって斬り払われたものの、軌道を変えただけで肩を射抜き、尚勢いを殺さず臧洪を吹き飛ばしたのである。
それだけでなく、不貫と信を置いていた重装盾兵を矢で射抜き吹き飛ばすという離れ業を見せつけられたのだ。
敵は既に籠城している。
あの強弓が城壁の上から狙ってくるのだ。
被害が出るなんてモノでは済まされないだろう。
そして大量に配備されている弩。
重装盾兵以外がアレの標的にされるのは明白。
「厄介だなぁ…」
朱儁率いる軍は野戦には恐ろしく強いものの、逆に城を攻める戦に弱い。
攻城戦を最も得意としているのは盧稙なのだ。
無理に攻めても悪戯に被害を増やすだけ。
かといって城を包囲するだけの兵力もない。
だが、退くわけにもいかない。
朱儁率いる官軍は進退窮まっていた。
そこへ宛の太守である褚貢から降伏の使者がやってきたのである。
これに朱儁は驚いた。
黄巾第五軍は指揮官の張曼成が討たれほぼ壊滅状態になったとはいえ、無傷の黄巾第四軍に指揮官の韓忠がおり、吸収したであろう第五軍の敗残兵、そして宛という堅牢な城に篭っているのだ。
降伏する理由がわからなかった。
「使者を呼べ」
「はっ!」
少しして陣幕に案内されたのは黄巾第五軍の副将であった劉辟。
「此度は拝謁を賜り一先ずは感謝を」
「その様な形式張ったモノはどうでも良い。なぜ降伏を選んだ?」
疑問を口にする。
「それは、宛太守の褚貢さま、第四軍団長の韓忠さまの意向であります」
「褚貢殿はともかく、あれほどの弓の腕を持つ将である韓忠殿がなぜ…」
「韓忠さまの腕は既に弓を引ける状態にありませぬ。それに援軍を見込めぬ籠城は悪戯に民を苦しめるだけの物。お二方はそれを善しとしなかったのでしょう」
悲痛な面持ちの劉辟の拳に力が込められ僅かに震えている。
食い込んだ爪が皮膚を破り血が滴る程の力。
この場に立つ劉辟の気持ちは如何程のものなのか…。
「…降伏の条件は?」
「宛太守の褚貢、第四軍団長の韓忠の首を以て開城。残された兵と民の安全と命の保証」
「降伏するのであれば褚貢殿と韓忠殿の命も保証するが?」
「いえ、振り上げた拳はただで下げる事は出来ぬ…と」
「…そうか」
黄巾の者達は皆この様な者達なのだろうか…。
確かに漢朝に刃を向けた逆賊ではある。
だが、ただの逆賊と見做すには余りにも高潔。
「一つ聞きたい。なぜ黄巾は勃ったのだ?」
「天より堕ちた古き蒼龍を癒し、黄龍として天へ還さんが為」
「…あぁ…、そうだったのか…」
漢朝を象徴とする色は赤。
なぜ蒼なのか。
それは歴史を遡ると分かる。
前漢の都は長安であったが、後漢時代に入り洛陽へ都を移し、前漢よりも東に都が在る事から『東漢』と呼ばれる事もある。
蒼は五行説で東方の色とされる。
黄巾の掲げた『蒼天』という言葉は『後漢』即ち『東漢』を意味しているのだ。
では、『黄天』とは何を意味しているのか。
五行説で黄は土行であり、土行に割り当てられた方角は中央である。
つまり、『黄天』は漢朝を揺るぎない確固たる中央政権として復活させんと称した物。
◇◇◇
『本来の歴史の黄巾党は中央政権である漢を滅ぼし、新たな政権を樹立せんが為に『黄天』と称した。
『蒼天すでに死す、黄天まさに立つべし』
このスローガンの本当の意味は『後漢(東漢)政権は腐敗し過ぎてもう駄目だ。腐敗のない新たな中央政権を樹立するべし』なのである』
◇◇◇
朱儁はこの意味を正しく理解した。
彼ら黄巾は腐敗した朝廷を正さんが為に立ち上がったのだと。
「降伏を受け入れよう。ただ一度だけ褚貢殿と韓忠殿と話をさせて貰いたい。取り次いで貰えるか?」
「御随意に…」
宛に於ける攻防。
その幕が静かに降ろされようとしていた。
黄巾のスローガンの意味は羅貫厨の推測でしかありません。
こんな考え方もあるんだなーくらいに思って頂けたら幸いです。
次回は8/11に投降予定です。
続きます。




