~黄巾の乱~朱の四天王
思ったより早く書き上がったので投降します。
駄文ですがお付き合いください。
時は遡り~荊州北部・宛~
荊州黄巾党、第四軍団長、韓忠。
配下に周倉、廖化、裴元紹。
荊州黄巾党、第五軍団長、張曼成。
配下に趙弘、孫夏、孫仲、劉辟。
「そろそろ始まりますね。ただ、韓忠さんは無理をなさってはダメですよ?何かあったら奥様や娘さんに合わせる顔がありませんから」
涼やかな笑顔で『死ぬな』と念を押す張曼成。
「戦で無理するなって言われてもなぁ…。まぁ、死ぬつもりはないさね。璃々が嫁に行って孫を見るまではな」
軽いノリで返す韓忠。
彼らは洛陽から出撃、函谷関を経由し武関を越えてきた朱儁率いる官軍と対峙していた。
荊州黄巾9万に対し官軍は5万。
相手は漢の三傑、『攻めの朱儁』
油断は出来ないが、油断さえしなければ負ける事はない。
「朱儁を倒して波才の旦那の援護にも行かなきゃなんねーしよ」
「そうですね。まずは勝たねば。ご健闘を」
「あいよ。お前さんもな」
互いの健闘を祈りそれぞれの陣に着き、指揮を執る。
張曼成が採った陣は魚鱗。
宛を背にしている為、背後を気にする必要がない。
そして消耗戦に強く防御力が高い。
なにより、命令伝達に優れた陣である為使いやすい。
韓忠の陣は横陣。
前線に歩兵、中陣に重歩兵、後陣に弩兵。
弓兵ではなく弩兵。
何故、弓ではなく弩なのか。
これには二つの要因が重なっている。
まず一つは、単純に弓兵を育てるという事が難しいからである。
弓は威力が個人の腕力に依存し、命中精度を上げるには長い訓練が必要だが、弩は戦に不慣れな者であっても一定水準の威力と命中精度を得られる上、射程も弓の倍以上で貫通力に優れる。
反面、連射は出来ず手数は弓の半分以下。
二つ目、弩は政府管理の武器として厳格に管理されており許可無き保有は認められていない。
その製造・整備は政府直轄の工房で行われており、その製造には高度な技術が必要だったと思われる。
その直轄の工房が宛にもあった為、大量に配備出来たという背景がある。
韓忠はこれらを考慮し、弩兵を増やして三つの隊に分け、射撃→装填→待機→射撃→装填という三段射撃の方式を採り、手数を補う戦術を編み出したのである。
これにより数の少なかった弓兵を第五軍に全て編入させ、第五軍の弓兵の数を補った上、第四軍も手数を損なうことなく強力な攻撃力を保有することになった。
荊州黄巾軍は万全の態勢を整え、朱儁率いる官軍を迎え撃ったのである。
ただし、彼らは『攻めの朱儁』という漢の三傑を警戒していたが、その配下である『朱の四天王』を知らなかった…。
朱儁率いる官軍。
中央本隊に朱儁。
黄巾第四軍に対し、左翼先鋒は蔣寄の率いる重装盾兵。
左翼中軍に眭固が率いる軽装歩兵。
黄巾第五軍に対し、右翼先鋒は臧洪の率いる重装騎兵と歩兵。
右翼中軍に審配が率いる特殊歩兵。
彼の率いる兵の大半は黄巾軍討伐の為に集められた兵ではない。
朱儁と共に交州で起きた反乱を鎮め、生き抜いてきた精鋭である。
特に蔣寄、審配は朱儁と共に各地の戦場を渡り歩いてきた歴戦の勇士であり、彼らの率いる兵は独自の戦術を持っている。
「よし、始めるか。伝令!各隊にいつも通りにやれと通達!本隊は状況に合わせて動く!」
「はっ!」
朱儁が動いた。
荊州黄巾軍と朱儁率いる官軍の戦いの火蓋が切って落とされた。
~黄巾第四軍~
「おいおい、何だありゃ!?冗談にも程があるぜ…」
思わず愚痴を零したのは韓忠。
彼が目にした物はゆっくりと確実に歩を進めてくる黒い塊。
弩が簡単に弾かれ、足止めにすらならない。
蔣寄の率いる『重装盾兵隊』
全身が鋼鉄製の鎧で覆われ、全身が隠れる程縦に長い長方形の鋼鉄製の大盾。
つまり、フルプレートメイルにタワーシールド。
そんな物を着込み、大盾を壁とした一団が列を成してゆっくりと迫ってきているのだ。
次々と弩が放たれるものの、効果が見込めない。
確かに矢は盾に刺さりはする。
だが、それだけ。
歩を進ませる兵は全く減っていない。
前列の盾を前面に出し、盾同士を合わせ隙間を無くし、二列目は盾を上に掲げ、前列の盾の上部と掲げた盾の底部を合わせ左右の盾も合わせ隙間を無くす。
これをひと組とし、二列ひと組で交互に隙間を無くしているのだ。
前が全く見えていない状態であろうにも関わらず、隊列すら乱さず確実に詰めてきている。
その数一万。
恐ろしい程の練度。
このまま接敵すれば押し込まれるだけになってしまう。
こちらの歩兵があれを押し止められるとは思えなかった。
「…どうすっかな。まだ距離はあるが弩に効果が望めないとは思わなかったなぁ…」
前線から悲鳴の様な叫びが上がっている。
わからなくはない。
弩でさえ弾き返す連中だ。
あの黒い重装兵には野戦でぶつかるべきじゃない。
撤退し籠城戦に切り替えるべきか…。
韓忠の脳裏にそんな思考が生まれる。
それほどに蔣寄の率いる重装盾兵は異質。
たった一万の軍勢を相手に、四万の黄巾第四軍は接敵前に戦意を失いつつあった。
~黄巾第五軍~
「敵騎馬隊は騎手ではなく騎馬を狙って下さい。引きずり下ろしてしまえばただの的です。弓兵は敵騎馬後方へ射撃。突入してくる騎馬の数を減らす事に専念です。」
「はっ!」
指示を飛ばし突入してくる敵騎馬隊に備える。
砂塵を舞い上げ勢いよく突撃してくる敵の騎兵。
長蛇の陣を敷いて駆ける騎馬隊が横に展開していくのが見えた。
「!!!不味い!!!伝令!展開した騎兵を優先的に叩くように!急いでください!!」
急ぎ指示を飛ばす。
張曼成が見たもの。
それは『騎馬連環陣』、連環馬とも言われるもの。
三十騎一列の騎兵部隊が馬から人まで、顔まで鎧で覆う重武装をした上で、互いに鎖で繋がれ数列になって波状攻撃仕掛ける戦法。
別名、鱗剥がし。
それが100隊。
魚鱗の陣にとって最悪とも言える戦術である。
彼の指示は間に合わず展開した部隊が各個撃破されていく。
そして後続の7000の歩兵達に崩された陣が蹂躙されていくのが見えた。
更に敵後方から矢の斉射。
「なに!?弓兵だと!?」
敵軍に弓兵は確認されていない。
にも関わらず矢が飛んできたのである。
これは審配の率いる特殊歩兵団『双剣弓兵』の仕業。
湾曲した青龍刀を改造した双剣。
柄の底部を凹凸型にし、弓の形に双剣を合わせ弦を張れる様にした物。
弓の様なしなりがないため矢を飛ばすには向かないが、弦を伸縮性のある天然樹脂を硫黄混ぜ熱し強化し、革で補強した物を使用している。
つまり、ゴムと言われるもの。
現代日本では当たり前の様に使われているアレ。
現代から五千年くらい前には天然アスファルトとして使われていた事もあるらしい。
それを使用し、しなりの無い双剣弓で矢を飛ばすなどという、普通だったら考えもしない暴挙に出たのが審配という男だった。
無残とも言えるほどの蹂躙を受け、張曼成は自らの不明を恥じた。
敵の力を見誤ったと…。
「これは手の打ち様がありませんね…。致し方ありませんが宛に退きましょう。第四軍に伝令を」
「はっ!」
伝令を飛ばし宛へ退く事を選んだ張曼成。
だが、それは少しばかり遅かったのかもしれない。
「張曼成さま!!!」
誰かが叫んだ。
声に釣られ振り向いた彼が最後に目にした物は剣を振り上げた騎兵の姿だった。
黄巾党、第五軍団長、張曼成。 戦死。
次回は8/9に投降予定です。
続きます。




