~黄巾の乱~平原の戦い・6
忙しくて投稿が遅れました。
すみません。
ぶつかり合う刃と刃。
関羽と丁遠志の戦いはお互いに一歩も譲らない接戦となっていた。
「ぬぅん!!」
「はあああああ!!」
翻る冷艶鋸に対し怒涛の如く突き出される槍の刺突。
丁遠志は関羽に比べるとその武は一歩劣る。
だが、振るわれるそれが互角の状況を生み出していた。
武器の質の差。
達人は武器を選ばないというが、お互いに武を磨き上げてきた者同士。
その僅かな差を武器の質が補っていた。
刃が交差するたび関羽の槍は悲鳴を上げ軋む。
並みの者であれば武器ごと叩き斬られていたであろう。
だが、卓越した武がそれを許さない。
丁遠志が振るう刃に突きを穿ち軌道を逸らし、隙を見つけては斬り込むものの、逸らされた軌道を力ずくで修正し振り抜いてくる。
「むん!!」
「くっ!?」
一閃された刃を躱し距離を取る。
関羽にとって冷艶鋸の存在は脅威以外の何物でもなかった。
真面に直撃を受ければ槍が破壊され、そのまま斬られてしまう。
その事実が関羽の攻め手を鈍らせていた。
「解せぬな。それ程の誇り高き武を持ち合わせながら、其方は何故あの様な下賤者の下に付いている?」
丁遠志のいう下賤者とは朱霊の事である。
「…どういう意味だ?」
「何故、其方は朱霊などという下賤者に組みしたのだと聞いている」
「!貴様、よりにもよってあの方を愚弄するとは…!」
槍を持つ手に力が込められる。
「正々堂々と相対し名乗りを上げようとした管亥はその途上にて朱霊に斬られた。その様な輩を下賤と言わずしてなんと言おうか」
「なっ…!?」
彼女にとってそれは初耳だった。
管亥を破った事は知っていた。
むしろそれを誇りに思っていた。
だが、名乗りの途上で斬り伏せたという事は知らなかった。
一瞬迷いが生じた。
戦いの中にあってそれは致命的な隙。
にも関わらず丁遠志はその隙をわざと見過ごした。
それを突くことを丁遠志は善しとしなかった。
武人の業とも言える所業。
朱霊であれば見過ごさなかったであろう。
「…その事は貴様を倒した後で問うとしよう」
疑念を振り切り槍を構える。
「そうするがいい。最も、倒せるのであれば…、だが」
冷艶鋸を構えた。
この二人は武とその在り方がよく似ていた。
似ていたからこそ交わらなかった。
その愚直さ故に…。
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「にゃにゃにゃぁぁぁぁぁ!!」
「おらおらぁぁぁぁぁ!!」
関羽や丁遠志の戦いは誇りをぶつけ合う様な戦いであったのに対し、張飛と鄧茂の戦いは純粋な武の激突。
張飛はその小さな体躯と速さを活かした戦法。
対し、鄧茂はその巨躯と力を活かした戦法。
鄧茂は完全に苦戦していた。
彼にとって張飛は相性が最悪だったらしい。
張飛が幼い子供であった事も要因だが、それ以上に戦闘スタイルによる不利が否めない。
正面から力尽くでの戦いであれば勝てる見込みはあっただろう。
だが、張飛は縦横無尽に動き回り、体制を崩しに来ている。
これは朱霊が張飛を相手にやってみせた事を応用したもの。
巨躯であり、小回りが利かない鄧茂にとって能力的に唯一優っている物は膂力。
しかし、その膂力による強力な一撃を封じられてしまっている上、張飛は膂力も幼い子供とは思えぬほど。
それでも戦いとして成り立っているのは長年積み重ねられてきた経験による所が大きい。
だが、鄧茂はただ苦戦しているという訳ではなかった。
「張飛!!そこはもっと踏み込んでこい!!いくら速くてもその踏み込みじゃ威力が乗らねえ!!」
「むー!わかったのだ!!」
殺し合いをしているというのに鄧茂から発せられるのは指導の声。
そしてそれに応えんとする張飛。
戦争の最中にあるとは思えない光景である。
これは鄧茂という人物の性格や張飛の気質に起因していた。
粗暴でありながら世話焼きな子供好き。
彼に張飛は殺せなかった。
殺せるはずがなかった。
力なく奪われる者のために、未来を担う子供達を守るために矛を手に立ち上がったのだから。
そんな彼の前に現れたのが張飛だった。
幼くも自らを上回る能力とその素質。
黄巾軍の完全な敗北が見えた戦にあって、鄧茂は自らの命を以て張飛を鍛える事を選んだ。
そして鄧茂の想いを察してか知らずか素直に指導を吸収していく張飛。
鄧茂と張飛。
そこには敵と味方を超えた何かがあった。
~本陣~
「盧稙軍に伝令を出せ。既に勝敗は決している為、手を出す必要はない。兵を温存し次の戦に備えろとな」
「はっ!」
「お前は南皮へ行き冀州袁家に兵二万と兵糧の補充を打診しろ」
「一度断ったものを、ですか?」
「そうだ。既に義勇軍は半壊している。兵数がなければ何も出来んからな」
「は、はぁ…」
「俺達はただの義勇軍だ。くだらない誇りなど持っているのなら今すぐ捨ててしまえ。そんな物のを持っていても負けて命を失えば何も残らん。早く行け」
「はっ!」
盤上の駒を見る。
残っている敵は敵本陣のみ。
その敵本陣も左翼と右翼の全軍を以て包囲している。
後は丁遠志を関羽が、鄧茂を張飛が倒せば終わる。
投降した将兵の処遇は両袁家に一任してあり、司馬懿の役目はほぼ終わった。
「あのぅ…、なぜ投降した者達を義勇軍では吸収しなかったのですか?数だけで言えば冀州袁家を頼るよりずっと兵力は多いはずですが…」
田豊が首を傾げながら司馬懿に尋ねる。
「俺達は義勇軍だ。袁家と違い基盤がない。投降兵を抱え込めば維持する事は不可能だ。借りるだけなら余った分を返せば維持など必要ないだろう?」
「あ…!そっか。でも、それだと志牙さんは冀州袁家に依存した惰弱者と思われませんか?」
司馬懿という男。
必要とあればプライドでさえ簡単に捨てる事が出来る。
彼にはそんな強みがあった。
それを後押しするのが朱霊という存在。
本来、指導者という存在は名を気にする。
自らの威名、名誉、誇り。
それらに傷や泥が付く事を極端に避ける。
だが、朱霊はそれを問題としない。
むしろ逆にそれを邪魔としている。
そんな彼の在り方は司馬懿にとって得難い物であった。
いや、司馬懿だけではないだろう。
参謀という立ち位置にある者にとって朱霊という存在はとても強い。
名を気にしないのだから選択出来る策の幅が違う。
名に因われた指導者ではこうは行かない。
「お前は志牙という男を知ら無さ過ぎるな。アレはそんな物を気にするほどヤワではない」
「む…!だからと言って主君の名を貶めるような事を選ぶというのですかあなたは!?」
「必要とあればな。お前も軍師であるなら…いや、これ以上は語るまい。いつかお前にも分かる時がくる。分からなければその程度という事だ」
「なっ…!?」
握られた田豊の手に力が入る。
「はは。それ以上虐めてやるなよ」
「「!!」」
声がした方を向くと、そこには朱霊が立っていた。
「志牙さん!」
「目が覚めたか。だが、無理はするなよ?」
「ああ、わかってるさ。で、戦況はどうなってる?」
「盧稙率いる官軍が参戦したが動くなと言ってある。既に敵本陣を包囲しているから直に終わるだろう。義勇軍は半壊状態で数が揃わん故、冀州袁家に兵二万と兵糧の援助を打診している」
「そうか、わかった。(それにしても…、早すぎる)」
朱霊は思考を回す。
そう、早すぎるのだ。
開戦時、平原に布陣した黄巾軍は11万。
対し、冀、并、朱の軍は合わせて10万。
恐らく司馬懿が総指揮を執り効率的に敵を殲滅したのだろう。
だが、それでも早すぎる。
これだけの大軍戦闘が二日目にして敵本陣を残すだけ?
有り得ない事だ。
この時代に近代兵器を持ち込まなければまず不可能な事。
普通に考えたら10日は掛かるはずの大軍。
それを成し得たというのだろうか?
もし敵の指揮を混乱させられたとしても、個々の判断で引くなり逃げ出すだろう。
相手の目的は足止め。
要は時間稼ぎだ。
それを踏まえると、どうしても納得出来る状況ではなかった。
「森羅。この状況に至った過程を説明して欲しい。お前が総指揮を執り、俺のやった戦術を効果的に運用したと仮定しても有り得ない状況だ」
「それはどう言うことだ?」
「相手の目的を忘れたか?こちらの足止めだぞ?それが何故、二日目でこの様な戦況になった?」
「なるほどな。それに関してだが、相手が攻めに転じた。昨日お前を負傷させ、義勇軍を散々に打ち破ったからな。その勢いに乗じてこちらの壊滅を目論んだと見える。お陰でやりやすかったぞ」
「…そういうことか」
義勇軍の総大将を負傷させ、散々に打ち破った為、勢いに乗じて攻勢に転じた。
勝てると思い込んだのだ。
その思い込みが気を緩め、司馬懿の戦術による蹂躙を許し、敗北へ繋がった。
実は、この黄巾が攻勢に転じるという状況を作るのに朱霊が管亥を名乗りの途上で斬り伏せたという事への怒りが含まれていた。
その怒りがあったからこそ合同軍を殲滅するという選択が選ばれた。
もし、朱霊が堂々と管亥を打ち破っていたのであればこの状況は生まれなかった。
戦争が『生き物』と謂われる由縁はこういった些細な出来事が積み重なり、戦況がころころと変わる事から来ているのかもしれない。
「あの、志牙さん!このまま我々冀州袁家の支援を受けたら、諸侯から惰弱と思われるかもしれませんが良いんですか?」
納得いっていなかったであろう田豊が志牙に問う。
「ん?別に良いんじゃないか?それに、たかが義勇軍だぞ?諸侯の連中は俺たちに興味なんか持たねえよ」
「ええええ!?だって朱儁さまの御子息が率いる義勇軍ですよ!?諸侯だって気になるに決まってるじゃないですか!?」
「…あのなぁ、オヤジはオヤジ。俺は俺だ」
「し、しかし…!?」
言いかけた田豊の頭に優しく朱霊の手が置かれ、
「心配してくれるのは嬉しいけどな。真直が気に掛けるのは俺じゃないだろ?ちゃんと麗羽を見てやれ。お前は袁本初の軍師なんだからよ」
そう言うと田豊の頭から手を退ける。
「あぅぅ…」
何故か真っ赤になった田豊は涙目で頭を抱え、あぅあぅとうろたえていた。
「森羅。本陣の兵を動かせ。このまま決める」
「わかった。ただし、お前は動くなよ?」
「ぅげ…。マジかよ…」
司馬懿に釘を刺された朱霊の嘆きが呟きとして洩れた。
平原の戦いはもう少しで終わります。




