人物紹介:冀州袁家
【冀州軍】
汝南から南皮に拠点を移した袁家の軍。
当主は袁逢→袁紹。
その麾下に孫家一門が在る。
筆頭武官は橋蕤。
筆頭軍師は裏方に徹している郭図。
名門の名に相応しく、抱えている人材は圧倒的な人数を誇る。
その政治力、財力、軍事力は中華に犇めく諸侯の中でも最強。
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袁紹。字を本初。真名は麗羽。
袁逢の子で袁術の姉。
朱霊の正妻。
曹操と並び立つ程の才知を誇るが、控えめな性格をしている為にその才能を十分に発揮出来ていない。
曹操からは自身の事になると優柔不断と評されている。
袁逢の長女と周知されているが、実は袁成の子。
袁紹本人はその事実を知らない。
黄巾の乱が平定された後、袁逢の後を継いで冀州袁家の当主となった。
その際、曹操、周瑜、程昱の策略で朱霊の妻となる。
洛陽で変事が起きた際は霊帝派の連合軍の盟主となり汜水関を攻略。
虎牢関では大将軍である何進の補佐を務めた。
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顔良。真名は斗詩。
袁紹直属の武官の二枚看板のひとり。
袁紹以上に控えめな性格をしており、何かと謝る変な癖がある。
事あるごとに相方の文醜に振り回され、高確率で被害を受けている。
何かと暴走しがちな文醜の影に隠れてしまう事が多いが、その武力は文醜にも引けを取らない。
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文醜。真名は猪々子。
袁紹直属の武官の二枚看板のひとり。
自由奔放な性格をしており、事あるごとに顔良を巻き込んで自爆する。
おバカだが、その武力は本物。
尚、冀州袁家の中で唯一『胃次元』の保有者。
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田豊。字は元皓。真名は真直。
袁紹直属の参謀。
優秀な軍師なのだが、名家である袁家に所属している為か建前や外聞を気にし過ぎる傾向がある。
顔良程ではないが、文醜に振り回される事が多い。
原作とは違い主である袁紹が常識人の為に胃痛には悩まされていない。
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張郃。字は儁乂。真名は揚羽。
原作の袁紹と某無双ゲームの張郃を足して2で割らなかった様な存在。
袁紹の天敵。
孫家にいた賀斉に負けず劣らずの変人。
袁紹を立派な淑女にするべくあの手この手を使って自分色に染め上げようとしている危険人物でもある。
原作の袁紹宜しく『おーっほっほ』と高笑いをして登場する事が多い。
奇抜な言動と傍迷惑な行為が目立つが、その軍務や政務の実力は冀州袁家の中でもトップクラス。
能力は高いのだが、その殆どが袁紹を立派な淑女にする事に向けられている為に実力を発揮出来ていない様である。
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袁術。字を公路。真名は美羽。
朱霊の嫁を自称するちびっ子その1。
孫尚香に影響され、少々我儘な性格をしているが根は素直な少女。
袁逢の次女で袁紹の妹と周知されているが、実は袁逢の長女。
黄巾の乱平定後、袁紹に家督を譲った袁逢と共に宛に入る。
洛陽で変事が起きた際、宛が劉表軍の奇襲を受け、混乱する民を孫尚香、張勲、紀霊と共に避難させていた。
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張勲。真名は七乃。
袁術の教育係兼世話役を務める少女。
教育係なのだがほぼ職務放棄状態であり、ひたすら袁術を猫可愛がりしているだけである。
袁術の婿候補になった朱霊の事は袁術本人が懐いている為に表には出さないが快く思っていない。
宛が劉表軍の襲撃を受け、袁逢と孫堅が倒れると雷薄と共に行動。
袁術を抱え、狂乱した孫尚香を引き摺って宛から逃走した。
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紀霊。真名は律。
袁術の護衛兼世話役を務める少女。
張勲程ではないが袁術を甘やかしている。
袁術の婿候補になった朱霊の事は袁術本人が懐いている為に表には出さないが快く思っていない。
宛が劉表軍の襲撃を受け、袁逢と孫堅が倒れると雷薄の命を受けて城内に残っていた袁逢軍と孫堅軍を纏め宛から逃走した。
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袁逢。字を周陽。真名は静羽。
父は袁湯。 兄に袁平(早逝)、袁成。 弟に袁隗。
子は袁基、袁術。
夫は不明。
汝南袁氏が冀州に拠点を移した際に当主となる。
周囲には袁紹、袁術の母と認識されているが、実際は袁基と袁術の母。
兄である袁成の下で生まれた子が女児であり、不要とばかりに殺される寸前で引き取った。
その際、息子の袁基を奪われている。
孫堅が娘達を朱霊の許嫁にした際、それに対抗して娘達を朱霊の許嫁にする等、孫堅が絡むと頭のネジが若干緩む傾向にある。
漢の皇帝である霊帝とその妹である劉協と真名を交わしている数少ない人物の一人。
朱霊が漢を滅ぼそうとしている事を知ると冀州袁家、孫家の総出で支援する事を決めた。
これは朝廷で傀儡とされてしまっている霊帝を救う為であり、その為ならば国が漢である必要は無いと判断したからである。
洛陽動乱編では当主の座を袁紹に譲り、自らは霊帝や劉協を迎える為に荊州北部の宛に入る。
都で変事が起きた際、曹操の要請を受けて橋蕤の軍を派遣し、戦力が手薄となった宛を劉表軍に襲撃され降り注ぐ矢雨から袁術と孫尚香を庇い命を落とした。
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袁隗。字は次陽。真名は未登場。
袁湯の子で袁平、袁成、袁逢の弟。
朱霊と冀州袁家を繋いだ張本人。
後に袁成に許攸と共に殺害された。
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橋蕤。真名は未登場。
孫策の武の師。
黄巾の乱以前から北方で匈奴を相手に戦っていた。
白狼山の戦いで勇名を馳せ『白狼公』と呼ばれる様になった対騎兵戦術のスペシャリスト。
都で変事が起きた際は袁逢に代わって軍を率いた。
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雷薄。真名は未登場。
橋蕤軍の筆頭武官。
黄巾の乱時は橋蕤に従って匈奴を抑えていた。
橋蕤と同じく対騎兵戦術のスペシャリストで山岳戦やゲリラ戦術を得意とする。
都で変事が起きた際は陳蘭、李豊と共に宛の守備を任されていたが、劉表軍の奇襲を防ぐ事が出来ず城内への侵入を許してしまう。
南門で防衛指揮を執っていたが、押し寄せる劉表軍に城壁を占拠された事を主君に伝えた。
その直後に袁逢が降り注ぐ矢の雨に倒れ、孫堅が射殺された為、現場に居合わせた者達を率い、自らは袁逢と孫堅を担いで宛を放棄、汝南へ逃走した。
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楊弘。字を大将。真名は未登場。
黄巾の乱時は橋蕤に従い北部で政務を担っていた。
洛陽動乱編では、汜水関を攻略せんとする連合軍にいる曹操からの文を主君へ渡した。
彼を知らない者からは文官と思われがちだが、武官としても有能である。
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鄭泰。字を公業。真名は未登場。
黄巾の乱時は橋蕤に従い北部で政務を担っていた。
政務官としても有能だが、どちらかと言うと軍略家に近い。
都で変事が起きた際は橋蕤に従い武関を攻略して北上、函谷関を抑えていた韓遂軍との交渉の席で橋蕤の補佐を務めた。
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陳蘭、李豊、梁綱、陳紀、劉勲、楽就、兪渉、閻象、韓胤、張範、舒邵。
現在、名前のみ登場。
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郭図。字は公則。真名は由輝。
妻は沮授。
冀州袁家を裏から支える縁の下の力持ちその1。
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沮授。字は公与。真名は祈李。
夫は郭図。
冀州袁家を裏から支える縁の下の力持ちその2。
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韓珩。字は子佩。真名は未登場。
洛陽動乱編で袁紹に従い従軍する。
司馬懿や周瑜に認められる程に優秀な軍将であり、虎牢関の戦いで丁原軍を相手に奮闘。
丁原の隙きを突いて斬り掛かるが楊醜の横槍を受けて襲撃に失敗、そのまま丁原に殴殺された。
史実の韓珩は袁煕の配下で幽州別駕従事を務めていた。
清廉なうえ雅量があり忠義に厚い人物で、周囲の者達が袁家に叛く中に在って最後の最後まで袁家に忠節を尽くした人物。
袁家滅亡後、曹操から度々招聘されたが応じる事なく没している。
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周昕、周昴、韓莒子、孟岱。
現在、名前のみ登場。
洛陽動乱編で袁紹に従い従軍する。




