~洛陽動乱~想いを継ぐ者・後編
書き上がったので投稿します。
例に漏れず駄文の嵐ですがお付き合い下さい。
「お、奥方様。もうその辺りでお止めになった方が良いのでは…?」
「いくら何でも飲み過ぎじゃねぇのか…?」
「ひ、人は見掛けに拠らぬ物だな…」
審配、廖化、周倉の三人は目の前で繰り広げられる惨状に顔が引き攣っていた。
彼らの目の前には空になった徳利や酒瓶がそこかしこに転がっている。
厳顔は昼間の遣り取りで良く酒を嗜む人物である事は分かっていたのだが、まさか月英までこれ程の酒豪であると三人は思ってもいなかった。
「今日はいつになく進むではないか!」
「ええ、今日はそういう気分なのかしらね?うふふ」
まるで酒を茶や水の様に次々と飲み干していく女傑二人に男三人は目を見張るばかりであった。
それからも次々と空になっていく徳利や酒瓶を廖化と周倉が半ば作業として片付ける中、
「…ねぇ、審配さん」
唐突に月英が審配に声を掛けた。
「其れがしに何か?」
「貴方は夫に会ったのでしょう?あの人は最後になんて言っていたのか教えてくれないかしら?」
「其れがしはその場に居ただけだ。実際に言葉を交わしたのは我が殿であり、其れがしは最後に真名を預かっただけに過ぎぬ。
…殿と韓忠殿の遣り取りであればお教えするが?」
「それで構わないわ」
「そうか。では――」
盃に満たされた酒を一気に煽り、審配は天井に目を向ける。
「掻い摘んで話せば、韓忠殿が降伏して来た後、我が殿は韓忠殿を国家を救わんとした烈士を匪賊として斬る事は出来ぬと会談を申し込んだのだ」
「国家を救おうとした烈士…」
「うむ。黄巾が掲げた主義主張は腐敗した朝廷を正し漢王朝を救わんとした物であった…。
今の朝廷の在り方に疑問を持っていた我が殿には彼らを只の賊と看做す事は出来なかったのだろう。
…ただ悲しいかな。我が殿の言葉であるが、天子様は先の乱に露ほどの関心も示されておられぬ様だ」
「「…は?」」
審配の放った『皇帝は黄巾が起こした乱に興味が無い』という言葉に廖化と周倉は絶句した。
「何故、天子様が先の乱に興味を示されておらぬなどと殿が言われたのかは其れがしにも解らぬ。
……殿が韓忠殿達に会ったのは、天子様に今の朝廷の腐敗を嘆き立ち上がった烈士達がいたのだと上奏する為。
とは言ったもののそれは建前であり、実の所は殿が韓忠殿達の様な者達がいたのだと憶えておく為だったらしい」
「……私達黄巾が勃った意味はあったのか?」
「其れがしには解らぬ」
「…クソッタレが…!なんなんだよそりゃ…………」
廖化の問いに審配が答えると周倉が項垂れるように膝を着いた。
「ただ、黄巾が起こした乱に意味が全く無いとは言えぬのかも知れぬ」
「それはどういう事だ審配殿?」
「殿が言っていたのだ。殿の御息子である朱霊様は乱の先に何かを視ている節があるとな」
「乱の先…か」
「うむ。それが泰平の世なのか、新たな乱なのか…。それは殿にも解らぬようであったがな。
韓忠殿は出来る倅の自慢にしか聞こえぬと笑っておったが…」
そこまで言うと審配は空になっていた盃に酒を注ぎ一口煽り、月英に目を向けた。
「月英殿。韓忠殿は破れた後、残された家族がどうなるのかを心配しておった。
殿は兵やその家族の身の安全と生活の保証は出来ると言っていたが、黄巾の幹部であった韓忠殿や褚貢殿の家族の事に関しては保証出来ぬ。朝廷上層部が問答無用で消しに掛かる可能性が高いと申しておられた」
「…そうですか」
「うむ。故に殿は韓忠殿と褚貢殿の家族の保護を申し出たのだ。
殿の元であれば朝廷上層部もおいそれと手出し出来ぬと踏んでな。
そして韓忠殿がそれを受けた為、殿の命により其れがしが派遣されたのだ。
其れがしに言えるのはここまで。その後、韓忠殿がどうなったのかは其れがしにも分からぬ。
韓忠殿から派遣された二人には既に言ったが、……生きてはおらぬだろう」
「……………」
審配の言葉に月英は俯き、視線を盃に落とした。
俯いた彼女の表情は影に隠れ、その胸中を窺い知ることは出来ない。
「…もし恨みを晴らしたいと言うのであればこの首を差し出そう。
其れがしにはそれくらいしか出来ぬがな」
「いいえ、それはもう良いのよ…。むしろ感情に任せて貴方を殺してしまわなくて良かったと思っているくらいよ…」
ポツリと呟くように言葉を漏らした月英。
その視線は未だ盃に向けられたまま。
「ふむ、そうか。では其方らは朱家の保護下に入るという事で良いのかな?」
「…有難い申し出だけどそれを受ける事は出来ないわ」
「朱家の保護下には入らぬと…。その理由を聞いても?」
「――もし、私達母娘が朱家の保護下に入ったとして、娘に自由はあるのかと思ったのよ。
朱家の方が娘をどうこうするとは思わないけれど、今までの様にあの子が伸び伸びと過ごせるとは思えないの…」
「なるほどな。確かにその懸念は最もだろう。
…ふむ。洛陽へ行った場合、もし其方らの素性が漏れた場合は危険が付き纏うのは避けられぬのは事実。
朝廷上層部が手を出せるとは思えぬが、その身を奪われる事にでもなれば殿の立場も危うくなるか…。
しかし、既に褚貢殿の家族は殿の元にいるとなれば――」
月英の言葉を受けると審配は腕を組みブツブツと何かを呟きながら考え込んでいたが不意に
「よし。なれば其れがしが益州に留まろう」
「「は?」」
審配の出した決断に廖化と周倉が目を剥いた。
「おいおい、じじぃそんな事を勝手に決めて良いもんなのか?」
「いや、一筆認める必要はあるが、韓忠殿との取り交わした約束を殿が反故にするなどとは思えぬ。まず間違いなくお認め頂けるであろう」
「それは本当なのですか?」
廖化が審配の言葉に疑問があるのか念を押すように言葉を投げた。
「殿と其れがしは30年以上に渡り苦楽を共にしてきたのだ。その気性は良く知っておる。
昔は殿も悪ガキでな、奥方である王異様を嫁にしたいからと夜這いを――」
「ほっほう…夜這いとな?」
厳顔が審配の語りに興味を持ったのか耳を傾ける中、
「あっちゃぁ…、今度は朱霊様語りじゃなくて殿語りかよ!?どうにかしろよこのじじぃ…」
「無理だ」
恒例のごとく語り始めた審配に周倉が頭を抱え、廖化が諦めた様にきっぱりと一刀両断した。
◇◇◇
長々と語り続ける審配を厳顔に押し付けた周倉と廖化は月英に渡す物があるとして彼女を居間から連れ出していた。
「私に渡す物ですか…」
「はっ!」
屋敷の一室で月英の前に膝まづいた周倉と廖化。
周倉は頭を垂れ錦に包まれたソレを恭しく掲げた。
周倉からソレを受け取り、錦を開けた月英は目を見開いた。
「――颶鵬…。私の所に戻ってくるなんてね……」
「韓忠様よりお預かりした弓を月英様に!」
「我らは韓忠様の命を受け、月英様と残された遺児である璃々様をお守りする為に馳せ参じました。これよりは月英様の配下として身命を賭してお側に」
包拳礼をして頭を垂れた周倉と廖化。
「二人共ありがとう」
「はっ!」
「勿体無きお言葉」
労うように優しく感謝の言葉を紡いだ月英。
その瞳には憂いを帯びていたが僅かに強い光を灯していた。
「審配さんが言っていた事が本当であれば益州にいても朝廷の手が及ぶ可能性は捨てきれない…」
「それに関しましては我らがお守りする故――」
「ええ。二人には苦労させてしまうかもしれないわね。ただ、少しでもその可能性を少なくする為にも私は名を改めます」
「名を…改める、ですか?」
月英の言葉を受け、不思議そうに顔を合わせる周倉と廖化。
「なにが出来るかはわからないけれど、彼が…大和くんの想いを継いでいこうと思うの。だから…」
颶鵬を胸に抱き亡き夫の意志を継ぐと言葉にした月英。
「私は韓忠の名を継ぎ『黄忠』と名乗ります」
「「――!!」」
彼女の決断に息を飲んだ周倉と廖化。
しかし、直様気を取り直し、
「「はっ!我らは黄忠様と共に!」」
新たな主に忠誠を掲げた。
ここに後の世で弓神と呼ばれる事となる『黄忠』が誕生した。
◇◇◇
そして
「はっはっは!そうなのだ!志牙様が御生誕なさった時の殿の喜び様といったらもう凄かったのだぞ!?」
「いやー、実に興味深い話ですな!よもや三傑とまで謳われる朱儁将軍がその様な面白い方だとは思いませんでしたなぁ」
厳顔と話に華を咲かせていた審配。
彼はこの時に知る由もなかった。
益州に留まるとした彼の決断が審配と朱霊の運命を大きく隔ててしまっていたという事を。
歴は185年。未だ乱世に終わりは見えていない―――
はい。いつも読んでくれている皆様ありがとうございます!
羅貫厨です。
えー、やっとここまで書き終わりました。
予想されていた方は多いかと思いますが、月英さんが名を改めて黄忠となる回でした。
これで益州でのお話は一度終わりになります。
次回からは朱霊メインのお話に戻ります。
ここから先はこの物語の根幹部分にチョロっと触っていこうかなと思っているのでよろしくおねがいします。
そして、次回の投稿予定も未定です。




