お受験ママと宇宙
三題噺『海』『鷹』『危険な子ども時代』
登場人物
真白(女子高生)
ゆめ(女子高生)
五蔵高校の教室を一時的パニックに陥らせたこの話は、ゆめのひょんな一言から始まった。
「まるでビックバンだね!」
この発言の経緯はシンプルだった。
世界史の授業中に快眠していたゆめの夢が面白おかしくて、それを聞いた真白が母の手作り弁当を口の中で爆発させたのだ。
それを笑ってビックバンと称したゆめに対して、真白は怒った。
「ゆーめー!」
教室は真白のいつもの怒声を朗らかな笑い声で流した。
「怒らないでよ真白。恐い顔ばかりしていたら鬼のお嫁さんになっちゃうよ」
「最近の鬼は家庭的な美少女メイドだったりするから大丈夫」
スマホの広告とか収入源のあるイケメン鬼とか。
そんな言い合いをお昼ご飯の席で繰り広げる女子高生たち。
五蔵高校のお昼休みは、いつも通り平穏に過ぎていた。
「そもそも、ゆめはビックバンが何かわかってるの?」
爆発した口を拭いながら、真白がゆめに問いかける。
「しっけーな。それくらいわかってるよ。宇宙ちゃんが危険な子ども時代にヤンチャしちゃった黒歴史のことでしょ」
トンデモない認識だった。
「ヤンチャの一言の上に全生命の歴史があるんだけど」
「ニュートンだって九十九パーセントは偶然って言ってたから、歴史なんてそんなもんだよ」
「ニュートンはそんな運任せの人生を送ってなかったと思わうよ」
「でも十七世紀にツイッターがあったら『頭にアポーが落ちてきたアホおる?www 俺だわ』とかつぶやいてたに違いないよ!」
真白は大きなリンゴのウサギをひとくち齧った。甘くておいしい。
「ニュートンはともかく、ビックバンを黒歴史と表現するのはやめましょう。赤ちゃんの産声くらいにしておきましょう」
「真白の表現も大概だよね。わたしと大差ないよね」
真白、無視。
ゆめは頬を膨らませてから他の感想を口にする。
「真白は宇宙にも優しいね。宇宙旅行が可能な時代じゃなくてよかったよ。木星の輪っかをお掃除するボランティアとかやっちゃいそう」
ゆめはパンを唇に挟みながら言う。
「というか、お片付けぐらい自分でしなよね!」
ゆめはパンを真白に吹き飛ばしながら叫んだ。
「わ、ゆめ汚い」
「ごめん真白」
「もう。で、誰に怒ってるの? ゆめは」
クラスの衆目を忘れて、ゆめは椅子をガタガタ鳴らしながら腕を開いて立ち上がった。
「宇宙だよ! 幼稚園児だってお片付けをしなさいって教えられるのに! わたしも幼稚園生のとき、ピアノ線の上にハサミを置いちゃいけませんってよく怒られたもの」
元吹奏楽部の真白はぎょっとした。
ピアノ線の上に刃物があったら心臓が飛び出る気分だ。切れた線を直すとなったら金額に驚いて心臓が破裂する。
「デブリを散らかしたままの宇宙ちゃんにはしつけをし直さないと!」
デブリとは宇宙に撒き散った人工衛星やロケットの部品などのこと。
宇宙ではなく人が散らかしたゴミだということを真白は知っていたけれど、頷くだけで否定しなかった。
「宇宙をしつけるって……。近所のペットショップの話?」
「違うよ。宇宙だよ。雲の向こう、ほしのこえが聞こえる場所だよ」
「宇宙に空気はないから星の声は聞こえないよ」
「真白つめたい! いつもロマンチックなのは真白のほうなのに!」
真白は女子高生で乙女趣味だった。
でもお昼休みだけはご飯のことで頭がいっぱいの真白は、すげなくゆめをあしらった。
「はいはい、そうね」
ゆめはぷくりとまたもや頬を膨らませる。
彼女は一度、椅子に座ってから話を続ける。
「しつげが足りないから宇宙ちゃんはヤンチャしてビックバンを起こしちゃうんだよ。親の監督不行き届けだよ! 役所に行って親権を奪わないと」
「たぶん日本の戸籍謄本に宇宙ちゃんの名前はないと思うよ」
そういえば、と真白は思いだす。
小学生の頃、男子に名前が「宇宙」という子がいた。読み方は普通に「うちゅう」だった。キラキラネームが流行ってる最近なら「コスモス」とかになるのかも。
それは花だ。
「アメリカは?」
「アメリカもロシアも。誰も宇宙を人として認識してないよ」
「いいなー、税金払わなくていいんだ」
そんな問題ではないだろうし、ゆめは女子高生だから納税の義務はない。
二人はしばらく無言でご飯を食べていた。
真白は昨夜の肉じゃがに厳しめの評価をつけ、ゆめは何かを思案しているようだった。
「ねえ、真白」
「なに、ゆめ?」
真白がお弁当を空にしたころ、総菜パンが半分以上も残っているゆめが真白に話しかけた。
「宇宙ちゃんをしつけるなら何を習わせる?」
「そんなお受験ママみたいな視点で宇宙を見上げたことはないよ」
「発想を飛躍させようよ! 鷹のような視点で!」
「鷹だって宇宙よりかは小さいよ。そもそも鷲より小さいから鷹なわけだし」
これ、豆知識。
「カンガルーのようにジャーンプ!」
ねぷねぷはいつもそれですぅ……。
真白はお弁当の蓋を閉めて、お茶を飲むついでに考えた。
「うーん……。宇宙をしつけたら、どうなるの?」
「たとえば、宇宙にペン回しを仕込んだら、地球の公転周期が二分の一になるよ」
「……それ、恩恵ある?」
「四季が半年に一回あるよ。真白、そういうの好きでしょ」
「ぐっ……」
ゆめの言う通り、ロマンチックな少女趣味性を持つ真白は、そういう少しファンタジーが好きだ。一年に二度も紅葉の下で読書ができるのは素直に嬉しい。
「うう……」
うるうるとした視線で真白を見つめるゆめ。
まるで構って欲しい子犬のようだった。
その視線に真白は弱い。
ゆめは、乗り気じゃない私と話をするために、私好みの回答を真剣に考えてくれたのだ。
そうまでして用意してくれたのなら、私も応えないわけにはいかない。
真白はゆめと同じように、友達想いの女子高生だった。
「というか、習い事じゃなくてもいいんだ」
「わたしの子じゃないからね」
ゆめは淡泊だった。まあ、宇宙だし仮定の話だからね。
「そうだなあ……。私だったら」
何を教えようか。
ミュージック? 教えなくても、世界には自然にもいい音が溢れている。
花の種類? 花を好きになった宇宙は、もっと色とりどりの花の種を世界に植えてくれるだろうか?
空の色? 曜日ごとに空の色が変ったら、めまぐるしくて面白いかもしれない。
「真白―、まーだー?」
パンを早食いするゆめが催促する。
私の好きな物から連想してみようか。
王子様、不死、妖精……。
そうだ!
咳ばらいをした真白が、顔に笑みを湛える。
ゆめはその笑顔に恐怖する。
経験則で知っている。真白が自信満々なのは危険シグナルなのだ。
ゆめは真白に待ったをかけようとしたが、真白は止まらなかった。
それは、教室のど真ん中の席でのことだった。
「私は宇宙に出会いを教えてあげるよ」
教室が、束の間、無音となった。
ハテナマークが飛び交う異様な空気に気づいていないのは頭に妄想を描く真白だけ。
「宇宙はひとりぼっちでしょう? お父さんもお母さんも、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、下に妹も弟もいないの。生まれてからずっとひとりぼっちなんて寂しいでしょう」
こいつは何を言っているんだ、という空気が教室中に蔓延する。
真白の正面にすわるゆめの額にすら、フォローできない発言に冷や汗が流れていた。
「だから『出会い』を教えてあげるの。
そしたら、きっともう一つの宇宙を創るわ。
仲良しになる別宇宙には王子さまや不死の概念や妖精がいるはずよ!」
楽し気に話し終えた真白。
一種のトランス状態だった。
真白の目には幸せな景色が見えるのかもしれない。
クラスの面々は開いた地獄の蓋を幻視した。
真白の視界には、もう別宇宙しか映っていない。
彼女はうっとりした声音で、手元のお弁当箱を撫でた。
「ああ、いい子に育つといいなあ。――私の宇宙」
教室のどこかから悲鳴が上がった。
これは女子高生真白の危険な子ども時代の話……。
五蔵高校は『世にも奇妙な物語』の協賛高です。
あとがきその1
初手謝罪。
今週の週一短編では、"いつもより"多くの固有名詞やネタを拝借しました。ごめんなさい。
後で追及されるとお腹が痛くなるので今回ばかりは明記しておきます。(長いので下に)
あとがきその2
このオチ、どうなんでしょうね……。
作者的には好きなのですが、朝に読んでいただく子噺のオチが『世にも奇妙な物語』って。しかも冬(現在'17年12月)。
パクったネタ元
・家庭的な美少女メイド→死に戻りする男の子を好きな青髪娘
・イケメン鬼→スマホの人。サッカースタジアムで歌った人
・ニュートン→ニュートン。運動力学すき
・雲の向こう、ほしのこえ→新海誠展は12/18まで!
・小学校の「宇宙」君→友達の兄貴。借りたよごめんね!
・カンガルーのように&ねぷねぷ→Here we go! Good to go! ネプテューヌ!
・空の色→すば日々の冒頭。まだサクラノ詩やってないです
・不死の概念→終わクロ。ラノベで「概念戦争」以上に心をくすぐられる単語を知らない
・世にも奇妙な物語→夏の風物詩。こわいから見たことない