Ⅲ「ホンモノは、人畜無害に見えるものなのさ。」
自室に案内されて暫く。質素な白を基調としたフローリングに、シンプルな鉄の座卓に、白い清潔感のある布団。意外と暗殺者の部屋も普通だなぁと思った。
「.........あの」
脇に座る知らない男を除けば。
「......どちら様ですか?」
肩にかかりそうな長めの茶髪。タレ目の瞳。前髪はあげてバツ字ピン。ようするにチャラそう。
「姫ちゃんだったよね?新しく女の子が来たって聞いてさ~。可愛いね!」
やっぱり態度もチャラチャラしていて、やっぱりかと少し嘆息。でも、この人も暗殺者...なんだよね...ちらりと伺うと、男の人がにへりと破顔。
「オレは禅。気軽にゼン君って呼んでくれると嬉しいかな!」
「禅さん」
「おぅっ、無視?つれないねー?すごくいいよー?」
このチャラい人は何処か、怖くはなかった。なんというか、実感がわかない。暗殺者には見えない。菊さんもそうだし、赤目さんだって現場がなければ、...。
「赤目さんはどこですか?」
「赤目?そんな名前のやつは...」
「天さんです。」
「天、赤目さんって呼ばれてんのか!確かに目が赤いもんなぁ!」
ツボにはまったのか、暫く笑い続ける禅さん。暫くしてようやく収まると、少し苦しそうに微笑んだ。笑いすぎたようだ。何が面白いのかな、感性が独特だなぁ...。
「赤目さんならさっきまで壱ちゃんに絞られてたからな...昨日からずっと仕事に出てたし、今は自室で寝てるんじゃない?」
「壱さん...?絞られる...?」
「あ、壱ちゃんって、事実上ボスのお目付け役。見た目は結構可愛くてちびっこいけど口悪いし厳しいし財布の紐も硬いし。」
そういうと、『オマエバカなの?死ぬの?』とモノマネをしてみせてきた。すごい人がいるんだなぁと戦慄した。
「で、絞られるってのは〜。叱られるってことだよ?」
「そのくらい知ってます。舐めないでください。」
そういうと、禅さんはケラケラ笑っている。確信犯だったようで、妙に腹立たしい。
「いや、なんかさ、昔殺したつもりだった奴が生きてたらしくってねー。しかものうのうと日常生活してたのに今の今まで気づかなかったから、かなり絞られてたっぽいぜ」
あ、やっぱりおにいちゃんのことか。すごく複雑な心境にかられる。申し訳ないとか、ざまあみろとか、できればずっと見つけないで欲しかったとか。
沈黙してると、気を使ったのか、禅さんは話を色々ふってきた。この前夜12時過ぎまで他の人と飲んでいたら壱さんが可愛らしいパジャマを着て、不機嫌この上ない表情で説教してきたこととか色々。
「そういえば、姫ちゃん。ここの部屋すっごく簡素だし地味だけどねー、入ったお金で自由に豪華にしちゃっていいんだからね!お洒落も自由だよ〜。」
「…………」
「お姫様にはもっと素敵なお部屋が必要だからね!ねっ」
きゅっ。そういいながら禅さんは私の手を握りしめてくる。凄く自然な動作で、一瞬反応が遅れた。何だこの人。頭が…おかしい。
「あっはは〜。真っ赤になった姫ちゃんも可愛いね?」
「なっ…せ、セクハラじゃないですか…っ」
手をつなぐのはお兄ちゃん以外許さないんだから!!これだから男は…。慌てて手を振りほどく。しかし何かを握っていたことに気づく。シンプルだけどお洒落な小さな星のついたヘアゴムが二本握らされていた。
「これは…?」
「下ろしてるのもすっごく可愛いけど、ツインテールとかも可愛いと思うよ。貰ってくれないかな?」
「でも…」
「なかなか切り替えられないことって、あると思うよ。でも、心機一転するためにイメチェンってよくいうでしょ?…よければ活用してほしいな。」
「…ありがとう、ございます。」
彼が人を殺している人間だとは思えなくなってきて、そこまで怖くないのかなぁと思った。菊さんも優しそうで、禅さんは面白くて、赤目さんも現場を見てなければ絶対そんな相手だとは思えないほど、大人しかった。私が黙れと言ったら真面目に黙るし。壱さんも話を聞く限りは可愛らしくて、真面目なだけの普通の人のようだし。
「...禅さんは、暗殺者さんですよね?...人を、殺しているんですよね」
「ああ。」
即答だった。
「まだ殆ど会っていないけど、割と皆まともで、怖くない人に見えます。もっと狂っていて、怖い人だと思っていました。」
「......」
暫く思案したように視線を宙に浮かせる禅さん。少し時間が経つと、さっきとは違う真面目な表情で私を見つめてきた。
「姫ちゃん。例えばだけどね。暗い夜道で、いかにも怪しげな帽子を深く被って、マスクをして、殺気をむんむんに漂わせている人が目の前にいたらさ、警戒する?」
「それは...そうですね。」
「じゃあ、同じ暗い夜道にギャルっぽい可愛い女の子を連れて楽しげに話しているチャラそうな男の人が同じように目の前にいたら、警戒する?」
「いえ...その、五月蝿く感じて迷惑に思っても警戒は...」
戸惑う。この人は何を言いたいのだろう。凄く真剣に、少し寂しげに。
「それだよ。暗殺者に求められるのはなにより確実さ。ターゲットに警戒されてちゃ何もできないからね。だから...ホンモノは、人畜無害に見えるものなのさ。」
息が詰まった。ホンモノ、という言葉がすごく、重くて。急に部屋が歪んだ。目の前の禅さんの顔も。
「...別に、ここの仲間を信頼するなって話じゃないんだよ?事実オレらは依頼抜きで私情では絶対殺さないし、間違っても仲間を傷つけない。」
怯えて体を震わせた私をみて慌ててフォローをする禅さん。私も分かっています、と小さくつぶやいた。
「ただ、イメージだけで判断しちゃいけないよって話。すぐに印象だけで良い人悪い人判断しないようにな?常に、冷静に。」
そう言って話す禅さんは、やっぱり悪い人には見えなかった。きっと彼は、私に怖がられることを覚悟してこんなことを言ったのだろう。これから私が、そういう風に信じて傷つかないために。
「…改めて認識すると凄く怖いです……半径3m以内に入ってこないでもらえますか?」
「えっ!うぅ…」
私の言葉で禅さんは割と真面目にしょげた様子でまあ警戒しろっていったのは俺だけど…と少し寂しそうにしょげている。少し笑いがこみ上げる。
「冗談です。…やっぱり、禅さんはいい人ですよ。」
「…姫ちゃん。」
「…ありがとう」
にこりと微笑んで彼にお礼を言うと、禅さんは息を呑んで一人でぼそぼそつぶやいている。
「ツンデレかっ…無邪気なくせに…あの笑顔はないだろ」
何言っているのかわからないけど。悪い人ではないと思うが変な人ではあるようだなぁと思った。と、唐突に深呼吸しだし、次第に落ち着いたのか、またにこりと笑い、ところで、と話を転換させる。
「さっき姫ちゃん赤目さんの場所聞いたけど、もしかして好きだったりする?」
「それはないです」
絶対。
きっと暗殺者の業界だけじゃないと思うんです。全てを印象で判断してはいけません。悪い例もそうですが、怖いと思っていたな相手が実は常に自分のためにそう言っていたとか。いいこともあります。外見だけで判断しちゃダメって話ですね。
※暗殺者については全てはイメージです。決してこれが事実ではありません。