1st episode-7
『はーいみんなぁ! 早く持ち場に戻りなさぁい!』
『戻らないとぉ、おねーさんに襲われちゃうよん♪』
『早くしないと、ほんとにヤられるよ♪』
不意に三つのよく通る声が響いて、周りが騒がしくなった。
野次馬をして居た面々が、慌てふためき走り出したのだ。
角巨人のカテナや、リザードマン、下半身がサソリの種族のような厳つい面々までとなると、一種異様だ。
「な、なにが起きてるんだ?」
呆然と辺りを見回す勇樹。そこへリューナが声を掛けてきた。
「もう戻らないといけませんから」
「あ、うん」
「妹の事、嫌わないであげてくださいね? えと……?」
リューナが首をかしげるのを見て、勇樹はアッとなった。
「ごめん。名乗ってなかったかも。金沢勇樹……いや、このばあいユウキ・カナザワになるのかな? 勇樹が名前で、金沢が姓になるんだ。わかる?」
勇樹が訊ねると、リューナは笑いながらうなずいた。
「はい、ユーキさんですね? 改めて、リューナ・ファンタです。妹は、リュミナ・レクスブレク・ファンタ。たぶん自己紹介しないでしょうから、教えておきますね? では、仕事に戻らないといけませんので」
軽く会釈して、リューナは小走りに走り去っていった。それを見送る勇樹の顔は難しいものだった。
と、その肩に手が置かれた。
「よ! 無事で何より☆」
シルヴィアだ。楽しげにしながら笑顔を向けてくる。
「……生きた心地がしなかったよ……悠真は?」
義妹の安否を訊ねる。彼とて心配していなかったわけではない。ただ目まぐるしい状況の推移に振り回されてしまっていてそれどころではなかったのだ。
「悠真なら無事だ。たぶんこっちに……」
言いながら勇樹の顔を見ておや? となった。彼がシルヴィアの後方を見ながら固まっていたからだ。
なにかと思い、彼女も振り向けば。
『勇樹お義兄ちゃん! シルヴィアお義姉ちゃん!』
彼の義妹がこちらに駆けてくるところだった。
大量の精霊を引き連れて。
その様子を初めて知った勇樹が慌て始めた。
「ゆ、悠真! 危ない!」
「無害らしいぞ?」
声をあげた彼の横で、シルヴィアがあくびを噛み殺しながら言う。それを聞いた勇樹があっけにとられた。
「え? 嘘」
「ほんとほんと。精霊なんだってさ。というか、投げ出された悠真を助けたのもこいつらっぽい」
勇樹が半信半疑で従姉に訊ねると、彼女は蒼い瞳の端に、あくびで出た涙をにじませたまま答えた。
そうこうしているうちに、彼の義妹が側までやって来ていた。そして三人を包囲する精霊の群れ。
「……本当に無害なの?」
「いや、信用しろよ。いまの状況で引っ掻ける気はねーよ」
確認してきた勇樹に、シルヴィアが半眼になって答えた。
「うん、この子達は優しいよ?」
さらに悠真からも言われ、勇樹は警戒を解いた。と、そこに声が掛かった。
「ねえ君たち」
「少し良いかなん?」
「ちょっと事情を聴きたいんだよね? 良いかな?」
声の方を見れば、三人の女性の姿を発見した。
歳の頃は勇樹やシルヴィアと比べても上に見える。ハタチ前後と言うところか。
少々跳ね気味の硬質そうな黒髪ロングの女性に、流れるような美しい金髪ロングに碧眼の女性。そして長い赤毛をポニーテールにした女性だ。それぞれ左胸に金属製のプレートを付け、肩章と襟章のある仕立ての良さそうな長裾の上着を羽織り、腰に幅広のベルトを巻いていた。
上着は長袖だが、下はミニスカートかキュロットスカートでほとんど生足である。目のやり場に困る勇樹だが、先方は構うことはなかった。
「ふうん、リュミナを押し倒したと言うからどんな男かと思えば、ずいぶんとウブなものねえ」
黒髪の女性が勇樹を覗き込んだ。前髪に隠れていた右目を隠す眼帯が顔を覗かせ、勇樹は軽く息を飲んだ。残った左の黒瞳が彼を見透かさんと細められた。
勇樹はその瞳を真っ直ぐ見返した。しばらくふたりは見つめあっていたが、唐突に眼帯の女性が笑った。
「ふむ、目の輝きは悪くないわね」
「は、はあ……」
そう言われても勇樹はどんな反応を返せば良いかわからない。戸惑うような曖昧な笑みを返すのが精一杯であった。
「ははっ、うん解った。君は悪い奴じゃあなさそうだね」
勝手に納得する眼帯の女性。
「うむん♪ あーやんが言うなら間違いないよん♪」
「待ていっ?! いーかげんコンビ! そんな訳無いでしょがっ!」
金髪の女性がお気楽そうに笑うと、赤毛ポニテの女性が縞々シッポをピーンと立てながら即座に突っ込んだ。そして頭を掻きながら三人に向き直った。
「まったく……。えーとごめんね? 私は第502試験統合戦闘団空戦部隊“スカーレットウイング”指揮官のレアリー・サウスウェイブ。階級は十翼長よ? よろしくね」
そう言って笑う。ついで黒髪眼帯の女性に水を向けた。
すると、彼女は快活に笑った。
「ははっ! 私は同海戦部隊“サファイアドラグーン”指揮官、綾乃・東野。階級は百龍長になるけど気にしないでね? 要らないって言ってるのに無理矢理渡された階級なんだから」
そう言ってさらに笑う綾乃。それを聞いたレアリーが痛痒を堪えるように頭に手をやった。
そして最後に金髪碧眼の女性が大きく胸を張った。
「あちしはネイ・ウエストロード。同陸戦部隊“ヴァイスティーガー”指揮官の百爪長にして、第502試験統合戦闘団の一番エライ人だよん♪」
言われて勇樹達三人は固まってしまった。一番、偉くなってはいけない人のような気がしたからだ。恐る恐るレアリーを見れば、諦めたようにうなずき、綾乃は笑うだけ。
そして再びネイに視線を移せば、ドヤ顔でふんぞり返る金髪碧眼女性の姿。勇樹はその様子をうろんげに眺め、下位精霊を一匹抱っこした悠真はきょとんとしていた。
そしてシルヴィアが前に出る。
「あたしはシルヴィア・K・クローヴィスだ。よろしくな☆」
そう言ってネイに右手を差し出した。
「うむん、よろしく頼むよん♪」
その手をネイが握り返した。
二人が笑い合う。勇樹にはそれが小悪魔と堕天使が人の悪い笑みを浮かべながら握手したようにしか見えなかった。
しかし、純真な悠真にはそうは見えなかったようで、「シルビーお義姉ちゃんは、誰とでもすぐに仲良くなれてスゴいな~」などと感心していた。
「で? 君達は?」
「あっ?! はい、金沢勇樹です」
「か、か、金……沢……悠真です」
レアリーに水を向けられて、勇樹が慌てて名乗り、続いて悠真がやっと慣れてきた名字につっかえながら名乗った。
それを聞いてレアリーらは満足げにうなずいた。
「……じゃあ、申し訳ないけど私たちで事情聴取させてもらうよ? ここじゃあなんだから移動しようか。ついてきて?」
「はい」
勇樹は返事をしてレアリーに着いていく。
その後ろに、ネイとシルヴィア、悠真と綾乃も続いた。