1st episode-6
風を切り裂くように、銀光が閃く。
「く……っ」
それを少年が紙一重で躱した。
が、刃はすぐさま切り返され、再び少年、金沢勇樹を狙う。
その軌跡を読んで、彼は半歩身を引いて避けた。
「ちょこまかと!」
剣を手にした金髪碧眼の少女が柳眉を逆立て踏み込んだ。彼女の心境とは裏腹に繰り出される斬撃は、美しい煌めきと軌跡を産み出し、勇樹へ迫る。
恐らくは体にその斬撃が染み付くほどの鍛練を繰り返したのであろうそれは、乱れた心とは裏腹に正確な斬閃を見せつける。だが、惜しいかな。やはり心宿らぬ剣は、振り回されているだけの金属の棒に過ぎない。
鍛えた肉体に、染み付かせた技。これに冷静に思索する心が伴わなければ必殺の武にはほど遠い。
たからこそ、勇樹は鋭く尖った耳の少女の振るう刃を避け得ていた。
「くっ、このっ!」
「……」
すでに少女は寸止めとか峰打ちとかは狙っていなかった。
完全に当てるつもりで剣を振るっていた。
それに気づいた野次馬達の一部は上司に注進すべくその輪から離れ始めていた。
たが、なぜ彼は冷静に斬撃を避け得るのか?
怒気が強いとはいえ、殺気をにじませた真剣による斬撃。
慣れぬ者なら即座に震え上がっているところだ。
現代日本に住まうなら、それが当然のはずだが勇樹は違う。刃の輝きに驚異は感じつつも怯む事無く冷静に見極め、避けてていく。
それは刃を向けられる事に慣れた人間が為しうる動きだ。
勇樹とシルヴィアは、祖父の指導の元、護身術を学んでいた。それは、祖父が修めていた古流柔術、“天鷹流甲冑術”を、現代向けにアレンジしたものだった。
その修行がある段階まで来たとき、祖父はおもむろに真剣を持ち出してきて、二人に向けた。
大好きな祖父から向けられた明確な殺意と真剣の煌めきは、二人にとってはショッキングであったし、そのときまでに培われていた自信は粉々に打ち砕かれてしまったが、後々を思えばそれは非常に有効であったのも確かだ。
その後も刃は潰してあっても真剣を前にした組手などでさんざんに鍛えあげられた二人の実力は飛躍的に伸びた。
今をとってしても向けられた刃の煌めきも、殺気まみれの怒気も、当時の祖父の足元にも及ばない。ゆえに、勇樹は心に余裕を持ったまま対処は出来ていた。
しかしながら相手も素人ではないようで、ギリギリの攻防が続いていた。
掬い上げられた刃を避けて相手の左側へと踏み込む。
相手はすかさずなにも持たない左手で拳打を繰り出した。その腕を見ることも無く右手で軽く弾きながら彼女の背後に回り込んでから即座に踏み込む。
相手は片手剣を振り回す危険な存在。少女とはいえ手加減するべきではない。
勇樹の表情は苦いものを含んでいるが決意は強かった。
震脚の音を響かせながら肘が彼女の背中に食い込……まなかった。
そこには光る小さな魔法陣。
「なっ?!」
思わず声をあげながらバックステップ。目の前を金髪と銀閃が通り過ぎた。
少女が振り向きながら剣を振るったのだ。
そして勇樹をにらむ。
その顔は悔しげに歪んでいた。
「……防御魔法を“使わされる”なんて」
歯が軋むほどに噛み締め、悔しさをにじませて呟く。
尋常の勝負では無いにしても、武器を手にした自分がさほどの歳の離れていない徒手空拳の少年に後れを取り、あまつさえ反射的にとはいえ防御魔法まで使わされる。
剣の腕前に自信があったらしい彼女にして見れば屈辱であろう。
しかし、勇樹の方もそうはいかない。長物を持った危険な相手が、さらに危険な力を振るい始めたのだから。
「……不味いなあ」
顔をしかめる。得体の知れない力の行使。
他にどんな手があるのか分からない。表情から推察するに使うつもりが無かったようだが、もはや考慮に入れないわけにはいかない。
勇樹は、鋭く外気を吸って、深く吐き出した。身を沈め、気配を静め、心を鎮めて両腕を左右へと広げた。眼差しは冷たく、彼女のすべてを見透かさんとする。
ぞわり。
少女の背筋に這い上がる気配。感じたそれに彼女の頬を汗が伝う。
だが、意を決して踏み出そうとした瞬間。
「もうやめて! リュミナ!」
目の前に人影が踊り出た。
リュミナと呼ばれた少女と同じ容姿。否、耳の尖り方は緩く、比べ物になら無いほど豊かな胸元という差があるが、同じ顔の少女。先ほど事故とはいえ勇樹が押し倒してしまった相手だ。
「……あ、姉上」
リュミナは姉の剣幕に驚きながら構えを解いた。勇樹の方も同様に構えを解く。
それを見てリュミナの姉は勇樹の方へと振り向いた。
彼もまた、毒気を抜かれたように構えを解いていた。
そんな彼に、リュミナの姉が頭を下げた。
「わたしはリューナ。妹がごめんなさい。普段はとても良い子なの。許してあげてください」 深々と腰を折った彼女の姿にリュミナと勇樹が慌てた。
「あ、いや良いよ? 僕にも非がない訳じゃあないし」
「そうです姉上! こんな破廉恥漢に頭を下げる必要など!」
勇樹が恐縮したように言うと、リュミナもそれに追従して声をあげる。
しかし、リューナは頭を下げたまま口を開いた。
「……リュミナ。あなたも謝罪しなさい」
静かに言われ、リュミナが詰まった。
「わ、わたしは悪くなど……」
「リュミナ」
言い募ろうとするリュミナを遮るように、冷たい声が響く。
それに飲まれるようにリュミナは口を閉じた。
その青い目にだんだんと涙がたまり始め、頬を膨らませると、いかにも渋々といったふうに長剣を鞘に納めた。そして涙目のままリューナの横にならび、むくれながら勇樹をにらむ。
「…………わるかった」
ソッポを向いて謝罪を口にするリュミナ。その姿に子供っぽさを感じて、勇樹は思わず小さく吹き出してしまった。
するとリュミナが目を剥く。
「な! なにが可笑しい!」
激昂して再び柄に手をかけるリュミナ。それを見た勇樹は慌てた。
「あ、いやごめんごめん。なんだか可愛らしくってつい……」
弁解するように言う。と、リュミナが固まった。リューナも驚いたように顔を上げていた。 そして、リュミナの白い肌がみるみる朱に染まる。
「な、な、なな……」
「ど、どうしたの? えーっと、リュミナ……さん?」
口をパクパクさせるリュミナに、勇樹が心配げに声を掛けた。
「な、名前を呼ぶな!」
「リュミナ!」
だが、リュミナから拒絶を投げつけられてしまう。これにはリューナも声をあげた。
勇樹は困ったように頬を掻いた。
「……ごめんね」
小さく苦笑いをしながら謝る勇樹。と、リュミナもバツが悪そうな顔になった。が、鼻を鳴らしながらその場を離れていってしまった。
「……大分嫌われたなあ……」
「すいません。リュミナが……」
ぼやく勇樹のそばにリューナが近づいてきて再び頭を下げた。勇樹は慌てて頭を振る。
「ああいや、悪いのは僕だから……気にしないで?」
かなり本気で切りかかられていた事実を棚上げして、勇樹はかぶりを振った。だが、リューナの顔は晴れない。
「で、ですが……」
なおも申し訳なさそうにするリューナに、勇樹は困ったように頬を掻いた。
「いや、その、僕が君を……えっと……お、押し倒しちゃったのが原因だし……」
「!」
あさっての方を見ながら勇樹が言うと、リューナの顔がさくらんぼのようなチェリーピンクに染まった。
「わ、わ、忘れてください! い、いえ、初めてなので忘れられたら悲しいですけど、いえいえでも……」
混乱気味に青い目をぐるぐるさせるリューナ。
勇樹はそれにどう答えたものかと困り果てていた。
「なんだよ、またフラグ建ててんのか?」
ニヤけるギャラリーに混じってシルヴィアも従弟の様子を見て笑っていた。
その胸に、強く握りしめた左拳をあてながら……。