1st episode-5
「悠真!」
その姿を認めて、シルヴィアは前へと足を踏み出した。
光の庭がざわめく。
「お義姉ちゃん待って!」
鋭い声が飛んでシルヴィアは足を止めた。気配を感じて引っ込めると、そこには子ウサギのように震える不思議な生き物がいた。
「……なんだこりゃ?」
シルヴィアは蒼い目を丸くしながら、マジマジとその不思議な生き物を見下ろした。
端的に言えば肉まんの形をしたゼリーというべきか。大きさは20センチほどで、ゼリーのように向こうが透けて見える半透明な青色をしている。
少しつぶれたような横方向にふっくらとした丸っこい姿。正面とおぼしき方向には黒くてまんまるな目とおぼしきもの。それをぱちくりさせながらシルヴィアを見上げてくる不思議生物。
それは、目の位置から見て左右に備えた小っちゃな羽根をぱたぱたと動かし始めた。
すると不思議生物はふわりと浮かび上がった。
「……飛ぶんだ」
そんな不思議生物の姿に、シルヴィアは苦笑した。
どう考えてもあの羽根で浮力を得られるはずは無い。
しかし現実に飛んでいるとなれば何らかの力を使っているのだろう。
「……お前は何なんだ?」
そっと指を出して不思議生物に向ける。ソレはシルヴィアの指をしばらく見ていたが、やがて体を軽くぶつけるようにして触れてきた。
少し冷たい、ぷにぷにした感触。
それを感じながらシルヴィアは笑った。
「……あたしはシルヴィアだ。よろしくな?」
軽く指先でつつくと、風船を突いたようにふわりと後ろに下がり、また戻ってきてシルヴィアの指先をつついてきた。
「……気に入られたみたいですねぇ~」
不意に間延びするような声が聞こえてきて、シルヴィアはそちらに蒼い瞳を向けた。
滑らかな金糸が陽を照り返して煌めいた。
そこに居たのは、魚のヒレのような耳を持つ、流れる水のような青くて澄んだ光沢のある髪の少女だ。シルヴィアより少し背は低いが、その胸にたわわに実った果実は彼女を越えるようなボリュームだ。
穏和そうに笑いながら歩いてくる彼女に、シルヴィアが笑いかけた。
「オッス。あたしはシルヴィア。シルヴィア・K・クローヴィスだ。よろしくな☆」
「はい~♪ わたくしはクレネア。水棲人族です~」
シルヴィアに答えたクレネアが会釈した。シルヴィアもニコニコしながら軽く頭を下げた。
「おう☆ それで、この生き物って何なんだ?」
「知らないんですかぁ~? 精霊ですよぉ~。とは言ってもぉ~、これらは~下位精霊ですけどぉ~」
軽い調子で訊ねたシルヴィアに、クレネアはニコニコしながら答えた。
「その子はぁ~水系ですねえ~」
シルヴィアの指をツンツンしている精霊を見ながらクレネアが言うとシルヴィアはうなずいた。
「そっか。色違いがいるもんな。え~と? 青以外は……赤と黄色と? 緑に紫。それから白か」
「はい~。それぞれ火、地、風、闇、光ですぅ~」
クレネアの補足を聞いてシルヴィアはなるほどとうなずいた。
「でもぉ、あちらの子はすごいですねえ~。熟練の精霊使いでもぉ~こんなには呼び出せませんよお~?」
「そうなのか?」
クレネアの話にシルヴィアは驚いて、悠真の方を見た。
悠真は周りに集まっている精霊達と話しているようだった。
「ん? 話せるのか? 下位精霊って」
「いえ~。でも精霊使いにはニュアンスが伝わるんですよぉ~」
「おい! クレネア!」
シルヴィアの疑問にクレネアが答えていると、別の声が割り込んできた。
栗毛の髪に、意思の強そうな瞳。頭には三角形の猫耳を生やした少女がクレネアの肩を曳いた。
「あらぁ~? なんですかぁルッタ」
クレネアはゆったりした調子ながらも驚いたようで猫耳少女、ルッタの方を見た。
ルッタはシルヴィアをにらむと再びクレネアに向けて口を開いた。
「どこのどいつかもわからない怪しい奴らだぞ? 精霊の事も知らないみたいだし、教えたりするなっ!」
「でも~困ってるみたいでしたし~」
「それでもだ。敵かもしれないだろ!」
「本人の前で言うか? それ」
クレネアに注意するルッタの言葉に、シルヴィアが苦笑した。と、彼女は一瞬おや? となって二人を見た。
「つーか、精霊の事って必ず知ってるものなのか?」
「当たり前だ!」
「いいえ~? そんなことはありませんよお~?」
シルヴィアの問いに答えたふたりの言葉は正反対だった。それを聞いたシルヴィアは眉を寄せた。
「……どっちだよ」
「精霊はこの世界の根幹を為す存在だ。知っていて当然だ!」
ルッタが強く言い放つ。しかしクレネアが首を振った。
「根幹を為しているというのは事実ですけどぉ~。精霊使いかぁ、学校で学んだ人しか知らないですよお~? 僻地に行けば、精霊と知らずに一緒に過ごしていたなんて例もありますし~」
「……だそうだぞ?」
「……」
クレネアの説明を聞いたシルヴィアがルッタにそう振ると、彼女はソッポを向いた。
これにはシルヴィアもあきれてものが言えなかった。
するとクレネアがゆるりと笑った。
「うふふ~ルッタはわたくしを心配してくれたんですよねえ?」
そう言うとクレネアはルッタに抱きついた。猫耳少女は突然の行為に目を白黒させた。
「ち、違う! こ、こいつら三人とも怪しいだろ! 空屋のイタチが緊急偵察しに行って空中で拾ったとか、怪しさ満点じゃないか!」
焦って叫ぶルッタ。それを聞いてシルヴィアは軽く思案気になる。
「……ま、確かにな」
ルッタの意見にうなずくシルヴィア。ルッタは我が意を得たりと大きくうなずいた。
「だろっ?! ほらコイツも言って……」
「けどぉ、人の本質に惹かれる精霊達にこれだけ好かれるのよお~? 少なくとも悪人ではないわよぉ~」
「う……」
勢いを得たルッタだったが、クレネアの言葉に詰まる。
下位精霊とはいえ、精霊は精霊。人の本質に惹かれることに違いはない。ましてや連れの小さな少女の周りに集まったのは、下位とはいえ百を越える精霊だ。それも、彼女を助けるために自発的に集まったようにも見えた。一般的な精霊使いですら多くて数匹。それも使役しなければならないことを考えれば、すでに伝説級である。
目の前のシルヴィアも、初めて接触した精霊に逃げられる事も無かった。この時点で強い悪意を持っていない事は明白なのだ。
「チッ、もう知るか!」
やり込められたようになって、ルッタは舌打ちをしながら去っていってしまった。
「あらぁ~……」
それを見送って、クレネアは残念そうに肩を落とした。
そこにシルヴィアが声をかける。
「……わかってるよ。ルッタは悪い奴じゃあ無い。ただ仲間の事が心配なだけだろ?」
「……そう、だと良いのですけど……」
クレネアの顔は寂しさをにじませるものだった。シルヴィアはそれに気づいてはいたが、あえて流した。
まだ深入りできるほどではない。彼女はそう判断したのだ。
「……悠真は大丈夫そうだな。となりゃあ後はユウか。しんでなきゃあ良いけどなあ」
シルヴィアは頭を掻きながら嘆息すると、もうひとつの人だかりへと戻っていった。