1st episode-4
「ん、んん……」
朦朧とした意識を覚醒させながら、勇樹はうめいた。
口元に柔らかいものがあるためか、うまく言葉を発せ無い。
訝しげになって身を起こそうと手を着くと、とても柔らかいものがあり、安定しそうになかった。
勇樹はそれを確認するように手を動かすと、口元の柔らかいものが動いた。
どうやら連動しているようだ。
困惑気味に眉を寄せ、恐る恐る目を開けた。 勇樹の目の前に、美しい湖があった。ほとりには金色の葦。
さざ波を立てながらも透き通るような水を湛えたそこに、勇樹の顔が映り込んだ。
その湖がまばたきした。
勇樹の顔がおや? となる。
やがて、湖から澄んだ水が溢れ始めた。
そこで初めて勇樹はそれが人の眼だと気づいたようであった。
当然、自分がくちびるを押し付けているのもなんなのか察しがつこうと言うものだ。
と、顔の横に白銀の煌めきが踊った。
横目で見れば自身の横顔が映っている。
それは彼が昔、祖父に見せて貰った日本刀の輝きに似ていた。
それを想像してか、勇樹の顔が青ざめた。
「うわわわあぁあっ?!」
悲鳴を挙げて顔をあげる。と、手の中の柔らかい塊がひしゃげた。
「ひゃうぅっ?!」
か細いが、確かな悲鳴。
恐る恐る下を見れば、サラッとした金髪に白い肌、尖った耳と美しい碧玉の瞳を濡らした美少女が倒れていた。
いや、勇樹が彼女を押し倒していた。
冷や汗が流れる。
手のひらに力を入れると包まれていた柔玉が、ふにょんと変形した。
「ひぅん」
美少女が頬を染め小さく声をあげる。
そう、彼の手が揉みしだいているのは、彼女の溢れんばかりに盛り上がった母性の象徴たる二つの山だった。
「……シルビーより一回り小さいかな。いや形は……」
「……?」
勇樹はぼんやりと呟いた。美少女は訝しげな顔になる。
と、勇樹の表情が、引き締まった。同時に横っ飛びで飛び退けば、彼の頭があった場所を銀色の閃きが薙ぐ!
「危なっ?!」
思わず声をあげてみれば阿修羅のごとき表情で先ほどの美少女が長剣を振るった所らしかった。
「……って、え?」
いや、さっきの美少女は地面に転がったまま勇樹を涙目で見ていた。それとは別に、同じ顔の美少女が憤怒の形相で勇樹を睨んでいた。
「……き、さま……よくも姉上に不埒なことを……この破廉恥漢めっ!」
「は、破廉恥漢っ?! いつの言葉っ?!」
怒り心頭の美少女に、思わず突っ込んでしまう勇樹だが、相手は問答無用で斬りかかってきた。
「せあっ!」
「くっ?!」
勇樹は素早く後ろへと飛ぶ。周りに居た様々な種族の少女達が巻き込まれてはたまらないと広がった。
勇樹も巻き込んでしまうのは本意ではないらしく、少女達から距離をとりつつ立ち回り始めた。
それを角を生やした巨人の女性と一緒に眺めているのは勇樹の従姉のシルヴィアである。
「おーおー、やってるなあ。まあ自業自得か」
「助けないのか?」
巨人が訊ねてくるが、シルヴィアは金髪を揺らしながら肩をすくめて軽く息を吐いただけだった。
「ま、大丈夫だろ。相手は激昂して得物を振り回してるだけだからな。よっぽどの事がなけりゃユウはやられないよ」
実感を込めて漏らす。
その様子に、巨人の女がふむとうなずいた。
「信頼しているのか? あの男を」
「ん? そーだな。まあ頼り無いとこもあるけど、とりあえず長い付き合いの従姉弟同士だからな」
巨人に答えて、シルヴィアは蒼い瞳で彼女を見上げながらニカッと笑った。
「あたしはシルヴィア・K・クローヴィスだ。シルビーでいいぞ?」
「赤の部族の戦士、リグカテナだ。カテナで良い」
そう言ってカテナは、右手を左胸に着けてそっくり返った。
その行動にシルヴィアは蒼い目を丸くした。
「……それってどういう意味だ?」
「ん? これは我が角巨人族の挨拶だ」
シルヴィアの質問に、カテナは苦笑気味に答えた。シルヴィアはほうほうと軽くうなずく。
「なるほどなあ。えっと、同じポーズで返せば良いのか?」
「そうだ」
カテナの答えにシルヴィアは同じようにそっくり返って見せた。なにやら奇妙な様相である。
それを終えて二人は勇樹の追いかけっこの方を見た。シルヴィアが軽く頭を掻いた。
「…………やっぱ習慣とか違いそーだなー」
嘆息と共に漏らす。
「っと、悠真は?」
思い出したのは小柄な少女のことだった。
直前まで気絶していたはずだ。
「……くっそ! 状況に頭が追い付いてねえ! カテナ悪い!」
悪態を尽きながら、シルヴィアは駆け出した。
「悠真!」
小さな少女が放り出されたはずの方へ、向かうとそちらにも人だかりが出来ていた。
「なんだ?」
シルヴィアは訝しげになりながらも、その人垣へと割り込んでいった。
「悪いっ! ごめんっ! ちょっとどいてっ!」
様々な種族の少女を押し退けながらシルヴィアが人垣を越えると、そこには幻想的な光景が広がっていた。
広がるのは光の草原。
舞い飛ぶは何十……いや、百を越えるであろう光の玉達。
その中心で。
それと戯れるようにして、妹分の小柄な少女の姿がそこにあった。