1st episode-3
晴れ上がった空に、ひとつの光の軌跡が描かれる。
それは、三人もの人間を抱えた、空を飛ぶ少女の姿だ。それは橙色に近い茶髪と、同色の丸くて小さな耳。ふさふさの毛に覆われた尻尾のある獣人の少女。
長裾の白い上着をたなびかせ、足に履いたオリーブグリーンのメカニカルブーツの突端に光のリングを発生させて、鳥より、ドラゴンより早く飛ぶ。
その負荷は大きいはずだが、少女も、抱えられている三人も辛そうな様子は無い。
とはいえ、そこそこの時間しがみついている三人……正確には気絶している一人をしっかり固定して少女に掴まっている二人は疲労を感じなくもない状態になっていた。
「もうすぐ到着しますからね」
少女に声を掛けられて、ふたり……柔らかそうな髪の少年勇樹と、金髪碧眼の少女シルヴィアはうなずいた。
やがて進行方向に巨大な城が見えてきた。中世ヨーロッパに建てられたような城塞だ。湖のほとりに建つそれは、直近に拓けて綺麗に“舗装された”滑走路を備えており、軍事基地のようにも見える。
「あれです! あれが私の所属する“第502試験統合戦闘団”、通称“銀伐の戦乙女”の拠点です!」
少々興奮ぎみに言う獣人の少女の言葉に、シルヴィアが眉を寄せた。
「そこはもっと通称っぽくカタカナ書きじゃねーのか?」
「あははは……」
従姉の言いように、勇樹は苦笑いした。そして、改めて城を見る。
その城の外観は、先程も言った通り中世代の城。現代からすれば古城と言えるだろう。しかし、目を凝らしてよく観察すれば、城のあちこちに据え付けられているのはバリスタやカタパルト等では無く、威圧するような長い鋼の筒が空を睨むように設置されている。
それは“対空戦闘用の砲台”。高角砲だ。
さらには城の隅からダンゴムシと箱を掛け合わせたような“車”が数台、のろのろした様子で姿を現していた。
さらに距離が近づけば、それが上面に小さな箱のようなものを背負った“戦車”の様なものであるとわかる。
「……異世界の、軍隊か……」
勇樹が小さく漏らす。
救助後、突然言葉が分かるようになって面食らいはしたが、それをシルヴィアに伝え、おそらく目の中に生じた銀色の円盤のせいだと結論付けた二人は、ここに来るまでに獣人の少女に色々なことを聞いた。そして出た答えは、自分達はなんらかのトラブルによって自分達の世界から、この異世界に呼び寄せられたのだと判断した。
そして彼女とその仲間達は、天より落ちてきた黒い柱、から現れる、ダスクメタリカと呼ばれる悪魔達と戦う最前線に配属された軍人。らしい。
らしい。というのは、ニュアンス的には軍隊っぽいのだが、どうも各国から志願して集まった義勇兵部隊というのが正確な様だからだ。
「……どうなるのかな……」
近づいてくる城と滑走路、その周りを固めている人々を見て、勇樹は不安げに漏らした。
「なるようになるんじゃねえの?」
不意にかけられた言葉に勇樹が顔を上げると、風にあおられた金糸をそのままにがシルヴィアが笑い掛けてきた。不安を吹き飛ばす、お日様のような笑顔だ。
それだけで、勇樹の胸の奥を支配しかけていた暗雲も晴れたようだった。
「……そうだね」
応えるように勇樹も笑った。
そこへ少し不機嫌そうな声が降ってきた。
「……もうすぐ着陸しますから、きちんと掴まってください」
「う、うん……」
「おう☆」
つっけんどんな獣人少女の声に、勇樹が戸惑うように答え、シルヴィアは苦笑いしながら返事をした。
徐々に地上が近づき、少女が減速し始めると、周囲に集まっている人々がよりはっきり見えてくる。
「……女の子ばっかり?」
勇樹がポツリと漏らす。見れば興味津々にこちらを見ている野次馬はすべて女性。それも見た目が十代にしか見えない少女ばかりだ。
そして、種族も様々だ。
とがった耳のほっそりした少女。
下半身が馬の体の少女。
毛むくじゃらの犬のような少女。
機械のような光沢の髪の少女。
背中に白い翼を備える少女。
鋭い角を備えた大柄な女性。
魚のヒレのような耳の少女。
小柄でがっしりした少女。
額にも目のある少女。
他の少女の腰ほどの高さしかない女の子。
漫画やアニメで見るような様々な獣人亜人。むろん普通の少女の姿もあるが、髪がピンクだったり青かったり紫だったりと、「染めてるんだよね?」と聞きたくなるような髪色の少女が目立つ。
他には直立したトカゲ人間や、下半身がサソリなのも見えたが、こちらの性別はちょっと分からなかった。
トカゲの雌雄の見分け方はわからないし、サソリの方は人型の上半身も昆虫みたいで判別不可能だった。
「……すっげえな」
「……ほんとにね」
その光景に、シルヴィアが呆然と呟けば、勇樹も圧倒されたようにうなずいた。
そして、三人を抱えたままの獣人少女が、メカニカルブーツを前へ振って軽く逆噴射しながら減速しつつ滑走路へ滑るようにアプローチした。
「よし!」
獣人少女が小さく快采を挙げたことに、勇樹もシルヴィアもギョっとなった。
着地が出来てこれだけ喜ぶということは……。
二人が身構えるより早く、獣人少女のメカニカルブーツの先端が滑走路を擦った。
「あっ?!」
と叫んだときには、獣人少女つんのめって空中で前転していた。
「うわっ?!」
「うおっ?!」
「ふえ?」
その拍子に放り出された三人は、油断していたこともあってバラバラに吹っ飛んでいった。
それぞれの先には野次馬の群れ。
「わあっ!? どいてどいてえ~っ!?」
「へ?」
勇樹の落下点には長い金髪に碧眼の尖り耳少女の姿。突然の出来事に一瞬硬直したのが運の尽き。突っ込んできた勇樹の体をまともに食らっていた。
シルヴィアの飛んだ方向には、三メートル近い巨躯に、頭に二本の鋭い角を生やした女性の姿。
「おーっ、どいてくんなー」
余裕そうに言うシルヴィアを一瞥して、女がフッと笑った。そして片手で彼女をキャッチする。
「おお……さ、さんきゅ……」
「……良い」
女が軽く笑ってシルヴィアを降ろした。少々目を回していたシルヴィアはそのまま座り込む。
そして。
「?!?!」
直前まで気絶していた悠真は、何が何やらわからぬままに宙を舞っていた。
「なになになんなのぉお~~っ?!」
小さな体をバタつかせるがどうにもならずに落ち行く。
落下先の少女達が対処しようと身構えた、が。
サアアァァァアッ!! っと小さな光の玉の群れが、悠真の進行方向に集まって彼女を優しく受け止めた。
「ふえ?」
何が起きたのかさっぱりわからずに、悠真は目をぱちくりさせた。