4th episode-4
「イブキ? 呼吸ですか?」
リューナが首をかしげる。
それを見て勇樹はうなずいた。
「そうだね。正確には呼吸法。僕とシルビーが修得した武術の呼吸法でね? 気の循環を促すんだ」
「武術? キとはなんだ?」
武術と聞いて興味を持ったらしいリュミナが勇樹に訊ねた。
勇樹はわずかに思案するようにしながら答える。
「“気”だね。うーん、何て言えば良いのかな? 精神力……と言うか命の持つ力? みたいな? それを体内に循環させることで肉体を活性化させ、体の内側から力を生じるんだ」
「元々は中国……あたしらの世界の隣の国で発達した考え方で、内蔵を鍛えることを視野に置いてるらしいぞ? あたしらの師匠でもあるじいちゃんが、若いときに向こうで体験してうちの流派に組み込んだんだとさ」
勇樹の答えにシルヴィアも続けて口を開いた。
それを聞いてリュミナが感心したように唸り、リューナは何事か思案していた。
「……“気”は魔力のことかしら? 体内循環という発想は魔力の循環に似たものがありますから……」
ぶつぶつと呟く姉を置いて、妹は少し身を乗り出していた。
「この世界には無い考え方だな。なかなか興味深い。私に教えてくれまいか? シルヴィア殿」
「パス。あたし、人にモノ教えんの苦手なんだよ。ユウが得意だからそっちに頼めよ」
拒否された上に、教えを請いたくない相手を名指しされ、リュミナは、エルフ特有の整った顔を歪めた。
「…………この破廉恥漢にか?」
「おう、その破廉恥漢にだ♪」
嫌そうに訊ねるリュミナに、シルヴィアが満面の笑みを浮かべて答えた。エルフ娘が、ぐぬぅと呻く。
ふと勇樹の方を見れば、彼は魔導がうまくいかない義妹に、アドバイスしていた。
その様子に、リュミナはふむとうなずいた。
「……それにしても簡単に魔導をモノにしたものだな? 簡単な方法とはいえ出来ない者は一月経っても出来んものだが……」
「あー、たぶん息吹を修得してるせいだよ」
「……なに?」
なんでもないように言うシルヴィアにリュミナは目を鋭くした。それを気にした様子も無く、シルヴィアは話を続ける。
「やってみて思ったんだけど、、体内を循環させるイメージはあたしもユウも慣れてるからな。気を循環させる要領で魔力を体内に循環できないかと思って試したんだよ。うまくいった」
それを聞いてリュミナは顔をしかめた。
シルヴィアは確証があったわけでは無いらしかった。思い付いたから試してみた位のノリでやったようだった。
「……危険だとは思わなかったのか? 魔法はお前達の世界には無いのだろう?」
「そーだな。危ないかもしんないけど、やってみないとわかんねーし、うまくいったんだから良いじゃん♪」
直感主義の天才肌。そのうえ楽天的で前向き。
リュミナは似たような人間を知っていた。
自らの上司、東野綾乃百竜長だ。
そんな上司に振り回された覚えしかないリュミナにとって、シルヴィアは天敵になりうる存在だ。だが今は、彼女に対する警戒を一段高めたに過ぎない。
と同時に、リュミナはシルヴィアに振り回されているであろう少年に僅かながらに同情した。
「……奴なりに苦労していると言う訳か」
「ん?」
呟いたリュミナに、勇樹が反応して顔を上げるが、リュミナはそっぽを向いた。勇樹も特に気にせず、リューナの方を見た。彼女はいまだに何やら考察しているようだ。
「リューナ」
「異世界間ながらに共通項が……はい?」
呼ばれてキョトンとなったリューナがそちらを見れば、勇樹が苦笑いしていた。
「悠真がうまく出来ないみたいだし、教えてあげてくれないかな?」
「え? あ! ごめんなさい! ユーキさん達が出来てるからてっきり……」
勇樹に言われて慌てるリューナ。勇樹とシルヴィアが出来てしまったことで悠真の事がすっぽり抜けたようだ。
「僕とシルビーは、“息吹”のお陰だよ。呼吸法同士で共通項が多かったせいじゃないかな?」
「そうなんですか?」
「たぶんね。で、僕が教えられるのは息吹が出来ることが前提になっちゃうから、ちゃんとしたやり方を指導してあげて欲しいんだ」
僕とシルビーにも必要だしね。と続けた勇樹に、リューナはうなずいた。そして悠真を見ると、彼女は精霊を抱えたまま顔を真っ赤にしてスーハースーハー呼吸をしていた。
呼吸に集中しすぎて、魔力を循環させるイメージがつかめていないようだ。
リューナはしゃがみ込んで悠真を見る。
「悠真さん、落ち着いて。一回止めてください」
「スーハー……ふぁ? は、はい……」
声を掛けられ驚いた悠真は、目をぱちくりさせながら深呼吸を中止した。
無理に深呼吸を繰り返したお陰で、返って呼吸も乱れてしまっているようだった。
リューナは悠真にニッコリ微笑んだ。
「そんなに焦ってしまっては、出来るものも出来ませんよ? リラックスリラックス」
笑顔で言うリューナだが、悠真は顔を伏せてしまう。
「けど、お義兄ちゃんもお義姉ちゃんも出来るのに……」
うなだれる彼女にリューナは眉尻を下げた。
「大丈夫ですよ? 落ち着いてやれば必ず出来ますから。それに……」
「……」
優しく諭す。彼女は悠真の表情に不安を感じ取っていた。
家族である勇樹とシルヴィアに出来ることを出来ない自分は、ふたりに置いていかれると心配しているのだろう。
リューナは言葉を続ける。
「ユーキさんも、シルヴィアさんも、あなたを置いていったりしません。ちゃんと待っていてくれますよ?」
「……」
悠真は不安げに勇樹を見上げた。彼は笑って悠真の頭に手を乗せた。
「うんそうだよ悠真」
そう言って、義兄がくしゃりと義妹の頭を撫でると、彼女はくすぐったそうに目を細める。
そんな義理の兄妹の姿に、シルヴィアもリューナも、そしてリュミナも微笑んだ。
「それじゃあ、もう一度やってみましょうか? 悠真ちゃん」
「……はい」
立ち上がったリューナに言われ悠真は首肯しながらはっきりと返事をした。
「まず、両手をおへその下辺りに添えてください」
「……」
リューナが自らの下腹に両手をの指を重ねるようにして添えながら言うと、悠真は精霊を置いて同じような姿勢になった。
精霊は小さな翼をパタパタ動かしてふわりと浮かび上がると、そのまま悠真の頭の上に着地する。まるで帽子のようである。
悠真自身はそれを気にする事は無く、リューナの指示通りにしていた。さらに悠真の両隣の勇樹とシルヴィアも同じ姿勢となる。改めて悠真と一緒に基礎的な部分を修得するつもりなのだろう。
リューナは三人の様子にうなずいて口を開いた。
「では、目をつぶってください」
そう言って目をつぶったリューナに続いて、悠真達も目をつぶった。
「そうしたら手で触れている場所に集中しながら、そこへ流し込むように息を深く吸って……」
言葉に従い、息を吸う。
「お尻の方から背骨に沿って押し上げるようにゆっくり吐いて……」
揃って息を吐く。
「これを繰り返します」
そうして繰り返す。
部屋に、呼吸を繰り返す音だけが響く。
「……そうすると体の中に温かい塊が感じられてくる筈です。どうですか?」
「あ……」
「うん……」
「へえ……」
リューナの言うように、体の中に温かい何かを感じてか、三人は声を漏らした。
「それが魔力の塊です。その感触を忘れないようにしてください」
リューナの言葉に、三人が「ハイ」と返事をした。




