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3rd episode-11


「大丈夫? シルビー」

 左腕を押さえた勇樹は、向こうに大の字で寝転がっているシルヴィアに近づきながら問う。

 シルヴィアは身じろぎすらしない。

「……負けちまったな」

「ごめん、勝手に投了して」

 呟くシルヴィアに、勇樹は謝罪を口にする。が、シルヴィア晴れ晴れとした様子でニッと笑った。子供のような笑顔だ。

「良いさ。どのみちあたしも起きれた自信無いしな。しっかし、すげえパワーだったな? 火事場のなんとやらってか?」

「まあ、同じくらいの歳といっても、軍人さんだってことかな?」

 勇樹が言うと、シルヴィアは「かもな」と返して身を起こした。その顔が一瞬曇った。

 勇樹がどうしたのか? と覗き込もうとすると、彼女の方が顔を上げた。

「つーかこれ、どうなるんだ?」

「……さあ?」

 蒼い瞳に見つめられながら問われた勇樹は、首をかしげた。

 そも、この勝敗で何をどうするなどと言うことは聞いていないのだ。

「……こっから放り出されんのは勘弁だなあ」

「……確かに。悠真も居るし、この世界の自然環境や動植物についてはなにも分かってないしね」

 サバイバル知識を持ってはいるが、異世界の生態系などさっぱりである。食べられるもの食べられないものが見分けられないというのは痛手だ。

 シルヴィアは息を吐いた。

「だなあ。特に悠真には野宿はキツすぎるだろうしなあ」

「……うん」

 とはいえ三人とも放り出されたらそうする他無いだろう。

 そういう割り切りの点ではこの二人には問題はなかった。

「最悪、悠真だけでも残してもらえないか頼もうか?」

「悠真が嫌がるだろそれ」

 勇樹のポツリと漏らした言葉に、シルヴィアはうろんげになった。勇樹も「だよね」とうなずく。悠真をひとりぼっちにするなど、彼には出来そうに無い。


 悠真にとってこの世界で頼ることの出来る家族は勇樹だけなのだ。

「とにかく、東野さんやレアリーさんと話して……」

 そう言ったところで、シルヴィアが向こうを眺めているのに気付いた。

「どうしたの?」

 勇樹はおや? となって訊ねると、シルヴィアが蒼い瞳だけを彼に向けた。

「……いや、なんか揉めてねーか? あっち」

「揉めてる?」

 勇樹は驚いてシルヴィアの見ていた方を見やる。

 と、確かに向こうには数人の人だかりが出来ていた。

「……行ってみよう」

「おっけ」

 勇樹の判断に、シルヴィアはうなずいて素早く立ち上がった。その所作にダメージの影響は見えない。

 ふたりで連れ立ち、闘場を歩いていき、人だかりに近づいた。

「なにかあったんですか」

 近場の少女に声を掛ける。足が鳥のような鉤爪になっている少女だ。振り向いた彼女はあっとなる。

「あ、カナザワさん。えと……ファンタ大竜士が……」

 茶髪と金髪のストライプというロングヘアの彼女は困ったように集まりの真ん中を見た。

 するとそこには、悔しげに泣き崩れているリュミナと、呆れたように嘆息するクウリャの姿。

 それを見て勇樹とシルヴィアは一瞬呆気にとられた。

 彼女たちは勝った筈なのに、なぜ悔しげなのか?

 ふたりは顔を見合わせると、意を決して真ん中の二人の元へと向かった。

「すいません通してください」

「ちょっとゴメンね~」

 声をかけながら人垣を抜けると、クウリャがふたりを見ていた。

 どうやら近づいてくるのに気付いていたらしい。

「よお異世界人。よかったな、勝てて」

「……え?」

「はあ?」

 シラケた声で言われ、ふたりは戸惑った。

 なんの話だかさっぱりである。

「いや待てよ。勝ったのはお前らだろ?」

 シルヴィアがそう言うとクウリャは肩をすくめリュミナを見下ろした。

 ふたりともそちらを見る。

 と、うなだれていたリュミナが視線を感じてかビクリと震えた。

 が、すぐに顔を上げて二人を見る。エルフの美しい造形の顔がくしゃくしゃの泣き顔になっていた。

 涙で潤んだ切れ長の目でにらまれ、勇樹は息を飲んでしまう。と、頭を小突かれた。

「……なに緊張してんだよ。どーてー」

 呆れたようにシルヴィアに言われ憮然となる。

 それを見てクウリャが笑った。

「くくく、まだ経験無しか? ま、“月の魔瞳”を維持してくならその方が良いかもな?」

 からかうように言われ、勇樹は困惑する。冗談を言い合えるほど仲良くは無かった筈である。そんな勇樹の様子を見てクウリャは含み笑いする。

「ククク、きにすんな。勝ち負けはともかく面白い戦いが出来て俺は満足だしな。つーか、リュミナ、良いのか?」

「くっ!」

 クウリャになにやら促されたリュミナは悔しげな声を漏らした。

 が、観念したように下を向く。

 闘場の床に膝を揃えて正座し、両手を着いて頭を下げた。

 そう、いわゆる土下座である。そして、その姿勢からリュミナは絞り出すようにして声を出した。

「……すまない、この試合、私の反則敗けだ」

 思わぬ宣言に、勇樹たちはまたも呆気にとられてしまう。

 なにがなにやらわからない。

 それが彼らの今の気持ちである。

 その様子を見かねたのか、クウリャが嘆息しながら口を開いた。

「それじゃあ分からねえっての。……たく。異世界人、最後にコイツが……」

 言いながら親指で土下座中のリュミナを差すクウリャ。

「コイツがお前らを吹っ飛ばした時な、反射的に魔法を使っちまったらしい」

「は?」

「へ?」

「す、すまないーっ!」

 クウリャの言葉に勇樹とシルヴィアはポカンとなり、リュミナがさらに床に額を擦り付けながら謝罪する。

 それを後目にクウリャは続けるように口を開いた。

「使ったのは“身体強化フィジカルエンハンス”って肉体強化の魔法だ。まあ、魔法は無しって話だから反則敗けだわな」

「す、すまない~」

 あきれたようなクウリャの声にリュミナの声が弱々しくなった。

「な、なんで?」

「黙ってりゃわかんねーのに」

 魔法を使ったことすら気付かなかった。自ら明かさねば気付かなかったはずだ。

 クウリャが苦笑いする。

「まあコイツは俺と違って生真面目だからな。それによ、勘違いしないで欲しいんだが、使いたくて使った訳じゃあねえんだわ」

「どういうこと?」

 勇樹が首をかしげながら訊ねた。

 クウリャは頷く。

「コイツらエルフってのは、元々剣を振り回したりするより、魔法を扱う方が得意なんだ。それも反射的に使えるくらいな」

「反射的に?」

「ああ。例えばだが……」

 刹那、勇樹の右手がクウリャの拳をパシッと受け止めた。彼女がおもむろに拳打を放ったのだ。

「……とまあ、反射的に受け止めただろ? そのレベルで魔法を使える。もちろん、意識しないでだ」

 言われてなるほどとうなずく勇樹たち。それを見てクウリャもうなずいた。

「ここまで言えば分かるだろうがエルフが魔法を使わないってのは無意識の部分まで意識してセーブしなきゃ出来ねーんだ。で、最後の最後にコイツはセーブしきれなくてほとんど無意識に発動させちまったってわけだ」

「すまなぃ~」

 リュミナの謝罪の声が萎れていく。

「つーことでこの試合は俺らの反則敗けだ。OK?」

「いや、でもそれは……」

 クウリャの言葉に勇樹は異を唱えようとする。が、シルヴィアが制止した。

「……わかった。それでいこう」

「シルビー?」

 クウリャの言葉を受諾したシルヴィアに勇樹は訝しげになった。それに気付いてシルヴィアが笑った。

「……受け入れてやんなきゃ、土下座までしている奴の立つ瀬が無いってことさ」

「……あ、そうか」

 シルヴィアの答えに、勇樹は失念していたとばかりに額を叩いた。

 クウリャが笑う。

「そういうこった。ま、俺は気にしてねーからよ」

 そういってきびすを返すと闘場の出入口に向けて歩き出した。

「じゃな、楽しかったぜ? また手合わせしようや」

 そんなことを言いながら去っていくクウリャを見送って、勇樹たちは笑った。

 そして、リュミナの方を見る。

「えっと、ファンタ大竜士。胸を貸していただいてありがとうございました」

「ふえ?」

 突然お礼を言われ、リュミナは目を白黒させながら顔を上げた。

「ゆ、許してくれるの?」

「許すもなにも事故みたいなものじゃないですか」

「それにあんたは自分からそれを告げたんだしな」

 勇樹がリュミナに右手を差し出し、シルヴィアが笑った。

 リュミナが安堵の笑顔となり、勇樹の手を取ろうとする。

 その時。

『ユーキさん! リュミナ! 大丈夫?! ケガは無い?』

 叫ぶような大きな声を出しながらリューナがパタパタ走ってきた。

 何事かとそちらを見る一同。その時、リューナの爪先が床に引っ掛かり、体が宙を舞った。

「あ。」

「え?」

 呆気にとられる一同の目の前で、リューナは勇樹にぶつかり、そのままもつれるようにして転がる二人。

「ユウ?!」

「姉上!?」

 シルヴィアと立ち上がったリュミナが慌てて二人の元へ。

 その目の前で、リューナが身を起こした。

「あ痛た……」

「大丈夫か?」

「姉上、ご無事……」

 体を起こしたリューナを見てシルヴィアとリュミナは安堵の息を吐いた。だが、そこで見てしまう。

 座り込んだリューナのスカートから、勇樹のお腹から下辺りが出ているのを。

 つまりリューナが下敷きにしているのは……。




 息苦しさに目を覚ました勇樹は、うっすらと目を開いた。

 目の前に広がるのは、白。

 純白の世界だった。

 まさかの天国か? と首を巡らせようとするが、彼の頭は柔らかくて熱いものに挟まれていた。それだけでは無く、口許にもなにやら熱く柔らかいものが押し当てられている。

 どうしようもない息苦しさに、強引に息を吸うと、鼻腔にツンとした刺激臭が広がった。

 その匂いに、勇樹の胸が高なる。さらに、『……ッン』とどこからか声が聞こえた。

 しかし、純白の世界には他に誰の姿も無い。

 勇樹は、意を決して助けを求めるべく声を上げた。

「もごぉっ!」

 くぐもった声が上がる。と、同時に、『……ャゥン!』という声が聞こえてきた。

 なんの意味だか分からず訝しげになる勇樹だが、さらに周りに異変が起き始めていた。

 顔を挟む柔らかいものの熱が増していき、挟む力が強くなる。口許を押さえている柔らかいものも熱くなり始め、さらに湿気を帯び始めていた。

 先程までよりはるかに濃厚な匂いが充満し始め、勇樹の胸が早鐘を打ち始めた。

 息苦しさも増していき、勇樹は思わず強引に顔を動かした。

 鼻先に、コリッとしたものが当たるが、気にしてはいられなかった。

「きゃうっ?!」

 今度ははっきり聞こえた悲鳴のような声。同時に顔面が押さえつけられた。

 混乱した勇樹は顔の上にあるモノを退けるべく両手で鷲掴みにした。

「ひゃあんっ?!」

 再び上がる悲鳴。顔を押さえつけていたものが無くなる。

 と、急に目の前が開けた。

「……何やってんだ? お前」

「モゴ?」

「やぅっ?!」

 うんこ座りで覗き込んできた従姉の顔にキョトンとなりながら返事をすると、艶のある悲鳴が上がった。なにかと思い見上げると、大きな山脈の向こうに、顔を真っ赤にして息を荒げ、潤んだ青い瞳で勇樹を見下ろすエルフ少女の姿。

 それがリューナだと、気づき自分と彼女がどんな体勢でいるのかに思い至る。

 つまり、リューナは勇樹の顔面に尻餅を着いてしまっていたのだ。

 さらに勇樹は、そのリューナを退けるべく、彼女のお尻を鷲掴みにしていた。

「……」

 気づいた瞬間青ざめるものの、すでに時遅し。である。

「おのれ又しても姉上にハレンチなことを……」

 地獄から響くような声に気づいた勇樹が見上げた先に、リュミナが居た。憤怒に歪んだ顔に、勇樹は思わず生唾を飲み込んだ。その挙動にリューナが「ひゃんっ?」と反応し、リュミナが拳を振り上げた。

 勇樹は振り下ろされる甘んじて受けた。

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