1st episode-2
気が付けば、三人は空中に投げ出されていた。
一瞬の浮遊感に、三人ともキョトンとなった。
視界に見えるのは、蒼い空と白い雲と緑の大地と広がる青い海と天に浮かぶ島。そして……陽の光を反射する銀色の海。
「銀色の……海?」
「え?」
「ほおぅ」
勇樹が思わず漏らした声に悠真は下を見てしまった。
現実感の無い光景に驚く間も無く、三人に自由落下の時間がやって来ていた。
「う、うわあぁぁあっ!?」
「きゃああぁぁぁあっ?!」
「うっひゃぁあ良い眺めぇ☆」
三者三様の悲鳴を挙げて、命綱も何も無い制服だけの姿で、風を切るように、三人は落ちていく。
何が何やら分かっていない悠真は、必死で勇樹とシルヴィアにしがみついていた。
そのふたりも、すでに状況から解りきっている結果を導き出しており、なにをどうあがいても自分達三人が助からないことを確信していた。
余裕そうな事を言って落下速度によって自身に叩きつけられ続ける空気の壁に抗いながら周りを見ているシルヴィアも青い顔。
悠真だけでもと必死で抱える勇樹に顔も青い。
助けたいと願う相手が傍にいるのに、なす術も無く数十秒後には訪れるであろう、自らの生の終焉に、くちびるを噛む。
「く……そ……っ!」
「ユウ!」
悔しそうに漏らした声とは違い、よく通る声が耳を打つ風切り音を切り裂いて彼に届いた。 何事かと見れば、金髪碧眼の従姉が苦労しながら腕を伸ばし、向こうを指差した。目を開けるのも苦労する中で、勇樹はその先を見る。
そこに在るのは、“柱”だ。
銀色の柱が大地から蒼い空を貫かんばかりにそびえ立っていた。
こんな構造物が作られたなんて聞いたことはない。
ましてや一本ならともかくとして複数本となればなおさらである。
「……んだ……あれ?」
「……んねえ。……ど、……の……られた……て、き……こ……い!」
途切れ途切れながら聞こえる言葉の内容は、ある程度類推できた。
が、それが今の状況の打破に役立つとはとても思えない。
だが、それでも。
最後に見やった銀色の海の最奥。禍々しいまでに黒い入道雲の中心から天に向けて伸びる黒い“柱”。
それを目にした瞬間、勇樹は言い知れない程の恐怖を感じた。
今から大地に叩きつけられて生を失うという事実より、心臓を握りしめられるような、圧倒的な恐怖感。心の奥底でガンガン鳴らされる警告音。
まるであれは……。
「死、そのもの……」
勇樹は呟いて、その黒い“柱”を睨んだ。
「! ユウっ!」
シルヴィアが鋭く呼ぶ。風を切る音が充満している鼓膜に届いたそれに、彼女を見ればまた別の方向を見ていた。
蒼い空の一点。光点が煌めいた。
「なんだ?」
よく見ようと目を凝らす。光点は影となり、ぐんぐん近づいてきた。
「……人?」
横に長いシルエットは微妙だが、徐々に顔らしきものが判別出来てきた。
かと思えば、その人物はあっという間に三人の元へとたどり着き、通り過ぎた。
足を振って鋭くターンしてから、落ちていく三人を追跡するべく急降下してくる。
そして、相対速度を合わせてこちらを見た。
長く伸ばした橙色に近い茶髪に、くりっとした茶色の瞳。頭の横、上の方には小さくて丸い耳。
長裾の白い上着に、赤いミニスカートを履き、足にはメタリックの輝きを放つ流線型をしたオリーブグリーンのメカニカルブーツ。
ミニスカートの上辺りからは金属製の翼を生やし、お尻の少し上っかわからはふさふさした橙色に近い茶色の毛に覆われた尻尾。背中に担いだアサルトライフルが物々しいが、勇樹らと同年代に見える……獣人の少女。
「ルケルセ?! イ、マガルアルケサ!」
必死な顔で叫んで手を伸ばしながら、勇樹達に近づいてくる少女。
その様子に、勇樹とシルヴィアは、なんとか目配せしてからうなずき合って手を伸ばした。
言っている言葉もわからなければ、どんな相手かも不明。なぜか向こうの声がクリアーに聞こえるなど疑問はいくらでも出てくるのだが、今直面している危機から脱することが可能ならば手を伸ばさない理由は無い。まさに藁をも掴む気持ちで、ふたりは獣人の少女に手を伸ばした。
指先が触れ合い、そして互いに掴み合う。その瞬間に、獣人の少女は思わぬほどの力で三人を引き寄せて抱え込む。
「ホルト! レットグラホルト!」
叫んだ意味はわからないが、少女の顔から無茶をしそうな気配を感じて勇樹は悠真をしっかり掴み、獣人少女のほっそりしたウエストに手を回した。向こう側からもシルヴィアの腕が回ってきて彼女の手が勇樹の部レーザーの袖を巻き込むようにホールド。勇樹も同じようにシルヴィアのブレザーの袖をホールドした。
獣人少女の腕もしっかりと二人の体を固定している。後は二人が悠真を離さないようにしっかり抱えるだけだ。
ぐんぐんと大地の緑が迫ってくる。
「プルテヒルトリグデラテ!」
獣人の少女が叫んだ瞬間、その瞳の中に銀色の魔法陣が出現し、高速で回転を始めた。
勇樹は、自身の体にかかっている加速の負荷が弱まったことに気づいて、彼女を見上げた。
と、「ケルテ!」と獣人少女が再び叫び、両足を振り回すようにしながら横に向けた。とたんに横Gが加わり、勇樹達がうめく。
「シュメ……ンタ。チョ……ユカン……タ」
少女もGに耐えながら済まなそうに言う。
勇樹とシルヴィアは答える代わりに強張りながらも笑みを向けた。
それに少女は驚いてから、強張りながら笑った。
そうして、四人の軌道がゆるやかに浮き上がり、旋回していく。
落下のGを分散した少女は、歯を食い縛って体を起こした。
「カリウダーーッ!」
渾身の力を込めて叫ぶ少女。勇樹達三人も、歯を食い縛って体を引きちぎらんばかりの負荷に耐えた。
そして、橙色の突風が草原を抉るように駆け抜けて、蒼い空へと昇っていった。
「……助かった……のか?」
「……みたいだぜ?」
勇樹の呟きに、シルヴィアが答えた。そちらを見れば彼女が笑い掛けてきた。
腕の中の義妹を確認すれば、気絶してはいるが呼吸もしっかりしており、ひと安心とばかりに勇樹は息を吐いた。
そして獣人少女を見上げた。気づいた彼女も笑い掛けてきた。
「ルケルセ? ダグラトイ?」
そして少し心配そうに言葉を掛けてきた。
なんと言っているかは不明だが、心配しているようだった。
勇樹は、「大丈夫。ありがとう」と返したが、獣人の少女は「??」と首をかしげるばかりだった。困り果てた勇樹は、助けを求めるように従姉を見るが、彼女は器用に肩をすくめた。
「……なに言ってるかさっぱりだ。言葉が分からないのは致命的だなあ」
ぼやくシルヴィアに勇樹がうなずいた。
「そうだね。このままじゃお礼も言えないし……」
言葉を切って少女を見上げた。巡航状態に戻った少女は余裕が出来たらしく、勇樹を見てきた。視線が合う。
と、獣人の少女が顔を逸らした。それを見た勇樹が首をかしげた。
「あれ? どうしたんだろ?」
「……また建設中か。我が従弟ながら罪作りな奴」
シルヴィアは獣人少女の表情と、嬉しげに踊るふさふさ尻尾から彼女の感情を推測したようだった。
だが、勇樹は気づかずに首を捻っていた。
「やっぱり言葉が解らないと意思の疎通が難しいなあ。簡単にわかるようになれば良いのに」
彼がそう呟いた瞬間。その右目の中に小さな魔法陣が現れ、勇樹は顔をしかめた。
「くっ?!」
走った痛みに思わず手を離しかけたが、かろうじて留まった。そんな彼の異変に、獣人少女も気づいた。
「ルタ? ルケルセ? デクレいたいところがあるの?」
不意に勇樹の耳に聞いたことのある発音の言葉が聞こえてきた。彼は驚いて目をぱちくりさせた。その奥で魔法陣がゆっくり回転していた。
「ねえきみ。だいじょうぶ? わるいところがあるならゆびさしてみて……ってつうじないかぁ」
少女の言葉に、勇樹は顔を上げてそちらを見た。
「あ、いや、大丈夫だ」
「えっ?! 公用アゼッタ語っ?!」
勇樹の答えに驚いて獣人少女が彼を見つめた。
そして気づいた。
その瞳に宿った銀色の魔法陣に。
「……って、なんで男の子に“月の魔瞳”がっ?!」
蒼い空に、少女のすっとんきょうな声が響いた。