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3rd episode-6


 その声にネイの顔がゲンナリとなった。隣のアランもしかめ面である。ふりむけば、金髪を撫で付けた男が一人。額に右手をやり、左手でこちらを指していた。

 ビシッ! とポーズを決める彼の姿に、ネイとアランは肩を落とす。

「……お、お兄ちゃん」

「レオンハルト……お前と言う奴は……」

「ふははは! そう! 僕だっ!」

 堂々と宣言するレオンハルトに、ふたりは脱力しきった。

「……それで、どうしたんですか? レオンハルト・ウエストロード准将閣下?」

「妹が冷たい……だ……と?」

 ネイが疲れたように額に手をやりながら訊ねると、レオンハルトはショックを受けたようにのけ反った。それを見てネイが嘆息し、アランは痛痒を抑えるように眉間を押さえた。

 それを尻目にレオンハルトは懊悩する。

「な、なぜだ? 兄は妹を愛し、妹は兄を愛する。それが世の理のはずっ!?」

「そんな理なぞあるかっ! バカ息子がっ!」

 悶えるレオンハルトを見かねて、アランは彼を怒鳴り付けた。

 するとレオンハルトがキョトンとなった。そして不思議そうに首をかしげた。

「おや父上。いつおいでになったので?」

「いつも何もさっきからネイの隣におったわ!」

 息子の問いに、アランは肩を怒らせ柳眉を逆立てて怒鳴るが、レオンハルトは気にもしない。

「申し訳ありません父上。私は今から世界最高にして至高の我が妹、ネイと兄妹の愛を確かめる抱擁を交わさねばならないのです。どうかお引き取りを」

 完璧な作法で頭を下げるレオンハルト。その姿にアランは顔をひきつらせた。

「こ、これさえなければ自慢の息子だというのに……」

 もはや痛痒を堪えられぬとばかりに頭を抱える父アラン。

 そのやり取りをネイは苦笑しながら見ていた。

 そも、この兄はかなり有能であることは確かだ。

 齢二十四にして准将の肩書きを持つ辺りにその片鱗が窺える。若手でも期待の星と言えよう。だがしかし、彼には致命的な欠点があった。

 そう、彼は重度のシスコンだったのだ。

 それも二十歳のネイ、十六のフィノ、十二のミーナを等しく妹として愛していると公言してはばからない。

 いくつになっても妹は妹。それを愛でるのになんの不都合があろうか? というのがレオンハルトの持論である。

 とは言ってもその対象となる妹達の方はその過剰なまでの妹愛に辟易している。一番下のミーナは体が弱く家から出られぬ日々を過ごしているためか、レオンハルトの過剰な妹愛を逆に喜んでいるほどだが、二番目のフィノなどは思春期も手伝って嫌悪感丸出しである。

 そして一番上の妹、ネイはと言えば兄の奇行にも慣れてしまっていた。とは言っても家族として妹である自分に最大限の愛情を示してくる彼に照れ臭く、そして二十歳の自分がそう連呼されるのが気恥ずかしくもあるので、対応に苦慮しているといったところだ。なにせ、黙っていれば本当に自慢できる兄なのだ。

 容姿端麗、頭脳明晰。運動も得意であり、基本的に人当たりも良い。軍事面においても人並み優れた才を発揮し、通常軍を率いてダスクメタリカの偵察機撃破などの武勲をあげている。

 先の大規模揚陸部隊阻止戦においては501と連携して大型揚陸級を撃破するという大金星をあげた。無論これは501の協力あっての話なので、本来なら共同撃破となるはずだが、ローザリア軍部は彼一人の手柄として宣伝し、准将に昇進させたという経緯があるのだが。

 この昇進をレオンハルト自身は内心快く思っていなかったが、彼の父と、愛する妹の企みにおいては非常に有効に働くものだ。

 その意味を含めてレオンハルトは昇進の話を受け、受勲したのだった。

 そんな兄を、ネイは邪険に扱うことは出来ない。正直うっとおしく感じることも多々あるのだが、彼が家族思いの良い兄であることを知っているのだから。


 しかしだからといって彼の変態行為に付き合う義理はない。

「……ですからなんのご用でしょうか? 准将閣下」

 ネイがそう言うとレオンハルトは膝から崩れ落ちた。

「バカなぁっ?!」

 しかも涙まで流し始めた。これにはさすがのネイも慌て始めた。

「ちょ、ちょっと泣かないでよお兄ちゃん! 悪かったよん」

 そう言ってレオンハルトの前にしゃがみこもうとするのと彼が満面の笑みを浮かべながら顔をあげたのは同時だった。

 ネイの顔がひきつる。情けをかけるべきではなかったと後悔したのだろう。

 しかし、時すでに遅しである。

「わ、我が妹よーっ!」

「ひいっ?!」

 飛び着いてきた兄に、ネイは思わず悲鳴をあげて右ストレートを繰り出した。

 それは寸分違わずレオンハルトの左頬に直撃してめり込み、彼の顔を歪めながら吹き飛ばした。

「をーーーっ?!」

 結果、奇妙な声を挙げながら廊下を吹き飛んでいく青年の図が完成した。

「あ……」

 思わずひきつった声を漏らしてしまうネイ。隣の父も目を丸くしている。

「ちょ! 大丈夫お兄ちゃん! ごめんなさい!」

「だ、大丈夫かレオンハルト!」

 あわてて駆け寄る二人。

 するとレオンハルトは何事もなかったかのようにスクっと立ち上がった。

「ははは、なんともないさこのくらい。むしろネイの愛を感じたね!」

 爽やかに笑いながら言い放つレオンハルト。その左頬は無惨に腫れ上がっており、両足は震えていた。女性と言えどネイも正式に軍人としての訓練課程を終えているいっぱしの兵士である。身体強化無しでもパンチ力はなかなかである。

「もう、痩せ我慢して……ごめん。今治すからね」

 ネイは神妙な顔でレオンハルトに近づくと、彼の腫れ上がった頬に右手を当てた。呪を唱えると、その右手にうっすらと光が点り、レオンハルトの頬から腫れが引いていく。

「……ありがとうネイ。しかし、良い一撃だったよ」

 礼を言ってからそんな事を言う兄に、ネイは苦笑いした。

「またバカなこと言って。デスクワークばかりで鈍ってるんじゃないの? お兄ちゃん」

 妹の言葉に、兄も苦笑い。

「はは、そうかもしれないね。……うん、まあ僕も久しぶりに君に会えて舞い上がってしまっていたようだ。頭が冷えたよ。すまなかった」

 そして頭を下げる。そんな兄にネイは「良し」 と笑った。

 そんな二人の姿を見て、父も優しく笑っていた。

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