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3rd episode-5


「……みっともないところ見せたね? ネイ」

 隣にある対魔重防御隔壁に囲まれた更衣室へ向かういながら、いまだに涙ぐむ金髪碧眼に立派な口髭の父、アランディスト・ウエストロードの姿にネイは苦笑する。

「もう、気にしない気にしない。それより軍内部の様子はどうかなん?」

 娘の問いに父は頷く。

「ウム。根回しは順調と言うべきかな? 昨今の大公派の横暴は目に余るからね」

 娘の問いに父が頷く。

「……そう。女王派は優位に立てるかなん?」

「さて、それはどうかな? 横暴ではあっても政治力の高さは折り紙付きだからね」

 顎に手をやり答えるアランディストことアラン。ネイは小さく嘆息すると、更衣室の戸に手を掛けた。

 重厚な引き戸がスライドする向こうで、数枚の隔壁が上下左右へと開いていく。

 それを見送ってアランは、自らもこの部屋から退室していく。

 そして二人は外の通路で合流した。

「はい、父さん。上着ありがとね?」

「ん? ああ」

 軍服を着た娘から上着を渡され、アランは袖に手を通しながら表情を曇らせた。

「……私にもっと権限があれば、お前に恥ずかしい思いをさせることもないと言うのに……」

「それは言いっこ無しだよん♪ 私は仲間のみんなを護ると決めたのだからねい」

 ネイが優しく笑う。だが、アランとして見れば大事な娘を晒し者にしていると言う事実は変わらない。

「……しかしな」

 言い募ろうとする父に、娘はかぶりを振った。

「四十代前半で中将閣下なら十分出世してるよん。それに階級だけじゃ大公を抑えることは不可能だしねい……」

「……それはそうだが」

 現状では大公の取り巻きである貴族達の権力が強い。

 単純な軍人では対抗し得ないのも事実である。

「議会勢力を少しずつ切り崩していく他無いよん」

「……それしかないか」

 ネイの言葉にアランは項垂れた。そんな父にネイは苦笑する。

「まあ地道にやるしかないよん? それより、お母様は元気?」

「ああ、元気だとも。今にも斧槍を担いで出陣していきそうな位だ」

 ネイの母親であるメルリンダ・ウエストロードは、ダスクメタリカとの戦いの初期に活躍した月瞳魔女だった。

 しかし、その頃はまだ論理魔導機関が無い頃であり、月瞳魔女の力を以てしてもダスクメタリカ一体を倒すことすら至難であった時代だ。そんな状況であってなお、中型ダスクメタリカ5機を単独撃破したエースとして名が知られた女傑である。

 ちなみにアランは婿養子だ。

「まあ、アレも“月の魔瞳”を失ってなお一流の魔術師だからな。引き留めるにも骨が折れる」

 “月の魔瞳”二十歳をピークに力を失っていく。さらに妊娠出産により、女性は魔力を弱めていくのが一般的だが、元々魔力が強かった女性の場合、それでも並みの魔力が残るケースがある。メルリンダはその典型だった。

 そのため、魔女を引退してからも長らく魔女達に魔法の使い方や戦い方を教える教導官をしていたほどである。

 おかげで、四十を越えると言うのにいまだ二十代に見えるほど若々しく、愛用の斧槍を振るって鍛練を続けている。

 ダスクメタリカは無理でも、魔獣等が相手であれば、あっさり勝ててしまうほどである。

「……お母様にはもうちょっとおとなしくして欲しいよん。子供を四人も産んでおいて、あの強さは納得いかないよん……」

「まあ気持ちは分かるがな」

 肩を落とすネイに、今度はアランが苦笑した。

 それを聞いてネイは首をかしげた。

「メルも母親だと言うことだよ。娘のお前やフィノが前線で戦っているというのに、母たる自分が後ろに居て良いのか? とね」

 無論私もだ。と続けた父の言葉に、ネイは思わず息を飲んだ。子を心配しない親など居ない。それが一流の魔女として鋼の化け物と戦い勝利するほどの力を持っていようともだ。

 それを感じてか、ネイは誤魔化すようにそっぽを向いた。

「ま、まったく……もう年なんだから二人とも大人しくしていて欲しいよん。実家にはミーナだっているんだし……」

 先述したフィノこと、フィニアーノ・ウエストロードとミーナことアルミーナ・ウエストロードのふたりはネイの妹だ。

 フィノはネイの四つ下で十六才。ミーナは十四才である。

 ふたりともメルリンダの魔法の才を十二分に受け継ぎ、“月の魔瞳”を発現させた月瞳魔女だ。フィノは遠く北東にあるレジアナ連邦共和国の守備を担当する第506試験統合戦闘団に配属されている。

 しかし、ミーナはどこにも所属していなかった。本来なら月瞳魔女に魔女としての教育と軍人としての教育を施す幼年学校に入っていてもおかしくはないのだが、彼女は先天的に病弱で体が弱く、戦闘に耐えられないとして実家で静養している。

「……そうだな。まあメルリンダがいるのだから大丈夫であろうよ」

「確かに……じゃあ、お兄ちゃん……」

 と、ネイが口にした瞬間。



『おおう! 我が愛しの妹よっ!』



 通路ガラスが振動するほどの大きな声が響いた。

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