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3rd episode-4


 綾乃によってそんな宣言がされている頃、502の基地から遠く離れた後方、いくつかの都市を経た向こうにある大都市。

 天に向かって伸びる銀色の塔を備え、それを中心に街並みが広がっている。不思議なことに塔は金属板で構成されており、下から見上げても頂上を見ることは出来ない。その偉容は、神の国へと伸ばされたバベルの塔か、あるいは宇宙へ向かう軌道エレベーターか。

 “ピラー”。

 その昔、この世界を滅ぼそうとしたメタリカ達の本拠地だ。講和が為ってからは、メタリカ側からの提案によって世界の中心である六大国に提供され、それぞれ首都や重要施設として国の中枢となっている。

 そんな構造物に寄り添うようにして、巨大な城壁を持つ宮殿が建てられ、周囲に石造りの建造物が密集している姿はなんとも不思議なものである。

 道を行くのは人のみではなく、鳥のような足の金属の塊。つまりロボットに引かれる馬車であったり、小型でシートを備えた鳥足ロボにまたがった若者であったりもする。そうかと思えば、体長二メートルほどの長い毛で覆われた四足動物が引く馬車や騎士鎧を身に纏った男が操る馬も闊歩している。

 空を見れば大きな羽を備えたメカニックが“ピラー”から飛び立っていった。虫の足のような六本の足で抱えたコンテナには、窓がついており、そこから人影が覗いていた。

 しかしこちらでは巨大鳥や飛竜が人を背に乗せて飛翔していた。

 ローザリア王国首都、ローザリア。国の名を冠したこの大都市には五十万ものヒト族が住んでいる。

 ローザリアは人間族が主の王国であり、六大国家のひとつだ。女王を議長とした議会制をとっており、貴族や豪族が話し合って政治の取り決めを行っている。

 そのローザリアでは軍隊は通常軍と騎士軍の二つに分かれているのだが、第502試験統合戦闘団は、そのどちらにも所属していない。試験統合戦闘団は、各国から抽出した“月瞳魔女”を国家の垣根を取り払って編成しているためだ。その目的は、ダスクメタリカの攻撃から担当する国家を護る、いわば盾であり、最終的にはダスクメタリカを駆逐するための剣となる事を期待されている。

 その彼女らへの補給など後方支援は、各々が担当している国家が担う事となっているが、ローザリアでは貴族や騎士を中心にそれを快く思わない者が少なくない。彼らにしてみれば、異国の魔女などに国家防衛を任せるなど言語道断。ましてや、自分達の指揮に従うこと無く、独立して動くのだから。

 そのため、物資補給を盾に、戦闘団に言うこと聞かせようと画策する貴族や騎士が多い。

 一部良心的な将軍や、理解のある女王陛下がいなければ、502は早々に全滅していたかもしれない。

 それほどに、ローザリアでの502への風当たりは強かった。

 とは言っても、ローザリアの国民達は、年若い少女達の尽力によって自分達が守られていることを知っており、彼らにしてみれば魔女達は救国の英雄だ。

 しかも見目麗しい少女達が大半を占めているとなれば自然と人気は出るものである。

 そしてその事が、貴族や騎士のさらなる不興を買う原因となってしまうのだった。

 そんな場所が、502を指揮するネイ・ウエストロードの主な戦場であった。

「それで? その異世界人達は、いつこちらに運ぶのだね?」

 ネイの正面に鎮座する、一段高い床の上に設置された大きな机の向こうに座る五人の男のうちの一人が、最大限威厳を持たせる努力をした声が響いた。

 ねめつける視線は、本当に彼らが味方なのかと疑いたくなるものだ。

「……現状、異世界人三名は消耗しており、502基地で回復を待ってから検討すべきと小官は考えますが?」

 机から離れた場所で、薄絹一枚羽織っただけのネイが、不動の姿勢のまま答えた。

 彼女の足元には魔法陣が描かれていた。対魔法用の消魔結界だ。さらに机の前には分厚い特殊ガラスが設置されている。

 この場にいる男達が要人である事を差し引いても、ネイに対して強く警戒しているのは明白だ。

 自分達の制御下に無い魔女の恐ろしさを、彼らは十二分に承知しているのだ。

 なにせ、“身体強化フィジカルエンハンス”によって強化された肉体は、常人の数倍の力を与えうる。さらに言えば、月瞳魔女は月の魔瞳によって魔法が強化される。それは身体強化も例外では無く、そこまで含めてしまえば数十倍というレベルに達する。さらに常人の攻撃は防御魔法で防がれてしまう。

 もはや彼女達は生身の戦車みたいなものだった。それに対して恐怖を抱き、対策を打っておくのは当然と言えよう。さらに、ネイの魅力的な肢体が透けて見える薄衣にも着用者の魔力を抑える効果がある。

 それだけでは無く彼女が胸被いと下帯すら身に付けていないのにも理由があった。

 この世界において魔女達が多用する魔法、パッケージ魔法対策だ。

 常に起動状態の魔法をパッケージングして、まるで武器や防具のように身に帯びるだけで、呪文の詠唱も集中も不要で容易に魔法が使えるようになる。

 使用を意識すれば簡単に発動するし、防御魔法や回復魔法を常時展開する条件付けも出来るという優れものの魔法だ。無論欠点もある。パッケージ魔法は常時起動しているため、装備者の魔力を常に消費する。このため、魔力の回復量を越える消費の魔法は装備しないのが常識となっており、効果の低い魔法ばかりだ。さらにパッケージ魔法を装備すると、“必ず”肌に紋様が浮かび上がる。

 魔法を構成する構成式によって産み出される魔力回路なのだが、これが表面に見えるのだ。

 そのため、パッケージ魔法を装備した者は肌に入れ墨をしたようになる。また、その紋様でどんな魔法を装備しているかも分かってしまう。

 ネイが肌を晒しているのは、このパッケージ魔法を身に帯びていないことを証明するためだ。

 本来ならこんな事をする必要など無いはずだが、ローザリア貴族出身の将軍が魔女に乱暴しようとして反撃されたのを契機に、これを通例として押し付けてきたのだ。

 魔女達への補給を盾にして。

 もちろん女王を始めとする反対意見がなかったわけでは無い。救国の英雄を辱しめるのか? と。

 だが、影響力の強い貴族共が徒党を組み、他国の魔女による要人暗殺の可能性まで叫ばれてしまうと議会側も飲まざる終えなかった。結局、議長である女王以下数名が反対するなか、賛成多数で可決されたのだ。

 このとき、女王が「……この国は腐りきってしまった。もはや世界を引っ張っていた大ローザリアの誇りと矜持はすべて失われてしまった」と嘆いたという。

 しかし、ネイはそれを受け入れた。はね除けるのは容易だ。

 ローザリアから撤収すれば良いのだから。しかし、それは彼女の人々を護るという矜持から外れるものだ。

 だからネイは貴族共の機嫌を損ねない程度に譲歩し、譲歩させた。

 その結果がこの場だ。

 報告は常にネイ一人。

 報告を受ける将軍五人も固定し、他に人は交えない。

 ある種密談に近い。

 そんな中で、大きな力を持つ魔女の瑞々しい肢体を観賞し、優越感に浸る将軍達は、満足気である。

 ただひとり、居並ぶ将軍の中で一番若い(と言っても四十代だが)男だけが、嫌悪に顔を歪めていた。

「異世界人の状態? そんなものを気にする必要があるのかね? 国民でもないのだから気にする必要もあるまい」

「そうだな。それに男の“月の魔瞳リュミネラ”は非常に興味深い。早急な調査が必要だろう」

 男達がそんな事を言う。それに嫌悪感を示すのは、この場にただ二人。

「だが、異世界人はこの世界において転換点になる存在だ。ローザリアが世界のトップに返り咲くためにも彼らの扱いは慎重に進めるべきではないかな?」

 若い将軍が発言すると、他の四人は静かになる。

 このアルティシオ世界には、歴史の転換点において異世界よりの来訪者が関わるケースが多かった。

 異世界人といさかいを起こして滅んだ国もある。

 その轍を踏むわけにはいかなかい。その程度の分別はつくようだった。

「忌々しいな。さっさと拘束して軟禁してしまえば良いのではないか?」

「だが、それで失敗したケースもある。太古の大帝国、カルドアの凋落がそれを示しておろう」

「なら、おだててこちらに着くように仕向ければ良いか。百爪長」

「ハ」

 男の一人がネイを呼びつけた。彼女は感情を交えずに返事をした。男は下卑た笑みを浮かべた。

「その異世界人共を丁重に扱ってくれたまえよ? 我が国の大事な賓客だ」

「部下を使って存分に骨抜きにしてやりたまえ。なに、本番さえなければ力は失われのだろ?」

「……」

 一瞬、ネイが殺気を放つが将軍達はほとんど気づかなかった。年若い将軍だけがそれに気づき、奥歯を噛み締めながら瞑目した。

 それすら気づくこと無く、リーダー格とおぼしき将軍が口を開いた。

「補給物資は少し多目に手配してやろう。感謝するがいい」

 最後にそう締め括り、将軍達は一人を除いて意気揚々と引き上げていった。

 後にはネイと将軍がひとり残された。

「……すまないウエストロード君。私は……」

「構いませんよ閣下。オルゲン大公陛下に直接対し得るのは女王陛下だけでしょうし」

 立ち上がり、特殊ガラスの防壁を解除しながら男はネイに声を掛けた。

 防壁が下がりきると彼はネイの傍までやって来て、自らの上着を脱いで彼女の肩に掛けてやる。

「……魔女に入れ込むと、破滅しますよん」

 ネイがクスリと笑う。だが男は笑わなかった。

 そのまま彼は片膝を着き、頭を垂れた。

「……私たちは君に殺されても仕方ない仕打ちをしている。破滅するくらいなんと言うことはないよ。本当にすまない。我が国は腐りきってしまっている」

「……民を護るためでしょう? 気にしないで欲しいねい」

 ネイは苦笑しながら男の頭を撫でた。男の眦から熱いものが溢れる。

 それを見たネイは苦笑した。

「今は耐える時。そうでしょう? お父さん」

「……すまないネイ。不甲斐ない父親で、本当にすまない……」

 暗い室内に、男の嗚咽が響き始めた。

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