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2nd episode-9

 そんな感じで始まった食事だが、ちょっとした祝勝会も兼ねているようで、勇樹達の前には様々な料理が並んでいた。

 魚のムニエルやサラダ、パスタらしき麺類やスープなどがところ狭し並んでいた。

 勇樹達は少し緊張したようにそれらを眺めた。

 と、悠真の隣に座るレアリーが顔を寄せてきた。

「……食べられそうなものを選んでね?」

 こっそり告げてきた彼女の言葉にハッとなる。彼女は料理の種類を増やすことで、異世界人の三人でも食べられるものがあるかもしれないと配慮したようだった。

 時間的にも朝食を食べてから数時間経っていてさすがに三人とも腹を空かしていた。

 だが悠真は目の前の料理の山に躊躇せずにはいられなかった。

 自身の知るムニエルやパスタ等とはやはりどこか違うのだ。

 野菜の色合いやソースの微妙な匂いなど、義兄や義姉が言うには、ここは彼女の知る当たり前の世界とは異なる世界らしい。

 無警戒に食べて良いのかどうか、悠真には判断がつかなかった。

 だが、彼女の義兄と義姉にとってはなんと言うこともなかったらしい。

「いただきます」

「いっただきま~す☆」

 丁寧に両手を合わせて頭を下げる義兄と、躊躇と言うものとは無縁な様子の義姉。ふたりはすでに食べる体勢に入っていた。

「よっし、ムニエルいただきっ!」

「僕はパスタから貰おうかな? これはソースを絡めてあるんですか?」

「……ええ、ベラットの実っていう実を潰して抽出した油をベースにしたオイルを使ってるはずよ?」

 手にしたフォークでムニエルに突貫するシルヴィアに、パスタについてレアリーに質問している勇樹。ふたりの様子を見ていた悠真は警戒するのがバカらしくなってきた。だが、だからといって率先して料理に手を出せるほど肝は太くない。

「うんめ~♪」

 ムニエルを頬張ったシルヴィアうまそうに咀嚼しているのを見て、悠真は恐る恐るムニエルに手を伸ばした。フォークで切り分け、ひと欠け刺して口許へ。確かに美味しそうではある。

 悠真は目を閉じ、思いきって口の中へと放り込んだ。

 口の中に魚の旨味と、あっさりめの油、そして柑橘系の匂いが広がった。

「……おいしい」

 ポツリと漏らして、悠真は続けてムニエルを口に運んでいった。なんのかんの言っても、やはり空腹ではあったのだ。

 そんな悠真の様子を盗み見るようにしていた勇樹やシルヴィア、レアリーは小さく口許をほころばせ、お互いの顔を見てから笑顔になった。

 もう心配無いようだった。

 するとシルヴィアが軽くフォークを嘗めてから再び自分に近いムニエルに向かう。

「なあなあ、ユウ。これうめえぞ? 食ってみろよ」

 言いながらシルヴィアはフォークに刺したムニエルをひと切れ勇樹に向けて差し出した。

「ん? そう?」

 それを彼は躊躇無く口に入れた。ちゅぷんとフォークが抜かれ、勇樹は咀嚼し始める。

「はぐむぐ。あー確かに美味しいね? 油が軽いのと酸味が良いのかな?」

「じゃねーかな? 独特の味付けだよな☆」

 食べながら料理の味付けを吟味する勇樹に笑い掛けながら、シルヴィアは一旦フォークをしゃぶってから、唐揚げらしい揚げ物へと手を伸ばす。その横で、勇樹がパスタをフォークに巻き始めた。

「こっちのパスタも面白い味だよ?」


 勇樹に言われてシルヴィアがおっ? となった。

「そうなのか? まだ味見してねーや。あーん☆」

 だが、自分のフォークに唐揚げが刺さっているのを見てから少し思案し、勇樹に向かって口を開けた。

 それを見た勇樹は仕方ないなあ。という風に苦笑いして、フォークに巻いたばかりのパスタをシルヴィアに向けた。彼女は嬉しそうにそれに食いついた。

 ちゅぽんとフォークが引き抜かれ、彼女の口中にパスタだけが残る。

「ふぉう! ふめえな♪」

「口に入れたまま喋らない」

 楽しそうに感嘆の声を漏らしたシルヴィアに、勇樹がはしたないと注意する。

 そんなふたりのやり取りを、五十人からの少女達がガン見していた。

 そんな空気に気づいて、勇樹とシルヴィアは周りを見回した。

「……え、えっと。な、なにかな?」

「んぐむぐんぐ……。ぷは! 何で注目されてんだ? あたし達」

 二人揃って首を傾げた。それを見て悠真が嘆息した。

 共に暮らすようになって半年。こんな食べさせ合いっこをさんざん見せつけられてきた悠真には完全な耐性が出来ていた。

 だがしかし!

 ここにいる五十人からの少女たちにとっては、すさまじい衝撃であった。

 なにせ全員が十代。ほとんどの隊員は、本来なら思春期真っ只中、青春まっさかりなはずの年齢だ。しかも、部隊の特殊性ゆえに基地内では男性に会える機会はほとんど無い。ましてや同年代の少年に会うことなど皆無に等しいのだ。

 それが、いきなりバカップルじみた食べさせ合いっこを見せられて、なにも反応するなという方が無理だと言えよう。

「……………………あなた達、やっぱり恋人同士よね?」

 全員を代弁するかのように、レアリーが勇樹とシルヴィアに訊ねた。

 だが。

「違いますよ?」

「ただの従姉弟同士だぞ?」

 返ってくる答えはこれである。

 そのとき、五十人の心はひとつだっただろう。


『あり得ない』


 と。

 ふと、レアリーは悠真を見た。内向的な彼女が達観したような顔になっていた。

「悠真ちゃん。ほんとのところはどうなの?」

「……私の知る限り付き合ってない筈です。お義母さんにも聞いたんですけど……なんというか、小さい頃からあんな感じだったみたいで……小さい子がおやつを味見し合う感覚のままきてるみたいです……」

「……」

 レアリーは渋い表情になった。

 今、彼女のところには、五十人の大半から月界交信による真偽確認要請が殺到していた。

 それに対して、悠真から得た情報を流していくと、食堂全体がざわめき始めた。

 みなが一様に、



     あり得ない



 という顔になっている。

 しかし、話題の中心である二人は周りのざわめきに訝しげになりながらも、「この唐揚げうめーぞ? ほら口開けれ」「え? うん。あーん」などとやっていた。

 もはや驚愕の領域である。

 だがそこに、一人の少女が立ち上がった。

 とんがり耳にふかふかの丸い果実を二つ備えた少女、リューナである。やる気に満ちた彼女の姿に、隣に座る妹のリュミナが動揺した。

「あ、姉上?」

「……行きます!」

 リューナは素早くお皿に料理を盛ると、そこに向かって足を踏み出した。

「ユ、ユーキさん!」

「え? リューナ?」

「……」

 少しだけ顔を赤らめながら声を掛けたリューナに、勇樹は少し驚いたように振り向いた。彼女が食事中に立つような無作法をするとは思えなかったからだ。とはいえ、祝勝会の体であるこの食事会は、基本的に無礼講みたいな感じになっているため、レアリーも咎めない。

 むしろにやにやしながら事の成り行きを見ていた。

「ユ、ユーキさん、こ、これも美味しいですよ?」

 ぎこちなく笑いながら言うリューナ。勇樹は若干戸惑うようにしながら、「あ、ありがとう」と返した。ローストビーフとサラダを和えたようなその料理を、勇樹は受け取ろうとした。が、それを先んずるようにして、リューナがフォークにまとめて刺し、勇樹に差し出した。

「は、はい。め、召し上がれ♪」

 いっぱいいっぱいな笑顔のリューナに、勇樹は「なんのバツゲーム?!」みたいな顔になった。助けを求めるようにシルヴィアを見れば、彼女は底意地悪そうな小悪魔スマイルを浮かべており、義妹を振り向けば、我関せずとばかりに食事を続けている彼女に、勇樹が情けない顔になった。

 その間にもリューナは不安そうな表情のままローストビーフサラダっぽい料理を刺したフォーク差し出し続けていた。

 このまま放置も出来ないし、いまさら断ればリューナは恥を掻くことになる。


 これは拒めない。


 掛かるプレッシャーに観念してか、勇樹は赤くなりながらも口を開いた。

「あ、あーん……」

 羞恥にまみれながらも勇樹は口を開いた。

 するとリューナの顔がぱあっと花開いたかのように笑顔になった。

「は、はい! あーんです!」

 そのまま勇樹の口に料理を入れるリューナ。その光景に、周囲がどよめいた。


『あ、あのリューナが……』

『だいたーん!』

『面白そうだねっ!』

『私たちもやろっか!』

『くぅぅう、あ、姉上ぇえ……あの破廉恥漢めえ……』


 周囲から驚きや怨嗟、楽しげな声が上がる。

 そして、リューナの様子を見ていたシルヴィアが柔らかく笑った。そして、彼女に声を掛ける。

「……なーなーリューナ。あたしにもくれよ☆」

「え? あ、はい良いですよ?」

 シルヴィアに催促されて、リューナは笑顔で応じると、フォークにローストビーフサラダを刺す。

「あ~ん♪」

 それを見てシルヴィアが口を開けた。

 リュミナは一瞬驚いたが、苦笑して彼女の口へと料理を運んだ。シルヴィアがそれをぱくっと口に含んで頬張ると、リュミナが悲鳴のような声をあげた。


『いやぁぁあっ! 私の姉上がぁあっ?! あーんなんて、私だってやってもらったこと無いのにぃぃいっ!?』


 すべてを台無しにするその声に、レアリーが嘆息した。

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