2nd episode-4
「良い人たちだったね♪」
医務室へ案内される道すがら、悠真が精霊を抱えたまま笑顔で言う。これほど笑う義妹を、勇樹は初めて見たかもしれない。
「そうだね」
「だな!」
悠真に同意するようにうなずく勇樹とシルヴィア。しかし、その眼差しは厳しい。
『……気付いてる?』
『モチ! と言いたいけど、微妙だな。さすが軍隊』
先ほどの部屋では、隣室からうかがうような気配があった。覚えたての月界交信でその事を話す勇樹とシルヴィア。
『三人とも要人だから護衛って線もあるけど……』
『そんな感じじゃあなかったか……』
そも、勇樹が相対したエルフ少女より腕が立ちそうな三人だ。さらに魔法も使えるだろう。余程の事がない限り勇樹達があの三人のうち一人にすら勝てるかどうかわからない。
『この交信だって聞かれてないとは限らないしなあ』
『そこは仕方無いよ。僕らにはこの世界の知識が無さすぎる。まずはその辺りをなんとか仕入れないと……』
「こちらのお部屋です」
案内してくれた長耳の獣人娘の声に、勇樹とシルヴィアは交信を一時断った。慣れれば繋ぎっぱなしで他の事も出来るらしいが、覚えたての二人にはさすがに無理である。
ちなみに“月の魔瞳”は出していない。月界交信は、“月の魔瞳”を励起させなくとも使えるのだ。先ほどは説明しやすいように励起させたわけだ。
「先に女性のお二人から済ませてしまいますので、だ、男性の方はこちらのソファでお待ちください」
少し噛みながらも長耳獣人娘が言うと、勇樹達は苦笑いしてうなずいた。
そして、シルヴィアが医務室の扉を開け、悠真を伴い入室していく。
「おっ邪魔しま~す☆」
「し、失礼します」
『はい、待ってたわよ~♪』
中に居る人物がふたりに答え、扉が閉められた。
勇樹はひとつ息を吐いてソファに腰かけた。長耳獣人娘は扉の横で足を肩幅に開き、手を後ろで組んで不動の姿勢。
「……座らないの?」
「はい。お三方の警護を言い遣っておりますので」
真面目そうに答える。
革製とおぼしきブーツに手袋。軍服は何故か黒系統だ。
長い耳をピンと立てて油断無く警戒している。
よく見れば鼻梁のすっきりした顔立ちで、赤い瞳に白い肌の美人系だ。しかしながらピリピリしているのがハッキリわかる位顔に出ている。
勇樹は小さく嘆息した。
それからしばらくして、勇樹は徐々に暇をもて余し始めたようだった。
「……えっとさ」
「はい?」
意を決して勇樹は長耳獣人娘に声をかけてみた。怒られるかと思いきや、彼女は普通に返事をした。
それでも耳だけはピコピコとあちらこちらをせわしなく向いている。
「……こういうのって失礼なのかもしれないけど、君ってウサギの獣人だよね?」
「あ、はい。クラヅ草原のグラスバニー族です」
「クラヅ草原? ゴメン、こっちの地理に疎くて……」
さすがに異世界の地理など分かるわけもなく、勇樹は頭を掻きながら立ち上がり、謝罪を口にした。
これには長耳獣人娘が驚いてしまう。
「え? あ、いえ構いません。……何故お立ちに?」
戸惑いながら首を傾げて訊ねる姿は愛らしく、それで勇樹は目の前の獣人が同年代くらいだと気付いた。
「何故って、座ったままの謝罪なんて失礼じゃないかな? それともこっちでは逆に失礼だった?」
勇樹がそう答え、さらに訊ねると長耳獣人娘は慌てたように首を振った。
「い、いえ大丈夫です! 失礼なんかじゃありません」
「そう、なら良かった。こっちの常識は分からなくてさ。あ! 自己紹介してなかったね? 僕は、勇樹。勇樹・金沢って言うんだ。よろしくね?」
ホッと息を吐いた勇樹は、そのまま自己紹介して右手を差し出した。
それを見て長耳獣人娘はみるみる赤くなる。
その反応に勇樹はおや? となった。
「……え、えと? なんで赤く? ってそうか! 異世界だから意味が違うことも……」
その可能性に気づいた勇樹も慌て出した。
「ち、違うんだ! これは友好の証で、友達になろうって意思表示で……」
必死で説明し始めた勇樹に、長耳獣人少女は初めキョトンとしていたが、合点がいったのか大きくうなずいて苦笑いした。
「そ、そういう意味でしたか。てっきり……」
少し残念そうに呟く長耳獣人娘。勇樹は彼女の呟きを聞き取れずに聞き返してしまう。
「え? なに?」
「い、いえなんでもありません!」
赤くなりながらあわてて誤魔化す彼女に、勇樹はなにかを踏んだらしいことを察した。
「き、気になるんだけどっ?! で、出来ればまた間違わないようにどういう意味なのか教えて欲しいんだけど……」
そう言われ、長耳獣人娘はしばし視線を宙にさ迷わせていたが、観念したように息を吐いた。
「……まあ、取り返しのつかない間違いが起きないためにも必要ですしね」
ぼやくように呟いて、長耳獣人娘は居住まいをただした。
「まずは自己紹介を。私はレキ。クラヅ草原のレキです。グラスバニー族にはハウスネームなどありませんので、生まれた地と名前だけです」
「へえ……」
レキは勇樹に自己紹介し、座るように促した。が、勇樹はレキが座るならと言って聞かなかった。
「はあ。頑固な方ですね」
「まあ良いじゃない」
結局レキが折れて、二人はソファに並んで座った。
「ええと、どこまで話しましたか……そう、生まれた地とは言っても、グラスバニー族は定住する習性を持ちませんので、一通り狩りの仕方や旅の仕方を親に教えてもらったら一人で旅に出ます。ですからそれまで過ごす為だけの地ですね」
「一人で? 両親と一緒にではなくて?」
レキの言葉に勇樹は驚いていた。だが、これはまだ序の口である。
「いえ、グラスバニー族は女しか居ませんから母としか過ごしませんよ」
笑って答えるレキに勇樹は首を傾げた。
「え? じゃあどうやって子供を?」
「グラスバニー族は戦士の種族です。旅先でこれと見込んだ強い男の種を戴いて身籠ります」
「ええっ?!」
レキの口から語られる種族の特異性に、勇樹は目を剥いた。そんな彼の様子にレキは苦笑いする。
「もっとも妊娠する確率は低いのですけどね? その代わり、生まれてくるのは必ずグラスバニーの女児です」
「じゃあお父さんの事は……」
「ほとんどのグラスバニーは知らないのではないでしょうか? 実際、私も父の顔は知りませんし。まあ、そんな行きずりに関係を持つ事から、“娼婦の一族”などと揶揄されることもありますが、我々は戦士の誇りと矜持を忘れることはありません。なにしろ、弱い雄になど見向きも致しませんからね」
「はあ……」
勇樹の口から息が漏れた。
異世界に住む異種族の一端を垣間見たからだろうか?
少し脱力していた。
「……それで……ですね。グラスバニーにとって右手を預けるというのは、“お前とつがいになりたい”と示す、言わば求婚の印しでして……」
「……………………へ?」
レキの爆弾発言に固まる勇樹。しかもモジモジしている様子から、冗談などではないらしい。
つまり勇樹は先ほどレキに、「俺とガッツリ繋がって子供をつくろーぜ!」と言ったようなものだった。
レキは赤くなりながら太ももを擦り合わせつつ言葉を続けた。
「……まあ、あのリュミナをあしらう様は強者の条件を満たしていますし、私としては構いませんが……」
「いや構おうよそこはっ!?」
勇樹、全力のツッコミである。するとレキが悲しげな顔になり、顔を伏せると耳がへにょんと垂れた。
「……そんなに私は魅力が無いでしょうか……?」
「え? いや、とても可愛らしいと思うけど……」
悲しげなレキの姿に、勇樹は慌ててフォローしようとする。
と。
「……ぷふっ」
「え?」
レキが吹き出し、勇樹は呆気にとられた。
「ふふふ♪ 冗談ですよユーキ。例え誰であろうと、私と手合わせして勝つくらいでなければ体を許したりしません」
「……はあ」
いたずらっぽく笑う、このウサギの少女の姿に、勇樹は大きく息を吐いた。
だからか、次にレキの告げた言葉にすぐには反応できなかった。
「……それに、子を育てる地も無くなってしまいましたからね」
「え?」
勇樹は驚いてレキを見た。
そこには悲しみに彩られた白兎の姿があるだけだった。




