2nd episode-3
「偉いわねえ。お兄ちゃんお姉ちゃんより早く出来たわよ?」
「えへへ♪」
綾乃に誉められて悠真はご満悦である。一方、勇樹とシルヴィアは、悠真に先を越されてほんのちょっぴり悔しそうだった。
「うう、お義兄ちゃんには撫でさせてくれないのに……」
「悠真に先越されちまったか……。バカやってる場合じゃないな」
勇樹のはベクトルが違うようだ。
そんな二人に綾乃が苦笑する。
「ネイとレアの悪ふざけに付き合ってるからよ? それから、ネイもレアもジャレ合ってないで二人に教えてあげなさいな」
「うむん」
「私はふざけてなんかいないんだけどなあ」
綾乃に言われ、ネイがシルヴィアに、レアリーが勇樹にレクチャーを開始する。
「じゃあパパっとやっちゃお? カナザワ君」
「わかりましたサウスウェイブさん」
レアリーにうなずく勇樹。だが、レアリーは少し眉を寄せた。
「その“サウスウェイブさん”って呼び方あんまり好きじゃあないんだよね。レアリーで構わないよ? あんまり歳も離れてなさそうだし」
「え?」
レアリーの言葉に勇樹は意外そうな顔になった。それを見てレアリーが首を傾げた。
「? あれ? カナザワ君十七・八くらいだと思ったんだけど?」
「あ、はい。十七です。サウス……レアリーさんは?」
「私は十八になったばっかよ。一年も離れてないわねきっと」
勇樹の問いにあっさり答えて笑う。それを聞いた勇樹はレアリーの若さに軽く驚いていた。
城の滑走路でのやり取りからこの三人の女性は部隊の隊長クラスだと言っていたので見た目より年上だと思っていたのだろう。
「……若いのにずいぶんな役職に着いてるんですね」
思わず聞いてしまった勇樹に、レアリーは笑んだ。
「“月の魔瞳”を持ってる私たちは十代前半から戦争に参加してるからね。戦功を挙げる機会も多いし、部隊の性格上出世も早いんだよ」
「十代前半から……」
勇樹は軽くショックを受けていた。城に着くまでにダスクメタリカと呼ばれる敵と戦争をしているとは聞いていたが、そんな子供の頃から参加させられてるなど、現代日本に生きてきた彼にとっては信じられないことだったのだろう。
「……本当に異世界の人なんだね」
「え?」
勇樹の反応に、レアリーは小さく息を吐いた。
「ダスクメタリカとの戦いが始まって三十年。いくつもの国が滅び、何万もの人々があの銀海に飲まれたわ。まともに勝負になるのは私たち“月の魔瞳”を持つ人間だけだと分かってからは二十年。数少ない“月の魔瞳”を持つ少女達を前面に立ててなんとか食い止めているの。もちろん大人や男の軍人がなにもしてない訳じゃあない。敵わないと判っていながらも各戦線で抵抗を続けてくれている。今こうしている間にも、敵の斥候型などと戦っている人がどこかにいるでしょうね。私たちの世界はそんな世界なの」
「……」
レアリーの話を聞いて勇樹はうつむいていた。シルヴィアもくちびるを噛み、悠真も悲しそうに顔を伏せていた。
そんな彼らを見て、レアリーと綾乃は困ったように顔を見合わせた。ネイが苦笑する。
「お互いの常識の食い違いなんて当たり前だよん。異世界なんだからねい。あちし達の世界は、あちし達が戦わなければとうに滅んでいてもおかしくないよん。それに抗う力を持ったのに戦わずにはいられないよん」
ネイの言葉に勇樹が顔をあげた。苦悩の後が見てとれる。
「……レアリーさん。“月の魔瞳”が力の証なら、ぼ……」
ボフッと勇樹の顔に柔らかいクッションが二つ押し付けられ、その言葉が遮られた。
「ユーキ、その先は言っちゃダメだよ。ユーキは平和な世界からのお客さん《ゲスト》なんだから、その先を言う必要はないよ」
勇樹の頭を抱き締め、レアリーが呟く。勇樹の顔に押し付けられているのはクッションではなくレアリーの豊かな膨らみだった。だが、勇樹はそれを喜ぶことも恥ずかしがることも出来ないようだ。
自分がどれだけバカなことを言おうとしたのか、勇樹にはわかっているようだった。
「…………すい、ません……バカなことを……」
「ううん、良いよ。それだけ君の優しさを知ることが出来たから」
レアリーは勇樹の頭に頬を着いた。
「ありがと。その気持ちだけで十分だよ」
レアリーのその言葉に、勇樹は答えることができなかった。
その姿を見てシルヴィアは複雑そうにしていた。
「彼が心配かなん?」
「まーな。けど、あいつが戦うって言うならあたしは止めない。けど、隣には立たせて貰うさ」
ネイの言葉にシルヴィアは肩をすくめて答えた。その答えの中に、並々ならぬ決意をも感じて、ネイは感心したように「なるほど、一途ね」と小さく呟いた。
と、シルヴィアがネイを見た。
「なんか言いました?」
「んにゃ? なにも言ってないよん♪」
笑顔というポーカーフェイスで煙に巻くように、ネイは答えた。
一方で悠真は少し青くなっていた。それに気づいた綾乃は、悠真の頭を軽く撫でてやる。
「……大丈夫よ。お兄さんは妹のあなたを置いていったりしないわ」
綾乃の言葉に、悠真はくちびるを噛み、精霊を抱える手に力を入れた。丸っこい精霊が、わずかにひしゃげるが、痛みなど無いようで平然としている。
「…………けど、本物の家族じゃないから……」
小さく漏れ出た言葉に、綾乃の手がわずかに反応した。が、すぐにまた撫で始める。
「……そうなの。けど、彼は一生懸命に悠真ちゃんのお義兄さんになろうとしているんでしょ?」
「……はい」
「そしてあなたもちゃんと彼の義妹になろうとしている」
「……そう、なのかな……?」
小さな少女は呟く。
綾乃は小さく微笑んだ。
「そうよ♪ けど、まだ小さいんだから無理はしちゃダメよ?」
「……ち、小さくありません。私は十六才です」
「……………………え?」
ちょっとだけ怒ったような悠真の言葉に綾乃は固まってしまった。
悠真の身長は138センチ。十歳頃の女子児童と変わらない程度の身長しかない。その上、体格に不釣り合いな豊満なバストを隠すように猫背でいるためさらに低く見えるのだ。綾乃の驚きは当然と言えよう。
「……冗談よね?」
「……本当です」
意を決して聞き返した綾乃に、悠真は憮然と返した。
「ご、ごめんなさい? そういう種族……」
「……お義兄ちゃん達と同じ人間です」
悠真くらいの身長で成人するドワーフ族等もある。そういう種族かと思った綾乃だが、違ったようだった。
「……ご、ごめんなさい……てっきりスクールの低学年くらいかと……」
「?!」
目を逸らしながらいう綾乃にショックを受ける悠真。字面からかなり小さく見られていたっぽいと感じもはや半泣きである。
「ご、ごめんね? 許してちょうだい悠真ちゃん」
「……知りません」
必死に謝る綾乃にむくれる悠真。その姿に、暗い雰囲気を消し去るように笑いが起こっていた。
それからしばらくは様々なレクチャーや質疑応答が続き、勇樹達三人は仕上げとして身体検査を受けることになった。
彼らが医務室へ案内されるのを見送り、三人は大きく息を吐いた。
「……異世界……ね」
「まだ疑ってる?」
綾乃の漏らした声に、レアリーが訊ねた。だが、綾乃は目をつぶって頭を振る。
「……ほんとなら与太話として笑い飛ばしたいくらいだけどね」
「……常識を知らなさすぎる……いや、違いすぎるんだろーなー」
レアリーは天井を見上げて呟いた。
「そうだねい。持ち物や反応をチェックしても、話の内容を吟味しても彼らが異世界から迷い込んできたお客さん《ゲスト》であることを示しているよん。これがどんな意味を持っているのか。あちし達は早々に見極めなければならないよん」
ネイは机に肘を着きながらぼやくように言った。
綾乃もレアリーもそちらを見る。
「……やっぱり、言ってきそう?」
そう訊ねた綾乃に、ネイがしかめっ面になった。
「……報告しないわけにもいかないからねい。興味津々だったよん」
異世界からの来訪者、そして、“月の魔瞳”を発現させたこと。
そして……。
「……“月の魔瞳”を持つ男」
ぽつりとレアリーが呟いた。ネイも綾乃も難しい顔になる。
「……将軍達はなんて?」
「……検討中。けど、十中八九引き渡し要求は来るだろうねい」
綾乃が問うとネイは嘆息しながら答えた。それを聞いてレアリーがネイをにらむ。
「まさか渡すつもり? そんなことをしたら、勇樹は一生モルモットよ?」
そんなレアリーにネイは片手を上げた。
「分かってるよん。だから、あちし達の上司じゃなくて“主”に話を通してるところだよん」
「……問題は、それまでに将軍達がおかしな事をしないかどうかね。……わかったわ。そっちは私が実家から手を回してもらう」
綾乃が軽く思案してうなずき、そう告げた。ネイもうなずく。
「そっちは頼むよん。あちしはこれから将軍様達に報告しにいかなきゃならないからねい。レアレア、後は任せるよん」
「私だけ後ろ楯が無さすぎて手が出せないのがもどかしいね……。わかった。基地の防備は任せて」
レアリーはわずかに肩を落としながらもしっかりうなずいた。その肩に綾乃の手が乗せられた。
「……こんなのあったって煩わしいだけよ。私も実家の方に顔を出してくるからよろしくね? まあ一両日中には戻るわ」
「それまで陸海空全部面倒見るのっ?! 問題起きなきゃ良いけど……」
がっくりうなだれるレアリー。指揮官三人は仲が良いのだが、下までそうかと言うと話は変わる。
そもそも試験統合戦闘団は多種族多国籍の連合部隊なのだ。問題が起きないはずもない。
それでも502は仲が良い方だ。
精鋭の501はともかく、503や504、505はいさかいが絶えないらしい。
「ま、適当にやっておいて欲しいよん。あと、身体検査の結果は外に漏れないように頼むよん」
「……了解」
ネイと綾乃が笑いながら部屋のドアに向かうのを見送りながら、レアリーは深く深く息を吐いた。




