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2nd episode-2

「……ほんとに“月の魔瞳”だわ」

「たしかに……」

 勇樹の瞳を覗き込んで、綾乃とレアリーが呟く。

 それを聞いて勇樹は首を傾げた。

「……僕らを助けてくれた子も驚いてましたけど、そんなに男に“月の魔瞳”があるのは珍しいんですか?」

 彼が不思議そうに訊ねると、綾乃とレアリーが困ったように顔を見合わせた。

「珍しい。と言うよりは……」

「歴史上初めてだと思うよ?」

「……」

 二人に言われ、勇樹は黙り込む。それを見ていたネイが口を開いた。

「“月の魔瞳”が歴史上に姿を表したのは約千年前。細かい文献や口伝を探せばもっと前まで遡れるけどねい。エルフの長すら代替わりしてしまうほど昔から見ても、男性が“月の魔瞳”を授かった例は君だけだねい。本来“月の魔瞳”を授かるのは十代の生娘……月のモノがくるようになってからと言われているよん。それが二十歳でピークを迎え、個人差はあるにしても緩やかに“月の魔瞳”は力を弱めていく。特に妊娠すると一気に失うこともあるねい」

「魔力が無くなるみたいな事は無いけどね」

 ネイの話をレアリーが補足した。

「……僕、月のモノなんて来ませんよ……」

 少し赤くなりながら勇樹が嘆息した。それを見ながらシルヴィアが笑う。

「まあでも? ユウは女装もイケるしな☆」

「黒歴史を掘り返さないでッ?!」

 どちらかと言えば柔和で線の細い勇樹だが、幼稚園頃に女の子の格好をさせられたことがあった。それを高校一年の頃、同じクラスになったシルヴィアに暴露され、文化祭で女装喫茶をやるはめになり、稼ぎ頭になったのは墓まで持っていきたいほどの黒歴史である。

 ちなみに悠真はその話を全く知らないため、きょとんとしていた。

 そんな暴露話を聞いて、ネイや綾乃、レアリーが大爆笑し、悠真は赤くなりながら俯いて「お、お義兄ちゃんの女装……」と呟きながら高なるその豊かな胸がひしゃげるほど強く押し付けるようにして精霊を抱き締めていた。

「そ、その話はもう良いですから! “月の魔瞳”の説明の続きをお願いします!」

 居たたまれない気分になってか、やけくそ気味に叫ぶ勇樹。

 そんな彼の様子に、悠真が目を丸くし、シルヴィアがあきれたように息を吐いた。

「よゆーねーなー。女装癖バラされたくらいでおたつくなよ」

「そんな趣味無いからねっ?! あとシルビーが言って良い言葉じゃあないよっ!?」

 シルヴィアがため息と共に漏らした声に、勇樹が即座にツッコンだ。

 その早さにネイが「うむん。良いツッコミ力だよんレアレア共々ウチの主力に据えたいねい」などとのたまっていたが、レアリーが「主力にツッコミ力は要らないよねっ!?」と突っ込んでいた。すると綾乃が嘆息した。

「やれやれ締まらないわね。ほらほらツッコミ役の二人をいじるのはその位にして次の説明にいきましょう?」

「ツッコミじゃありませんっ?!」

「ツッコミじゃないよっ!?」

 打てば響く鐘の音。勇樹とレアリーは同時に綾乃へと突っ込んでいた。

 その様子を見ていたシルヴィアとネイが良い笑顔で親指を立て合い、着いていけていない悠真がポカンとしていた。

 そして綾乃が痛痒を堪えるように額に手をやる。

「別にボケた訳ではないのだけれど……とにかく話を戻しますよ?」

 そうして綾乃の進行で明後日へと向き始めていた軌道が修正された。

「……どこまでやったかしらね?」

「遮断を教えるのに“月の魔瞳”を出すところまでだよ。まったく……」

 確認する綾乃に答え、レアリーはため息をついた。

「心中お察しします……」

 疲れた様子のレアリーに、勇樹が言葉をかける。

「君も苦労してるっぽいよね?」

「えと、サウスウェイブさんも……」

 互いに苦笑いしながら握手を交わす。似たような苦労を知る者同士、思うところがあったようだ。

「ほら、話ちゃんと聞けよな? ユウ」

「だめだよん? レアレア。せっかくあーやんが説明してるんだからねい☆」

『お前達がゆーな!』

 完全に一致である。

 綾乃はさらにため息をついて、悠真に向き直った。

「それで、暗くなった視界の中に濃い部分と薄い部分があるのは解るかしら?」

「……え、えと」

 悠真は視界を確認した。確かに濃い部分と薄い部分がある。

「は、はい。わかります」

「その濃いところが空気中の魔力の濃いところね。薄いところは魔力が薄いの」

「は~」

 視界の濃い場所と薄い場所を見比べて悠真は息を吐いた。

 綾乃は笑みを浮かべながらうなずく。

「“月界交信”はこの濃いところを伝わせて思念を送るのよ。やってみせるわね? 良い?」

「……」

 綾乃の言葉に緊張してくちびるを真一文字に結ぶ悠真。その様子に綾乃は優しく笑った。黒い眼帯をしている為本来なら迫力のある綾乃だが、その笑みの柔らかさに、悠真は一瞬見とれてしまった。

 と、綾乃の頭の周囲に薄い光の円環が現れたかと思うと、それが視界内の魔力の濃いところへと流れ出て、そのまま悠真のところまでやって来て、彼女の頭の周りを回り始めた。

『聞こえる? 悠真ちゃん』

「ふあっ?!」

 綾乃の口は動いていないにも関わらず、彼女の声が悠真の頭の中に響いた。

『これが一人に絞り込んで送った場合ね。“月の魔瞳”には固有のパターンがあるから、見えない場所でも知っている相手なら“月の魔瞳”のパターンを探知して送ることも出来るわ。まあ、かなり難しいのだけど』

 そう送ってきた綾乃がクスリと笑った。

『それで遮断だけど。そうね、外に対して壁を作ることをイメージしてみて?』

「は、はい!」

 悠真は綾乃に言われた事を実践しようと眉根を寄せた。

「んん~」

『がんばって悠真ちゃ……』

 不意に綾乃からの“月界交信”が途切れた。

 見れば綾乃から流れてきていた光が悠真の周りから弾かれていた。

 綾乃が笑う。

「そう、それで良いのよ? 良くできました♪」

 そして手を伸ばし悠真の頭を優しく撫で始めた。

「えへへ」

 悠真ははにかむように笑い、目を細めた。

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