プロローグ
白い雲が流れる青い空。眼下に広がるのは海。
陽の光を反射するそれは、鏡のような銀。
銀色の海だ。
そこに、腹の底に響くような音が轟き渡った。
そして銀色の波を蹴立てて、メカニカルなブーツを履いた白い足が駆け抜けた。
それは少女。戦装束を身にまとい、長い金髪をたなびかせ、長く尖った耳をのぞかせながら前傾姿勢のままでスピードスケートのように銀色の海を滑るように走る。
その姿は、ある種異様だ。
細く華奢な肢体に装備しているのは、“兵装”。それは恐ろしいほど物々しい。
メカニカルガントレットに包まれた手に持つ得物は、15.2ミリのハンドガン……いや、もはやハンドキャノンと呼ぶべき武装。反対の手には滑らかな曲線を描く鈍色の楯。
そこまでは良い。その身を守る鎧が無く、神官衣のような戦装束のみなのが疑問だが、まだマシだ。
奇怪であるのは、彼女が背負う、鋼のボックスユニット。
四角い筒状のパーツを斜め上に、後方へと流れるように配したそれは、白い煙を吐き出し、ユニット下部に存在する十六×二セット存在するスリットからは、猛然とガスジェットを噴射し、推進力としている。
そのユニットの両脇に二基ずつ縦に並べるように存在するのは、太い砲身を二本伸ばした砲塔だ。上段左右の二基は斜め前上方を指向し、下段二基は後方を指向している。
少女が正面をにらむ。見つめる先にいるのは、黒い偉容。全長が百五十メートルはあろうかという直方体の存在。金属質の黒と銀の装甲で覆われた巨体の上に、箱状のパーツがあり、そこには女の形をした異形なる存在が、フィギュアヘッドのように埋め込まれる形で在った。
「キュウォアアァァァアッ!!」
フィギュアヘッドが吠え、黒い偉容の全身に血のように赤い輝きが点った。そこから、真っ赤な光線が十数本放たれる。それは途中で屈折し、正面に集束して少女を狙う。
それを見た少女の青い瞳のうち右の瞳の中に、銀色の魔方陣が現れた。同時に黒い偉容の放った破壊エネルギーの通る道が、彼女の視界にうっすらと浮かび上がる。
“月の魔瞳”。
十代の少女にしか発現しない、強力な魔力回路で、瞳の中に魔法陣を形成することで知られるそれは、励起させることでその視界にエネルギーの流れや世界から汲み上げた情報を提供してくれる異能。さらには人の身で扱える魔力を強化してくれる。が、悲しいかな、人の器には過ぎた力だった。
強すぎる力は容易に暴走しかねない。
これを補うのが論理魔導機関だ。
これにより、人が扱いうる魔力の量も、強さも、飛躍的に向上した。
そして、この異能を持ち、力を振るう少女たちを、人々は“月瞳の魔女”と呼んだ。
楯を正面に構え、滑らかに蛇行しながら銀色の海上を走る少女。
幾条もの光線が飛来するが、軌跡をあらかじめ知っていた彼女はその大半を避け、直撃を避け得ないものだけを楯で受け止める。
防護障壁の法陣が展開し、悪意に満ちた赤い光を跳ね返した。
そして、背面ユニットの上段砲塔二基がせり上がりながら前を向き、下段二基はユニットが左右に展開し、砲塔を載せたまま翼のように真横に伸びた。
そして、発砲。
ドンッ! と重い音を響かせ、連装四基八門の三十五.六ミリ砲が次々に火を吹いた。
目標は巨大だ。面白いように命中する。
本来なら対魔力コーティングまで施されたその堅固な装甲に、三十五.六ミリ程度の砲弾など蚊が刺したようなものだろう。 しかし、彼女の背負う論理魔導機関によってその砲弾は必殺の破壊力を持つよう強化されており、黒き異形の装甲板を貫き砕いた。
「キュウゥゥオォォォオオッ?!」
フィギュアヘッドが悲鳴をあげる。
その間隙を突くように、金髪少女の後方からひょいと顔をのぞかせるように栗色の髪の少女が姿を顕した。その頭から覗いているのは三角形の猫耳。腰からもしなやかな尻尾を揺らし、金色の瞳を輝かせ獰猛な笑みを浮かべながら増速して、金髪の少女を追い抜いた。
さらに続くように小学生ほどに小柄な少女が四人、栗色の髪の少女とは反対の方向へ抜けていく。
その間にも、金色の少女は銀色の海を滑るように走りながら砲撃を続けた。
フィギュアヘッドがそちらに気をとられている隙に、栗色の少女は腰に差した反りのある鞘から得物を抜いた。
刃に魔力の輝きを灯す、緋色の剣。否、刀だ。
背中のユニットの左脇に据え付けられた15.2ミリ単装砲を連射しながら一気に突撃していく。
ここにきて近づく栗色の髪の少女に気づいたフィギュアヘッドは、接近させまいと弾幕を張った。
栗色の少女の茶色い瞳に、銀色の魔方陣が現れ、同時に加速した彼女は弾幕を潜り抜けた。
一気に接近しながら、少女が刀を腰だめに構えた。瞳の中の魔方陣が高速で回転し始め、黄金の輝きを放ち始めた。
「チェストオオォォオッ!」
叫んだ瞬間、緋色の刃が真っ赤に輝き、凄まじい勢いでエネルギーが噴き出す。濃密な魔力。もはや魔力刃と言うべきものだ。
そのまま彼女は突進し、飛来した光線を防御の法陣で弾きながら、刃を黒い直方体の先端に叩き込み、そのまま真横を走り抜ける。
ゴガガガギャリガリガリバリガリガギギギッ!
と、黒い甲板を砕き斬って向こうへ抜けた少女は、コンパスが回るように両足を開いたまま反転して15.2ミリ単装砲を連射しながら遠ざかりつつ、単装砲とは反対側に備えられた四本の円筒を束ねた兵装を起動。そこから立て続けに、四発の魚雷を射出する。
本来なら、生物も金属を侵食してしまうこの銀色の海では魚雷など使えはしないが、近年開発された魔力コーティングのおかげで短時間なら弾頭を守れるようになり、銀海専用魚雷が開発されたのだ。
それの射出に合わせるように、反対側へと展開していた四人の小柄な少女たちも、左腰に取り付けられた三連装の発射管から次々に魚雷を射出、肩から伸びる12.7ミリ連装速射砲で牽制しながら離脱していく。
そして、十六射線もの雷跡が半包囲するように黒い偉容に突き刺さった。
次々に炸裂し、銀色の水柱が立つ。
『キャアアオオォォオンンッ!?』
フィギュアヘッドが悲鳴を上げた。装甲はズタズタになり、その偉容もボロボロだ。だがしかし、フイギュアヘッドから覗くコアからエネルギーを得て、装甲が驚異的な速度で修復されていく。
それを見て正面からの撃ち合いをしていた金髪の少女は、トドメを刺すべく魔力を練り上げはじめた。
青き瞳の中で煌めく銀色の魔方陣が回転し始め、黄金の輝きを放ち始めた。
すると、少女の足元に金色の魔方陣が広がっていく。
「召喚ッ! 三十五.六センチダブルメインカノン《連装主砲》ッ!」
言霊に応えるように、魔方陣からその姿を顕したのは、巨大な鉄の塊。
平べったい直方体から、二本の野太い筒が、すべてを威嚇するように伸びる。
三十五.六センチ連装砲塔。 本来なら巨大な戦艦に載せられる筈のそれが四基、少女にかしずくようにその偉容を顕した。
長い金髪を揺らし、威風堂々と立つ少女が手にしたハンドキャノンを納めて右手を突き出した。
「照準! 前方ダスクメタリカ!」
少女の指示に従うように、四基の巨大な砲塔が旋回し、砲門が動いて照準する。
そして、それが止まった時。
「全砲門……射てえっ!」
少女が号令し、右手を横に振った瞬間、四基八門の三十五.六センチ砲が、火を噴いた。
轟く砲声は、腹を破らんほどで、しかし、その力強さは味方に絶対の安心感を与え、士気を高める。
空を引き裂く金切り声を曳き、八発の口径三十五.六センチ論理魔導砲弾は、見事、黒い異形を貫いて炸裂した。
天空に向けて炎の柱が伸び上がり、大気を震わす爆音と、フィギュアヘッドの断末魔が、辺りに響いた。
「敵、沈黙! 轟沈です!」
小柄な少女のひとりが戦果を確認し、側頭部に通信用魔導アンテナを展開して本部に連絡する。
その他の少女たちは手を取り合い喜びを分かち合い、栗毛の少女が金髪の少女に親指を立てながら笑顔を向けてきた。
自身の召喚主砲塔が消えゆくのを背景にしながらそれを見て、金髪の少女は頬を緩めて応えた。
だが、その顔が強ばる。
栗毛の少女も、小柄な少女たちも訝しげになるが、その頭上に影が挿したことで、すべてを理解した。
「……よ、要塞爆撃型……」
青ざめながら呟く小柄な少女達の頭上を、巨大な黒いエイが泳ぐ。その翼長は120メートルと先程の重巡洋艦型に比べれば一回り小さくはある。だが、その戦闘力は……。
「全艦散開! 逃げてっ!」
金髪の少女が叫び、小柄な少女達が蜘蛛の子を散らすように銀色の海面を走り出したのと、要塞爆撃型の下面がオレンジ色に輝いて、無数の火線が彼女たちに降り注いだのは同時だった。
その光線が銀色の海面を叩き、メタリックな光沢の水柱がいくつも上がる。
『きゃあっ?!』
『わあっ?!』
『いやあっ?!』
そして次々に悲鳴があがった。
「んにゃろっ!」
栗色の髪をたなびかせた少女が、S字を描くようにバックしながら滑走し、肩口から覗く単装砲を連射する。
それは、上空の要塞爆撃型に命中はするものの、なかなか有効打足り得ないものだった。
唯一、金髪の少女が四基八門の三十五.六ミリ砲を打ち上げダメージを与えていたが、撃墜には至らない。
「くっ、魔力が足りない……!」
悔しげに漏らす。
必殺の破壊力をもたらす主砲召喚ではあるが、消費する魔力もバカにならない。
そも、彼女の使用している論理魔導機関は旧式のものである。新型のコアを組み込む改装作業が行われるために、古いコアを外していたのだが、この戦闘のために仮のコアを入れてきていた。
本来ならオーバードレッドノートクラスハイスピードバトルシップ《超弩級高速戦艦》として火力、装甲、機動力が高いレベルでバランスの取れた最新鋭の海戦ユニットとなるはずだった。
だが、彼女のユニットは同型ユニットの改装作業の遅れから作業がずれ込み、装備は新型ながら、専用コアの封入がまだであった。
そこへ今回の襲撃である。
仮のコアでは出力が足りずにいたが、エルフ族である彼女は持ち前の魔力の高さでなんとか戦っていたのだ。
すでに敵ダスクメタリカの艦隊は大半が撃破されていたが、そのタイミングで要塞爆撃型の登場だ。
しかも。
『こちらA-3海域! 敵要塞爆撃型出現! 航空支援求む!』
『こちらD-1海域! 空中母艦型から小型のダスクメタリカが出現! 応援をっ!』
『こちらB-3海域! だめっ! もうもたないッ!』
『こちらA-2哨戒! 敵、突撃揚陸十六! 護衛の駆逐艦型と一緒に突っ込ん……きゃあぁぁあっ?!』
つぎつぎに飛び込んでくるのは敵の反転攻勢による悲鳴のような通信。味方艦はどこもピンチだ。
「くそっ! 空屋はまだかよっ!」
栗色の少女が悪態を吐きながら攻撃を避け行く。
だが、視界の端にバランスを崩した小柄な少女の姿が写った刹那、どうしようもないほどに致命的な間隙が生まれた。
「っ?!」
息を飲む。視界一杯に広がるのは、要塞爆撃型による容赦の無い掃射。何十本ものオレンジの火線を前に、栗色の髪の少女は覚悟した。
彼女が背負っている論理魔導機関はライトクルーザークラス《軽巡洋艦級》。速度と瞬発力に優れるものの、主砲召喚のような必殺の威力を持つ魔法も使えなければ、積載兵装も少ない。
障壁強度などはバトルシップクラス《戦艦級》の足元にも及ばない程度。要塞爆撃型の得意とする対地破砕光線の集束砲撃を受ければ、貫徹は免れない。
「くっそだらあぁぁあっ!」
それでも、ユニットの供給魔力と自身の練り上げた魔力を合わせて障壁を展開した。
瞳の中に展開された銀色の魔法陣が高速回転し、金色に輝く。同時に障壁も黄金に輝き、オレンジ色の破壊光を迎え撃った。
カアァァンッ!
と、鋼と鋼がぶつかり合う甲高い音が響いた。
少女の障壁は、破壊光線を完全に受け止めた。だが、彼女の表情に余裕は無い。
こちらがこの一回の防御に全力を尽くしているのに対し、向こうは無尽蔵とも思えるエネルギーを使って何度でも攻撃を仕掛けてくるだろう。
この一合が終わった瞬間に逃走しなければ、次は……無い。
それを肌で感じながら彼女はくちびるを噛んだ。
長いようで短い要塞爆撃型の一撃をしのいだ栗毛の少女が、脱兎のごとく走り出……そうとしてつんのめった。
背面のユニットが、咳き込むような音を発した。
先の一合は、想像以上にユニットへ負荷をかけたようだった。足元が、銀色の海へと沈み始めた。魔力による反発フィールドの形成もうまくいかなくなっているのだ。
このまま銀海に沈み、保護フィールドまで失えば、彼女の身体はその装備ごとこの銀色の水に侵食されて溶けて消えてしまうだろう。
そうして死んでいった戦友も少なくない。
「くっ?! っきしょうがっ!」
おもわず叫びながら要塞爆撃型をにらむ。下面にオレンジの輝きがいくつも点る。
万事休す。
少女の顔に、諦めが浮かんだ瞬間、要塞爆撃型が光線を放った。
オレンジ色の輝きに照らされた顔に、ひとすじ流れるしずく。
『まだあっ!』
叫びが響き、光線が四方八方へ飛び散った。
栗毛の少女の前に人の影。流線形をした鋼のブーツを履き、白い軍服を纏い、腰から一対の翼とふさふさの太しっぽを伸ばして空を舞う、長い茶髪の少女。頭から覗く小さくて丸い耳をヒクつかせながら両手を前に突き出し、障壁を張ってオレンジの破壊光線に抗う。
「……そ、空屋」
呆然と栗毛の少女が見上げた。そして茶髪の少女の瞳の中に、銀色の魔法陣が顕れ、黄金の輝きを放ちながら高速回転を開始した。
同時に、彼女の張る障壁が金色の輝きを放ち、オレンジの破壊光線を完全遮断する。
それに気づいてか、要塞爆撃型の各所に新たなオレンジ色の光が点った。それを見て、栗毛の少女が目を見開く。
「まずいっ! 全力掃射が来るぞっ?! 逃げろっ! 空屋っ!」
如何に最新鋭兵器たる空戦ユニットと言えど、防御特化のセッティングでもなければ要塞爆撃型の全力掃射には耐えられない。
あれは、文字通り要塞を爆撃するための攻撃なのだから。
海戦ユニット最大の防御力を誇るオーバードレッドノートクラスバトルシップ《超弩級戦艦》ユニットでも防ぎきれない可能性のあるその一撃に、機動性と攻撃力に重きをおいた空戦ユニットがどう耐えられると言うのか。
しかし、茶髪の少女は要塞爆撃型ダスクメタリカから目をそらさなかった。
「っ! 逃げませんっ!」
大きく宣言し、己の魔力を全力で障壁に回す。
瞳の中の魔法陣は回転を続け、金色の輝きを放ち続けた。
それに応えるように、エイの形をした要塞爆撃型の上面に次々火柱が上がった。
『いやーっほぅっ♪』
『あら~?』
『……さすがに硬い』
声が上がり、いくつかの影が空から降ってきた。
赤毛をポニーテールにした縞々シッポの少女、長い金髪に翠眼で魚のヒレみたいな耳の少女、アッシュブロンドを三つ編みにした少女。
それぞれ手には機関銃や無反動砲などを構え、足には流線形のメカニカルブーツ。
腰から鋼の翼を伸ばし、ブーツの先端に回転する光のリングを備え、空を行く。
この光のリングこそが、彼女達に空を自由に駆ける力を与える魔法だ。
一口に“月瞳魔女”といっても様々だ。個人の資質によって魔力の強さや蓄積量は変わるし、才覚による固有魔法が使える場合もある。
そして近年重視されているのは、保護フィールドの強さと地形適正だ。
特に地形適正は、戦えるフィールドに関わるため最重要視されている。
飛行魔法の適正があれば航空戦団へ。銀海への耐性や、反発フィールドの適正があれば海上戦団へ。どちらも無いかあっても効果が低いなら陸戦団へと配属になり、後者ほど数が多い。
これは、飛行適正のある者は稀少なためである。空を飛べないもの達はそれ羨み、航空戦団を、“空屋”と呼んで揶揄した。
むろんそんなことに意味などはない。ダスクメタリカとの戦いには安全な場所など無く、空も、海も、陸も、最前線であるからだ。
奇襲を受けた要塞爆撃型は、全力掃射を中止してゆっくりと離脱していく。
赤毛のポニーテールが他のふたりにその追撃を指示して栗毛の少女の元へと降りてきた。
「おせーぞ空屋」
栗毛の少女が非難するように言う。が、赤毛の少女は人好きのする笑顔を浮かべた。
「真打ちは、最後に登場するもんさ♪」
それを聞いて、栗毛の少女があきれたように息を吐き、尻尾を揺らした。
「言ってろ…………すまねえ、助かった」
「殊勝じゃん。まあ、礼は部下に言って上げてよね?」
頭を下げる栗毛の少女に、赤毛の少女は苦笑いしながら茶髪の少女を前に押し出した。
彼女は慌てたようでわたわたしていたが、栗毛の少女はそんな彼女を見て相好を崩した。
「……そーだな。助かったぜ、イタチっ子」
「ハ、ハイ!」
茶髪の少女は嬉しそうに返事をした。
そして、空の二人は敵へ向かう。それを見上げて、栗毛の少女は手を強く握りしめ、くちびるを噛んだ。
「……っきしょう」
悔しさをにじませ見上げる。その背中が軽く叩かれた。
金髪のエルフ少女だ。
「ぼさっとしない。私たちには私たちのやることがあるわ。新しい艦艇型が何隻も浮上してきている。突撃揚陸型の支援のためでしょうね。これを一隻でも多く仕留めるのが……」
「あたしらのやることだ」
強き言い切る栗毛の少女。背中の論理魔導機関が、応えるように唸りをあげ始めた。
「全部沈めてやるさ、ダスクメタリカ共!」
勇躍して銀色の海面を滑走し始めた彼女に、エルフ少女小さく笑って自身も走り始めた。
皇歴五四七年。
アルティシオ世界の各地に、天空より六本の柱が落ちてきた。後に“ピラー”と呼ばれるようになるそれは、その衝撃で六つの小国家を壊滅させた。だが、地獄はその後に始まった。
銀色の“ピラー”から出現したのは、銀色に輝く鋼の悪魔、後に“メタリカ”と呼ばれるものども。
メタリカは大地を蹂躙し、生きとし生けるものは人、亜人、魔族、動物、魔獣の区別無く殺し尽くした。人々はこれに対抗し、長きにわたる戦が始まった。
百年戦争。
後の世にそう名付けられる戦争の幕開けだった。
戦いはメタリカの優位に進んだ。だが、魔法の力が人々に希望をもたらした。
メタリカの弱点は魔法であった。
やがて膠着した戦争だが、メタリカ側に異変が起き、彼らは和平を申し込んできたのだ。
そして長きに渡った戦争が終わり、平和の時が訪れた。
メタリカの技術を手に入れた人々は急速に発展し、独特の文明を築き上げ、さらに百年、平穏の時を過ごした。
だが、新たに黒い柱が天より落ちてきたのを皮切りに、世界は再び戦禍に包まれてしまう。
“ダスクメタリカ”。
生物のみならず、メタリカにすら襲いかかる黒い鋼の悪魔。この新たな敵は、大地を銀色の海で侵食しながら世界を脅かした。
彼らの力は強大で、メタリカの技術も、人々がすがった魔法の力も無力であった。
そして世界はじわじわと侵食されていった。
それから十年、人は敗退を続けていたが、ようやく反撃に移った。
魔法と科学技術を真に融合させた新たな力、論理魔導機関によって、ようやくダスクメタリカと戦えるだけの力を得たのだ。
そして二十年。戦いは膠着していた。
ダスクメタリカは強大無比。対して人々の力でもある論理魔導機関は、数が少なく、運用できる人間も限られていた。
“月の魔瞳”。
十代の少女にしか発現しない、世界にアクセスできると言うこの異能を持つものだけしか、論理魔導機関を全力稼働させられなかったのだ。
不足する戦力でダスクメタリカに抗う人間達。しかし、膠着した戦いの中で、銀色の海は少しずつ、着実に広がっていったのだった。
そして、皇歴七七七年紫雲の月。七の日。
物語は、ここから始まる。