嗚呼、PTSDという名の呪い〜恐怖のデパート2〜
注・この作品は、MSVさんの優しさでできています。
ありがたいお言葉にも、連載にできるほどのネタを絞り出すのは私には不可能でした。こんな形でいかがでしょうか?
俺はデパートの一階ホールに置かれた背もたれのないベンチに座っていた。というより、項垂れていた。
理由は単純。レジ打ちである、角刈りマッチョなメイドお兄さんの爽やかな笑顔が俺を苛むからだ(詳しくは『恐怖のデパート』を参照してくれ)。
俺の精神はあの狂った光景にズタズタにされた。今後一生トラウマとして残るんじゃないかと真剣に悩んでいるほどだ。
以前に来たときはまともだったのに……、と頭を抱えていると、放送を知らせる音が聞こえた。
ぴーんぽーんぱーんぽーん♪
『当店にご来店いただき、まことに有り難うございます』
俺はなんとはなしに放送に耳を傾けた。どのデパートでも代わり映えのしない平凡なセリフのあとに、とんでもない爆弾が仕掛けられていた。
『当店ではただいま、〈リニューアルフェア〜劇的ビフォー・アフター 決して忘れられないひとときをあなたに〜〉を実施しております』
いや劇的すぎんだろ! しかも堂々とパクリか! すげぇ神経してんな、考えたヤツ。
しかも『決して忘れられない』って、いい意味で使えよ! 客ぜんぶにトラウマ作りてぇのか?! 精神科の回し者か?
『ただいますべてのレジで、いま流行のメイド服を採用……爽やかな笑顔と共にお客様をお迎えしております』
やっぱりかぁぁあああッッッ!!!!
やっぱりあのメイド! 爽やかな笑顔って、綺麗なお姉さんならいいけど角刈りマッチョはキョーレツ過ぎだ!
平然と良いことしました的な放送しやがって。ぜってぇわざとだろ、あのマッチョ軍団!!
『他にも様々なサービスを実施しております。どうぞ、店内をお探ししてみてください(笑)』
なんだよその(笑)(←カッコ笑いカッコ閉じる)って!!
確信犯だろ!? ぜっっってぇ、解っててやってるだろ!?
だいたい、あの奇っ怪な陳列棚もサービスだって言うつもりかよ!(詳しくは『恐怖のデパート』以下略)
ことごとくが逆効果じゃねぇか!
もう……俺、帰ろう。
うん。こんなとこいちゃダメだ。即刻帰ろう。そして読み飽きた本を読み返して、ゲームを片っ端から極め尽くしてやるんだ、フフフ………♪(だんだん何かが崩壊していっている)
ぴーんぽーんぱーんぽーん♪
なんだ? また放送か……でも、まあいいや。俺には関係ないしぃ。
『……迷子のお知らせです。○×(どっかの地名)よりお越しの、明石直也様。お連れ様を迷子カウンターでお預かりしております。お近くの従業員に……』
明石直也って俺なんですけど?!
おかしくない? 俺一人で来たんだよ? 連れなんているわけ無いじゃん。
そうだよ、きっと言い間違いだよ。な?(誰かに同意を求める)
というわけで、俺は帰……
『繰り返します。○×よりお越しの明石直也様。明石雅也様とおっしゃる十歳くらいのお子様をお預かりしております。ただちに警察には知らせず、近くの従業員に声をかけてください。さもなくば、この子の命は』ブツッ!
…………(しーん)
言葉の途中で『ブツッ!』って! 『ブツッ!』って切れたー! すげぇ切れ方したー! それだけで嫌な予感(決して弟の心配などではない)膨れあがるじゃんよ!!
だいたい、何度も言うけど、俺は一人で来たのに、なんで弟迷子とかなってんの?
もう、スゲー同姓同名説に縋りてぇよ。でも完全にありえねぇよ……住んでる場所も一致、俺の名前も弟の名前も一致、弟の年齢も同じって――完全にアウトじゃん!
ああもう、それだけでも理不尽なのに。
なんで迷子のお知らせからだんだん誘拐犯からかかってくる電話っぽくなってんだよ!?
俺もしかして脅されてんの? 脅されてんの? ねえ!!(見えない誰かに訴えかけてみる)
しかも店内の放送でだよ! すんごい人数に丸聞こえじゃん!!
あんな放送、誰かが警察に通報しかねねぇっつーの! っつか、普通は通報する! いやしてほしい。マジで。
せめて騒ぐよな? 阿鼻叫喚だよな? 怒号の嵐だよな?!
……なんで誰もが平然としてんだよッ!!
こんな身近で誘拐騒ぎだぞ!? 従業員全員がグルで。犯罪史上初の快挙を成し遂げちゃったかもしんないんだぞ!?
なんで誰も騒がねぇ!? どころか、いまの放送が聞こえてなかったみたいなツラしてやがりますよ、コノヤロウ!?
みんながみんな、和やかに買い物を続けている。何事もなかったかのようだ……っていう文が差し込まれるような状況?!
これはこれで違う意味で怖ぇよ!!
俺は観念して、殉教者のような気分で近くにいた従業員に声をかけた。
「あの、スイマセン。迷子っていう明石雅也って俺の弟なんですけど」
「ああ、ハイ。では、すぐさまあそこの迷子カウンターまで全力で命捨てる覚悟で不様にも息を切らし脈拍は否応なく倍増するくらいの必死さで行ってください」
その人は営業スマイル全開で指をさした。
「…………。ああ、分かりました」
もう付き合ってらんねぇ。もう何を言う気にもなんねぇ。
やたらと大人げないセリフを吐く、クソな従業員にはせいぜい侮蔑の視線を投げかけるだけで無視する。
俺は少し大人になった。
途中で振り返ったら、その人は同じ笑顔で指をさしたまま俺に『早く行けよ、バーカ』くらいの意志をぶつけてきた。
やっぱムカツク。あとで殴ろっかな……。
メンドい。なんで俺が連れてきてもいない弟を迎えに行ってやんなきゃいけねぇんだよ。てめぇで来たんならてめぇで勝手に帰れっての。
もうすでに不機嫌はピークだった。
どうせ従業員はみんなグルなんだから、こっちが丁寧な対応をする必要はないんだよな。そう思って怒りとか苛立ちとかのハバネロレベルのスパイスを言葉にまぶして……いや、擦り込んで、そこにいたお姉さんに話し掛ける。
いまの俺なら若頭レベルなら勝てるね。極道がなんぼのもんじゃあッ!!
「明石雅也はここか?」
用件だけを言葉にする。
鋭く細まった眼や、低く抑えた声――ヤクザみたいな空気にも、お姉さんはまったく動じた様子はなく営業スマイル(きっと¥0だ)を振りまいた。さすがプロ。
「明石直也様ですね? お待ちしておりました。確かに明石雅也様はいらっしゃってますよ。えー、放送から八分三十九秒。思ったより早かったですね」
「…………は?」
俺は怒りもなにも全部忘れて間抜けな顔をした。自分じゃ見れないけど。
俺が訊き返しても、鉄壁の笑みは崩れなかった。
そのまま一人の子供を連れてくる。確かめるまでもなく弟の雅也だった。
「あっ、お兄ちゃん! 早かったね♪」
「さっきの人も言ってたが……『早かった』って何がだ?」
「もちろん、『どこまで本気か解らないちょっとヤバげな放送を聞いてから、お兄ちゃんが僕をめんどくさがってものすごく不機嫌になりつつも、しぶしぶ迎えに来るまでの速さ』が、だよ」
純真そうな笑顔でさらっと言ってのけた。
……………うん。まあ、なんとなくは予想できた。悲しいことに。
この不貞不貞しくてずる賢い、世渡り上手な弟が、迷子なんかになるわけないと。だから、わざと迷子になった風を装って俺を呼び出すくらいのことはするだろう(どうやって俺がこのデパートに来たのを知ったのかは定かではないが)。
だが、従業員と一緒になって俺をハメるとは思わなかった。
普通であれば有り得ないことだが……
「おい、雅也。全部おまえの指示なんだろ? どうやって従業員に言うことを聞かせた?」
雅也は一瞬キョトンとしてから、にっこりと言った。
「だってお兄ちゃん、このデパートはお父さんが今日買収したんだよ? もうだいぶここの経営が苦しくなってたから、お父さんが良心的な価格で買ったんだ。だからここの人は全部お父さんの部下なんだよ」
「…………」
俺は膝をついて、今度こそ泣いた。本気で泣いた。
俺は常識の世界で生きていたいんだよッ!!
雅也の言う『良心的な価格』が、どちらにとって良心的なのかを考えると、俺は本格的に家出をしたくなった。
俺がこのデパートに来たこと、リニューアルフェア、そしてこの茶番劇。
そのどこからどこまでが仕組まれたことだったのかは、もはや考える意味がない。
それを悟った俺は叫んだ。ムダと知りつつも。
「ぜっっってぇ、もうここには来ねぇ!!!」
ご来店、有り難うございました。またのお越しをお待ちしております(多分二度と開店しないと思いますが)。
もしよろしければ、ネタなんかをいただけると、もしかしたら開店するかもしれません。
そんなわけで。
では〜。




