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第一話 大切なものを失った日


 早乙女さおとめ邸は、西洋の古城を思わせるような立派な家だった。


 周囲の住宅と比べても、裕福であることが一目でわかる豪邸。


 外見通り、早乙女家は資産家で、そこに暮らす家族は金に不自由しない生活を送っていた。


 だから、こうなるのも当然だったのだろう。


☆☆☆ 


 がたん、と物音がしたような気がして、早乙女果鈴さおとめかりんは目を覚ました。


 枕元のデジタル時計を目を擦りながら確認すると、深夜3時を示していた。


 物音は、1階から聞こえたようだ。


 ベッドから起き出すと、窓から差す月光だけを頼りにして暗闇に包まれた自室のドアを開け、物音の正体を探そうと廊下に出て階段を下りようとする。


 そのとき、1階のリビングの方から、男の怒鳴り声が聞こえて、果鈴は驚いて首をすくませた。


「金目の物は全部出せ!

 死にたいのか!」


 若い男とおぼしき声が響いてきて、女性の押し殺した悲鳴が果鈴の耳に届く。


「ママ……?」


 それは、聞き慣れた母、雪美ゆきみの声に違いなかった。


 果鈴の胸に急速に不安が渦巻きはじめる。


──なにが起こっているの?


 こんな時間だというのに、玄関とリビングには明かりが点いていた。


 果鈴は慌てて階段を駆け下りようとしたが、足が震えて思うように動かない。


「やめて、助けて!」


「うるせえ、静かにしろ!」


 雪美が叫ぶと、男が怒鳴り返し、鈍い殴打音と、苦しそうな雪美のうめき声が聴こえてくる。


「やめろ、妻に手を出すな!」


「だから、うるせえっつってんだろうが!」


 父のかおるの声が男の声に掻き消され、やはり殴打音がして薫がぐう、と潰れたカエルのような声を出して沈黙する。


「殺せ、現金も金になりそうなもんは全部奪った。

 殺していいと言われてる」


 今度は中年と思しき男の指令を合図に、形あるものを壊すようなおぞましい音が響き渡る。


 両親が襲われているのだ。


 それだけではない、命を奪われようとしている。


──強盗。


 すぐにそう察した果鈴は、自室に駆け戻った。


 ドアの鍵をかけ、荒い呼吸を繰り返しながら、ガラスのローテーブルに置かれたスマートフォンに手を伸ばす。


 この行動を、果鈴は後々、後悔することになる。


──警察、警察に通報しないと、パパとママが殺される──。


 早く、速くと焦るのに、震える指は言うことをきかず、何度も画面を上滑りするばかりだ。


 ようやく電話が繋がると、相手が喋り出す前に、「強盗です、助けてください!」と叫んだ。


 その場に留まるよう指示されたが、複数人の足音が聞こえて、はっと果鈴は立ち上がり、ドアをそっと開けて廊下から階下を見下ろした。


 2階の廊下からは玄関ホールが見渡せる。


 リビングからリュックを背負った目出し帽の不審人物が玄関ホールへと出てくる。


「あっちーなあ」


 男の声がそう言うと、目出し帽を雑に脱ぎ捨て、その相貌が顕になる。


 見たことのない若い男だった。


「人殺しなんて初めてだ。

 俺たちは、もう戻れないな」


 あとからやってきた男も一仕事終えたとばかりに目出し帽を脱ぎ、中年と思しき顔をさらすと、満足げにリュックを叩き底冷えする笑顔を見せた。


 果鈴の存在は頭にもないようで気が抜けた様子で会話をはじめる。


──こんな状況なのに、笑っているなんて。


 息を殺して不審人物──強盗を見ていた果鈴の背中をぞくりと寒気が走った。


 男たちに続いて出てきたのはふたりの女だった。


 同じように目出し帽を脱ぎ、真っ青な顔色をしながら汗を拭っている。


「もらうものはもらった、さっさと逃げよう」


 若い女がそう言うと、全員が同意し、強盗は玄関から堂々と家を出て行った。


 ばたん、とドアが閉まり、車のエンジン音が遠ざかって静寂が戻ると、弾かれたように果鈴は階段を駆け下りた。


「パパ、ママ!」


 リビングに飛び込んだ果鈴は言葉を失った。


 見慣れたリビングは、見るも無惨に破壊され、巨大地震直後のような有り様だった。


 リビングと繋がるダイニングのテーブルの下で、パジャマ姿の両親が折り重なるように倒れていた。


 ふたりともぴくりとも動かず、頭から出血していた。


「パパ、ママ!

 ねえ、しっかりして!」


 ふたりの身体を揺さぶると、ごろりと仰向けになった雪美の瞳は光りを失い、虚ろに見開かれていた。


 もうなにも映していない命の火が消えた雪美を見て、果鈴は息を呑んで、しばらく呼吸することを忘れていた。


 手のひらに、べったりとついた血液を見て「ひいっ」と喉で張り付いた声を絞り出しその場に尻もちをつく。


 確認するまでもなく、薫も助からないだろうと察せられた。


 呆然と座り込んだまま、パトカーと救急車のサイレンが家の前で停まり、警官と救急隊員が雪崩込んでくるまで、果鈴は放心し続けた。


 そのあとのことは、あまり覚えていない。


 保護され、両親が搬送された病院へ一緒に向かい、連絡を受けた雪美の妹、夏美なつみが駆けつけると、張り詰めていた糸が切れたように、涙腺を決壊させた。


 夏美の胸に顔を埋め、「私が止めに入っていたら、ママたちは助かっていたかもしれないのに」と泣き続けた。


 覚えているのは、たったそれだけ。


 夏美がどんな顔をして果鈴を受け止めていたのか、果鈴は知らない。


 警察でも事情聴取はされたのだろうが、記憶はなかった。


 「監視されているようで嫌だから」と言う薫の一言で、家に防犯カメラは取り付けられていなかった。


 それが、強盗犯に有利に働く結果に繋がってしまった。


 悔やんでも悔やみきれない。


 果鈴は無理やりにでも防犯対策を徹底させておけばよかったと、心底後悔した。


 第一志望の高校に入学し、これからはじまる青春の日々に希望を抱いていた高校1年生の夏、早乙女果鈴は理不尽な形で両親を失った。



☆☆☆


 資産家が狙われた強盗殺人事件は大々的に報道され、犯行を行ったのは、昨今世間を賑わす闇バイトのグループだろうと識者が語り、ひとり生き残った果鈴にも取材が殺到したが、夏美が用心棒のように追い払ってくれた。


 葬儀は夏美が喪主となり、しめやかに行われた。


 親族席から、焼香する参列者を無感情に眺めていた果鈴は、ダークスーツに身を包んだ中年男性を見たとたん、椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。


「果鈴……?」


 喪服姿の夏美が驚いたように果鈴を見上げる。


 神妙な表情で焼香をしていた男には見覚えがあった。


──目出し帽を脱いだ、中年の男。


 目の前の男は、あの日、早乙女邸に押し入った強盗犯に違いなかった。 


 しかし、果鈴はなにも言うことなく座り直すと、進行する葬儀を他人事のような眼差しで眺めているだけだった。


 焼香を終え、去っていく男を見送る果鈴の胸に、ふつふつと憎しみの炎がくすぶる。


 ぐっと激情を噛み殺して爆発しそうになる感情を抑え込む。


 今は、まだそのときではない。


 顔はわかっている。


 警察に逮捕なんてさせない。


 復讐は、私がこの手で果たしてみせる。


 最も絶望を感じる方法で、残酷な方法で、仇討ちをしてみせる。


 果鈴はそう誓った。


☆☆☆


「今、すごい人気よねえ、この人」


 朝食のトーストを頬張っていた果鈴に、焼き上がったばかりのパンを皿に載せた夏美がダイニングの椅子に座りながら言った。


「ああ、うん……」


 果鈴は自分がテレビ画面を凝視していたことに気づき、気を取り直すようにバターが溶けたトーストに齧りつく。 


 朝の情報番組に映るのは、今日も今日とて衆議院議員の神原富久かんばらとみひさ


 2年前の衆院選で初当選してからというもの、人気はうなぎのぼり、最近は、議員の枠を超えて、さながら中高年のアイドルなみの爆発的人気を博している。


 大手銀行の支店長を経て、庶民派を謳って初挑戦で見事当選、今ではメディアなどで見かけない日はないほどだ。


 神原がここまで人気を得た理由は、ひとえに家族の存在がある。


 神原には妻の希実子きみこと大学生の長女、麻由まゆと長男の慎一しんいちがいる。


 銀行を辞め、国政に打って出ようという富久を家族は献身的に支え、その様子が報道されるや『理想の家族』として羨望の眼差しを集め、富久の国民的人気に繋がった。


 神原一家は、今や一挙手一投足が注目の的だ。


 当然富久の発言にも影響力がある。


 富久人気にあやかろうとする議員も大勢いた。


 年齢の割には整って若く見えるせいかビジュアルの良さだけを切り取って応援する中高年の女性も急増中だ。


 そんな富久のサクセスストーリーを、テレビ画面を通して、果鈴はつぶさに見てきた。


 そして、機が熟すのを、じっくり獲物に近づき、絶対に逃さないとみるや飛びかかる獣のように慎重に待っていた。


 パンにジャムを塗っている夏美の、綺麗に塗られたネイルを見つめながら、果鈴は「ねえ」と声をかけた。


 「うん?」と夏美が作業の手は止めないまま声だけで続きを促す。


「夏美ちゃん、実はね」


──やるなら今だ、今しかない。


 ごくりとトーストを飲み下すと、果鈴は言った。 


「パパとママを殺した人、本当は知ってるの。

 あの夜、犯人の顔を見たから」


 夏美が弾かれたように顔を上げ、目を丸くして果鈴を見返す。


「なんでそんな大事なこと黙ってたの!?

 すぐに警察に通報しないと……!」


「待って、夏美ちゃん。

 私ね、考えがあるの」


「考え?」


「犯人たちに、私がこの手で復讐する。

 警察に任せてなんかおけない。

 気が済むまで自分の手で復讐するの。

 だから、夏美ちゃんに協力してほしい」


 夏美は戸惑ったように視線を右往左往させる。


「……協力?」


「犯人が憎くない?

 ママを殺されて、悔しくない?」


「そりゃ、お姉ちゃんを殺した犯人は憎いよ。

 だけど……協力って、具体的にどうすればいいの?」


「夏美ちゃんにしか頼めないこと」


 困惑する夏美に、果鈴は温めてきた復讐計画を語った。


 夏美は目を見開いてその話に聞き入った。


 そして、重大ななにかを決意したようにうなずいた。


「よし、やろう、果鈴。

 あたしで良ければいくらでも協力するよ」


「ありがとう」


 絶対化けの皮を剥がしてやる。


 薄皮1枚剥けば、あんなやつらの本性は暴かれ、すぐボロを出すだろう。


──私はあいつらを絶対に許さない、復讐のはじまりだ。


 果鈴は決意とともに薄く微笑んだ。


☆☆☆


 資産家の早乙女夫妻が殺された事件から3年が経過しようとしていた。


 唯一の生き残りの果鈴は高校3年生になり、今は母、雪美の妹の夏美と夏美のマンションで暮らしている。


 事件の犯人は未だ捕まっていない。


 まだ30代と若い夏美と暮らすことに気が引けたが、夏美は親を失った果鈴を受け入れてくれた。


 メイクで完璧に武装した夏美は美しく、果鈴の憧れだった。


 夏美は、良くも悪くも世間に影響力のある週刊誌『週刊真相』の記者をしている。


 隙のないメイクやスーツは男社会で闘うための武器なのだろう。


 見た目こそ可憐だが、夏美には豪快な1面もある。


 仕事から疲れて帰っては、缶ビールを喉を鳴らして飲み干し、上司を口汚く罵った。


 社会に出るということは、ストレスとの闘いでもあるのだろうと、まだ高校生の果鈴は夏美を不憫に思って、夏美の口から溢れる愚痴の聞き役に徹した。


 あの事件があってから、温めてきた復讐計画を成し遂げるためには、夏美の、いや正直に言えば、週刊誌の存在が不可欠になる。


 夏美から協力すると約束を取りつけた果鈴は、両親を殺害した憎き犯人に復讐するため、人知れず動き出した。




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