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第1章: 決して戻らない微笑み

まえがき


はじめまして、作者のツクヨ(tsukuyo)と申します。


この物語は、冷徹な少年が異世界で「闇の主」として君臨していく物語です。


もともと英語で執筆した作品ですが、日本の読者の皆さまにも楽しんでいただけるよう、心を込めて翻訳しました。毎日更新を予定しておりますので、ぜひ最後までお付き合いいただければ幸いです。

第1章: 決して戻らない微笑み (前編)


無限の虚空 ― 時と因果の彼方


宇宙は決して偶然の産物ではなかった。それは一冊の草稿であり、インクはまだ乾いていなかった。


色彩も形も音も存在しない領域に、下級の神々が怯えたささやき声でのみ語る存在があった。彼らはそれを“未知なる神”と呼んだ。神は玉座も王冠も持たず、“運命の書”を持っていた。それは、かつて構想されたすべての魂の設計図を収めた、純白に輝く書物だった。


神は宇宙の海の深淵を見つめていた。


「ブラックホールか…」神は呟いた。その声は男でも女でもなく、星々が砕ける音だった。「TON-618すら超える重力特異点。存在の布地に刻まれた傷だ。」


神は、そのブラックホールが二つの現実が交わる繊細な交点へと流れていくのを見つめていた。 “存在の世界”と“ヴェルグリスの世界”。もし衝突すれば、消滅は完全なものとなる。


神は“運命の書”を開いた。ページは終端速度でめくれ、そしてただ一つの、取るに足らない名の上で止まった。


石田 清志


「存在の世界の少年だ」と神は観察した。「高い知性の器、計算尽くの隔離が形作った人生。この種をヴェルグリスの土壌に移植し…もし私が彼に“虚空”への親和性を与えれば…彼は宇宙を縫い合わせる武器となるだろう。」


神は凍てついた光でできた羽根ペンを手に取った。


「少年にとっては悲劇だ」と神は囁き、白いページにペンを触れた。「全体を救うために、部分は壊されねばならない。私は彼の歴史を書き始めよう。彼に“主”の力を与えよう。だが、人間の温もりは決して与えまい。」


ページに最初の一文が現れた。 “彼は影の世界に生まれ、影を我が家と呼ぶことを覚えた。”


2024年 私立駒王学園屋上 ― 東京、日本


屋上の風は、雨と遠くの排気ガスの匂いがした。


石田清志はコンクリートの手すりの縁に座り、五階下へと足をぶらつかせていた。彼は十六歳だが、その目――深く不気味な紫色――は老人のような疲れを宿していた。青白い手には黒い表紙のぼろぼろの本を握っている。


『ダークサイコロジー入門 人心操縦の機構』


彼はそれを楽しみで読んでいるのではなかった。生き延びるために読んでいた。


「正義と優しさ、か」と清志は呟いた。その声は風にかき消されそうだった。「それらは、強き者が弱き者に噛みつかせないための、言葉のヴェールに過ぎない。この世界で唯一本物なのは…結果だけだ。」


彼は本を閉じた。通りを見下ろしはしなかった。空を見上げ、なぜ何かがこちらを見つめ返しているように感じるのか、不思議に思っていた。


十年前 ― 石田家のアパート


「これを読みなさい、清志。絵を見てはいけない。パターンを理解するんだ。」


石田肇は、冷たい青い目と刃を研ぐような声を持つ男で、六歳の息子に黒い本を手渡した。隣には石田富美子が立っていた。彼女は美しく、清志と同じ漆黒の髪と紫の瞳を持っていたが、その表情は彫像のように硬かった。


「他の子は積み木で遊ぶけど、清志、あなたは心で遊ぶの」と富美子は臨床的な声で言った。「それが、来たるべきものから生き延びる唯一の道なの。」


清志は本を受け取った。おもちゃをねだらなかった。抱きしめてとも言わなかった。彼は部屋の隅に座り、学び始めた。ガスライティングを。感情のアンカリングを。笑顔とは、しばしば標的の防御を下げるための単なる筋肉の収縮に過ぎないことを学んだ。


七歳になるまでに、清志は笑うのをやめていた。笑顔は、彼が両親に語る必要のない嘘であり、両親も彼に語ることを期待していない嘘だと気づいたのだ。


そして、その沈黙が破れた夜が来た。


清志は台所の引き戸の陰に隠れ、胸を押さえていた。廊下の明かりがちらつき、長く歪んだ影を落としていた。


「計画は加速している!」居間から肇の怒声が響いた。「材料を吸収するのが早すぎる。奴は怪物になりつつある、富美子!危険で冷血な資産だ!」


「彼は私たちが作ったものよ」と富美子は氷水のような声で返した。「あの子はもう子供じゃない。プロトタイプよ。“向こう側”への橋なの。」


「あれを引き取るべきじゃなかった」と肇は吐き捨てた。「愛情は一時的な変数だった。我々は目的を見失っていた。奴は俺たちの子じゃない、富美子。プロジェクトだ。そしてヤクザが痺れを切らしている。」


闇の中で聞いていた清志は、自分の心がひび割れるのを感じた。それは大きな音ではなかった。凍えた枝が静かに折れる音だった。


俺はプロジェクトなんだ、と彼は思った。愛情は一時的な変数だった。


彼は泣かなかった。ただ、自分の魂の温度が二十度下がるのを感じた。その夜から、彼の両親はもはや「母」でも「父」でもなかった。彼らは「第一制御者」だった。


そして、彼はもはや自分を養う手を信頼しなかった。


二年後 ― 街のとある雨の夜


濡れたアスファルトと鉄の匂い。


「ここで待ってなさい、清志」と両親は高級レストランの外で言った。「投資家との会合がある。」


清志はレンガの壁際に立ち、薄いジャケットの中で小さな体を震わせていた。雨粒が舗道を叩くのを見ていた。秒数を数えた。


一、二、三…


バン。


銃声は雨で和らいでいたが、長年の過剰警戒で研ぎ澄まされた清志の耳は、瞬時にそれを捉えた。


ドアが弾け飛んだ。最初に富美子が倒れた。紫の瞳は大きく見開かれ、虚ろに、コンクリートにぶつかった。肇がそれに続き、白いシャツに赤い染みが広がった。


清志は彼らが死ぬのを見つめていた。


叫ばなかった。走らなかった。雨の中の亡霊のように立ち、データを観察した。


標的A: 死亡。標的B: 死亡。脅威レベル: 高。


影から三人の男が現れた。リーダーは蛇のような目をした長身の男で、雨の中でも消えない煙草をくわえていた。大和剣月。


男たちは死体のそばに立つ小さな少年を見た。


「おい、剣月」、チンピラの一人がナイフに手を伸ばしながら囁いた。「あれはガキか? “プロジェクト”ってやつか?」


剣月は清志に歩み寄った。少年の顔に煙を吹きかけた。恐怖の色を探した。悲しみの色を探した。しかし見つけたのは、ただ紫の瞳の虚無だけだった。


「落ち着いてるな」と剣月は言い、歪んだ笑みを浮かべた。「普通のガキなら今頃ママを呼んで泣き喚くところだ。だがお前は…ただ計算してるだけか?」


剣月は手を伸ばし、清志の頭を撫でた。その手は冷たく、火薬の匂いがした。


「俺は静かな道具が好きだ。錆びるのが遅いからな。」


ヤクザは清志に家庭を与えるために引き取ったのではなかった。考え、しかし感じることのできない武器は、世界で最も価値ある資産だからだ。


中学一年 ― 教室


清志は今、寮に住んでいた。彼の人生は灰色のループだった。起床、労働、勉強、生存。


彼は廊下の幽霊だった、あの眼鏡を見るまでは。


ニヨリという少年がロッカーに押さえつけられていた。三人のいじめっ子が笑い、一人はニヨリの割れた眼鏡を持っていた。


清志は通り過ぎるつもりだった。変数: 生存に関係なし、と彼は思った。


しかし、彼は足を止めた。いじめっ子たちの立ち方を見た――体重配分が悪く、傲慢さが側面への警戒を欠如させていた。機会: 被害者に借りを作れば、情報源か盾にできる。


清志は前に出た。


叫ばなかった。怒りもしなかった。外科医の精密さで、脳を揺らしつつ骨を折らない正確な角度で、リーダーの顎を打った。


いじめっ子たちは、表情を変えずに戦う少年に恐怖し、散り散りに逃げた。


ニヨリは息を呑み、ロッカーにずり落ちた。「ありがとう…助けてくれたんだ!」


清志は彼を見下ろした。ガラスのような目で。


「助けたんじゃない」と清志は冷たく平坦な声で言った。「利用しているだけだ。論理を優しさと勘違いするな、ニヨリ。」


ニヨリはまばたきし、震えた。「それでも…君は僕を初めて見てくれた人だ。僕はニヨリ。君の名前は?」


清志は答えなかった。ただ背を向けて立ち去った。


次の日、ニヨリは隣の席に座っていた。そのまた次の日も。一ヶ月後も。ニヨリは、清志の冷たさを生き延びて、影の下の人間を見ることができた最初の人物だった。


教室 ― 一ヶ月後


「また満点だ」と教師はほとんど怯えた様子で告げた。「石田清志。百点。」


生徒たちは囁いた。『1-Aの怪物』


ニヨリが身を乗り出して囁いた。「どうやってるんだよ? そんなに勉強してるように見えないのに。」


清志は机から顔を上げなかった。「カリキュラムは予測可能なパターンに基づいている、ニヨリ。テストを作った者の意図を理解すれば、答えは必然に変わる。」


「君は本当に変だよ」とニヨリは不安げに笑った。


「私はただ正直なだけだ」と清志は答えた。


その時、ドアが開き、新たな変数が教室に飛び込んできた。


彼女の名は白波愛子。鋭いアクアマリンの瞳と、野心を叫ぶ姿勢の少女だった。天才、ライバル、そして清志の人生で初めて、恐怖ではなく挑戦の目で彼を見る者。


毎回の試験、結果は同じだった。


清志: 百点。


愛子: 九十九点。


彼女は教室の向こうから彼を見つめ、胸の鼓動は悔しさと、名づけられない好奇心の入り混じったものだった。彼女はその紫の瞳の奥に何があるのか知りたかった。どんな方程式も解ける少年が、雨を感じることもできるのか、知りたかった。


その答えが、やがて彼の命を奪うことになるとは、彼女はまだ知らなかった。


廊下での衝突 ― 早朝


廊下は静かで、空気はワックスと古木の匂いがした。清志は図書館へ向かっていた。心はすでに心理学の教科書の三章先にあった、その時、鋭い角と急ぎ足が必然を招いた。


「あっ!」


鋭い悲鳴と共に、紙が舞い散る混沌が続いた。


清志はよろめかなかった。ただ立ち止まり、紫の瞳を一度まばたかせて、見下ろした。白波愛子が床に倒れ、その野心的で鋭い表情は純粋な衝撃に取って代わられていた。丹念に整理されたノートが、降り積もった雪のようにリノリウムに散らばっている。


「謝罪する」と彼は電話のダイヤル音のように平坦な声で言った。「見えていなかった。」


彼は彼女が食ってかかるのを待たなかった。すぐに膝をついた。しかし、ただ紙を掴むのではなく、拾い上げながら日付と科目で分類し始めた。


愛子はあ然として見つめた。これは、全ての試験で自分をきっかり一点差で破った少年だった。傲慢か、あるいは完全に無視するだろうと予想していたのに。


「あ、あなた…手伝ってくれるの?」彼女はどもり、震える指で一枚のシートに手を伸ばした。


清志は完璧に四角く揃えたノートの束を差し出した。


「私が原因だ。手伝うのは廊下の効率を回復するために理にかなっている」と彼は答えた。


二人の指が一瞬触れた。愛子は熱の衝撃を感じたが、清志の肌は不気味なほど冷たかった。彼が彼女を見るとき、そこには興味の輝きも、彼女が学年トップの少女だという認識もなかった。彼にとって、彼女はたまたま動かしてしまった障害物でしかなかった。


「あなたが石田清志くん?」愛子は声の鋭さを取り戻しながら尋ねた。「いつも百点を取る。私は白波愛子。次はあなたを超えるから。」


清志は立ち上がり、表情を変えなかった。


「それが目標なら、廊下を走る時間を減らして、化学の教科書第三章の復習に充てるべきだ。分子結合の問題を落としたのは計算を急いだからだ。」


愛子は凍りついた。彼は彼女の点数を見ただけでなく、間違いまで分析していた。


「どうして…?」


彼は答えなかった。ただわずかに会釈し、彼女の横を通り過ぎた。


愛子はしばらく膝をついたまま、ノートを胸に抱きしめていた。心臓が思いがけず跳ねた――恋愛感情ではなく、恐ろしい気づきからだった。ライバルにこれは圧倒的すぎる。


なぜ彼はあんなに遠く、孤独で、冷たく見えるの?まるで厚いガラス越しに世界を見てるみたい。あの日から、愛子の視線はますます頻繁に、教室の後ろの隅、冷たい少年が静かに座り、彼女がまだ覚えたばかりのゲームの結末をすでに知っている場所へと向かうようになった。


---


第1章: 決して戻らない微笑み (中編)


石田の寮 ― 夜


寮は、十代が住んでいるとは思えない、あらゆる個性を剥ぎ取られたコンクリートの箱だった。壁にポスターはなく、スピーカーから音楽が響くこともない。唯一の音は、小さな冷蔵庫の低く規則的なハム音と、ペンの引っかく音だけだった。


清志は机に向かい、薄暗い単一のランプの下で完璧な姿勢を保っていた。後ろのベッドでは、二つの命が動いていた。


ナミ、片目にパッチを当てたような模様の白黒の子猫が、枕の隅をふみふみしていた。カイ、ゴールデンレトリバーの子犬が、ベッド脇のクレートに横たわり、尻尾が一度、睡眠中にプラスチックをトンと打った。


清志はペンを置き、振り返った。学校でかぶっていた冷たく分析的な仮面は壊れなかったが、その縁がわずかに和らいだ。彼は手を伸ばし、ナミの耳の後ろを指で撫でた。


「人間は互恵性と自己利益の法則に支配されている、ナミ」と彼は囁いた。「彼らは見返りを期待するから与えるだけだ。去るのが怖いからとどまるだけだ。」


ナミは、彼の感触に身を寄せて、柔らかく振動する喉鳴らしを返した。


「でもお前は…」清志の声はさらに低くなった。「隠された意図はない。私を『プロジェクト』や『道具』とは見ない。お前にとって、私はただ温もりを提供する者だ。」


彼は立ち上がり、小さな簡易キッチンへ歩いた。自分用の夕食がカウンターに載っていた。カップラーメンひとつ、半分だけ食べて冷めている。彼はそれを無視した。代わりに、小さなまな板と、アルバイト代で買った新鮮なサーモンの切り身を取り出した。


外科医のように精密に魚を切った――等分な一片、子猫が噛みやすいように。


存在の世界において、石田清志は幽霊だった。しかしこの二匹の生き物にとって、彼は宇宙の中心だった。彼は自分自身にするよりもずっと丁寧に彼らの世話をした。それは「愛」――彼が語彙から削除した言葉――のためではなく、誠実さのためだった。動物は、嘘に満ちた世界に残された唯一の正直なものだった。


教室 ― 翌日、昼休み


「き、君…本当に料理してあげてるのか?」ニヨリが椅子の背越しに身を乗り出して尋ねた。


清志は無言で白米を食べていた。「ナミは視力のためにタウリンが必要だ。カイは骨の発育に複合炭水化物とタンパク質が必要だ。市販のドライフードは寿命を縮める増量剤で満ちている。健康への悪い投資だ。」


ニヨリは頭を掻き、苦笑いした。「まるでハイリスクな科学実験みたいに話すんだな。でも昨日見たんだ、清志。窓辺のスズメを十分間も見てたろ。平和そうだった。」


清志の目が窓へと動いた。スズメはもういなかった。


「風速に基づいて飛行軌道を計算していただけだ」と清志は嘘をついた。「それ以上ではない。」


教室の反対側で、白波愛子が彼らを見ていた。彼女は豪華な弁当箱を持っていたが、手をつけていなかった。清志の後ろ頭をじっと見つめていた。


なぜ?と彼女は思った。学年最高の成績なのに、消えたいかのように後ろに座っている。いじめっ子からニヨリを助けたのに、迷惑そうに扱う。彼は矛盾だらけよ。


彼女は箸を強く握りしめた。彼女はこれまでの人生、最高で、最も輝き、注目の中心でいることに費やしてきた。それからこの紫の瞳の影が現れ、彼女の「九十九点」を失敗のように見せた。彼が憎い。彼に夢中だった。


そして、彼の鎧の隙間を探すのをやめられなかった。


午後遅く ― 雨の街路


空は痣のような色に変わり、冷たく刺すような雨が降り始め、東京の街路をネオンと灰色の傘のぼやけた鏡に変えた。


清志はうつむいて歩き、両手をポケットに深く突っ込んでいた。鞄の中のサーモンのことを考えていた。今朝ナミが元気がなかった、戻ったら体温をチェックしなければ。


彼は地元の市場へ向かう角を曲がった。この地域には数匹の野良猫がいた――普段は無視する変数だ。


しかしその時、見慣れた人影を見た。


愛子が狭い路地の真ん中に膝をついていた。高価な制服のコートが雨でずぶ濡れになり、片手に破れた買い物袋を持ち、もう一方の手を差し伸べていた。


「こっちにおいで、ちいさな子」と彼女は囁いた。「大丈夫よ。パンがあるから…」


小さな、震える子猫――グレーと白、生後六週間も経っていない――が、錆びたゴミ箱の下から彼女を見つめていた。


清志は立ち止まった。路地の入り口から見ていた。非効率的だ、と彼は思った。パンは猫の栄養に適さない。野良猫に餌をやるためだけに彼女は風邪を引く。非論理的だ。


だが、彼が背を向ける前に、それを聞いた。


濡れた舗道をタイヤが擦る甲高い悲鳴。


大型の配送トラックがカーブを広がりすぎた。ドライバーは、おそらく注意散漫か雨で視界を遮られ、路地の入り口に気づかなかった。トラックはハイドロプレーニングを起こし、その巨大な鋼鉄の車体が、愛子の膝をつく縁石に向かって横滑りしていた。


清志にとって時間は遅くなったりしなかった。それは一連の高速計算になった。


トラックのベクトル: 45度。


速度: 約40km/h。


愛子の位置: 衝突ゾーンまで2メートル。


子猫: 前輪の軌道に直接。


清志は両親のことを考えなかった。「未知なる神」のことも考えなかった。愛子のことをさえ考えなかった。


彼は子猫を見た。震え、小さく、そして正直だった。


彼は動いた。


清志は前方に飛び込んだ。靴が滑らかなアスファルトで滑ったが、その勢いを利用して体重を愛子の肩にぶつけた。


「清志――!?」愛子は金切り声をあげ、安全なゴミ箱の影へと吹き飛ばされ、買い物袋の中身が地面に散乱した。


同じ動作で、清志の手は下方に掃った。彼の指は子猫の冷たく濡れた毛皮に触れ、それを胸にすくい上げた。


しかし、計算は尽きていた。少女と動物を救うことで、彼は自らを「デッドゾーン」に置いたのだ。


グシャリ。


その音は吐き気を催すものだった――金属が骨とぶつかる音。


世界が赤く染まり、そして黒くなった。


清志は自分が空中に投げ出され、次いで濡れた路面への激しい衝撃を感じた。雨が、頭の後ろに溜まっていく血と混ざり、不思議と温かく感じられた。


脚を動かせない。息ができない。視界は灰色の消えゆくトンネルだった。


彼は下を見た。ジャケットの中で、子猫が鳴いた――怯えているが、無傷だった。


無垢なものは無事だ、と彼の心はささやいた。思考が緩慢になっていく。


その時、突然の鋭い後悔が彼を襲った。自分の人生に対してでも、見つけられなかった正義に対してでもなかった。


ナミ…カイ…


「すまない」と彼は喘ぎ、口元に血の泡を浮かべた。「今夜は…家に帰れそうにない。誰か…どうか…あの子たちに餌を…」


彼の紫の瞳は最後の瞬間見開かれ、暗い雲を見つめていた。


これがプロジェクトの終わりか?


そして光が消えた。


雨の中 ― その直後


愛子は這って遺体に近づいた。膝は擦りむいて血が出ていた。息は不規則な喘ぎだった。


「清志くん?清志くん、起きて!」


彼女は彼の元に辿り着いた。体が捻じ曲がっているのが見えた。紫色の瞳の生気のない虚ろな凝視を見た。彼が救った子猫が彼のジャケットから這い出し、身震いして水を切り、長く悲しげな鳴き声をあげた。


愛子は雷鳴にかき消される叫びをあげた。彼女は彼の冷たい手を掴んだ――彼女を安全な場所へと押しやった手だ――そしてそれを自分の胸に引き寄せた。


「なぜ!?」彼女はすすり泣いた。「あんなに冷たかったのに!誰のことも気にかけてなかったのに!どうして私のためにこんなことを?!」


トラックの運転手は叫んでいた。人々が傘をさして走っていた。遠くでサイレンが嘆いていた。


しかし石田清志には聞こえなかった。


彼はすでに別の種類の闇へと落ちていった。名前を持つ闇。その主が目覚めるのを待ちわびている闇へと。


---


第1章: 決して戻らない微笑み (後編)


葬儀場 ― 三日後


場内の空気は線香と濡れた傘の匂いで重かった。小さく、事務的な営みだった。石田清志には、彼を引き取る存命の親類はなく、彼を「養子」にしたヤクザたちは、自分たちの「道具」が壊れた瞬間から闇へと消えていた。


学校は小さな代表団を派遣したが、ほとんどの生徒は気まずげに後方に立ち、スマートフォンをチェックしていた。彼らにとって、清志は単に空席になった席に過ぎなかった――ようやく修正された統計的な異常値だった。


しかし、最前列で、ニヨリだけが立っていた。眼鏡は熱気で曇り、拳は白くなるほど固く握られていた。彼は泣かなかった。涙は非効率的な水分の浪費だと清志が教えたからだ。


代わりに、ニヨリは祭壇のそばの清志の額縁入りの写真を見た。それは学生証の写真だった。清志は微笑んでいなかった。まるでカメラを突き抜けて、写真を撮る者を分析するかのように見つめていた。


「約束するよ」とニヨリは声を震わせて囁いた。「僕が世話をするから、清志。独りぼっちにさせないから。」


清志の寮 ― 夕暮れ


402号室のドアが寂しげなきしみと共に開いた。


ニヨリは上質なサーモンとさつまいもの入った袋を抱えて中に入った。清志が指定していたまさにそのブランドだ。


部屋は凍えるようだった。暖房は三日間ついていなかった。ベッドの影から、一対の緑色の目が光った。ナミが這い出てきて、その動きは狂おしかった。彼女は鳴かなかった。長く、ぎざぎざの叫び声をあげ、いつも午後六時に聞こえていた足音を待って、ドアの前を行ったり来たりした。


隅では、カイがクレートの中で丸まっていた。吠えなかった。ただ虚ろで悲嘆に暮れた表情でニヨリを見つめ、金色の毛はほこりをかぶっていた。三日前にサイレンが遠くに消えた瞬間から、彼は食事をとらなくなっていた。


ニヨリは床に膝をつき、胸を波立たせた。部屋がありのままに見えた。僧房だ。トロフィーも思い出の品もない――教科書とペット用品だけだった。


その時、彼はそれを見た。


机の上に、ガラスのペーパーウェイトで留められた一枚の黄色い付箋があった。字は完璧で、冷たく、精密だった。


「もし私が戻らなかったら、彼らに餌をやってください。サーモンは下の引き出しにあります。獣医の連絡先は裏面です。待たせないでください。」


― K.


ニヨリはそのメモを掴み、ついに崩れた。机にもたれてすすり泣き、袖に顔を埋めた。「わかってたんだな…」彼はあえいだ。「自分の死さえ計算して…自分には何ひとつ残さなかったんだな。ただの一つも。」


記念式の外 ― 雨は続く


白波愛子は通りの向こう側に立ち、黒い傘の下に隠れていた。彼女は中に入らなかった。自分にはその資格がないと感じていた。


腕の中には、グレーと白の子猫を抱いていた。今は清潔で、餌ももらい暖かいが、葬儀場の方を向き続け、耳をぴくぴくさせていた。


「私のために死んだの?」愛子は誰もいない通りに囁いた。「それとも、それが論理的に正しいことだったから?」


彼女は最後の瞬間の清志の紫の瞳の様子を思い出した。そこには恐怖も英雄気取りもなかった。ただ、計算への静かな受容だけが。百点、一点を除いて。


「あなたに勝てないから憎んでた」と彼女は言い、一粒の涙が頬を伝って子猫の毛に落ちた。「点数と沈黙に嫉妬して…それから気付いたの。ただ一度でいいから、私を見てほしかっただけなんだって。」


彼女は空を見上げた。雲は厚く息苦しかったが、一瞬、灰色の背後にすみれ色の光がちらついたように思えた。


「いつか必ず知るから」と彼女は誓った。「あなたが本当は誰だったのか、石田清志。たとえ一生かかっても。」


虚空 ― 未知なる神の間


未知なる神は運命の書を決定的な音と共に閉じた。


表紙で、石田清志の名がかすかな幽かな輝きを放ち始めた。最後のページのインク――トラック事故の記述――はすでに新たな形へと滲み始めていた。


「移行は完了した」と神は呟いた。


神は遠くの巨大なブラックホールを見た。それは以前より近づいていたが、変数は無事に動かされた。少年の魂はもはや地球の重力に縛られてはいない。次元の海を漂い、再形成され、強化され、より暗いものへと鍛え上げられている。


「存在の世界は一人の生徒を失った」と神は言い、顔があるべき虚空に影のような笑みを浮かべた。「しかしヴェルグリスの世界は…これから闇の主と出会うのだ。」


神は羽根ペンを取り上げ、新しい白紙のページへ向かった。


彼は書いた: 第2章


地球では…つづかない。


✦ 第1章 終わり

あとがき


第1章を読んでいただき、誠にありがとうございます。


石田清志の物語は、ここから異世界「ヴェルグリス」で本当の幕を開けます。


もし面白いと感じていただけたら、ブックマーク登録や★評価をいただけると、執筆の大きな励みになります!


次回、清志の新たな力と目覚め。お楽しみに。

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