第三話
「さて、どこに行くかはまだ決めていないけど、まずは歩きながら話そうか?」
「はい」
サクラはコクリと頷き――そして、自分から福山の腕に抱きついた。
「……なんだか、慣れているね」
そのあまりに自然な行動に多少驚いて、見上げてくるサクラに福山は問いかけた。
「……してほしいかなって思って」
「それは嬉しいけど……」
「でも、したのは、初めてです」
幼い少女――見た目も相まって余計にそう感じてしまうサクラの言葉に、福山は視線を外して苦笑した。
両手で腕に抱きつく少女のことはあまり考えないようにして、話を進める。
「じゃあ、どこに行こうか。行きたいところとかある?」
「…………『お兄さん』」
呟く声に、ドキリとする。
「お兄さん……って呼んだほうがいいんですよね」
「ああ、うん。そうかな」
「じゃあ、お兄さん」
腕に抱きつく両手に力がこもる。小さな少女の温もりを伝えながら、サクラは幼い綺麗な声を響かせる。
「お兄さんは……わたしとしたいですか」
サクラの妖精のような声が言葉の内容とはまったく違って、福山は一瞬この少女が何をいっているか理解できなかった。
「わたしとしたいですか」
もう一度言うサクラに「なにを?」と聞く前に、少女は答えを先に言った。
「わたしと、エッチしたいですか?」
「…………」
見上げるサクラの視線を受け止めきれず、福山はまた視線を外し遠くを見つめた。
そうしないと危なかった。惹きこまれそうになる。
「えっと、そういうの駄目なんじゃないのかな」
「……わたしはいいです。秘密にします」
「…………」
再び黙る。福山は黙る以外にできなかった。
「わたしは、していいです。お兄さんが良かったら」
意識なのか無意識なのか、少女は身体を強く触れさせていた。
小柄で柔らかい少女の身体が、福山に密着する。
「お兄さん……」
少女の言葉に、福山はぐっと奥歯を噛み締めた。
これ以上は、無理だった。ここで流したとしても、諭したとしても、少女は何度もお願いしてくるだろう。
何より、サクラの視線に自分が耐えられない。
「……わかった」
頷き、静かに呟く。
「…………」
少女が――サクラが期待なのか喜びなのか、それとも、後悔なのか恐怖なのか――少しだけ身体を震わせた。
福山は腕に抱きついているサクラの手をきゅっと握る。
そして、二人で歩き出した。
――――――――――
――着いたのは、サクラの知っている場所だった。
「契約違反よ。やっぱりあなたは雇えないわ。家に帰りなさい」
顔を見るなり強い口調で言ったシオリの言葉に、サクラは福山を見上げた。
「ごめんね、サクラちゃん」
福山は申し訳なさそうに謝る。
「彼は、うちの会社の人間よ。初めての子や……あなたみたいに『危ない子』がなにかしないように、最初のお客をやってもらっているの」
福山からシオリに視線を移すサクラ。その視線を受け、シオリは言葉を続けた。
「悪いわね、うちも商売だから。こういうのは当たり前のことなの」
「…………」
幼い子供が叱られたように、サクラは俯いた。その仕草に、シオリもまた溜息がでる。
――これじゃあ、まるで私が悪いみたいじゃない。
「……もう遅いから近くまで送っていくわ。部屋の外で待っていて」
「……はい」
サクラは素直にこくりと頷いた。食い下がることも反論することもない。
『それが逆に不安だったが』、これ以上は何も言わずシオリは部屋を出て行くサクラの後姿を見つめた。
「――いや、まずいですよ、あの子。分かっていても、僕もまずかったです」
サクラが出て行った後、福山はシオリに向けて苦笑した。
「魅力っていうのかな……目線とか言葉とか、無意識でやっているんでしょうけど引き寄せられちゃうんですよ」
「……そう」
福山の言っていることも分かり、シオリは短く応じた。
「本当に求められてるっていうか……あれ、普通に仕事で使ったら、間違いなく襲われてます。……いや、彼女から求めているんだから、襲われるとは違うのか」
「…………」
分かっているわよ、そんなこと――シオリは不機嫌に胸の内で呟いた。
あの子は危なすぎる。だからといって……
「うちで雇わないほうがいいとは思うんですけど……他のところに行くなんてことしたら、ちょっと怖いですね」
「……そうね」
『雇わない』と伝えても、放っていくわけにはいかない。
結局、納得させるしかない。誰でもない、今から送っていく自分が。
「…………」
溜息が出る。今日、これで何度目だろう。
「……シオリさん、難しい顔してますよ」
シオリの顔を覗き込み、福山は笑った。
「安心してください、僕はシオリさん一筋ですから」
「……キスしようとするなら、殴るわよ」
顔を近づける福山を手で押しのけ、シオリは車のキーを持って立ち上がった。