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5.……どうかしてる

m(_ _)m m(_ _)m m(_ _)m m(_ _)m m(_ _)m m(_ _)m m(_ _)m


予告、破ってすみません。


雨はいつの間にか止んでいた。




水の中に居るような濃密な水の気配は何処かに去り、変わって躍動する木々の芳香が立ちこみ始めている。




戦士であり、魔術師ブルホでもあるナハールは、小屋の外の変化を感じ取っていた。森は陽を浴び、また命の謳歌を謡うのだ。




ささやかな―しかし、劇的な変化。




湿った森の空気が、しっとりと小屋に流れこむ。




もうすぐ夜が明ける。




明けない夜もあるというのに、どうしてこのいとしさが感じられる夜はすぐ明けてしまうのか。




仇も取れないというまま状況が状況なだけに、余計に腹立たしい。




己を抱き枕のように、抱いて安らかに眠る男の頬を思いっきりつねりたい。




怖気が経つほど整った顔立ちが、子供っぽい寝相を浮かべているのは、なんともいえない。




……可愛い。




不覚にもそう思ってしまう。




ひどく切ない息を漏らした。




…だめだろうな。彼を想うことも。




今すぐにでも、どこかに逃げ出したくなる。




焦燥と不安。恐怖と安息。相反するの激情が、狂った風のように、冷たく吹き荒れていた。




バラバラな衝動に、身体が引き裂かれそうで、ナハールは人知れず苦悶の声をあげた。




エルノ・エルスのことは、ただの噂に過ぎない。以前から、そういううわさはあった。もっとも、彼女自身親しくした異性とは必ずうわさになったため気にしたことは無かった。




思いもしなかった相手から、エウリディオから聞かれたときは、焦ったけれど。




しかし―。誘惑しただけであっさりと、口を閉じた彼も腹立たしい。




いや、これっきりなんだから、根掘り葉掘り聞かれるよりは良い…だろう。




もぞもぞと腕が動くのを見て、ナハールはそっと服を引き寄せた。




























「朝ね」




「ああ」




葉の隙間から差し込む朝日が、エウリディオの淡い金髪を輝かせる。




言葉を聴くのが辛い。




「私ね」




聞き取るのが難しい小声で、ナハールは呟いた。




聴かれなくても良い、聴いてほしい。




金色の朝陽に染め上げられていく彼女は、今まで見てきたどの女よりも美しかった。




真珠貝から産まれた美神そのものの姿で、ナハールは口を開いた。




「貴方のこと、嫌いよ」




「分かっている。私だ」




それが、別れの挨拶。








どうせなら、もっと素っ気無くいって欲しい。


そんな辛そうな表情でいわないで。


戦場で殺しあう仲でしょう。


罵り合う仲なのよ。


優しい声音でいわないで。


見知らぬ他人のように、冷たく言って。
















顔を上げたときには、そこには誰も居なかった。




地上の何処にも居ない人間たちに向かって、呟いていた。




無意識に、意識的に避けていた答え。




笑い話にもなりやしない。




あの美しい朝陽を見ていたら、どうしても言わなければならないと思ったのだ。




――衝動のまま、何を言おうとしていた?




何を口走りかけた?




あの挨拶のまま。あの言葉に偽りは無い。




しかし、その偽り以上の真実の言葉を、口に出しかけたのではしなかったか?




ねえ、姉さん。




ねえ、父さん。




ねえ、キヴィリト。




ねえ、ルルシアン。




ねえ、ヒュッタル。




貴方たちの恥であり、誇りである私は、どうしようもない愚か者です。




貴方たちを殺した男の血族を、愛した女がいます。




恥辱を与え、苦しみを与え、幸せを、何気なく踏み潰した男の血族を愛しました。




貴方たちを殺した男の兄弟を、愛しました。




安心してください。




殺しますから。




何を犠牲にしても、殺しますから。




たとえ、私の心臓が破れても。




首だけになっても殺しますから。




でなければ、浮かばれない。




貴方達が、あまりにも哀れだ。無残です。




それでも。




それでも。




末期の苦しみが、これほど伝わってくるというのに。




それでも、私は―




ごめんなさい。




熱い涙が、優しい朝陽が照らす頬を流れる。




何もかもが美しく、悲しかった。




止まることの無い透明な雫に、ナハールはすすり泣いた。




仇を取れないことを嘆き泣いているのか。




愛も得ることも無い己を、憐れみ泣いているのか。




これからの悲劇を思って、泣くのか。




誰のために流す涙なのか。




それすら分からぬまま、ナハールはただ泣いた。
































いったい、何人が覚えているのか。




ベルラデ山を揺るがした一大醜聞スキャンダル




紅雷の魔術師ブルホファルズィーンの末裔の一つ。ベルラデ山の政治と経済をつかさどる評議会の一角を占めるデルカシュ家で起きた醜聞スキャンダル




それは、ひと夏の大嵐のようにベルラデ山で起こり、通り過ぎていった。




その家には姉妹が居た。




艶やかで派手な姉。




優美で大人しい妹。




不幸だったのは、父親とその友人がタチの悪い人間だったことか。




魔薬に手を出した挙句、姉妹を娼婦宿に売った。




姉娘の婚約者とその友人二人を殺害し他だけではなく、閉じ込められていた姉娘を手にかけた。




名家であるゆえに、名誉を守るためにも。




そのような醜聞スキャンダルを、ベルラデ山の上層部が許すはずも無く、姉妹の父も処刑され、妹も行方知れずになった。




外聞では、そうなっている。




しかし、ナハールは知っていた。




優美で大人しいと思われていた彼女は知っていた。




慎ましく身を包むべし。黒い布で顔を隠し、生涯の伴侶以外は顔をみせることなかれ。




幸い、古くから続く慣わしのお陰で、容貌を知るものは、死んだ父と姉以外いない。




古臭い因習をかたくなに、まもり続けていたデルカシュ家の家風が、彼女の命を助けた。




父はそのような人間ではない。




小心者で、でも優しかった父。




では。




姉を、誰が殺したのか。




聖地の意向を受け、ベルラデ山を裏切り続けている人間のカスがいる。




母の兄―伯父。




エウリディオの兄と手を組み、ベルラデ山の内部崩壊を企んだ裏切り者。
































…愛している。




迷いの森のせいだ。




最後の言葉を口にする前、彼女の目がそういっていた気がする。




そう。




気がするだけだ。




そんなはずは無いのだから。




「……どうかしてる」




恐ろしかった。




次あうときは殺し合いの場なのだ。




軍人としての自分。




男としての自分。




せめぎ合い、互いに互いを責めているのが分る。




自分自身が、分裂しそうだ。




苦しい。




胸が引き裂かれそうだ。




心の臓が押しつぶされ引き裂かれそうな痛みを訴える。




押し潰され、引き裂かれ、針をつつかれるような痛みを覚え、手に衝撃を受ける。




小屋の壁を、叩いていた。




戦場で年端も行かない少女を殺したときも。友と思っていた同僚に裏切られたときも。父からの冷たい言葉を投げかけられたときも。




息が出来なくなるほど苦しくなったことは無かった。虚無に苛まれ、苦しむことも無かった。寒々とした思いに支配されることも無かった。




こんな気持ちにさせる彼女が恨めしい。




けれど、次あうときは戦場だろう。




味方がベルラデ山の兵士を殺し、ベルラデ山の兵士達が味方を殺す。




虫けらを踏み潰すような無機質な瞳で。豚を屠る肉屋の眼差しで。




もし。




殺意を滲ませて、サファイアの瞳を冷たく輝かせて、殺しにきたら。




どうすれば良い。




あの女が、冷たい眼差しになるのが、怖かった。




あい見えないまま。二度と会うことも無いまま、このままそれぞれの人生の軌道に戻るのだろうか。




数少ない例として生きて退役するかもしれない。




別の男と心を通わせ、添い遂げるかもしれない。




そのとき、自分はどうするのだろう。




遠く聖地で、心の中でナハールの幸せを祈るのだろうか。




そんなの許さない。




絶対に許さない。




そうだ。どうして、あんな売女のことを信じられる。昨日のことを話してしまうかもしれない。話さずには居られないだろう。敵なのだから。エルノ・エルスにも話すかもしれない。




そうなる前に、殺してしまえ。




殺すしかない。




そうすれば、二度とあの女のことで心煩うことは無い。




そう、この手で殺してしまえば。




引き連れた笑い声がのどから漏れる。




馬鹿な女だ。




身体を許した男が、どれほど卑劣でどれだけ品性が劣る人間かも知らずに。




胸を震わす、身体を宿す歓喜の熱を、踏みにじりながら、ただ嗤う。




そうだ。




愛してなんかいない。




愛してなんか。




あの女を、魔女を。




愛してなんか。




ありえない。




あの女を、神に従わぬ反逆者の裔を。












































「会うのではなかった」




夢にまどろむ森の精霊が聴いた呟きは、誰のものだったのか。




<了>

敵味方の男女が恋に落ちて~というのは、やはりどきどきしますよね。


ごのお話も、今は閉鎖?されてしまったお題サイト様でみかけたとき、ひらめいたものです。


作文のような小説を書く私にとって、ものすごおく頭がいたくなる執筆でした。


その分、なかなか好評でよかったです。



感想、誤字、脱字、そのほかの指摘点がありましたら、ぜひお知らせくださいませv


2010/5/23


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