4. 何故助けた
2週間ぐらい、放置してすみません。(;´Д`)
感想、誤字脱字、ぷりーず
ポイント、入れてくださった方々。ありがとうございます。\(^^)/
絹のような銀髪だと、寝乱れた髪を指で梳けば、薄闇にも鮮やかに銀の光がきらめく。
手から髪を落とせば、火からの照り貸しを受けながら、銀の奔流が闇に広がった。
「本当に、銀だ」
「坊ちゃまは、もしかして髪フェチかしら」
「だから、坊ちゃまと―」
「良いじゃない。本当のことでしょう」
「魔女も貴女にぴったりですよ」
「独創性が無いわねえ」
「罵倒に独創性も何も無いでしょう。そのようなものに独創性を求めるとは、戦いに美学をもとめるようなものですよ。不毛です」
「アンタが、そんなこといって言いのかな~。否定するような言葉を吐いちゃって」
「どうぞ、ご勝手に。誰も信じませんよ」
「わあ、卑怯よねえ」
「卑怯で結構」
「民の見本たる騎士が、そんなコト言っては駄目ねえ」
唇にそっと指を置かれただけで、反撃の勢いはたちまち喉で失われ。
冷徹な軍人であるくせに、どこか人の良さを漂わせる彼。そんな彼が、押し黙ってしまい、ちくりと胸が痛んだ。
ああ、別にそんなことを言うつもりではなかったのに。
背中にあたる厚い胸が、熱くて心地よくて、なきそうになる。
土製暖炉は前になるのに、寄りかかる胸板からじわじわと熱が伝わって、身体が変だ。
でも、身体とは別に心のどこかが冷え冷えと寒いのは、どうしてだろう。
もう偽れないのも分かっている。
男としてみていた。
惹かれていたのも。
女としての幸せをかみ締めている。
なのに、どうして。
温もりを感じるたびに、温もりが強く胸を暖めるほど、冷たくなっていくのだろう。
「ナハール」
火の照り返しが、ナハールの清流を思わせる銀髪を淡く輝かせた。
その奔流の中に、顔を埋めながら、苦しげに男は囁いた。
「ナハール」
「何度も呼ばないでよ。もう、犬じゃないんだから。って、子供みたいな顔をしないでよ」
『そう何度も呼ばなくても、聞こえております。子供みたいな顔をなされますな』
何故、貴女は同じことを言うのです。
忌まわしい既視感に、エウリディオは苦虫を噛み潰したような顔で呻いた。
天才少女と呼ばれた彼女。
持てはやされ、おごり高ぶっているだろう少女のお守りを命じられたのは何年前か。
もう、二年は経つだろうか。
名声と奔流を目当ての市長に連れられてきたのは、幼い少女だった。
聖句を騎士並みに唱え、繰り出す様は、天才少女の名に恥じないものだった。
予想通り、性格には難があった。
どこぞの魔女のように、年下の癖に、年上ぶり。
彼に、もっともな論理で言いくるめ。
聖巫女らしくしなさいと嗜めようなら、逆に神聖騎士であった彼にらしくないと欠点をあげつらったものだ。
―どこかの誰かに似ていると、教育係に任命されたことを愚痴ったものだ。
やがて、立場を理解したのか。使命感に目覚めたのか。
あれほど、反抗的な態度が、見る見るうちに聖巫女らしくなっていったのは。
美談として利用しやすい彼女を、上層部が放っておくわけが無く。
小競り合いが絶えない国境付近に配置されたと聴いたのは、とっくに聖地を出た後だった。
その後のことは、記憶にとどめておきたくないことばかりだ。
よくある話で、とりわけ珍しくも無い話。
数えるのも馬鹿馬鹿しい、ありふれた悲劇の中に彼女の死は埋没した。
聖地とベルラデ山の些細な小競り合い。戦史にもならない。
噂程度の小規模の戦いの最中、避難する神官と巫女たち。
避難する街道で、聖地側の騎士とベルラデ山の魔術師が出会い頭に戦闘に突入したのは、よくある話で。
そういう非常事態に限って、強力な魔術師がその場にいたのは、ありふれた話で。
流れ矢や的を外した魔術が、木々に当たるのはよくある話で。
戦闘に良く使われる魔術が、火系魔術であることは当然で。
焼弾と呼ばれる火系魔術が、よく燃える木々の中で使用された場合。
………どのような結果が生じるかは、子供でも分かることだった。
避難民が巻き添えを食い、全滅したと聞いたのはその直後だった。
何故一緒についていかなかったのかと、己を責めつつ、焼け野原となった森を必死に探索した。
黒く焼けた森の姿に、魔術師たちへの憎悪を育てながら。
墨のように真っ黒になった彼女を見つけたのは、奇跡だった。
ただ。
辛うじて息があるうちに、彼女に会えたのはよかったことなのだろうか。
苦しみ悶える彼女を、この腕に抱けたのは良かったことなのだろうか。
息絶えた彼女を見つけたかった。
末期の苦しみを、目の辺りにしたくなかった。
息を切らせ、伏兵の危険性を叫ぶ部下や同僚達を振り切って探したのに。
後になって、そう思う。
死にたくない死にたくないのと、錆びた鈴の声で断末魔を上げる彼女を、見つめることが出来なかった。
食い込む手が―
「エウリディオ?…坊ちゃま、眼を開けたまま寝る癖があるのねー」
「そんなわけ無いでしょう」
「貴女は、人殺しなんですね」
何を言い出すんだ、この坊ちゃまは。
そんなことをありありと瞳に浮かべ、ナハールはまじまじと男の顔を見つめた。
「誰だって、人殺しだと思うわ。そういう坊ちゃまこそ、人殺しでしょう。どうしたのかしら、エウリディオ」
「どうしてでしょうね。名前を呼ばれると、非常に馬鹿にされた気がするのは」
「変なことをいうからじゃない。頭、大丈夫かしら?エウリディオ」
「…………………」
「わがままね~。愛称の坊ちゃまもいやで、エウリディオも嫌で」
「ルニース」
「え?」
「ルニースと、呼びなさい」
耳元で囁く彼の声音は、想像もつかぬ艶やかな響きをもって、彼女の耳に届けられた。
戦場で交わされる恫喝でも侮蔑でもない、その甘ったるい声音に、ナハールは背筋がぞくりとするのを感じた。
エウリディオは低く喉を鳴らして笑うと、抱きしめる腕の力をますます強めた。
「ちょっ、あ、アンタって、どうしようもないほど、性格悪いわね」
彼女の顔が赤いのは、暖炉の火のせいだけではあるまい。
返答の代わりにその額に口づけた。
忘れよう。今だけは。
そう、今だけは。
心地よい疲労は初めてだから。
だから―
いつまでもまどろんでいたい。
乳母に抱かれているときとは違う。恋人たちを抱いていたのとも違う。
不可解な安堵で胸が満たされる。
これを、愛おしいというのだろうか。
この切なくなるような優しい気持ちを、エウリディオは知らなかった。
今までは。
後、数刻で断ち切らなければならない想いを、持て余しながら、聞けずにいた疑問を聞いていた。
「何故助けたのです」
「何のことよ」
「一ヶ月前のエルノ・エルスから、彼の攻撃から私を助けたことです」
魔人達でも、一番厄介な男。何の因果か、彼―エウリディオは、彼とぶつかることが多かった。
いや、どう考えても奴のほうからエウリディオを付けねらっているとしか思えない。
戦場でぶつかるたびに、奴は底冷えのする視線でエウリディオを貫き、殺意の刃を振りかざしてくる。
それもありとあらゆる手段で。
今もって思う。
今生きているのは、奇跡以外ありえない
洞窟に誘い込まれ、生き埋めと毒ガスの二重攻撃。天から降る氷槍の嵐に、暴風。
なにより、恐ろしいのは――あの黒い瞳。
爬虫類をうかがわせる無感動な瞳。
その闇の瞳が、自分を捉えるとき異様な熱が篭もるのを、何時も感じていた。
それは親の敵を見つけたときのような。
他者をも飲み込み滅ぼさんとする激烈な熱だった。
「さあ。わからないわ」
はぐらかしたいのが見え見えな言葉に、桜色に色づいた白い腕を、思わず掴む。
あんなふうに命を狙われて。
卑劣極まりない手段で、命を狙われ。
けれど、[悪夢の白]が向けてくる暗い感情に、ぎらつく眼。
あれは、嫉妬だ。
「何を、ふざけたことを云っているのです。私が言っているのは、一ヶ月前のエルノ・エルスからの攻撃から助けたことです」
「忘れたわ」
「あのエルノ・エルスの目は、まるで恋敵を見るようでした。そう、恋人を取られた―」
「白いワンちゃんは、ただの同僚」
見上げてくる紫色の瞳には、邪推をするなと言っている。
誰にでも、身を任せる女だと思っているのか。
矜持が見え隠れし、それは男の疚しさを的確についてきた。
「しかし。噂話では」
「噂話がどれほどのものか。聖地で暮らす、坊ちゃまなら嫌というほどご存知ではなりませんこと?あ~。傷のせいか熱っぽいのよね」
だから、どうして胸板の間に顔を埋める必要がある。
気恥ずかしくて、何もいえなくなる。
疑ったわけではない。
ただ、気になったわけで。
どうして、こうも裏切ったような気分になるのだろう。
疑えば、離れていくのだろうか。
尽きることの無い疑念は、じわじわと遅効性の毒のように、彼の心を蝕んでいくのを、誰よりもエウリディオは悟っていた。
ああ。それでも。
胸にあたる女のぬくもりが、得がたく、離しがたい。
離したくない、このぬくもりを。
抱き寄せた女の肢体が、ますます熱を帯びてくる。
しかし、別れの時は、刻一刻と近づいていた。
あと。1話です。
最終話は、20日の予定です。
よろしく♪