3.誰があんな奴のこと
すみません。゜゜(´□`。)°
おくれて、すみません!
ポイント。いれれくださったかたありがとうございます。(^▽^)
「ナハール」
黒曜石を削り嵌め込んだ双眸が、石の不気味に煌いていた。
「ナハール」
それはぞっとするほどの漆黒の瞳だった。ベルラデ山の大亀裂のように、底知れない不気味さをたたえて。
当然のように、自分の前に座る男を、訝しげに見やった。
漂白された骨の色をした髪。
血の通わない白い肌。
唯一、色があるのは闇の色。
人間離れした魔人《トルベジーノ》たちの中でも、容姿能力とも魔人《トルベジーノ》離れしている。
それゆえか、悪名も他と比べ圧倒的に多い。
歩く喰屍鬼。白い悪魔。人食い。殺人狂。狂獣。ケダモノ。人でなし…
「ナハール」
「何か、御用かしら。エルノ・エルス」
近寄りたがっているくせに、近寄ろうとしない変わった男。
兵営の簡易食堂。
上位軍人であるナハールだが、部下達は先刻の戦闘の後始末と、これからの準備に追われて、すぐ出て行った。
大地腐らす悪竜《エルノ・エルス》の名のとおり、彼が現れるのはすぐわかる。
簡易食堂の入り口に立った瞬間。
周辺に座っていた兵士たちが、蟻の子を散らすようにさあっと引いていった。
図ったように、食堂隅に集まった兵士たちを眺めやり、
「……訓練の時より、動きが良いわね」
「今度、手伝う?」
何をとは、聞かなかった。
「遠慮するわ。全員が、失禁したら汚いでしょ。もし、貴方が、後始末をしてくれるというなら構わないけれどね」
「君が言うと、御使いの聖句のように聞こえるから不思議だ」
「それ、嫌味?褒め言葉?」
「褒めている」
「全然、褒めていないわよ」
「ナハールは美しいから、何を云っても賛美歌に聞こえるといっているだけだ」
「…………エルノ・エルス。それ本気で云ったなら、貴方、相当の気障野郎よ」
エルノ・エルス。
誰もが忌避し、唾棄する狂人。
それが、敵味方関係なく。―そして、貴賎共通の彼に対する認識だった。
奇矯なる言動。
狡猾な戦略。
残忍極まりない行動に、子供を踏みにじるのにもなれた奴隷商人でさえ眉を潜めた。
だが、ナハールは彼が嫌いではなった。
ベルラデ山の魔術師たちも、王国や中立国家元首も、鼻で嗤い相手にしない狂人でも、彼女と老師のことだけはきいた。
「不機嫌」
「そりゃ、そうでしょ。貴方が私になついているおかげで、文句やら殺意やらが私に向いてくるんだからね」
「すまない」
「分っているなら、もうちょっと自重して頂戴」
「それは、無理だろう。しかし、また迷惑をかけたようだ。すまない」
彼女が認めている点。
それは、自分に素直なところだった。
良い意味でも悪い意味でも、自分の欲望に彼は素直だった。
体面やら、意地を張って、何もかもをなくした自分からすれば羨ましい限りだ。
「睡眠不足で、肌が荒れて仕方ないのよね」
「ごめんなさい」
彼が座ってくるなり、さり気なさを装って離れた兵士が驚愕の面持ちで振り返った。
恐怖をしばし忘れた様子で、白い悪夢を凝視していたが、不意に頭痛を覚えたように立ち上がり食堂を去っていった。
恐らく、幻聴が聞こえたと思い、救護室へ向かったのだろう。
「今度から、漏らさない」
何をと、きかなかった。
その代わり、子犬を叱る様に唇を尖らせた。
「余計な殺しをするからでしょ。止めて頂戴」
「ナハールにも近づくなということ?だめなのか?」
何で、そこまで飛躍する。
「駄目なのか」
脅えたような子犬のような目に、ぐっと口を閉ざす。
怖がっているんだ。
彼が自分に好意を寄せているのは知っている。今までも、何度も迫られたこともあるし、彼のように熱っぽい視線を感じたこともある。
だけど、エルノ・エルスは迫らない。
そもそも、彼は自分に愛しているとも、云わない。
好きだといえば、相手に嫌われ、去られてしまうと思っているように。
奇妙な同情と憐れみが湧き上がった。
「駄目じゃないし。それに、アンタのこと、私キライじゃないしぃ」
「本当」
「本当よ。だって、自分が世界で一番キライで、死んでしまえと思っているから」
びっくりしたように目を瞠り、飼い主に怒鳴り散らされた犬のように目を伏せた。
白い髪の毛から、耳が垂れているのが見える。
(…か、可愛く見える)
思わず、うろたえてしまう。
今日は変な日だ。
ありえないことを感じたり、非常に怒りっぽくなっている。
「先刻」
「なに」
「先刻、赤い髪の……サッティを苛めたのはどうしてだ?」
「苛めてなんかいませーん」
エウリディス・ルニース・レイ・ムルティフ。
神聖帝国の名家の嫡子にして、ムルティフ家の次男。
昨年、聖地で聖女の任を解かれた少女と、神の前で誓い合ったという。
その新妻が妊娠という話題が、敵地であるベルラデ山でも話題になっていたのだ。
宿敵の近況とゴシップに、どこもかしこも姦しかく、ナハールの神経を苛立たせた。
そんな中、突然部下の一人が、一人芝居を始めた。
おそらく自分の関心をかおうをとしたのだろう。
間違いなく己の信奉者だろう部下は、宿敵の新婚生活を茶化して演じていた。
それは、相手を貶し、貶める芝居で。
酒屋で酒気が高じた男たちがやるような、卑猥な言葉としぐさが丹念に練りこまれたものだった。
軍といっても、他国に比べ、ベルラデ山の規律は緩い。
美貌の魔人の前で始まった、卑猥な一人芝居はたちまち人だかりができた。
はやし立てる者。そこだそこだと、煽る者。もうちょっとと講釈たれる者。
各々面白がっていたが、サッティの芝居が過熱するにつれて、やや引き気味になっていた。
憧れの女性の前という意識に、昂ぶってきただろう。
芝居の内容が、段々と過激なものになっていった。
訳知り顔で新妻をくどき、ことに及ぶ場面になったときは、さすがに囃していた連中の半分は引いており。
ナハールの笑みも、引きつったものになっていた。
最後は、ナハールの拳骨で終わったのだが。
それから、みっちりサッティは、愛しの魔人に絞られたのだった。
「エウリディオのことを愛しているの」
息が止まった。
揶揄なら、失笑ともに否定していただろう。
からかいなら、拳で答えていただろう。
だけど。
平坦な声音ゆえ、エルノ・エルスの心を余す事無く曝け出してした。
あまりに真剣な、縋るような問いに、ナハールは息をするのを忘れていた。
「なんで。何を言っているの」
「だって、サッティの演技を見ていたとき、すごく傷づいた顔をしていた」
感情が荒れ狂っていたのは、認めよう。しかし、エルノ・エルスが思っているようなものではない。
胸が苦しくなったのは。
どす黒く渦巻く想いの中、まぎれている甘い思いは。
「誰があんな奴のこと」
奇しくも、聖地でエウリディオが友に吐き捨てた台詞とまったく同じだった。
何も映し出さない、死人の瞳が猛禽の獲物を見据えるように眇められている。
窺い知れなさに、背中をベルラデ山の雪が落ちていくようだ。
「そうか」
それっきり、エルノ・エルスは何も云わなかった。
《魔と交じる穢れ者》《ペカド》。
精霊と数多ある神々をあがめる人々をそう貶めた女が生まれたのは、同じ大陸のはるか遠くの荒地だった。
西方大陸西方部。
マティスタ草原と名づけられたそこは、草原と名ばかりの荒地だった。
岩影に、ひっそりと生える草。
微かな風にも、巻き上がる砂塵。
砂漠とはいかないまでも、羊や牛を酪農する草もなく。生物にとって一番必要な水も非常に少なく。
過酷な地だった。
神聖帝国の前身、エストレジャ王国の広大な領地の中で、そこだけが省みられることなく見捨てられた地だった。
それでも、人は住んでいた。
国とはいえなくても、マティスタの民と名乗る前に名づけられた人々は、慎ましやかに、貧しく暮らしていた。
一人の少女がいる。
いる、だ。過酷な地で、必要とされるのは男。
女など、家事がとりえの無駄飯ぐらい。
父は貧しさと栄養不足から、痩せ衰えて死に。
年端も行かない少女と、痩せた若い母親だけが取り残された。
男もたやすく命を奪われる過酷な地で、少女の母は、羊一匹という全財産で、少女を連れて富豪に身を売った。
羊飼いの少女は、ある日、帰ると家族にこういった。
「私は、《唯一の神》が地上に遣わした天の御遣いです」
家族―義父と、その妻たち。子供たちは、こぞって嘲笑し、食べかすを彼女に投げつけることを答えとした。
少女は諦めなかった。
キグルイと叩き出された後も、少女は諦めなかった。
マティスタ草原を出ると、周辺の地で、《唯一の神》がいかに優れているか。
何故、人が苦しまないといけないのか。エストレジャ王国が国教とする精霊信仰がどれほど堕落し、忌まわしいものか。
何かに憑かれたように、王国で説いて回った。
しかし、エストレジャ王国は少女の教え―――クローチェ教を認めず、断固とした態度をとり続けた。
少女の言葉に耳を傾けた者の耳をそぎ落とし、少女の《唯一の神》を讃えた者の首を刎ね、少女の教えに信服した者を焼き殺した。
ついには、扇動者として羊飼いの少女を捕らえ、火刑に処した。
《唯一の神》の使徒を殺した!
少女の死をきっかけに、クローチェ教徒達は蜂起し、その勢いは瞬く間にエストレジャ王国を飲み込んだ。
最初の殉教者にして、先導者。世界では始めて《唯一の神》の御言葉を聴いた祝福されし者。
羊飼いの少女の名を、クローチェ。
彼女の遺志を継ぎ、偽りの神々を信じる者達を改心させたのが聖女アンヘリカ。
神の言葉を最初に口にした、クローチェの隣家に住んでいた親友にして、最初の弟子。
彼女が騎士に慈悲を与えると、その者は次々と奇跡を起こしていった。
エストレジャ王国を囲んでいた5つの国は次々と、国教をクローチェ教に宗旨を変えた。
そして、数年の後。
マティスタ草原は純白の地となった。
《唯一の神》を信じるものたちの聖地となり、精霊や己の神々を崇める者達にとって、狂人の巣となった。
《魔と交じる穢れ者》《ペカド》。
季節の移り変わりを受け止め、生き物の姿が失せる冬でさえ尊ぶ民を、教徒はそう蔑称する。
聖地の者たちは、クローチェ教徒は、ベルラデ山の魔術師や、周辺の民をそう呼び、貶す。
《魔と交じる穢れ者》《ペカド》を殲滅せよと、聖女と教皇の宣託が下ったのは聖託者クローチェが火にかけられてから百年後のことだった。
ムルティフ家の屋敷では、いつにもまして賑やかな宴が繰り広げられていた。
紅薔薇の間と呼ばれる大広間には、文字通り紅色の大理石をふんだんに敷き詰めている。
それも、入り口のほうから徐々に色が濃くなっていくという懲りようだ。
一番濃くなる場所は主賓が立つ場所であり、その意味からして演出の一種なのだろうが…。
エウリディオは苦笑して、柘榴石を溶かしたように綺麗にゆれる葡萄酒を口に含む。
策略家にはそういう演出の才能も必要らしい。
婚約者のためにと広間の一つを薄紅色に染めた兄を思い浮かべた。
自分なら、婚約者に何かを送れといわれたら、素直に珍しい薔薇とか送るだろう。
その点、兄は父に期待されるだけはあった。
剣を振り回して、戦闘用天馬に乗っているだけの自分とは大違いだ。
自嘲し、葡萄酒を飲み干した。
美味しいというより、酢を水で薄めたような舌触りだ。
本来は葡萄酒とは、味より香りを楽しむものだから当然といえば当然か。
暗がりに沈んだバルコニーから、広間から中の様子を伺うと、布が擦れあう音や笑い声が聞こえてくる。
母が接待しているとはいえ、主賓が一人かけているのに、この盛り上がりようはどうだろう。
「たそがれていますね。エウリディオ」
「ひどいですねえ。余韻に浸っている勝利者に対して、その言い方はないでしょう」
大広間から姿を現したのは、同僚のジュストだ。
こげ茶色の髪をすべて後ろに撫で付けた髪型のせいで、エウリディオより年上に見られることが多い。
白薔薇を模した燭台の合間を、色とりどりのドレスを着てさざめきあう貴婦人達。
聖女と結婚することなったエウリディオの祝い事なのだ。
「そうですね。しかし、落ち込んでいませんでしたか」
「嬉しくて呆然としていただけです。気立ての良いお嬢さんを妻にできるのですからね。夢心地に浸っていたんですよ。ジュストもそろそろ、身を固めたらどうです」
「おお!なんと嘆かわしいことよ!わが母上が、ここにもいるぞ」
両手を漆黒の夜空に広げ、ジュストは泣き崩れるふりをした。
最も、エウリディオは道化じみた所作をする友人に一瞥もくれることなく、空になった葡萄酒硝子杯を見つめている。
「エウリディオ、何か思わないのか」
「いえ、別になんとも。それとも、貴方、何かしていましたか」
「…いつも以上に荒んでいますね。そうですか。そうなんですね。まあ仕方が無いことです。夜明けに帰れば、『浮気ね!貴方』と怒鳴る女が屋敷に居座り続けることになりますからね。それで、憂鬱になっているんですね。ああ、可哀想な、エウリディオ!」
鬱々とした気持ちになっているのは、結婚に対する現実味がないからだ。妻となる聖女と会い、父と日取りを決め、お披露目もしている。
なのに、どこか宙を歩くような、頼りない現実感がいつも付きまとっていた。
こうして、友人に激励(?)されていても、不思議な気分に陥ってしまう。
返事もしない彼を、言い当てられて黙り込んでいると勘違いしたジュストは、葡萄酒硝子杯を掲げる。
「さらば、独身時代に!乾杯」
「申し訳ないんですが、私のは空なんです」
「細かいのは気にしないことにしましょう。私のも、少ないですから。新たに生まれた戦場に赴く勇者に乾杯!」
「相当酔っ払っていますね。ところで、ミシェイラ嬢との間は進んだのですか?」
「エウリディオ…いつの話だい?彼女とは別れたよ」
「…先週の日曜日に、あなた達を見掛けたのですが?もうですか。まあ、4日といえば長く持ったほうですかね」
「そういわれますとね…。そういえば、先月エウリディオと交戦したナハールも色恋沙汰に困らないようですよ」
不意にジェストの口から出た名前に眉をしかめた。
「何と言いました」
「だから、彼女も、いろいろと噂があるそうです。エルノ・エルスと寝ているだの。アッティバの愛人だと。もしくは、ナハールの部下は、全員愛人である。とかねー」
いつになく真剣な面持ちになった彼をみて、ジェストは面白げに笑った。
真剣な表情を消し去ると、エウリディオは華やかな会場に背を向けた。
「結構ですよ。そういう下劣な噂話は、閨で彼女として下さい。もしくは、酒場でね」
胸がザワザワする。
不愉快だ。
彼女との因縁を知るくせに、同僚も。
ナハールのことを口にするジュストも。
「すみませんね。ナハールについての色恋は、春文学で取り上げられているんです。気になりますか」
「春本なんて読んでいるのですか。貴方は」
女に不自由しているわけでもないのに…と、友人の密かな楽しみに、エウリディオは頭を抱えた。
春本。あるいは、春文学。
今で言う、エロ小説である。
当然ながら、規制される春本だが、駄目といわれるほど盛り上がる。
生活苦…糊塗を得るために書く貧乏学生から、己のセックスライフ、技を誇示したがる貴族が書いたりと春本は多い。
「はあ、君はいつから監督生になったんだい。嫌ですね。新婚は、自分が遊びを規制される為ですかね。やたらと厳しくなる」
おどけたように肩をすくめて見せるジェストに、エウリディオは心地よさげに低く笑った。
「本当かどうかは知りませんが、実際引く手数多でしょうね」
自分の口から出た言葉に、なぜか胸が詰まる。
ベルラデ山の山頂を永劫に凍らす氷のような銀の髪。
奇妙な焦燥と、不可思議、不可解な安堵で胸が満たされる。
絶え間ない笑い声がひときわ高くなる。その声につられるように、大広間に視線を戻すと、そこには花嫁が居た。
身を飾る服装が白の色彩のみで構成されている女性が、男達に囲まれながら立っている。淡い金色の髪と透明感のある白い肌をしているだけに、真っ白な大理石像がたっているような印象を受ける。可憐さが印象に残る花嫁だ。
「愛らしい女性ですね。ヴァランティーヌは」
「そうですね」
「そっけないですね。というより、熱意が無い。嫌なんですか、彼女ほどの美女が!はあ、それとも戦場呆けが直っていないんですか?それとも、ナハールのほうが良いと?」
品位と教養、そして何より信仰心を重んじられ選抜される聖女。
聖女に任じられるこは、この上ない名誉。
幼少から聖典を徹底的に一字一句間違いなく覚えこまされ、神の奴隷としての意識を徹底的に叩き込まれる。
任命から10年あたりで、交代する聖女は、今では結婚とともに聖女の位を降りるのが慣習となっていた。
この上の無い銘がついた女を妻として迎える。それは、男にとっても、その一門にとっても至上の名誉の一つだった。
6歳から聖女となり、良い偶像として過ごしてきた彼女を、妻として迎える。
そう、それは名誉なこと。
「誰があんな奴のことを。仕方のないことなんですよ。聖女を妻として迎える。ムルティフ家の男子としての宿命です。たとえ、帝国に居たままだとしても、彼女を妻に迎え入れさせられていたでしょうね。この婚姻は、必然なんですよ」
「エウリディオ。貴方―」
「どうしました」
「まるで、浮気をした亭主が言い訳を考えているように見えたもので……」
仄かな闇に沈むバルコニーに、静寂が下りる。布がこする音も、しない。
友の背中から冷気が漂ってくるのは、気のせいだろうか。
「エウリディオ……」
「誰が、浮気ですって?」
「いえ、ただの例えであって…深い意味はないですよ」
「意味が無くても不愉快です」
「なんですか。それは。非常に愉快なことを仰っているようですね。それは、仕返しですか。」
「違いますって。あのですね。そういう意味では、ない、です……」
やおら襟元を掴まれた茶髪の青年の言葉尻が萎れていく。
「よくわからないですけれど、すみません。ごめんなさい。すみませーん」
「いえいえ。よくわかりましたよ。そう思われているなんて……。エリュニース嬢様との仲を取り持ってあげましょう」
「うぉぉっぉ」
エリュニース・オリエ・レイ・ニヴェール。
かつてはエウリディオの婚約者の一人であり、数々の色恋騒動を起こした少女である。
彼と義理で踊っただけの令嬢を、聖地の外まで追いかけ打ち据えたり。エウリディオと婚約中であっても、目があった騎士を追い掛け回したり…。
いわゆる、痛い子ーいや乙女である。
「ええええええ。止めて下さい。それだけは、やめてください。エウリディオ、君は本当に僕の友人なのかぁ!?」
「今、考え中です」
「待ちたまっ!間に合ってる!間に合ってるぞ!」
慌てふためく友人の言葉を右から左へと聞き流しながら、エウリディオは会場へと戻っていった。
彼も―数少ない打ち解けて話せる友も逝った。
それなのに、山を憎いと思ったことは無かった。
馬鹿だと思う。愚かなと、思う。
いいなりになったふりでもすれば良い。改宗したふりでもいい。
圧倒的に有利なクローチェ教を、敵に回すとは…。
「どうしようもない愚か者ですよ」
そのとき、かの者の面影が、脳裏によぎったのはなぜなのか。
答えは、腕の中にあった。