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エンディング:目覚める瞬間

それから5年後。

クロエはガラスの棺に横たわるフレッドを前にして、ごくりと生唾を飲んだ。

心臓は忙しなく動き、どくんどくんと脈打つ音がクロエの耳に聞こえてくるようだった。

余りの緊張に息が止まりそうだ。


(これが失敗したら、お兄様は二度と目覚めることはない)


5年前、アロイスに言われた言葉を思い出す。99回のタイムリープを繰り返したが、これが最後のタイムリープなのだと。

99回のタイムリープの末にフレッドの病気の原因となっている細胞情報は2つまでに絞られた。だがあと二つ……二者択一になってしまった。


絶対に失敗は許されないことから、クロエはより慎重に研究を進めた。


フレッドの病気を最初に見た主治医に発病時の症状を詳しく聞いて、より詳しい原因追及を行った。

ラルドビアの研究者にも会いに行き、知見を得た。

そしてクロエはどちらの細胞情報を研究するか、決断を下した。

より精度の高い情報から選んだのだから、自信はあった。だが、本当にこちらで良かったのかと不安に襲われることもしばしばだった。


そして5年の時を経て、いよいよ治療当日となった。

クロエはフレッドの頬に指先でそっと触れた。

冷たくなった頬はフレッドの時が止まっていることを如実に伝えてくるようだった。

次にこの頬に触れた時には温かくなっていて、空色の瞳でクロエを見つめてほしい。


(絶対、そうなるはずだわ)


クロエはそう思ったのち、呼吸を整えると目を閉じてフレッドの手を握った。

魔術展開を行うと、クロエの中から七色の光を纏った魔力が奔流となって溢れ、フレッドを包み込んだ。

クロエの生み出した魔術領域がフレッドの中に広がるのを感じる。それはフレッドの細胞情報の異常を書き換えて正常に戻しているはずだ。やがて、光と風が収まり、研究室内に静けさが訪れた。


クロエは静かに眠るフレッドの顔を食い入るように見つめた。確かに目の前のフレッドは前回のように体がガラスのように砕けることはなかったが、目覚めもしなかった。


(理論上は全身を覆う痣が消えて、目が覚めるはずなのに)


何の変化も起こらないフレッドを前にして、クロエの頭の中に『失敗』の文字が浮かんだ。

だがもしかしてこれから痣が消えるかもしれない。


「お願い……治って!お願いよ!」

「クロエ君。残念だけど、失敗のようだ」

「いえ、これから治るかもしれません!もう少し時間を置けばきっと!」


クロエは自分に言い聞かせるように叫ぶ。すると、そっとクロエの肩に教授の手が置かれ、見ると教授は首を緩く振った。

それが死刑宣告のように思えた。クロエはその場にへなへなと崩れ落ち、棺に眠るフレッドを見上げると、頬に涙がするりと伝った。


そんなクロエを見てられないとばかりに、実験室にいた教授や助手たちがそっと出て行った。

パタンとドアの閉まる音が室内に響く。

不意にクロエの頭の中にアロイスの姿が浮かんだ。

アロイスに頼んでもう一度タイムリープをお願いできないだろうか。


クロエの魂が消失するからダメだと言われたが、たとえ魂が消えることになっても構わない。

次にタイムリープすれば確実にフレッドを助けられるのだ。

そのためにはアロイスに会う必要がある。


「どうしたらアロイスに会えるのかしら」


今までの事を思い出してみると、治療が失敗した後、クロエは馬車に轢かれて死に、気づけばアロイスに会っていたということに気づいた。


(ならば馬車に轢かれて死ねば、もう一度アロイスに会うことができる?)


そう思ったクロエは勢いよく立ち上がるとそのまま研究室を飛び出し、大通りへと走った。

大通りはクロエの心中とは裏腹に、いつものように賑わっていた。


(馬車はどこ?)


素早く左右を見回して、クロエは暴走するはずの馬車を探した。

そして一台の馬車がこちらに向かってくるのが見えた。

きっとあの馬車だろう。

クロエは意を決して馬車へと飛び込もうと歩道を蹴ろうとした。


(これで、アロイスに会えるわ!)


そう思ったクロエの耳に助手がクロエを探す声がして、足を止めた。


「クロエ様!アルドリッジ伯爵が!」


フレッドの名前に反応して、クロエは振り返った。


「アルドリッジ伯爵が、目を覚ましました!」

「え?」

「アルドリッジ伯爵の痣が消えたんです!治療は成功です!」

「!」


クロエは息を呑むと、そのまま走り出した。一刻も早くフレッドの元へ、早く早く早く。

もっと早く、足よ動け!

いつも歩く廊下がやけに長く感じる。息が切れてもクロエは走り続けた。

ようやく見えた研究室の扉を乱暴に開けた瞬間、窓から差し込む光にクロエの視界が白くなった。


「クロエ?」


名前を呼ぶ声がする。それはクロエのよく知る声だった。

クロエの目の前に、空色の瞳を向けた愛しい人の笑顔があった。顔を覆っていた痣は無くなっている。

5年前と変わらない姿がそこにはあった。


「お兄様……お兄様!」


クロエは声を詰まらせながら叫ぶと、フレッドの腕に飛び込んだ。ぎゅっと抱きしめるとフレッドも抱きしめ返した。温もりがあり、フレッドの鼓動の音が聞こえる。


「嘘……夢?夢を見ているの?」

「俺も夢を見ているようだよ。でも夢じゃない。君が治してくれたんだね」


クロエは暫くフレッドの体温を感じながら胸に顔をうずめて泣いた。フレッドは黙ってクロエの柔らかい髪を撫でる。やがてゆっくりと見上げると、フレッドが蕩けるような目で見ていた。


「お兄様、ずっと言いたかったことがあるんです」

「なんだい?」

「私もお兄様を愛しています。お嫁さんにしてくれますか?」

「もちろんだ!あぁ、お前の口からずっと聞きたかった言葉が聞けたよ」

「ふふふ、私もずっと言いたかった言葉が言えたわ」

「ね、クロエ。名前を呼んでくれ」


確かに結婚するのに「お兄様」ではおかしいだろう。それにもうクロエは19歳になった。一人前の淑女だ。


「フレッド様……愛してます」

「愛してるよ、クロエ。俺の妖精。永遠に愛すると誓うよ」


そうして互いの存在を確かめるように抱き合った。



千年前、時を司る神――アロイスが最高神ラムスに「人はあっという間に死んでしまう。そんな弱い生き物に加護を与えるなどバカバカしい」と言い放った。それを聞いたラムスは怒り、アロイスは人間として地上に落とされてしまった。


地上に落とされた時、アロイスは深い傷を負い、死に瀕した。そこにクロエという名の女性が通りかかった。

クロエはアロイスを手当てし、食べ物と住む場所を与えてくれた。

人というものを知らなかったアロイスは、クロエとその恋人のフレッドと共に暮らすうち、「人は儚くともひたむきに生きる力強いものだ」と気づく。


だがある日、戦争が起こり、クロエはアロイスを庇って死んだ。

だからアロイスはその恩に報いるため、自分の力が必要になったら必ず助けると誓った。


だから今世にてアロイスは力を貸した。

結婚し、幸せに暮らす二人を見ながら、アロイスは誰に言うともなしに言った。


「100回目で結ばれたか。結構時間がかかったな。まぁ、フレッドにも世話になったし、少しくらい手出ししてやっても問題ないだろう」


アロイスはそう言うと、繰り返す時の先に結ばれた彼らを見て微笑んだ。


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