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タイムリープ

クロエは絶対にフレッドを助けるという強い意志を持って研究に臨んだ。

原因となっている細胞情報を特定し、異変が起きている細胞情報を正常な状態に戻すという魔術を作り出さなくてはならない。

人間が保有する細胞情報は膨大な数があるのだがクロエにはその中の3つの部分に絞って研究した。


なぜこの3つに絞れたのか、クロエ自身も分からない。

論文に記載があったわけでもなければ、研究結果から導き出されたものでもない。だがこの3つの細胞情報のどれかであるという確信があった。


タイムリミットは5年。だからクロエは膨大な細胞情報から原因特定を行うより、自分の直感に従って研究を進めることにした。

ただそれでも3つの細胞情報に対する治癒魔術を開発するには時間が足りない。

それ故、クロエは最も可能性の高い一つに絞って研究することにした。

幾つもの実験と研究を行い、クロエは魔術開発に没頭し、そして気づけば季節は移ろい、5度目の春を迎えていた。


まだ肌寒い日が続くものの、研究室の窓の外からは柔らかな陽光が差し込み、室内はまるで温室のように温かい。春に生まれたばかりの小鳥が木の枝をぴょんぴょんと移動しながら囀っている。

それも聞こえず、クロエは意識を机の上に置いた氷へと集中させていた。


指に意識を集中させ、空中に魔法陣を描く。そして氷に手を翳し、魔術領域を展開した。

闇を纏った七色の光が研究室にうねるように溢れる。だが、次の瞬間パキンと氷の割れる音がして、見れば氷の塊は千々に砕け、空中へと霧散していった。


「またダメだったわ」


クロエは頭を抱えた。フレッドの体がコールドスリープに耐えられる期限まで時間がない。


(もしダメだったとしたら……)


不安が頭をよぎる。だがそれを振り払うように、クロエは頭を振った後、頬をぱちんと叩いて前を向いた。

そしてもう一度実験を見直し、また別の方法を試すことにした。



今、クロエの目の前にはフレッドが横たわっているガラスの棺がある。クロエはその前に立って助手たちに目配せをすると、助手たちは小さく頷いて、その蓋を開けた。

中から冷気が流れてきて、クロエの体温を少しだけ下げた。


「クロエ君、いいかい?」

「はい」


教授に促されてクロエはフレッドの手を握る。

そして今まで繰り返し実験してようやく成功した魔法陣を描いた。


(大丈夫よ、落ち着いて。何度も練習したし、絶対に成功するわ)


自分に言い聞かせながら、クロエは魔術領域を展開させた。七色の光がフレッドを包み、異変をきたしている細胞情報へと働きかけて正常に戻し始める。……はずだった。

突然、ガラスに亀裂が入るような音がしたかと思った次の瞬間、フレッドの体に細かなひびが無数に入る。クロエは驚いて目を瞠った。刹那、フレッドの体が粉々に粉砕し、そして消えて行った。


「な……」


クロエも、そしてその場にいた教授や助手も、みな一堂に言葉を失っていた。

ただ茫然と空になった棺を見て、クロエは自分が失敗したのだと気づいた。


「嘘……嘘よ……」


あまりのショックに、クロエはその場に崩れ落ちた。それはクロエにとって二度目の絶望だった。


(私は失敗したのね。もう……お兄様には会えないんだわ)


この5年間フレッドの病を治し、再び会うことだけが生きがいだった。クロエの人生の全てを賭けていたといっても過言ではない。

それなのに、フレッドを失った今、クロエは生きる意味を失い、生きる気力も潰えてしまった。

頭に霞が掛かったようでもう何も考えられない。クロエは幽鬼のような足取りで、当てもなくふらふらと歩いていた。


「危ない!」

「避けるんだ!」


遠くから声が聞こえたような気がした。だが、それももうどうでも良かった。

馬の嘶きと車輪が激しく鳴る音、そして御者の叫ぶ声が耳に入ってきて、気づくとクロエは地面に倒れ込んでいた。

全身が痛くて痛くて、動かそうとしても動かない。

思考が全く働かないまま、誰かが遠くから何かを言っていたが、何を言っているのかは分からない。


(あぁ……私は死ぬのね)


全身打撲の上、内臓が激しく痛む。たぶん内臓機能がダメージを受けているのだろう。もう助からないのが自分でも分かるのが不思議だった。

でもフレッドを失った今、クロエには死ぬことなどどうでも良かった。

ただ一つだけ思うのはフレッドの事だ。助けられなかった。


(もし、もう一度チャンスがあれば、今度こそお兄様を助けたい)


そんな後悔を抱きながら、クロエの視界は暗闇に覆われていった。



クロエの目の前には炎を連想させる赤髪の青年が、その金の瞳でクロエを捉えながら立っていた。

暗闇の中で、浮かび上がるように立っている青年は、金とも白ともつかない光を纏い、存在感を放っている。


「また、駄目だったんだな」

「あなたは?」

「やっぱり記憶が欠落しているんだな……俺はアロイス。時を司る神だ」


目の前の青年が突然神を名乗るので、クロエは驚くと同時にいぶかしんだ。自称神を名乗るなど、怪しさ満載である。


「おいおい、本当に覚えてないのか?もう99回も時を戻してやってるのに」

「時を戻す?」

「タイムリープってやつだ。フレッドが病に倒れ、そしてお前がそれを治そうとする。だが、失敗し、そしてまたフレッドが倒れる前に俺がお前の時を戻してやる。それをもう99回繰り返しているんだ」


そんな非現実な事は俄かに信じられない。それがアロイスにも伝わったのだろう。

少々不貞腐れたような顔をしてクロエに説明した。


「お前は子供の時から天才的な頭脳を持っていただろう?それはお前がタイムリープを繰り返し、前世から

ずっと知識を引き継いでいたからだ」

「もしかして、私がお兄様の病気の原因を3か所まで特定できたのも、そのせい?」

「あぁ」


それで得心がいった。

なぜ幼いながらも膨大な知識を持っていたのか。

タイムリープによって前世での研究結果の続きから再び研究をすることができたということなのだ。


「じゃあ、もう一度私をタイムリープさせてくださらないでしょうか?お願いします!」


あと二回タイムリープができればフレッドへの治癒魔術を完成させることができるはずだ。

そんな期待をもってクロエはアロイスを見るが、彼は眉間に皺を寄せた。


「そうしてあげたいのはやまやまだが、タイムリープっていうのは自然の理に反することだ。だから繰り返せば魂が消滅しかねない。今回だってぎりぎりだったんだ。現に、魂に刻まれた記憶が曖昧になって、タイムリープをしていたことすら忘れていただろう?」


確かに、クロエは自分がタイムリープをしていたなど全く知らなかった。


「でもせめてあと1回だけでも!お願いします!」


魂が消えてもいい。フレッドを助けたい。その一心だった。

頭を下げるクロエを見て、アロイスは諦めに似たため息を漏らした。


「仕方ないなぁ。千年前の恩があるからなぁ。じゃあ、ラスト1回だ。泣いても笑ってもこれが最後。だからさ、頑張れよ!」

「はい!」


そうクロエが返事をすると、アロイスから光が発せられ、クロエの視界が白に染まった。

どこかに引っ張られるような感覚がする。


「!」


再び目を覚ました時、世界が光り輝いて見えた。

光に目が慣れて周囲を見回すと、そこには見慣れたコンサバトリーとテーブルに置かれたティーセット。

大きな窓ガラスからの光がティーポットを照らし、その金色の装飾に反射してキラキラと光っている。

呆然と周りを見回していると聞き覚えのある優しい声がクロエの名を呼んだ。


「クロエ、どうしたんだい?ぼーっとしてたようだけど」


ふと自分の体に違和感を覚えてクロエは掌を見つめた。

そこにあるのは小さな子供の手。

ティーカップの中を覗き込めば、そこには14歳のクロエが映っていた。


(戻ってこれたんだわ)


クロエの目の前ではフレッドが不思議そうにクロエを見ていた。


「お兄様、生きてらっしゃいますよね?」

「ははは、もちろん生きてるよ」


この笑顔に会いたかった。

久しぶりに見たフレッドの空色の瞳には、嬉しくて泣きそうなクロエの姿が映っていた。

この笑顔を今度こそ失いたくない。


「お兄様の事は私が助けますからね」

「なんだい藪から棒に」

「いいえ、なんでもないです」


(だから絶対にお兄様を助けるわ。そのために私はタイムリープを繰り返していたのだもの)


クロエはフレッドに笑顔を向けつつ、心の中で強く決意した。


次話で最終話です!

引き続きよろしくお願いいたします。

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