絶望と決意
フレッドからプロポーズされてから、一か月が経った。
あの後すぐに会いたい旨を書いた手紙を出し、会う約束をしたのだが、都合がつかなくなったという連絡があり、会うのが延期となった。
その後、何度か手紙を送ったのだが、2週間前に「忙しくなってしまって当面会えない」という返信を最後に、フレッドからの返信が無くなってしまった。
(あのプロポーズは夢?それとも嘘だったの)
自分を揶揄っただけなのでは。そんな思いが頭をよぎる。
(でもお兄様の性格上、そんなことをする人じゃないし…)
伊達に10年も一緒にいるわけではない。だが音信不通なのも事実だ。
何か不安のような、心がざわざわして落ち着かない想いを抱えていたある日。クロエは師事している教授に呼び出された。
「教授、どうされたんですか?」
「クロエ。君はフレッド・アルドリッジ伯爵令息と幼馴染だったな」
「はい。そうですが…」
「来て欲しい」
教授は用件を告げず、厳しい表情を浮かべたまま廊下を進んだ。
その雰囲気から何か良くないことが起こっているのが感じられる。
先程フレッドの名前が挙がったことから、フレッドと関係があることなのだろうか?
クロエの胸にざわめきが起きた。
やがて、教授は研究室の一室に来ると、足を止めた。そしてゆっくりとドアを開き、クロエを中へと誘った。
クロエは不安を感じながら、研究室に足を一歩踏み入れた。
「見てくれ」
「!」
クロエの目の前には、ガラスの棺に入った人間が横たわっていた。
その人物を見た瞬間、クロエは息を呑み、そして教授へ問い詰めるように尋ねた。
「お兄様!?ど、どういうこと?」
「フレッド様はご病気だったんだ。症例が少ない難病で、この痣が進行すると痣の部分から体が壊死していき、最終的に死に至る」
見ればフレッドの体中には痣があり、体の8割は赤黒く変色していた。
冷や水を浴びせられた気分だった。
体の芯が冷えて、自然と体が震える。
教授の言い方ではフレッドが死ぬと捉えられる。
現実が受け止められない。
呆然としながらクロエは教授の話を聞いた。
「原因の特定が困難だったが、今考えられるのは体を構築する細胞情報の一部に異変があるということだ。君は細胞情報を解析する研究をしていたね」
「はい」
「君の知識と研究を使って彼の病気を治して欲しい。今、彼はコールドスリープしている。彼自身の時を止めたことで、これで病気の進行は止まったはずだ」
コールドスリープの魔術の存在は聞いたことがあった。確か最近隣国ラルトビアで開発された技術だ。
体を冬眠状態にして時を止めるというものだけど、まだ一般的なものじゃない。
二度と目覚めないリスクや目覚めた時に記憶の欠損や凍傷による四肢の壊死など何らかの障害が発生するリスクもある。
そんな危険な魔術を使ってでも、フレッドは将来病気を治す方法が見つかり、自分の病が治る可能性に賭けたということ。
「だがフレッド様のコールドスリープが有効なのは5年間という時間制限がある。それ以上の期間は体が魔法に耐えられないんだ。だからフレッド様がコールドスリープできる間に治療方法を確立して欲しい」
(お兄様を失ってしまうの?)
絶望で目の前が真っ暗になった。奈落の底に落ちるとはこのことを言うのだろうとぼんやりと思った。
あの日、クロエは混乱してフレッドに自分の気持ちを伝えられなかった。
そしてもう二度と伝えることができないのだ。途方もない後悔となって、涙が溢れて止まらない。
不意に以前ダニエルに言われた言葉を思い出した。
この知識は神からのギフトなのだと。成すべきことがあるから与えられたものなのだと。
クロエは隣国ラグノイアとの共同研究で、細胞情報についての研究をし始めていた。
医療魔術によって、細胞情報を変化させる魔術を生み出せないかと言うものだ。
そうすれば、病原菌を変化させて感染症を無効化させることが出来たり、魔術で皮膚を生み出して、深い傷を負った時にそれを塞ぐことが出来たりと、医術の発展に役立つからだ。
クロエは特にこの細胞情報に関する知識が幼いころからあったために精通しており、難なく研究できるレベルだ。そしてクロエ自身この分野に興味があった。
特に細胞情報の突然変異による病気についての研究をしている。
理由は分からないが、まるでそれが定められたみたいにこの研究をするようになった。
きっと、フレッドを助けるために与えられたものなのだ。
「分かりました。絶対に5年以内にフレッドの病気を治す魔術を確立します」
クロエは力強く言った。
(絶対にお兄様を助ける)
そして伝えるのだ。
クロエの夢をかなええくれたことへの感謝と、フレッドを心から愛していることを。
そして何よりプロポーズの答えを。
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