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天才令嬢が死に戻る理由~溺愛してくる幼馴染の年上伯爵に伝えたいこと~  作者: イトカワジンカイ


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1/8

プロローグ

上中下にしようと思って上を更新しましたが、あまりにも長すぎるので分割しました。

初期に呼んでくださった方、混乱させてしまいましたら申し訳ありません。

クロエは目の前に横たわる青年を呆然と見ていた。


美しい少し長めの金糸の髪は青年の頬にかかり、黒い影を落としている。

顔色は青白く、生気というものが感じられない。


そして蒼天の空色である煌めく瞳は、もうその姿を現わすことはないだろう。


「フレッドお兄様……嘘……嘘よ……」


ついこの間まで言葉を交わし、優しい微笑みを向けてくれていたフレッド様の命が潰えてしまったという事実を受け止めることができない。


「お兄様!起きて!目を開けてください」


横たわっているベッドに駆け寄り、フレッドの手を握ると、ひんやりと冷たくなっていた。


死んでいる……突きつけられた現実に心が張り裂けそうだった。


一筋の涙がクロエの頬を伝った。それを皮切りに堰を切ったように涙が溢れて、クロエはフレッドに縋りついて泣いた。

また自分は失うのだろうか。

愛する人を助けることなく、ただ死んでいく姿を見つめるしかないのだろうか。


フレッドの胸に顔をうずめて泣いていると、不意に頭上から声を掛けられた。


「クロエ……」


そこには、クロエが見たことのない異国の服を纏った青年が立っていた。


燃えるような真紅の髪は、獣の鬣のように揺らめき、切れ長の目は煌めく金色であった。

初めて会うはずなのに、何故か懐かしくも感じられる。


クロエはフレッドの亡骸に縋りつきながらその青年を見上げると、青年は憐憫の表情を浮かべた。


「また、駄目だったんだな」


そしてクロエが答える前に、言葉を続ける。


「あんたの願い通り、また機会をやるよ。それがあんたへの恩返しだからな」


そう言って青年はクロエの頭をそっと撫でた。

すると目の前が光に覆われて、視界が真っ白になる。そしてクロエの耳に、遠くから自分の名を呼ぶ声が聞えた。



※ ※


「……エ、……ロエ……クロエ!」

「えっ……あ、お兄様」


クロエは自分の名前を呼ばれて我に返った。

気づけばアルドリッジ伯爵家の離れにあるコンサバトリーの光景が目に入って来た。


壁面の大きな窓ガラスから差し込む太陽の光が、テーブルの上にある乳白色のティーポッドを照らしている。

ふと見ればカップの中の琥珀色にはぼうっとしたクロエ自身の顔が映っていた。


「どうしたんだい?ぼっとしてたようだけど」


そう言いながらフレッド・アルドリッジがクロエの顔を不思議そうにのぞき込んだ。

サラリと金糸の髪がフレッドの美しい頬にかかる。


夢の中とは違い、美しく滑らかな頬には血が通っていて、彼は生きているのだと証明しているようだった。


「お兄様、生きてらっしゃるわよね?」

「ははは、もちろん生きてるよ」


(さっきのは……やっぱり夢よね)


白昼夢でも見たのだろう。


さっき夢で見たフレッドはクロエの目の前で冷たくなっていて……思い出しただけで恐怖で背中がぞくりとしてしまう。


だからフレッドが死んでいたなどという先ほどの悪夢を言うことはできなくて、クロエは曖昧に笑って話を濁した。


「仕事で疲れているんじゃないか?お前が辛いなら所長には言っておくよ」

「ううん、全然平気よ。毎日、研究ができてとっても楽しいわ。ただ昨日はちょっと遅くまで論文を書いていたから寝不足なのかも」

「そうかい?お前は没頭すると寝食を忘れてしまうからね。気を付けるんだよ」


フレッドは春の日差しのように柔らかくほほ笑むと、クロエの手を優しく握った。

その掌はクロエのものよりもずっと大きく、包み込まれた手からフレッドの温もりを感じてようやくクロエは恐怖で冷たくなった体がほぐれた気がした。


「それで、今度の夜会、本当に出るのかい?」

「うーん、出たくはないんだけど……お父様がそろそろちゃんと社交界に出るべきだっていうから断り切れなくて」


夜会なんてものに出るくらいなら部屋で論文を読んでいるほうがずっと生産的だと思うのだが、貴族社会で生きるためには最低限の付き合いは必要らしい。


クロエはランデット伯爵家の一人娘だ。だから父親の言い分も分かるのだが……


「はぁ。夜会の度にあの視線を向けられるかと思うと、ちょっと憂鬱だわ」


たまにしか夜会に顔を出さないクロエは、出席するだけでも珍しく目を惹く上、最年少国家魔術科学研究員として国立の魔術科学研究所で働いているため、どうしても注目されてしまうのだ。


天才魔術科学者。それがクロエの俗称でもある。


クロエは今年14歳になる。だが、5歳の時にはすでに初等教育をクリアしてしまっていた。

10歳で高等教育を修了し、独学で医療魔術を学んだ。12歳の時には医療魔術分野で論文を発表し、それが認められて特例で国家魔術研究所で働くことになったのだ。


そんなわけで、夜会に出ると奇異の目で見られる。

クロエはあまり人と関わることが得意ではなく、社交に長けているわけではない。


それ故、「何を考えているのか分からない」「頭がよすぎて気持ち悪い」「化け物じみている」などと陰口が聞こえてくることもしばしばだ。


だから夜会に積極的に出たいとは思わない。


(先週学会があったし、最新の論文もチェックしたいのに……夜会に出るなんて時間の無駄だわ)


思わずため息をついてしまいそうになっているクロエに、フレッドは確認してきた。


「もちろんそのパートナーは俺が務めてもいいんだよね」

「お兄様がいいならお願いしたいわ。でもいいの?お兄様だってそろそろ恋人と参加したいいんじゃない?」


フレッドは今年で20歳になる。

そろそろ婚約者を決めて結婚してもいい年齢だ。だが、こうやってパートナーのいないクロエに付き合って夜会ではいつもパートナーを務めてくれる。


金糸の美しい髪を後ろで結び、その目は蒼穹のような青。

涼やかな目元でまるで舞台役者ではないかと見紛う美丈夫な上、名門アルドリッジ伯爵家の長男、しかも王太子直属の政務官をやっていて将来も有望な男性だ。

それなのに未だ婚約していない。


「恋人か……それなら俺にはお前がいるから問題ないよ」


フレッドは度々そう言うが何が問題ないのか分からない。問題は大ありな気がする。


「納得していないって顔だね。でも本当に俺はクロエがいればそれでいいんだよ」


クロエは「お兄様」と呼んでいるがフレッドは私の兄ではない。

クロエの父親とフレッドの父親が親友同士で、幼い頃から交流があった。その為、クロエは自然とフレッドを「お兄様」と呼ぶようになった。


だから単なる幼馴染の自分がフレッドの好意に甘えて、いつまでも自分のエスコートをさせるもの申し訳ない。


「でも、お兄様に恋人が出来たら私に遠慮しないで言ってね」

「そんな日は来ないと思うけど」

「それか私もそろそろ婚約者を見つけるべきかしら」

「駄目だ!何言ってるんだ!他の男との婚約なんて認めない!」


突然の剣幕にクロエは驚いて目を瞠ってしまった。


「え?そ、そんなに怒らなくても。いつかの話なのだし……」

「じゃあ、確認だけどお前の夢を叶える男性と婚約するっていうのは変わらないかい?」


そう言えば先日そのような事をフレッドに聞かれた。ちなみに何故かはわからないがその後、父親にも聞かれた。


クロエの夢。それは隣国ラルドビアに留学することだった。

ラルドビアは医療魔術の先進国である。そこに留学できれば、クロエの研究はぐっと進むはずなのだが、他国との学術交流はなく、現時点で留学できるなど夢のまた夢なのだ。


それに結婚すれば、家の事をしなくてはならず、研究する時間が取れなくなる。

だから研究にも理解があり、留学を可能にしてくれる男性がいれば、すぐにでも結婚したいくらいだ。


「ええ、変わらないわ」

「そっか。良かった。あれは嘘でしたっていうのは無しだよ」

「分かったわ」


なぜ結婚の話になるのかが分からず、クロエは内心首を捻った。

いつかは結婚するのかもしれない。

だが、それはずっと先の事で、自分が結婚するなど想像もつかない。


それに今は結婚云々よりも暇があれば論文を読みたいし、時間が許す限り研究に時間を割きたいのだ。


「次の夜会用にドレスを贈るよ。何色がいいかい?」


フレッドは頬杖をついて、砂糖のような甘い笑顔でクロエに尋ねて来た。

いつもドレスを贈ってくれるものの、ドレスを贈るのは婚約者に対してというのが普通なのだ。

普段研究にかまけてしゃれっ気のないクロエを気遣ってだろうが、毎回貰うのは申し訳ない。


「前回もいただいたんだもの、私のためにお兄様がドレスを用意する必要はないわ」

「いいんだよ。俺が贈ったものを君に着て欲しいんだ。ね、俺のためだと思って」

そう言われてしまえば断り切れない。

「ありがとう。お言葉に甘えますね」

「ああ」


そうしてフレッドは満足そうに紅茶を飲んだ。

なお、後日送られてきたのは、フレッドの水色の瞳と同じ色のドレスだった。


※ ※



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