星の加護クズおじさんSDGsを語る
二人の子どもを育てているシングルマザー冬美と出会い、そのあまりの心根の美しさにタノスケは心底、本格的に惚れた。そして、自分の命など、その辺に転がっている小石のカケラほどの価値もないけれど、しかし、もしもこの命を使ってこの三人を今よりか少しでも幸せにできるならば、それならばもう死んだっていいくらいに本気で思い詰めた。
んで、そんな至誠にして深刻極まる思いをベースに、必ず幸せにするとの志を立て、そこから始まった冬美との交際、そして、程なく始まった二人の子ども(夏緒四才、春子一才)も当然に含めての四人暮らしだったのだが、悲しいかなタノスケは〝百均で売ってるシャーペン芯の星〟の下に生を受けている男である。タノスケの志なぞ、実に脆く折れやすいのである。あっという間に当初の志は折れ、堕落と醜悪と不様を混ぜて煮詰めたような小者ムーブを連発し冬美をしばしば困らせ、泣かせるようになった。そして、そんな傍目にはいつ崩壊してもおかしくない生活は、冬美の踏ん張りのお陰で何度も危機を脱したのだが、結局はどうにもならず、九年で破綻した。
冬美と夏緒と春子は、四人で住んでいた家から歩いて三十分ほどのところにある冬美の実家で暮らし始めた。そこには冬美の両親が暮らしており、家も大きく、使っていない部屋もいくつかあったから三人は窮屈な思いはしていないであろうと思う。それを思うとタノスケはホッとする。それに、タノスケという寄生虫目コバンザメ科の金食い野郎と離れたからには随分と生活にも余裕が出たことだろう。以前は子ども用の数百円のTシャツにも逡巡が伴うような、夏緒と春子に随分と気を使わせる生活だったから、そのことも思えば、これでよかったのだとも思う。一緒に暮らしていた時、タノスケが自身の財布をあけ、夏緒と春子にお小遣い(この金の出所はもちろん冬美である)をあげようとしても決して受け取ろうとしなかった。いつしかそういう子に育ったのだった。
自分はどうだっただろうとタノスケは子どもの頃のことを考えるが、自分は親からお小遣いが貰えるとあらば卑しい笑顔で引ったくるようにして嬉々と受け取り、その勢いと言ったらなんだが、そのまま親の隙を見計らい、親の財布に手をつっこんでさらに銭を抜き取るというのが毎回お決まりムーブだったのだ。更に言うと、そのようにして盗んだ銭で豪快にお菓子を大量買いし、隠れてそれを独り占めに腹パンになるまで貪り、それにより晩ご飯が食べられなくて親に、「何か食べたのか」と聞かれても、「食べてない」の一点張りでもって騙し切り、んで、バレず怒られないからその泥棒&豪遊ムーブを改める気なぞ微塵も湧かず、結果、虫歯になり、後悔しながら泣く泣く歯医者に行くのだが、治療台に寝ながら頭に若い歯科衛生士さんのオッパイが当たるのを感じると、少年タノスケは先ほどまで完全に打ちひしがれていた後悔の念なぞ完全に忘却し「ああ、これで良かったのだ」と、深く自分の人生を肯定するのだった。
んな話はいい。
そんな話はどうでもよくて、夏緒と春子がいい子に育っているという話である。
タノスケはお金を使わずにお友達と工夫して楽しく遊ぶ二人の姿に、いつもホッコリ安堵心地になる。そして、その二人はそのメンタルというか構えのまま、たとえお友達と喧嘩しても、ものの数分で
「許した」
なぞ声に出して言い、すぐまたその相手に優しくするし、不登校気味の友達などがいれば、たまに学校に来たそのタイミングをよい奇貨として、強引に放課後の遊びに誘い、その子の話を、決して暗くならず、明るい顔のままじっくり聞いたりするのだ。そんな姿を見ると、タノスケは思わず、
「さすが、僕の遺伝子を受け継いでいないだけのことはあるな!」
と、独り言ちるのが常だったが、そこに卑屈な響きは本当にまったくないのであった。良かった、夏緒と春子は自分で自分を幸せにできる人間に育っていると、そう思うとじんわり胸が温かくなり、そしてこんなかたちで、二人としては無意識だろうが、こんなかたちで親孝行を連発してくれている(親孝行されるようなことはタノスケは一つもしていないのだが)夏緒と春子をタノスケは本当に心から愛しく思うのであった。そして、タノスケという超ド級の重りを背負いながら、二人をこのように輝かしい人間に育てた冬美という、いわば現代の聖母にも、タノスケは深い深い敬意を感じるのであった。
そして関連連鎖的に思うのだが、昨今SDGsがどうとかメディアでよく取り上げられ、いかにも先進的な口ぶりで〝多様性尊重〟や〝持続可能性の護持〟という理念を追求することが大事だとかなんとか、そんな感じのことを頻繁に耳にするようになったが、そんなことはわざわざ言われなくても、見てくれ、ここに個人においてはとっくに(冬美のおかげだが)実現済みだと得意気な顔でタノスケは思うのだった。そして、SDGsの問題なぞ、全身全霊その理念を生きることが出来る人間だけに権力を与え、その人々が集まって世界の方向性を決めればそれでオールOKな話だろう、そんな分かり切った問題を限りある電波を使って言うな、なぞ毒づくのだが、それが出来れば志高く政治に参加する方々も苦労ねえわな何言ってんだ僕、との自嘲めいた呟きもオートマチックにそこに添え、すると直後、
━━ともかく、何もしない僕には、発言権すらないわな。僕にある権利は、どこぞ誰の迷惑にもならない場所で野垂れ死ぬ権利だけだわな━━
との虚しき嘆きも湧き上がり、もはや足腰に力入らず、するとタノスケはこのボロボロの自尊心を、優しく、冬美の手で優しく包んでほしいと、震えながら思うのだった。
一時間、じっくり落ち込んだ後、ボロボロ、フラフラの足取りで、タノスケは安居酒屋に入った。
そして、タノスケはダメ元で「濃くしてね!」と付け加えながらホッピーセットの黒を注文し、届いたジョッキ入りの焼酎(通称〝ホッピーの中〟)に黒ポッピーを投入、んで、割り箸でもって何やらせわしい手つきで掻き回す。それを空きっ腹のまま一気に飲み干すと、すぐ店員に〝ホッピーの中〟を、再びのダメ元「濃くしてね!」オーダーで注文し、それが届くと、ちょうど半分ほど残っている黒ホッピーをそこに投入し、またせわしく混ぜ、一気に飲み干す。このようにして一気に血中アルコール濃度を上げるのがタノスケスタイルなのである。酩酊の階段を勢いよく駆け上がっている時ほど自分という人間を上手に、かつ正確に振り返れる時はないとタノスケは考えているのだ。
んで、続けてタノスケは日本酒を一合とり、
━━一合で百五十円って安すぎねえか? どんだけ低コストで合成した合成酒なんだ? なんか恐えなあ━━
なぞ思いながらもあっという間に飲み干し、続いて口中をサッパリさせるべくレモンサワーを注文すると、薄切りといっても薄すぎる薄切りレモンをまずパクりと口の放り込むと種ごと咀嚼し、それをレモンサワーで流し込む。そして、こんな店で使うレモンだ、おそらく皮には農薬や防腐剤などの毒が残留しているはずだ、そう思うと、何やら全身に毒が広がっていくイメージが浮かび、口中をサッパリさせるつもりが、なんだが全身が汚濁していくような不快心地に苛まれ、我ながらなんと猜疑と吝嗇まみれのケチな一人呑みだろうと思うと暗く気が沈むのだが、しかし、ここまで呑めばアルコール十分で、例の〝酩酊の階段を勢いよく駆け上がり、自分という人間を上手に、かつ正確に振り返れる自己洞察タイム〟の到来である。
酔いの中、タノスケはしみじみ思う。
━━まったく、僕という男はほんと紛れもなく〝SDGsの星〟の下に生を受けているなあ。そして、その星の加護が導くままに人生を歩んできたとってもSDGsSDGsしてる男だなあ。我が人生の軌跡、それは、その高貴なる加護の導きのままに、どんな時も決してその光を見失わずに、時には涙に歪むその光をしかし決して見失わず、見つめ続け歩んだ、そんな決死の一歩一歩の積み重ねが描いたものだなあ。それが我が人生の軌跡だなあ。そういう自負が自分にはあるなあ。確とあるなあ━━
タノスケはカッと目を見開くと、右拳を天へ突き出し、一人言にしてはあまりに大き過ぎる、ほとんど大声と言ってもいいほど大きい声で叫んだ。
「我が人生が描いたこの一本線、これに勝るアートはなし! この一本線ほど真善美へと接近した線はなし! 天上天下唯我独尊! 我が人生、一片の悔いなし!」
突き上げた拳は、そのまま宙にかたまり、いつまでも小刻みに震えていた。