さよなら明日、また来て昨日
好きになったのは私のほうだった。
最初はただの年上のお兄さん。なんなら同い年だと思った。
一緒にいるうちに好きになっていったわけでも、相手が恋におちて猛アタックしてきたわけでもない。
ある日、突然。そう、それは思い立ったが吉日のように、相手にとっては厄日かもしれないが・・・。
私は恋におちたのだった。
そんな恋の始まりから数か月。出会った換算で1年と半年ちょっと。
美味しいお酒とつまみ、横には酔いつぶれた愛おしい恋人(仮)。
(仮)は、彼がつけた。
六畳一間に詰め込んだ愛情は、もう手放せないほど大きくなっていて。
それなのに私は、その2人で積み上げたものを手放そうとしている。
原因は、私。
あまりに優しすぎる彼の生き方に、私は自分の醜さを見てしまったのだ。
「それってさ、彼のこと好きじゃなくなったってこと?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど・・・。」
同僚と仕事終わりにお茶をしながら、レモネードの氷をかみ砕く。
自分の気持ちはかみ砕けないのに。
「じゃあ、振られたわけじゃないんでしょ?付き合ってればいいじゃない。」
「それ、も、そうなんだけど・・・。」
2人の関係を進めるのを待ってほしいと言った彼の横顔が頭をよぎった。
その言葉の意図を聞き返すことも彼の本心に向き合うこともできない弱虫。
優しいから待ってほしいといったんだろうか。私を傷つけないように。
ぐるぐる、ぐるぐる。
「あのさ、あたしあんただから言わせてもらうけどさ。」
「うん。」
「あんたの彼氏、そんなヤワじゃないとおもうよ。」
「え?」
「あんたのクソ馬鹿でか感情と激重ブラック過去を今まで受け止めてきた男だよ?あんな優しくて器がでかくて、まぁたまに言葉やらかすことはあるけど、そんな男なかなかいないって。」
「うん。」
「信じてみたら?待ってくれって言われただけでしょ?」
その問いに私はうまく言葉が出なかった。
六畳一間、美味しいお酒とつまみとやけに真剣な表情の恋人。
そんな彼に私は何も言い出せずに黙ってその灰色の瞳を見ていた。
「結果から言わせてもらうね。」
「うん。」
「オレは君とこの関係を終わらせたいと思う。」
「うん。」
傷つかない。痛くない。悲しくない。
いつの日かわかっていたことだ。
さよなら明日、また来て昨日。
彼のいない、明日なんて、
「いらない。」
「え?」
「あなたのいない明日なんていらない。」
ぽろぽろ、ぽろぽろ。
涙とともに感情があふれる。
隠せ、仕舞え、無かったことに。
だけど、あなたに普通を教えられた私の心じゃそんなことは出来なくて。
「好きなの。あなたのことが。」
「うん。」
「離れたくない。一緒にいたい。どんな関係でもいい。側にいてほしい。」
「うん。」
「だから、別れたくない。」
「ん?」
彼が不思議そうな顔をする。
いつもと同じようにおどけた顔で。
「あれ、なんか勘違いしてない?」
「え?」
「んしょ、んしょ。」
もそもそと彼が動いて小さな箱を取り出した。
「はい、どーぞ。」
「あけて、いいの?」
「じゃなきゃ渡さないし。」
黄色のリボンを解いて出てきたのは。
「指輪・・・?」
「うん。」
彼の右手に光るものと同じものが箱の中できらきらと輝いていた。
「だって、終わりにしようって。」
「うん、恋人(仮)をやめよう。」
「意味わかんない・・・。」
佇まいを直して、彼が私の手を取った。
「何でも言ってってオレが言ってたのに肝心なコト言ってなかったね。」
「うん?」
「好きだよ。ちゃんと恋人になろう。」
「あのねぇ・・・。」
さよなら昨日、また来て明日。
あなたと過ごす明日なら何度でも迎え入れよう。
好きになるのはいつだって私のほうから。
だけどきっとあなたの愛を信じてる。
「よろしくお願いします。」