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猫令嬢シリーズ

【短編版】あちらの悪役令嬢は前世が猫だったようです。

作者: 藤 都斗
掲載日:2024/06/23

連載作品の短編版です。ご興味のある方はシリーズ一覧からどうぞ。

 





 ───────それに気が付いた時には、もう遅かった。


 大好きな王子様。

 小さな頃から憧れて、誰よりも大切で、私の初恋の人。


 婚約者に選ばれた時は、本当に嬉しかった。

 大好きなクマのぬいぐるみを抱き締めながら、ベッドで飛んだり跳ねたり、転がって喜んだ。


 金色の髪で蒼い瞳の、とても優しくて美しい王子様。

 王位継承権第一位の王子として、プレッシャーに押し潰されそうになっていたか弱くて繊細な人。


 その人を支える為に、寄りかかられても平気になる為に、私はとても頑張った。


 苦手なダンスも、お裁縫も、礼儀作法も、政治や統治の事だって、私に出来る限界まで頑張ったの。

 相応しくあれるように、釣り合うように、凄く凄く頑張ったの。


 だけど、彼の心は私からどんどん離れていった。

 何をしたら良かったのか、分からない。


 ワガママを言ったり、贈り物をしたり、優しい言葉を掛けたり、色々やったの。

 本当に色々考えて、頑張ったの。


 だけど、全部空回りしてしまった。


 だからせめて、外見だけでも釣り合うように、少しでも王子に好かれるように、磨きに磨いたわ。


 全部、無駄な時間になってしまった。


 王子の隣で、笑う女。

 私に無いものを全て持っている女。


 癖のない、綺麗な色の髪。

 丸くて優しげな目元。

 ふわふわしたパンケーキみたいな、甘やかな外見。


 王子が、私の見た事の無い笑顔で、女を見ていた。


 でも、婚約者は私。

 だから大丈夫。

 必死にならなくても、大丈夫。


 そう自分に言い聞かせていたのに。



 「クロエリーシャ・フォルトゥナイト! まさか貴様がエトワールに嫌がらせをしていた首謀者とはな……、そんな女に王太子妃など言語道断! 今日をもって、貴様との婚約は破棄させてもらう!」


 卒業パーティの真っ只中、王子は私にそう言い放った。

 背後に、あの女を連れながら。


 その後も王子が何か言っていたけれど、全然頭に入って来ない。


 あの女は、必死な顔をして王子に何か言ったあと、私を見て笑った(・・・)


 にぃやりと、悪魔のような笑顔で、私を嘲笑った。


 ───────あぁ、私、嵌められたんだ。


 それを理解した瞬間、私は全てに絶望した。

 周りの人間達が全て、悪意のある眼差しで私を見ているようにしか、感じられなかった。


 誰も私を知ろうとしない。

 誰も私を必要としない。

 誰も私を信じてくれない。


 私には誰も、居ない。


 なら、もう、こんな人生───────





 ********





「クロエリーシャ・フォルトゥナイト! まさか貴様がエトワールに嫌がらせをしていた首謀者とはな……、そんな女に王太子妃など言語道断! 今日をもって、貴様との婚約は破棄させてもらう!」


 高らかに言い放たれた言の葉は、卒業パーティの会場に響き渡った。

 その美麗な声の主は、ロストシュヴァイト王国第一王子であり、聖ロクサーヌ学園生徒会長でもある、アレクサンドルフ・ロストシュヴァイト、18歳。

 金糸のような鮮やかな金髪(ブロンドヘア)青石(サファイア)のような碧眼の美青年は、その完璧な顔面を怒りに歪めながら、目の前の一人の令嬢を睨み付けていた。


「………………」


 王子に相対するその令嬢は無言のままに、じっと王子を見詰めている。


 癖のある黒髪に猫のような金色の吊り目、赤い唇は薔薇の花弁のようですらある。

 出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいるナイスバディの、気の強そうな美少女。

 例えるならば、気位の高い黒いペルシャ猫のような彼女は、その黒髪が映える真紅の薔薇のようなパーティードレスを身にまとっていた。

 国で三番目の家格である公爵家の唯一の娘であり、貴族令嬢の代表とすらされる彼女にはその通りの気品が溢れ、王子に相応しい婚約者として学園に君臨していた。


 だが、学園では黒薔薇の君とすら揶揄される彼女は、王子の言に反論すらしない。

 無言を貫く彼女に、痺れを切らした王子が追撃の言葉を発した。


「貴様、謝罪くらいしたらどうなんだ! 心優しいエトワールが、一体どれほど傷付いたと思っている!?」

「やめてください王子! こんな事ダメです!! クロエリーシャさんにもきっと何か理由があるんです! そんな事するような人じゃ……!」


 王子の言葉のすぐ後、人混みから突然出て来たのは、どうやら(くだん)のエトワール・ライアン男爵令嬢らしい。

 ピンクゴールドのストレートの髪と、同色の瞳を涙で潤ませた彼女は、確かに美少女だった。


 その身に纏う白に近いピンクのドレスは、令嬢の外見とも合ってまるで白百合のような美しさだ。

 だが、王子に用意して貰ったドレスにも関わらず、黒薔薇の君と比べてしまうと体格的にどうしても負けている部分が多い。

 が、補って余りある程には可憐な令嬢である。


 だがしかし、言動から察するに、貴族らしさという物は一切持ち合わせていないようだ。

 その証拠に、彼女の家の家格は男爵であるにも関わらず、公爵令嬢である黒薔薇の君に対して、堂々とさん付である。

 元々、男爵が平民街で見付けた己の隠し子だというのだから、貴族社会に馴染めていないのは当たり前、のつもりなのだろう。

 卒業パーティを迎える今日まで、誰がなんと言おうが直そうとしない事から、学園の生徒先生達からは諦めの感情しか向けられていない令嬢である。


「あぁ、エトワール、君はこんな時でも優しいんだね……、でも、今はその優しさは(あだ)になってしまうよ」

「そんな、王子……!」

「大丈夫だよ、俺がきっと君を助けてみせるから」


 甘ったるい空気を発し始める王子とエトワール嬢に困惑したのは、それを見守っていた観客(ギャラリー)である。

 突然の茶番劇に、呆気に取られているものが大半であった。


 頬を染め、見つめ合う二人に水を刺したのは、王子の側近であるこの国の次期宰相、モルディクト・ロンスーン侯爵子息。

 濃い緑色の長髪の美青年である。

 彼は、神経質そうな表情のままに眼鏡をくいっと上げ堂々と進言した。


「王子、そこまでに致しましょう、まずはその悪女を断罪しなくてはなりません」


 その彼に続くように姿を見せたのは、これまた王子の側近である次期王国騎士団長、ジャスパー・ロードライト。

 背の高い赤髪の寡黙な美青年である。

 それから、王子の側近で次期王族補佐官の、まるで美少女のような顔をした、水色の髪の鏡合わせのようなサイドテール以外は見分けの付かない、双子。

 グランディ・ディズパブール、ディエライト・ディズパブールが現れ、冷たく(わら)う。


「そうだよ王子、黒薔薇の君とか呼ばれて調子乗り過ぎな馬鹿女を何とかしないと、ねぇライ」

「そうそう、エトワールちゃん虐めて、王子の気を引きたかったんだろうけど、無駄骨だったよね、ラン」


 クスクス、アハハ、とバカにしたような下卑た笑顔で可愛らしい顔を歪めながら、そっくりな双子は嘲笑った。


 次に現れたのは、なんでこんな事に巻き込まれてるのかさっぱり分からないまま、登場させられてしまった俺。


 ギンセンカ・リクドウイン伯爵子息。

 漢字で書いて読ませるなら、六道院 銀盞花だろう。

 ギンセンカとかいう花マイナー過ぎて聞いた事ないけど、この世界(・・・・)では東の国で有名らしい。知らんけど。


 膝裏まであるストレートな白金髪プラチナブロンドに、ひと房差し色として入る紫紺(しこん)色のメッシュを一緒くたに三つ編みにしてブランブランさせているんだが、このメッシュはとある精霊と契約したら生えてきただけで、俺の趣味ではない。

 一応、次期王国魔術師団長という地位を約束されているので、王子の側近であるのは決定事項らしい。

 正直めちゃくちゃ帰りたい。


 何が楽しくてこんな訳の分からない茶番に付き合わされなければならんのか。

 俺は今日学園を卒業したら家に帰って思う存分魔法の研究したかったんですけど。なにこれめっちゃ面倒臭い帰りたい。



「そうだな、こんな茶番はさっさと終わらせてしまおう」


 お前がそれ言うのかよ王子馬鹿なの?


「さあ観念しなさい、クロエリーシャ・フォルトゥナイト、あなたのやった事は全て分かっている」


 ごめん、俺知らんそれ。

 公爵令嬢が男爵令嬢虐めたとか、そんなんエトワール嬢が傍若無人に振る舞ってたから注意してたのしか見た事ないけど、何がダメなの?

 あと何勝手に呼び捨てにしてんのコイツ死にたいの?


「あなたは、この学園にエトワールさんの悪い噂を流し、孤立するように仕向けましたね」


 いや、あんだけ傍若無人な事してたらそりゃ悪い噂流れるよ?

 男を誘惑して侍らせてるとかの事だよね? どう見たってそうにしか見えないですけど。

 婚約者の居る男子複数に好意向けられてて満更でもないとか現在進行形でそうにしか見えないですけど。


「いつまで黙っているつもりです、いい加減に己の罪を認めたらどうですか」


 いや、待って待って、これホントに何?

 このパーティ、卒業祝いに他国の王族とかも来てるんですけど?

 この国の評判地に落とすつもりなの?


 いやホントに分からん、なにこれ?



「貴様……!! いい加減にしろ!!」



 痺れを切らした王子が、そう言いながら黒薔薇の君へと近付き、乱暴に腕を掴んだ、その時だった。


「フシャアアア!!」


 聞き覚えのある、威嚇音だった。

 髪の毛を逆立たせ、大きく口を開けながら、顔の中心へ皺を寄せて、長い爪で王子の顔面を引っ掻く、公爵令嬢(・・・・)


「うわぁぁぁ!?」


 突然の奇行に掴んだ手を振り払う王子と、その反動で空中に投げ出された公爵令嬢が、ハイヒールのままにひらりと四つ足での着地を決める。

 ぽかんとする周囲に構わず、公爵令嬢は猫が毛繕いをするように、拳を舐め、その手で顔や頭を擦った。


 一体何が起きたのか、さっぱり分からない。

 分からないが、もし公爵令嬢が何らかの魔法によりこうなってしまったのなら、ここは次期王国魔術師団長の俺が何とかしなければならない。


 これが国際的なテロである可能性も捨て切れないし、国の宝である公爵令嬢に何かあっては今後この王国が詰む。


 俺は王子と公爵令嬢の間に立った。


「おお、セン、お前の魔法があれば百人力だ、早くあの悪女を拘束するんだ!」

「王子ちょっと黙ってて下さい、頭の悪さが露見してます」

「え?」


 王子を無視し、公爵令嬢に何が起きたのかを知る為に、魔力をレーダーのように照射する。

 こうする事で、その肉体や物体を詳しく調べられるのだが、まあ早い話、魔力によるCTスキャンだ。


 なお、俺が王子を蔑ろにしてるのは、テロ事件である可能性も視野に入れての注意喚起と、周りの貴族の反感が王子だけに向かないようにする為のヘイト管理の為である。

 もし公爵令嬢が冤罪だった場合の保険であり、王子の立場を考えた、命懸けの行動だ。

 王子の命と俺の命だと、王子のが大事だからね、仕方ないね。


 そんな中、スキャンが終わったその時、驚愕の事実が判明した。


「……これは!」

「なんだ、どうした!?」

「王子うるさい黙ってろ」

「えっ」



「彼女は今、前世返りしている」



 キッパリと告げたその言葉に、固唾を呑んで見守っていた観客(ギャラリー)から悲嘆の声が上がった。


「前世返り? なんだそれは」

「授業で習ったわバカ王子マジ黙ってろ」


 前世返り。

 それは、人間である事に絶望する程のショックを受けた人がたまに発症する、魂の先祖返りのようなものだ。

 全てに絶望でもしなければ発症する事は無いが、一度発症してしまえば誰か心の開ける者と出会わない限り元に戻ることは無い。


 つまり、公爵令嬢の前世は、猫だったのだ。


 前世が猫なのは余り聞いた事ないけど、それ以外なら前例が無い訳ではない、何せ、俺も前世返りの内の一人なのだから。


 そして、分かった事が一つ。


「にゃおあん、うなーぁお、なうー」


 懐かしい気配、懐かしい眼、懐かしい仕草、懐かしい、鳴き声。


「クロ!」

「なぉおん」


 不安げな鳴き方をしながら辺りを見回している彼女の名を呼べば、ぱっと向けられた金色の瞳が俺を捉える。


「あぁ、クロ、会いたかった……、俺だよ、孝之だよ、クロ! 分かるかい?」

「おい、セン、どうしたというんだ、何を言って」

「うるせぇクソ王子黙ってろ」

「ぐはぁっ!?」


 王子を適当にあしらい、クロへと近付く。

 なんか肘に何か当たった気がするけどそれどころじゃないからまあいいや。

 だけど昔とは姿が全く違うせいで、不審な目を向けられてしまった。


「んなーぉ、ぅなーん」

「大丈夫だよ、俺だよ、ほら」


 近付くだけじりじりと後退るクロに優しく声を掛けながら、魔力を使って気配と、魂、匂い、それから、声を、前世のものと今の俺と重ねて発しながら手を差し出す。

 すると、クロは姿勢を低くして警戒しながらもクンクンと指先の匂いを嗅いで、それからゆっくりと近寄って、掌に顔を擦り付けてくれた。


「よーしよしよしよし、こわかったねー、もう大丈夫だよー」


 前世と同じように頭を撫でてやれば、一体どこから鳴っているのか令嬢の喉がゴロゴロと鳴った。


「よーしよしよしよしよしよし」

「んなーぉ、あぅんにゃあ、にゃううー」

「うんうん、そうだねー、寂しかったねー、辛かったねー、よしよしよしよし」


 何を言ってるのか分からないけど、とりあえず頭を撫でながらうんうんと頷いて宥める。


「セン君! 一体どうしちゃったの!?」


 突然過ぎるエトワール嬢の言葉にビックリしたクロがびゃっと飛び上がり、フシャー! と威嚇しながら俺の背後へと隠れる。

 いや、どうしちゃったの!? ってお前こそどうしちゃったの。


「なんですか突然、クロがビックリして隠れちゃったじゃないですか」

「だってセン君、そんな風になった事なんて無かったよね? まるで別人みたいだよ」


 そりゃだって王子の側用人として居なきゃいけなかった時の俺しか知らんやんアンタ。


「なるほど、読めたぞセン、貴様、この私を裏切っていたのだな!?」


 うん、頭大丈夫かなこの王子。


  


 なんか物凄いドヤ顔で、めっちゃ訳の分からない事を言い始めたんですけど何この王子やだ怖い。

 裏切るも何も、まず俺、王子の事信用すらしてないですけど。


 え? なに、俺こんなのに友達とか思われてたの? やだわー。


「裏切り……? 王子、それは一体どういう事ですか」


 真に受けてしまったらしい次期宰相予定の長髪眼鏡が、真剣な顔で王子へと問い掛ける。

 すると、物凄いドヤ顔の鬱陶しい王子は、ビシッと俺を指差してふんぞり返りながら、堂々と間違いまくった自論を展開し始めた。


「貴様、その悪女と手を組み、我々のスパイをしていたのだな!」

「なんですって!?」


 驚愕の声と目を向けてくる眼鏡と、双子と、あと王子に引っ付いてるエトワール嬢。


 どうしようコイツらこんなに馬鹿だったっけ。

 あっれー、おかしいなあ、エトワール嬢はともかく、双子もこの眼鏡も秀才って評判で、王子に至ってはこの学園を主席卒業したんじゃなかったっけどういう事?

 ホントにコイツが次の王様でいいのこれ。


 あ、でもまだ立太子してないから次の王様になるかは未定だっけか。

 え? なのに自分の婚約者が王太子妃になると思ってんの?

 だから王太子妃に相応しくないとか言い始めたんだよね?


 え? 馬鹿なの?


 ていうかめっちゃ蔑ろにしちゃったよ、俺死んだね。極刑だね。仕方ないね。

 よーし、こうなったらヤケクソだぁー! 死ぬなら派手に行こう!


 っていうか、王族の婚約ってそんな簡単に破棄出来たっけ?


 ちらっとこの国の王様の居る方に視線を向けたら、めちゃくちゃ頭抱えて落ち込んでいた。

 うん、これはアレかな。

 王子の勝手な行動により国の存亡が行方不明になってってる事に対する嘆きかな。


 この王子はもうダメかもしれんね。

 今回の件で見限った人多いんでないかな。

 俺も含めて。まあ俺死ぬけど。


「一体いつから裏切っていたのかは分からんが、ここでその悪女を庇い立てするのが何よりの証拠だ!」


「んなーん」

「よーしよしよしよしー、クロどしたー? 大丈夫かー?」


 なんか言ってる王子よりも今はクロの方が大事なので、無視して背後のクロの頭を撫でる。


「にゃおん、なーぁお、なー」


 どこか必死に鳴く姿は、可哀想の一言では表し切れそうに無い。

 金色の瞳が潤み、その美しさはまるで宝石のようだ。


 これだけ鳴くという事は、何かしら俺に伝えたい事があるのかもしれない。

 だがしかし、前世返りの影響か、猫語しか喋れなくなってしまっている為に意味不明である。


 人間として生きた記憶が、本人の絶望感により封印されてしまっているのが原因だろう。

 ナイスバディの超美少女がにゃんにゃん言ってるようにしか見えないし、癖で跳ねている横髪が猫耳にすら見えて、見た目は物凄くヤバい。


 中身は前世の愛猫なのに、なんとも言えずドキドキしてしまうのは、今世も前世もモテなかったせいだろう。


 そういうの差っ引いてもめちゃくちゃ可愛いんだけどなにこれ、困った。


 元の公爵令嬢は気が強くて高飛車で、それでいて気品もあって、貴族としても尊敬出来る人だった。

 でも、何故か俺には猫っぽく見えて無駄に好感が持ててたんだけど、そりゃそうだわ、前世の愛猫だもん。

 可愛いに決まってるわ、当たり前だわ。




 その後、全てを諦めていた俺がなぜだか助かって、そのまま愛猫の魂を持つ公爵令嬢と婚約したり、王子とその側近たちとヒロイン(笑)が坂道を転がり落ちるみたいに没落してったりするけど、それはまた別の話。


 今はそれよりもクロと会えたことが嬉しくて、つい半泣きになってしまったのだった。





 ********





 知らないニンゲンがいっぱいいる。

 凄く変な目であたしを見てる。


 知らない匂い。

 知らない場所。


 なんかよく分からないけど、いきなり前足を掴まれた。


 怖い。


 だからあたしは、そいつをひっかいて、逃げようとした。


 だけど、ニンゲン達があたしを囲んでて、逃げられそうにない。


 やだよ、こわいよ、ここはなんなの? あたしはどこにいるの? おうちに帰りたいよ。



 「クロ!」



 聞き覚えのある、響きが聞こえた。


 あたしの名前。


 声のした方を見るけど、知らないニンゲンだった。


 やだよ、こわいよ、かえりたいよ。


 必死で叫ぶ。


 「大丈夫だよ、俺だよ、ほら」


 知らないニンゲンがあたしに前足を出した。

 知らないニンゲンな筈なのに、知ってる匂いと声と気配が重なる。


 知ってる匂い。

 いつも聞いてた声。

 いつも一緒だった気配。


 タカユキだ。


 なんでいなかったのかと思ったらこんなとこにいたのね!

 だいぶ大きいのに迷子なんて、世話の焼ける子なんだから!

 いつものように頭を撫でてくれてるけど、誤魔化されないんだからね! もう!


 知らない場所だからまだちょっと怖いけど、この子と一緒なら安心出来る。

 あたしは、タカユキに顔を擦り付けたのだった。




  



 

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