後悔先に立たず
和歌山の某トンネルには死んだ人間に会えるという場所があるらしい。
そんな噂を聞きつけて俺は車を走らせていた。
そのトンネルは和歌山の有名な海水浴場付近にあり、トンネルを抜けた先には海が広がっている。昼間には多くの観光客が訪れることもあり、恐怖とは無縁の場所になっていた。
友人Kは大阪の北からはるばる夏休みを利用して和歌山まで来ていた。
「久しぶりだな、赤林! 」
「久しぶり! すっかり社畜になっちまって」
そんな馬鹿なことを言いながら俺たちは合流した。
「やはり和歌山は田舎やな」
友人Kはいつも和歌山のことを田舎田舎といっていた。ただその言葉には馬鹿にしたような言い方ではなく、どこか親しみのある言い方であった。彼も大阪の中では田舎という分類に入る地域に住んでいることもあり、第二の故郷のように感じているのだろうか。
「お疲れさん」
「ああ、今日も大変な一日だった」
時刻は十九時、俺たちは明日から山の日で三連休ということもあり、今日はどこかに泊まって酒でも飲もうという話をしていた。
「酒の話もいいが、赤林、本来の目的を忘れたんじゃないだろうな」
「忘れるわけないだろう」
そう、本来の目的、それは俺たちの共通の友人のRの死の話であった。
「あいつが自殺をするなんてな」
「まったくだ……」
赤林、K、Rはそれぞれ大学のゼミで一緒の中で、苦楽を共にした仲間でもあった。だがRは俺たちに何も言わずにこの世を去った。
「一言くらい相談でもしてくれたなら……」
俺たちは夜の街を走りながら友人Rについて語り合った。
「あいつ真面目だったもんな」
「ああ、俺らみたいに転職をせず、必死に頑張ってたからな」
友人のRは飲食業に勤めており、毎日深夜零時まで必死に働き、家族に迷惑をかけないようにしていた。前に年末に会ったときはまるで骸骨のようにやせ細っており、何かあったのかと聞くも友人Rははぐらかすだけだった。
「それで、今日のトンネルに行ったら本当に死者に会えるのか?」
「ああ、俺も地元の友人に聞いた話なんだが、俺の同期に親友をなくしたやつがいてな、そいつが死んだやつに会いたいということでそこにいったらしい」
「ほう、それで会えたのか」
「会えたには会えたらしいんだが、会わなかったらよかったとアイツは言ってたよ」
「じゃあ、行くしかないな」
「ああ」
俺たちはどうしても友人Rに会いたくて和歌山の海水浴場付近のトンネルに向けて車を走らせた。
和歌山には海に面しており、この時期の浜辺は多くの観光客でにぎわっている。その反動か夜はいつもより静けさが増しているように感じた。
俺たちは仮面ラ●ダーが好きだったためディ●イドのオープニングを流しながら走っていた。
「そろそろトンネルだぞ」
「ああ……」
海沿いの該当のない道を走っていると例のトンネルが現れた。俺たちが少し戸惑いながらもそのまま中に入っていく。
「どこまで繋がってるんだ?」
「この先の入水自殺が多発してる海水浴スポットまで繋がっているぞ」
「まじかよ、Rもそこで?」
「ああ、あいつもそこで亡くなったんだ。だが、俺には引きずり込まれたようにしか考えられなくてな」
「引きずり込まれた‼」
「ああ、だからこれからそれを確かめるためにそこにも行こうと思ってる」
「そうか」
俺は震える心を抑えながら車を走らせた。
そうこうしているうちにないもないままトンネルを通りすぎた。
「何もなかったな」
「ああ」
いつの間にか車内は車のエンジン音のみが鳴り響いていた。
「ここだ」
海水浴スポットはトンネルを出てすぐのところにあり、俺たちは車を止めた。
「真っ暗だな」
「ああ、だがスマホのライトがあれば大丈夫だろ」
「降りるのか」
「ここまできて降りないわけにいかないだろ」
車のドアを開けると生暖かい風が体を包み込んだ。
お互いに顔を見合わせると、どちらともなく海に歩き始めた。
「ここであいつは死んだんだな」
「ああ」
友人は空返事を返しながら歩いて行った。
俺も負けじと歩くがいつのまにか友人Kは涙を流しながら海に入ろうとしていた。
「おい! まて!」
俺が後ろから羽交い絞めにして止めるが物凄い力で海に歩いていく。
「おい、K‼」
俺の呼びかけにまったくの無反応のまま泣きながら海に突き進むK。体はみるみる水に吸い込まれていき、体の胸くらいまで水に浸かった状態のときに俺は最後の手段を使うことにした。
「ちょっと痛いぞ」
後ろから脇払いにパンチを入れてやった。
「うぐっ‼」
友人は我に返ったのか、激痛で苦しんでいた。
「赤林、お前……」
声にならない叫びをあげるKを何とか引きずりながら車まで戻り無理やり乗せた。
「ここは危険だ、行くぞ」
「危険なのはお前だ!」
Kのことを無視しながら俺たちは今来た道を引き返し始めた。
「そうだ、トンネル」
このビーチから出るにはこのトンネル以外に道はない。
「行くしかないのか」
俺は痛がる友人を横目にトンネルに入っていった。
窓ガラスが汚れているのか前が曇ってよく見えなかった。
「おい、あれ‼」
Kの指さすほうを見るとヘッドライトに照らされた友人のRが宙に浮いていた。
「お前ら……」
かすかに友人Rの声がした。
恨まれるようなことはしてないはずだが、友人Rの顔はとんでもない程の怒りの表情だった。
「にげ……」
そう言いかけたRの体には青白い無数の人が絡みついていた。こちらに気付いたのか、Rに絡みついていたやつらはこちらを引き込もうと手を伸ばしていた。
それを何とか止めようとするRは必死にあがいていた。
「早く……」
「R!!」
俺は窓を開けて叫ぶ。
その瞬間、車の前輪がバーストし、車はトンネルのカーブを曲がり切れずそのまま壁に激突。
壁に跳ね返された後、ちょうど来ていた対向車と正面衝突し、車はぐしゃぐしゃになった。
薄れゆく意識の中で俺は確かに感じた。
RとKの魂と絡み合い、俺が消えていくのを。