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第五話 セラ

「セラ様?」


「しっ!声が大きいって!」


ジェシカが口に人差し指を立てる。


「つい最近、新しく使用人長になられたんだ」


「怖い人なの?」


「そういうわけじゃないんだけど…あたしはなんか苦手…」


ジェシカが珍しい表情を見せた。

人当たりのいいジェシカをこうまで言わしめるとは、どんな人物なんだろう。


「しばらく外出されてたんだけど、戻ってきたってことかな」


「そこでガブリエルとばったり会ったんだね、きっと」


「そうだね…」


ジェシカの顔色は優れない。

本当に苦手なのだろう。


「えっと、僕の名前…」


「そうそう、あんたの名前だよ。決めなきゃ」


「マリア様に決めてもらえないのかな?」


「どうかなぁ」


「え」


意外だった。

マリア様に決めてもらおうと思っていた。


「いや、名付けってさ、結構いろいろあるんだよね」


「そうなの?」


「保護者ってわけじゃないけど、責任、みたいなのがあるのさ」


「ふぅん…」


ジェシカはマリア様に名付けてもらっている。

僕は少しだけジェシカが羨ましいと思った。


「自分で決めることってできないの?」


「まぁ自称はできるよ。けど、正式なものにはならない」


「そっか」


もっと気軽に名付けられるものかと思っていた。

しかし、そういうことであれば、マリア様の手を煩わせるのも申し訳ない。


「ちょっと、自分でも考えてみるよ」


「ん、オッケ」


僕たちは仕事に戻った。




「今日は、一人でした」


「…はい」


久しぶりにマリア様と二人きりで過ごすことになった。

一人、というのは、マリア様が…処刑、した人数のことだ。


「…」


僕は何と言っていいのか分からなかった。


「処刑の方法を知っていますか?」


「え…いえ、存じません」


やはり、断首とかなのだろうか。


「追放、です」


「追放?」


「魔法により、罪人を遠方へ追放するのです」


「そう、なのですか」


てっきり、命を奪うようなものかと思っていた。


「遠方というのは?」


「分かりません。ここより遥か離れた地、と聞いています」


「飛ばされた罪人はどうなるのです?」


「…分かりません」


「そうですか…」


マリア様は罪人の心を読み、判断するところまでをされているということだろう。

実際に魔法を使ったりするのは、別の人の担当ということか。


「魔法を使うのは、どなたが?」


「私だ」


ぎょっとすると、いつの間にか部屋の中に長身の女性が立っていた。

年上…僕よりも少し離れているように見える。

女性は僕をちらりと見た後、マリア様に向かって跪いた。


「マリア様、一使用人にお時間を割きすぎませぬよう」


「…分かっています」


「…申し訳ありません」


僕は女性に頭を下げた。


「君、名前は」


「…ありません」


「そうか」


女性は少しだけ笑ったように見えた。


「では、私がつけてやろう」


「え…」


「セラ様!お待ち下さい!」


「『マコト』というのはどうだ?」


「『マコト』…」


頭の中に、キンッという甲高い音が響いた気がした。

僕はぼうっと部屋に立ち尽くしていた。


「気に入ってもらえたかな?」


「え、えと…」


「失礼する」


そう言うと女性…セラ様はふっと消えていった。

後にはマリア様と僕だけが残された。

マリア様は下を向いていて、表情が分からない。


「あ、あの」


マリア様は答えない。


「名前が…」


「…」


「マリア様…?」


「…明日からは別の者を来させます。今日は下がりなさい」


「え…そんな」


「下がりなさいっ!!」


それはもはや叫び声のようだった。

お嬢様の目からは涙が溢れていた。


「申し訳…ありません…」


マリア様はこちらに背を向けた。

僕はかける言葉も見当たらず、静かに部屋を去った。




「あ!おい、大丈夫か?」


部屋を出たところで、ジェシカとガブリエルが駆けつけてきた。


「僕は大丈夫。マリア様を」


「分かった」


「ガブリエルは僕と一緒に」


「ん、そうか。わかった」


マリア様はジェシカに任せ、僕はガブリエルと使用人室に戻った。


「なんかあったのか?」


ガブリエルが心配そうに聞いてきた。


「大丈夫だよ、心配しないで」


「名前、決まったのか?」


「…うん」


「何になった?」


「…マコト」


「まこと?変な名前。でもよかったな!」


ガブリエルは笑った。


「これでおまえのこと、名前で呼べるな!」


「…そうだね、ありがとう」


かちゃりと扉が開く。

ジェシカが神妙な顔で入ってきた。


「ジェシカ…」


「名付けられたの?」


「うん…」


「マコトだってさ!」


「そう…」


ジェシカは椅子に座った。


「名前のこと、話しておくね」


「あ、責任とかって」


「そう、それ」


あたしも詳しいわけじゃないけど、と言ってからジェシカは話し始めた。


「名付けはね、魔法の一種なの。契約みたいな感じで」


「契約…」


「うん。名付けた側は、名付けられた側の危険を察知できる」


「僕が危ない目にあったとき、セラ様にはそれが分かるってこと?」


「そういうこと。あたしが危険な時は、マリア様がそれを察知できる」


なるほど、責任というのはそういうことか。

マリア様は僕に名前をつけたかったのだろうか。

しかし…。


「セラ様は瞬間移動みたいなことができるんだよね?僕やガブリエルが危険なとき、すぐに飛んでこられるのは…」


「うん。そこだけ見れば、あたしもセラ様が名付け親の方が心強いと思う」


含みのある言い方だった。


「他にも何かあるってこと?」


「うん…名付けた側の権利、名付けられた側の代償…」


ジェシカの言葉を待った。


「それはね…軽微な『服従』」


「服従!?」


声大きいって、と窘められた。


「どういうこと?」


「そのままの意味だよ。言うことを聞かなきゃならない」


そんな…。


「わたしはセラの言うとおりにしなきゃならないの!?」


ガブリエルも憤った。


「いや、そういうわけじゃないんだ。軽微って言ったでしょ?」


確かに気になっていた。


「なんでもかんでも言うことを聞かせられるわけじゃないし、限度もあるよ。けど、重要なところで従わせることができるみたい」


「んんーどういう意味だ?」


「あたしもよく知らないんだ。実際、見たことないし…」


そういうことか。

そして、マリア様の考えもなんとなく分かってきた気がした。


「マリア様はあたしの恩人だから、逆らう気はない。そもそも、マリア様があたしに命令することなんてないと思うし」


マリア様は、軽微とはいえ僕を『服従』させるのを嫌ったのではないだろうか。


「セラはめーれーするのか?」


「分かんない…悪い人ではないと思うけど…」


「セラ様は何をお考えなのかな…」


「どうだろうね…」


使用人室はすっきりしない空気のまま、時間だけが過ぎていく。

マリア様は、明日からは別の者に来させると仰っていた。

いつかまた、お話しできる機会が訪れるだろうか。

そんなことを考えながら僕は眠りについた。


しかし、別れのときは、すぐそこまで迫っていた。

最後までお読みいただきありがとうございました!

次回は10月6日(金)の12時ごろに投稿予定です。

面白かったら評価や感想、コメントをいただけると嬉しいです!

よろしくお願いしますm(_ _)m

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