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第四話 ガブリエル

「ジェシカ『さん』だろ!」


「うるせー!こいつだってジェシカって言ってるだろ!」


「あんたは礼儀がなってない!」


「おまえだって似たような喋り方じゃねーか!」


「ま、まぁまぁ」


「あんたは黙ってて!」

「おまえは黙ってろ!」


えらいことになってしまった。


このガブリエルという少女は今日からここで働くことになったそうだ。

僕より背は低く、年下のように見える。

ほんの少しだけど、僕は先輩にあたるということだ。

しかし…。


「これじゃ、お嬢様に会わせるわけに行かない」


「おじょーさま?」


「主のこと!あんたの雇い主!」


「会わなくてもいーもん!」


「ジェシカ、別にいいんじゃないかな、無理に会わせなくても」


「んー…のほうがいいか」


「おなかすいた!」


「話してる最中だろが!」


僕もここで働き始めたとき、お嬢様とご挨拶はしていない。

僕の過去が特殊だったというのもあるんだろうけれど、ジェシカはそのあたりを考えてくれているのだろう。

ジェシカが僕に耳打ちする。


「お嬢様ってさ、ほら…『鋭いところ』あるでしょ?

余計な心配をかけさせたくないわけ」


「…なるほど」


ジェシカは鋭いところと言った。

マリア様が心を読めることを知っていて、僕にはぼかして言っているのか。

あるいは、心が読めることは知らず、本当に鋭いだけと思っているのか。

どちらとも取れるが、今はそこをハッキリさせるタイミングではない。


「ねーえー!」


「分かったって!なんか食べよ」


使用人室は一気ににぎやかになった。




「新しい使用人ですか」


「う…」


そうだった…。

マリア様には黙っておこうと思ったが、無駄なことだった。


「どのような方ですか?」


「マ、マリア様、その…」


「なるほど」


「うぅ…」


筒抜けだ。ジェシカに合わせる顔がない。


「構いません。連れてきてください」


「え」


意外だった。


「し、しかし」


「連れてきてください」


さっきよりもゆっくりとした口調だったが、それは有無を言わさぬということだった。


「かしこまりました…」


僕は一度、退室した後、ジェシカに相談した。

ジェシカも同じように驚いていたが、マリア様の指示では仕方がない。

ジェシカ同伴のもと、ガブリエルをお部屋に連れて行くことになった。


「マリア、その…マジでやんちゃなヤツでさ…」


「いいですから。入れてください」


「すぐ出ていかせるから」


「しつこいですよ」


ジェシカは本当に嫌そうにしていた。

だが、観念すると、僕にガブリエルを部屋に入れるように言った。

僕は部屋の外に待たせていたガブリエルに声をかける。


「おそい」


「頼むから、大人しくしててくれよ」


「わかってる」


心配だ。

僕が先導する形で部屋に入った。


「おまえがおじょーさまか」


「おいっ!無礼だぞ!」


すかさずジェシカが指摘する。


「こちらへ」


マリア様は気にせず、ガブリエルに声をかけた。


「マリアといいます」


「ん、世話になる。ガブリエルだ。よろしく」


ジェシカは後ろで今にも爆発しそうに震えている。


「失礼ですが、ご家族は?」


「…いない」


「…そうですか」


そこで、僕もジェシカもはっとした。


「結構です。下がってください」


「おう」


「ジェシカ、お願いします」


「あ、あぁ」


ジェシカは慌ててガブリエルを連れて行った。


「あなたは残ってください」


「え?は、はい」


なんだろう。

やはり不快にさせてしまっただろうか。


「な、なんでしょうか」


「彼女、あなたと同じです」


「同じ、というと?」


「別の世界から来ています」




「あたしとしたことが…考えてなかったよ」


「無理ないよ。最初からあれじゃあ」


夕食後、ガブリエルはすぐに寝てしまった。

ジェシカによると、家族がいないといった子は、寡黙なことが多いそうだ。

ガブリエルはそんな感じがしなかったという。


「にしても、手がかかりそうだなぁ」


「僕も教えたりするよ」


「ありがと。助かるわー…」


ジェシカは別の仕事があるらしく、使用人室を出ていった。

使用人室には僕とガブリエルだけが残された。


別の世界…。

この子も僕と同じで、違う世界からやってきたということか。


僕は元々、もっと大人だったはずだ。

そして、前の世界にも未練はあまりなかったと思う。


けれど、この子はまだ小さい。

前の世界では違ったのだろうか。

そして、前の世界に未練はあるのだろうか。


ガブリエルは使用人用の簡素なベッドで眠っていた。

布団がずり落ちている。

僕はそれをそっと彼女の肩にかけた。


「っ!」


ガブリエルが僕の腕をがしっと掴んだ。

起こしてしまったかと焦ったが、どうやら寝相のようだった。

彼女の手を、僕の腕から静かに離す。


「おにいちゃん…」


ささやき声でガブリエルはそう言った。

彼女の小さな目に、少しだけ涙が滲んでいた。

僕は音を立てないようにその場を離れた。




「おなかすいた!」


「わーかったっての!今準備するから!」


朝から使用人室は騒がしい。

いつの間にか戻ってきていたジェシカがわたわたと朝食の準備をしている。

僕も慣れない手付きで準備を手伝う。


「てか、あんたも手伝いなさいよ!」


「教えてくれないとわかんない!」


「はぁ…あたしは誰に仕えてるんだ…」


「ガブリエル、食器はそこに入ってるから、みんなの分」


「ん、わかった」


「助かるよ。あんたがいてくれてよかった…」


「いやいや、いつもありがとう、ジェシカ」


ガブリエルはがちゃがちゃと食器を運んでいる。


「はい、ジェシカの」


「ジェシカ『さん』…まぁ、いいか」


「はい、おにー…」


そこまで言ってガブリエルは少し赤くなった。


「お、おまえの!」


「う、うん、ありがとう」


ガブリエルが『別の世界』から来たことをジェシカには伝えていない。

いずれ、伝えるときが来るのだろうか。


「そういやさ、あんたも名前ないと不便だよね、さすがに」


「僕もそう思ってきたところ」


「お嬢様に名付けてもらう?」


「んー、それがいいのかなぁ」


「なんだ、おまえ、名前がないのか?」


「…まぁ、ね」


「じゃあ、わたしみたいにつけてもらえよ」


「え」


ジェシカと僕は顔を見合わせた。


「お嬢様につけてもらったの?」


「ちがう」


「じゃ、誰に?」


「しよーにんちょーっていってた」


「使用人長…」


ジェシカの表情が固くなった。

僕はまだ、その意味を理解していなかった。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

次回は9月29日(金)の12時ごろに投稿予定です。

面白かったら評価していただけると嬉しいです!

よろしくお願いしますm(_ _)m

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