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惰眠を貪りたい麗しの眠り姫を、正義の騎士様が許さない

作者: 天辰とき


 ――眠い。本当に眠い。眠過ぎる。


 昼食を食べて血行が良くなった後の五限目は、いつも以上に酷い睡魔に襲われる。脳味噌が酸素を欲してるせいか欠伸も止まらないし、数学とかいう悪魔のような教科のせいもあって今にも机と顔がくっつきそうだ。


「――は座標軸に対して平行であるから、ここにこの式を代入して――初歩的だがこの考え方は魔法工学に応用される為、これを理解しておくことで魔法の精度が高まる素地となる」


 耳に入ってくる言葉が言葉として認識できない。目の前に開いたノートには蚯蚓が踊っているし、嫌われ者のダンケン・トラウトの頭が光り輝いてるように見えてきた。何とか起きようと気を張っても、自然と体が揺れ動いてしまう。

 

 ――ああ、もう眠っちゃおうかなあ。後でレミにノートを見せて貰えばいいや……。


 そう諦めて瞼を閉じかけた時、隣の男子が私の肩をとんでもない強さで掴んできた。

 寝ぼけている時に急に指名された時と同じようにビクリと体が揺れて、隣は誰なのかと慌てて横を見る――成る程最悪だ、と私はつい唇をへの字に曲げてしまった。


「お前が“眠り姫”か――エリスティリス=エラ・ダンフォース」


 そう私のことを睨みつけてきたのは、正義感がとんでもなく強いことで有名な“正義の騎士様”――レオナルド=レイ・ヴァナツィだった。



◇◇◇◇



 まず一つ、私が常に眠気に襲われていることについて釈明させてほしい。これは私が怠惰だからでも毎日夜更かしして遊び散らかしているわけでもなく、生まれ持った呪い(・・・・・・・・)のせいなのだ。


 我がダンフォース家は神話時代から続く“神”の血を引く家柄で――とはいっても歴史があるだけで先祖の残した大借金のせいで今ではドのつく貧乏――かつては皇帝を輩出したこともある。

 まあ八百年前の大昔の話だし、とっくに皇帝の血筋は絶えてるけど。


 それでどうして呪い(・・)に繋がるのかというと、神話の第二十八章の“淫売メリアの罪と罰”に描かれている私の先祖が全面的に悪いのだ。


 私の先祖、メリアはとんでもない大嘘つきだったらしく、類稀な美貌を笠に着て男を誘惑しまくって結婚詐欺を繰り返していたらしい。

 ある日その美しさが皇帝の目に止まって後宮に召し上げられるけれど、そこでも男を誘惑しまくったせいで敵国の人間を宮殿に招き入れてしまい、国の存亡の危機にまで陥ってしまう――と、ここまでがメリアの罪になる。


 こんなのがダンフォース家の先祖だとして語り継がれているのに泣けてくるけれど、話はここでは終わらない。神話時代の醍醐味といえば、軽々しく人の前に現れる“神”の存在だ。


 燃える宮殿を目にして泣いて懺悔するメリアの前に神が舞い降りて、彼女の美しさに感嘆した神は彼女に自分の子を産ませるのと引き換えに国を救うことを約束。そうして国は救われ、メリアは取引の結果として神の子を産んだわけなんだけど。ここからが本題だ。



「……集中出来ないように眠くなる呪い(・・)をかけられちゃってるからさ、許して……」


 つまり、神はメリアに自分の子を産ませた挙げ句、これから産まれてくる彼女の娘が同じ道を繰り返さないように集中できない(・・・・・・)呪い(・・)――すなわち四六時中眠すぎてまともに思考できなくなる呪いをかけたのだ。


 お陰でうちの家系の女子たちは全員常に惰眠を貪る《眠り姫》になってしまった。

 殆どの女子は学校にさえまともに通えないし、私の妹はかなり酷くて一年の内起きている日が十日もない。授業を受けられているだけ私の呪いはかなりましな方なのだ。


「神話にかこつけて寝ているんじゃないだろうな」

「そう思われるのも理解出来なくもない……けど……疑うなら……私の家系図を……見てみれば……いい、よ、寝過ぎて死んじゃった人……いる、から」


 どうやらレオナルドは神話を信じていないらしく、私をただのサボり魔だと思っているらしい。

 仕方ないでしょう、本当にどうしようもなく眠いんだから。本当にそれでも“正義の騎士様”なんて言われてる人なんだろうか。


 白目を剥きそうになるのを耐え、彼から顔を逸らす。いくら先祖の淫売具合を暴露されている私でも、人前で変な顔を晒すわけにはいかない。


「……何がそんなに……嫌、なの……怒られるのは私、なのに……」

「お前の寝顔を見たくないんだ」


 ――そう言われて、一気に頭蓋骨を打ち砕かれたような衝撃が走った。

 そんなことある? 私の寝顔が気持ち悪いってこと?


 ばっと顔を上げて彼の顔を見ると、彼は苦虫を噛み潰したような顔をして私を見下ろしていた。“正義の騎士様”ってなんなの、悪魔じゃないの。淫売の子孫に優しくする必要はないっていうの?


「……私が嫌い、なら……他の席に移れば……いいのに……」

「お前が後に座ってきたんだろうが」


 そうだっけ。もう眠すぎてなんも考えられないな、なんかどうでも良くなってきた。体から力が抜けていく。

 多分後でまた先生に怒られるだろうな――そう思って、私は瞼を下ろした。



◇◇◇◇

  


 眠い。まだ全然眠い。


 あの後放課後まで寝てしまっていたみたいで、目覚めたら目の前に教頭がいて拳骨を食らわされた。

 親と学校の反対を押し切って無理に通学している身だから甘んじてそれを受け入れよう、寝たら存分に叱ってほしいと頼んでいるのはこっちだし。


 誰もいない廊下をとぼとぼ歩いて、一階まで降りる。なんというか凄く疲れた。我が家は貧乏過ぎて他の家の子たちと違って車で送り迎えなんて大層なことはしてくれないし、一時間半かけて歩いて帰るしかないんだけど、歩きながら寝てしまったらどうしよう。多分普通に死んでしまう気がする。


 無駄に広い森を模した敷地を渡り、ふらつきながらなんとか校門まで辿り着く。門番の人に頭を下げた拍子に転びそうになってぎょっとされたけど、もう眠いから仕方ない。許してほしい。


「――おいお前、まさか徒歩なのか?」


 うわ、なんかいる。


 無視して前を通り過ぎようとしたけれど無駄だった。強い力で腕を掴まれ、渋々振り返るとそこにレオナルドがいる。


 眠過ぎて腕を振り払う力もないし、諦めて口を曲げながら顔を合わせると、彼は私のことを上から下まで何度も見回すと


「……お前まだ眠いんだろ、方向一緒だし送っててやろうか?」


 と言った。前言撤回、彼はやっぱり“正義の騎士様”だ。



◇◇◇◇



 レオナルドと向かい合わせに座り、ヴァナツイ家の車に揺られる。感動して涙が出そうだ、こんなにいい座り心地の椅子に座ったことがない。我が家の車は旧時代のおんぼろだから座っているだけで腰痛を発症するような代物なのだ。


 それにしても学校の送迎でこんなに良い車を使えるなんてどれだけヴァナツイ家の財力が凄いことか――考えたくないな、格差社会のことなんて。


「……なあお前、そんなに眠いのか?」

「ん〜……? あぁ、うん、そうだね……座り心地も良いし……」

「それじゃ学校なんて無理じゃないか」 

「それはそうなんだけ、ど……これくらいで済んでるの、私くらいだし……友達も欲しかった、から」


 猛烈に眠い。でもこじんまりした私の家をレオナルドとその運転手が見つけられる気がしないから起きてないといけない。

 扉に頭を押し付けると振動が直に伝わってきて気持ちが悪いし、これでどうにか眠気を堪らえよう。


「俺は人の話を聞いてる時に寝る人間が大嫌いなんだ、第一誠実じゃない」

「そう……」


 まあ彼らしいんじゃないかな、知らないけど。

 琥珀色の目を眇めた彼が私に何か言いたそうにしてるけど、ぶっちゃけ聞いていられる気がしない。眠すぎるから。


「……それは治るのか?」

「……さぁ……私はかなり……軽くて、他に学校に行ける人は、知らない、なぁ……私の妹は、凄く酷くて……治せるなら、治してあげたいけど」


 妹はもう十一歳になるのに、発語も歩くことも出来ない。生まれた時からずっと寝ていたから、私みたいに最低限の人間らしい生活を送れる権利さえないのだ。

 あの子は外の世界のことを知らないし、太陽のことも青空のこともきっと理解出来ない――この“眠り姫の呪い”は、全てを奪い尽くしてしまう。


 それにこれが治る手立てがあるならとっくの昔に見つけている筈だ、少なくともこの呪いは公式な記録に記され始めた千年前から続いているんだから。


「……治らなくても……諦めるしか、ない」


 いつも泣いているお母さんが可哀想だった。愛する娘が夫の家系の呪いに苛まれているのを見るのは、一体どんな気分なんだろう。

 ずっと寝ている妹の傍に張り付いて、赤ん坊みたいに大切に扱って。きっと苦しいんだろうなあ、自分だけが普通なのは。


「――国の研究機関に診て貰えばいいんじゃないのか? ダンフォース家はかなり保守的な家だと聞くが、最新の医学で分かることもあるかもしれない」

「ああ……どうだろうね、もうずっとこんなだから、調べてないだけで……本当はもう解決出来たり、する……病気だったらいいのに、ね」

 

 本当に、そう思う。こんな呪いをかけられた家系の中で、時代に沿って歩くことなんて出来やしないのだ。


 お父さんもお祖父ちゃんもそのまた先祖も、皆眠り続ける家族を助けられないことに苦悩している。貧乏だから国に頼ることも出来ないし、肝心の国も神話時代から続くダンフォース家を淫売の子孫だから顧みてくれない。


 もしこれに治療法があるのなら――なくても構わないけど、少しでも楽になりたかった。そうすればもう先の見えない未来に怯えてしまわないで済むかもしれない。お母さんもお父さんも、もう泣かないで済むかもしれない。


「そうしたら、もう悲しい思いをしないでいいから」


 ああ、どうしようもなく眠いな。


 景色がぼやけて、もうレオナルドが何を言っているのかも分からない。がくり、と首が大きく揺れて、気付いたら私は家のベッドで眠っていた。



◇◇◇◇



 四日以上起きられなかったのは、これが初めてだった。

 

 瞼を開けた時、異様に体が重かった。震える腕を無理やり立てて起き上がり、カーテンを開いて外を見ると夕方で。

 霞む目を擦りながらベッドの隣のカレンダーを見ると、最後に記憶が残っている日から既に四日経っていることに気が付いたのだ。


 重い足を引き摺って廊下を歩く。眠い。まだ眠い。取り敢えず水が飲みたい、喉が渇いて張り付いてしまいそうだ。


「……お父さん、おは……こんにちは?」

「起きたのか、エリス――大丈夫か、今すぐに食事を……」


 廊下を曲がろうとして、お父さんに会った。ふらつく私の肩を支え、下に行こう、とお父さんが声を掛けてくれる。


 見上げたお父さんの顔は、凄く辛そうに歪んでいた。私が妹みたいにほぼ一年中眠ってしまうのかもしれないって、そう思ったのかもしれない。昔この“呪い”が突然悪化して比較的眠気が軽い方だった人が数年眠り続けた挙句、命を落としたという話を聞いたことがある。私もいつそうなるか分からないのだ。


「お腹は……空いてないの、喉が渇いてる……それにまだ眠くて」

「そうか、でも四日何も食べていないんだ、林檎くらいは口にした方がいい」

「うん」

「その後にまた眠ろう、学校は暫く休むと連絡を入れておいたから」

「……うん」


 本当に頭が痛い。なんで私はこうなんだろう、ただ学校に行きたいだけなのに。

 立っていられなくて座り込むと、お父さんが困ったように眉を下げたのが見えた。「ゆっくりでいい」と言ってくれるけれど、お父さんはこんな私を見てどう思うんだろう。


 四つん這いになって立ち上がろうとすると、髪の毛が床に散らばった。お父さん譲りの白金の髪は自慢だから綺麗に手入れするように心掛けていたのに、四日も寝ていたせいでボサボサになってしまったみたい。


「……お父さん、これ、治らないのかな」


 本当は言ってはいけないことなのに。つい口から零れた言葉はお父さんを傷付けるに違いない――そう気が付いて、はっと顔をあげる。「違うの」とそう言いかけた瞬間、お父さんの体が大きく震えて、私を強く抱き締めた。


「お父さ、」

「――大丈夫だ、お前が寝ている間に国の研究機関の人が来たんだ。呪いなんてものは存在しない、今はもう魔法医学で説明がつくと――“眠り姫の呪い”の解明が魔法医学の発展に繋がるかもしれないんだと――きっとお前もアリスも……」


 どうして、と震えた言葉は声にならなかった。


 まさか――まさかレオナルドが私のことを国の研究機関に伝えたのだろうか。だってそうとしか思えない、彼は私に最新の医学で診てもらうことを勧めてきたし、何より“正義の騎士様”ならしてくれるに違いないから。


 原因が判明するかも分からないし、本当に彼が取り計らってくれたのかも分からない。治るのかだって分からない。でもこの呪い(・・)になんらかの光が見えたなら。


「……そうか、一緒に……沢山のこと、出来るようになるかも、しれないんだなあ……」


 叶わなくても幸福な夢を見れるなら、その方が良い。また学校に行けたら、レオナルドに御礼を言おう。きっと彼は渋面で「そんなことしてない」って言うに決まってるけど。


 

◇◇◇◇



 学校に通えるようになるまで、診察の時間の間を縫って近所の散歩をすることにした。採血されたりするのは怖かったけれど、それで少しでも進展があるなら幾らでも血なんて差し出せる。


 血が抜かれるせいか相変わらず眠気は止まないし、突然長時間眠ってしまうから学校で授業を受けたり勉強するのは厳しいけれど、外で季節の移ろいを見るのは凄く楽しい。匂いを感じたり、見たり、触ったり。


 “眠り姫の呪い”の治療が可能かもしれないと知って塞ぎ込みがちだったお母さんも少しずつ外に出てくるようになったし、今までの人生の中で最も幸福な時間は今この瞬間に違いなかった。


「お父さん、これ臭いんだけど何?」

「それは銀杏だな、食べたら美味いらしい」

「こんな匂いなのに?」

「丁寧に処理したらな」


 まるで小さい頃に戻ったみたいだった。もう十六歳なのに、まるで七歳の子供みたい。妹が生まれる前までは、確かこうやって遊んでたんだっけ。


 少しずつ寒くなり始めた季節にマフラーを巻いて、外套を着たら眠気が増したような気がしたけれど、別に構わない。お父さんも「健康な人間でも暖かくしたら眠くなるよ」って言ってるし、普遍的な生理現象だろうし。



「――ここにいたのか、ダンフォース」


 そうやって半年が過ぎた頃、お父さんと並んで道を歩いていたら不意に後ろから声をかけられた。聞き覚えのある声に慌てて振り返ると、そこにはレオナルドがいる――眠気を感じながら歩いていた筈なのに、一気に目が覚めた。


 お父さんが引き留めるのも聞かずに慌てて走り寄ると、レオナルドは気不味そうにお父さんを一瞥してから「ほら」と私に紙を寄越してきた。


「また後で正式な書類がそっちに届くだろうが、先に見せておくよ。それが“眠り姫の呪い”の真実だ」

「やっぱり貴方が研究機関の人に取り計らってくれてたのね!」

「いいから早くそれを読めって、どうでもいいだろ、そんなの」


 やっぱり予想通りだ、レオナルドは全然認めようともしない。「ありがとう!」と御礼を言うだけで「お前って案外元気なんだな」とそっぽを向かれるし、多分照れてるんだろう。でもなんでこんな重要そうな書類をレオナルドが持ってるんだろうな、眠いから分かんないや。


 お父さんにも紙を見せ、一緒に覗き込む――いきなりやってきた眠気に文字が霞んだけれど、どうにか目を凝らして読もうとする。そこに書かれているのは、要約すれば“遺伝子の異常が認められる”という文言だった。


「……? どういうこと?」

「最新の研究で血から遺伝情報を抽出することが出来るようになったのを応用して、研究者たちがダンフォース家の血を採取してそれぞれ異常が無いか確認したんだ――そうしたら遺伝子に異常が見つかったんだよ、睡眠に関するやつがな。片方の親がこの遺伝子を持っていたら確実に遺伝するみたいだ」


 つまりこの“眠り姫の呪い”は遺伝病ってこと? 


 でもそれならダンフォース家特有の遺伝子変異だとしても、神話時代から伝わっている程だから他の家系にも現れていそうなものなのに。どうしてダンフォース家だけに“眠り姫の呪い”が伝わっているんだろう。


 そんな私の疑問を読んだのか、レオナルドが胸元から家系図を取り出す。我が家の家系図だ、一体どこから持ってきたんだろう。


「これと似たような睡眠障害は他にも多く報告されている。ダンフォース家のものだけが“呪い”と称されたのは、単に神話時代から存在する高位の家系だからというだけでなく、“眠り姫の呪い”によって他家との婚姻が避けられ、近い血縁の中で近親婚が繰り返されたからだ。この障害の特性上、お前みたいに症状が軽い人間以外は子孫を残せないことが多いし、この遺伝病が外に大きく広がることも無かったんだろうな。例え外に出たとしても、その家系は断絶する可能性が高いから。事実、十人の子を残したダンフォース家出身の皇帝の血筋は三代で途絶えている」


 私以上にお父さんがレオナルドの説明を食い入るように聞いている。そうして「やはりそうだったか――そうでなければ説明がつかないものな」と眉を顰めて


「治療法は見つけられそうか?」


 と尋ねた。そうだそれが私たちにとっての一番の問題なんだ、完治とまではいかなくても症状を緩和する薬はないんだろうか。


 私のことはどうだっていいけど、アリスが少しでも人らしい生活を送れるようになるなら――もう普通に生きられるようになるには遅過ぎたかもしれないけど、でも私はあの子が笑う顔を見てみたい。


「……それに関しては分かりません、サンプル数が少なすぎますから。ですがこの遺伝子変異を持った患者はダンフォース家ほど重篤でなくても多数報告されていますし、いずれは治療薬が開発される筈です」


 ――つまり現状は有効な対処法は無いということか。

 でもこれに関しては本当に仕方ない。“眠り姫の呪い”がオカルトチックなものじゃなくて対処法のある病気だと分かったし、いつか治療薬が開発されるだろうことにも希望が持てる。あともしかしたら私の祖先も淫売じゃなかったのかもしれないし。それだけでいいのだ、もう。


「……ありがとうね、それを聞けただけ……嬉しいな、わざわざ私の為に、研究機関を動かしてくれた、し」


 そう言った途端、本格的な眠気が唐突に訪れた。まずい、このままだと卒倒しかねない――遠退きかける意識の中、


「――うちの娘の為にわざわざあの(・・)ヴァナツイ家の嫡子の君が? まさかあの機関を動かすだなんて……」

「本当に個人的な興味です、睡眠障害とダンフォース家の呪いの関係性は以前から指摘されていましたから」

「だがあの機関がいくらヴァナツイ卿の管理下にあるとはいえ、君が個人的な興味で動かせるものなのか?」

個人的な興味(・・・・・・)以外の理由はありません」

「いや、しかし君は――」


 と、お父さんとレオナルドが言い合ってるのが聞こえた。でも何も耳に入ってこない、お父さんも私が眠いのを察知してくれたみたいで背中に手を添えてくれた。もう駄目だ、寝よう。



◇◇◇◇



 それから三ヶ月経ち、数日間ずっと眠りこけてしまうような眠気がようやくマシになって、私はまた学校に通えるようになった。相変わらず治療薬の話は聞かないし、眠気に襲われ続けるままだけど。でも良かった、死んでしまわなくて。


 今日も授業中三分の二は寝ていた自信がある。あれから私の隣に陣取るようになったレオナルドは、授業中に寝ている私を起こそうとはしてこない。多分酷い寝顔を晒している気がするけど、何も言ってこないから問題ないだろう。



「――おい、もうとっくに授業終わってるぞ。お前も早く帰れよ」

「……ん、ああ、ありがとう……今何時……?」

「四時だ」


 もう少し早く起こしてくれても良かったのに。窓から差し込んでくる夏の眩しい日差しに目を瞑り、大きく欠伸をして冷たい机に頬をつける。駄目だ、まだ全然眠い。このままでいるとまた寝てしまいそうだ、頑張って起き上がろう。


「大丈夫か?」 

「……大丈夫じゃない、けど……全然平気……」

「分かったから掴まれ、また転ばれたら面倒だ」

「ん……」


 そうは言っても眠過ぎて握力も無いし、と思いつつ彼の肩を借りる。ほぼ引き摺られるようにして立てば、「お前重いな」とレオナルドが悪態をついた。本当に何でこの人“正義の騎士様”なんて言われてるんだろう、確かに風貌は騎士様って感じだし、“眠り姫の呪い”の解明以外にも学校の為に色々しているみたいだけど。


 ぼんやりとした視界の中で見上げても、レオナルドは絶対に目を合わせようとしてこない。少しくらい私の方を見たっていいじゃない、肩貸してくれるなら。

 

「……ね、レオナルドはさ、私、のこと……嫌い、なの?」


 多分嫌われてはないと思うけど、そう聞かずにはいられなかった。私にはよく分からないけどお父さんが口を酸っぱくして言うには、ヴァナツイ家は魔法医学の権威でこの国の医療を支える偉大な存在らしいし、レオナルドはその跡を継ぐ予定だそうだし。


 もしかすると興味を持たれているのは私じゃなくて、“呪い”の方なのかもと思うと複雑な気分になる。もしそうだったら、なんだか悔しい。


「お前呼び捨てって……」

「あ、嫌? ごめんね」

「嫌じゃない、お前のことも全く嫌いじゃない。お前の寝顔は見たくないけどな」

「酷い」


 とんでもない早口でそう言われて言葉が上手く脳に入ってこなかったし、やっぱりレオナルドは“正義の騎士様”じゃなくて悪魔だ。私だって寝たくて寝てるんじゃないし、見たくないなら見なければいい――そう言い返そうとして口を開こうとすると


「……お前が寝てる間なんて呼ばれてるか知ってるか? “麗しの眠り姫”だよ、くだらないだろ、そんなの。お前が思ってるよりお前には人気があるんだ」

 

 そう言われて、私は目を瞬いた。友達からふざけて“眠り姫様”と呼ばれることはあったけど、その渾名は聞いたことがない。というかその言い方だと、まるで私のことを――。


「だから俺は治療薬をさっさと作りたいんだよ、他の奴がお前が寝てる所をそういう目で見ているのが許せないから」


 レオナルドの首と耳が真赤になってる。

 ――ああそうか、やっぱりレオナルドは私のことが好きなんだ。途端、酷い眠気が少し晴れた気がする――ふぅん、そうなのか。


「……ふーん……」

「なんだその返事、俺は断じてお前のことなんて何とも思ってない」

「私、の為に、ヴァナツイ家の権威を……利用した、くせに?」

「ダンフォース家の遺伝病の解明が魔法医学の発展に繋がることは違いないんだ、お前の為じゃない」

「……それなら、どうして……そんなに赤くなってるの?」


 分かりやすいくらい真赤になってるのに、レオナルドは頑なにそれを認めようとしなかった。

 「暑いんだよ」と言い訳をするわりに汗はかいてないし、振り返ろうともしない。本当にこれが“正義の騎士様”と呼ばれている人間の姿なんだろうか。


「……別に、お前の顔はどうでもいいんだ。そんなんでも学校に来ようってする奴を救けたいって思っただけだよ」


 ふふ、とつい笑みが溢れる。「何がおかしいんだ」と不機嫌に返した彼の腕を強く抱き締めると、面白いくらいに彼の肩が大きく揺れた。どうしよう、この人本当に可愛い。


「私は、貴方のことが、好き……なんだけど、な」

「冗談は大概にしろ」


 あながち冗談でもないのにな。ようやく振り返ったレオナルドの顔は林檎みたいに真赤で、そんな彼に笑いかけてみるともう一段階紅潮した。


 「ほら、また赤くなった」そう指を指してからかえば、「本当にやめろ」と叱られる。認めちゃえばいいのに、そうしたら私もいいよって頷くのにな。


 夏の日差しを一杯に浴びる木々のアーチの下を潜り抜けて、今日も私はレオナルドと一緒にヴァナツイ家の車に乗る――今はまだ遠い救いの光は、いずれ私たちを幸せにしてくれるに違いなかった。



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