1192年1月 江間義時
鎌倉・大倉御所
鎌倉合戦が終わり、源頼朝が消息不明になってから半年。幕府と北朝の間での話し合いが終わり、重臣たちによる合議制がスタートした。十三人で構成され、メンバーは以下になった。
(鎌倉派)
北条時政 伊豆・駿河・遠江国守護
比企能員 信濃・上野国守護
梶原景時 播磨・美作国守護
安達盛長 参河国守護
大江広元 幕府政所別当
和田義盛 幕府侍所別当
由利維平 上総国守護
江間義時 寝所警護衆
(奥州派)
優介 奥州総奉行代
藤原国衡 出羽国守護
平教経 常陸国守護
安倍晴兵衛 下野国守護
吉次信高 越後国守護
メンバーを決めるにあたり、優介は十三人に拘った。史実の十三人の合議制に合わせるためである。しかし、中身は大きく変らざるを得なかった。奥州の人間を入れたために、本来入るべきはずの御家人が入れなくなったからだ。由利維平が入ってきたのも想定外だった。
初めての合議が終わった後、優介は北条時政を呼び止めた。
「義時の姿が見えなかったけど――」
「また仮病じゃろう。すまぬのう。せっかく、おぬしが奥州の枠を一つ削ってまで、格下の息子をねじ込んでくれたのに。いずれ、折を見て他の者に替えよう」
「いや、絶対外さないでくれ! 義時は有能だ」
「息子を褒めてくれるのはうれしいが、あれはダメだ。なぜ、おぬしは義時をそこまで買い被る?」
――義時が歴史の中心になるからだよ。
「富士の巻狩りのときも、時政殿の下で良い仕事ぶりだった」
「ああ、あれは違う。義時の弟の時房じゃよ。義時はなーんもしとらん。政子の側で酒を飲んでいただけじゃ」
「そんな男なのか?」
「期待するだけ無駄じゃ。疑うのなら会ってみい」
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優介は江間義時を探して、政子の部屋を訪ねた。
「尼御台様、ご機嫌麗しゅう」
「いっそ、あなたが我が夫を殺してくれたら良かった。そうしたら、八つ裂きにして仇を討てたのに……」
「頼朝は俺に討たれるような男じゃなかった」
「そうですわ。我が夫は日本一の男ですもの。それが卑怯者の毒にかかって、誰にも気づかれない場所で亡くなるなんて……」
頼朝が姿を消した後、政子は日本全国の御家人に捜索を命じたが、見つかることは無かった。毒で衰弱した頼朝が何カ月も身を隠して生き続けられるとは考えられず、御家人たちから説得され、政子も泣く泣く捜索を打ち切ったのだ。
優介が政子のお腹を見ると、政子は首を振った。
「我が夫の生まれ変わりが宿ると言いましたが、違うみたい」
「希望を持たせてしまってすいません」
「いいえ、その言葉が夫の後を追おうかと思い詰めていた私に生きる気力を与えてくれました。あなたを嘘つきだと言う者もいますが、人を思いやっての嘘は誠意です」
優介は黙り込むと心の中で政子に何度も謝罪した。
政子の妊娠は優介の願望なので熱心に言っただけだった。政子の腹の中に三代将軍実朝がいなければ、今以上に史実からズレてしまう。
――こうなったら、実朝に関する史実はスキップするしかないか。
「どうしたの、優介。用があったんじゃなくって?」
「ええ、ああ、すいません。義時を探しに来たのですが――」
「四郎なら東屋にいますわ」
優介が庭の休憩所である東屋に行くと、花柄をあしらった小袖を着ている男が気持ちよさそうに寝ていた。傍らには「孫子」の本が置いてある。
「お前が義時だな。起きろ! なぜ合議にこなかった」
「怒っているところを見ると、あんたが奥州の妖怪か」
義時が大きなあくびをすると、あたりに酒の匂いが漂った。
「仕事をサボって飲んでいたのか?」
「働くのは嫌いでね。孫子に『戦わずして勝つ』という格言があるが、私は『働かずに呑む』という言葉を後世に残すつもりだ。そのほうが素晴らしき生を送れると思わないかい?」
「女物の衣を着ているのは?」
「屋敷に帰るのも面倒なので、姉上の服を借りている」
「クズだな。怠惰は未来に何の発展ももたらさない。合議に出ろ。お前には次代の天下を担う者として政をする責務がある」
「合議って、これのことかい?」
義時は地面にしゃがみこんで蟻を拾っていく。
そして蟻地獄に数匹の蟻を落としていった。
「見ろ。動けば動くほど落ちていく。他の蟻を蹴落として生き残ろうとする蟻も同じだ。いずれは落ちていく。助かりたければ、こいつのように動かずじっとしていることだ。そうすれば変化が起きるかもしれない。こんな風にね」
義時は蟻地獄に小枝を差し伸べると、じっとしていた蟻が小枝に登った。
「私は尼御台の弟、幕府の重臣・北条時政の子だ。働かずとも酒には事足りる」
「ふん、クズだけど馬鹿じゃなさそうだな。尼御台様の側を離れないのは、ここがお前にとっての小枝というわけか」
「そうさ。合議は気の合う者だけでやってくれ。蹴落とすのが好きな馬鹿同士でね」
「はーん。その後に楽して天下を獲ろうっていう気か。その発想は良くないぞ、真面目にやれ」
「しつこいね。天下など興味ないって言ってるだろう」
「いーや、クズ時。俺が真人間に更生してやる。覚悟しておけ!」
優介はそう言い放つと東屋から出て行った。
「クズ時だと!? 挑発しても、絶対に働かないからな!」
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優介にはもう一つ悩みがあった。
安徳帝は上皇になるのを認め、政から離れることは納得したのだが、草薙剣だけは南朝に渡さないといってきかないのだ。
優介は鍛冶屋の鉄八と精巧な偽物を作ってはみたが、本物から発せられるような神気は出ない。優介は南朝に対して、壇ノ浦で無くしたと、嘘をつくしかなかった。
当然、南朝の態度は硬化した。二代目鎌倉殿である源頼家に対し、安徳上皇と草薙剣の確保の宣旨を下したが、幕府の合議でこれを拒否。朝廷の有力者である九条兼実と土御門通親に黄金を送り、宣旨を取り下げてもらった。
こうして南北朝の統一は大きなしこりを残したままで果たされた。
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奥州平泉・伽羅御所
由利維平が久しぶりに見た安徳上皇はずいぶん背が伸びていた。
「久しぶりだね、ユーリ。合議衆に選ばれたって聞いたよ。おめでとう」
「――子猿。なぜ俺様に草薙剣を渡したと言わなかった」
「もう朕の物じゃない。ユーリの物だよ」
「神器だぞ!」
「ユーリと戦ったあの日、朕は勇気と自信を手に入れた。それに比べれば神器なんて大したことない。ユーリは蝦夷でも、天下を獲れることを示したいんでしょ? そのために使いなよ」
「神器が大したことないか……。てめえと話していると俺様が小物に見える」
「じゃあ、また朕の勝ちだね」
「ちげえねえ――後鳥羽帝になんかより、てめえのほうが帝にふさわしい。子猿、いや上皇よ。俺様を院臣にしてくれ」
「ええーっ、ダメだよ。後鳥羽が怒るって」
「頼む!」
「うーん、だったら二人の間だけの秘密にしよう。心の君臣」
「それで構わねえ。上辺だけの主従よりよっぽどいい」
上皇が太刀を抜く。
「じゃあ、さっそく命令しよっかな。ユーリ、朕を強くしろ」
「ハハハハ! 教えるのは得意だ。俺様より強くしてやる」
由利は木の枝を折るとうれしそうに構えた。




