1191年6月 黒幕動く
駿河国・日本海沖
奥州へ向かう船に北朝の人間が多く乗っていたので、優介はなぜいるのかを問いただした。すると、山伏の姿をした男がうれしそうに言った。
「昨夜、我らも行商人となり、軍営全体に毒の面をばら撒いたのです。幕府軍の死者は万を超えるでしょう」
「なんてことを……。なぜ俺に黙っていた!」
「そ、それは藤原様が、優介殿の刺客の邪魔にならぬよう、密かに手伝えと」
「やってくれたな! 泰衡!」
山伏は何で優介が怒っているのかがわからず戸惑っていた。
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奥州平泉・伽羅御所
優介たちが伽羅御所に戻ると、深手を負っていた曾我五郎は安堵した。
「ハァ、ハァ……。やっと医者に診てもらえる」
「泰衡! 泰衡はどこだ!」
「あのう、医者は……」
優介は泰衡を探し回ったが、呼べど叫べどどこにもいない。それどころか伽羅御所の雰囲気もいつも違っていた。
「誰もいないよー」
庭から大姫の声が聞こえた。
「大姫。みんな、どこに行ったんだ? って、おい! なぜ鎧を着けている」
「姫も戦に行くのー。木曽の女だもん」
「そうか。病弱だったのに、すっかり元気になって。俺もうれしいよ――じゃない! 戦だって?」
「優介、さっきからうるさいよー。泰衡が帝やみんなを連れて父さまの国をやっつけに行ったの」
「あの野郎! 大姫、その馬を俺に貸せ!」
「やだー、姫の馬だもん」
「だったら、力づくで!」
優介が馬に近づこうとすると、曾我五郎が優介の袖を怖ろしいほどの力で掴んできた。
「頼む、医者を……」
「あああ! もう!」
「じゃあねー、優介」
大姫は馬に鞭を当てると伽羅御所を出て行った。
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医者に五郎を治療してもらっている間、優介は心の中で怒っていた。
――俺が戦を止めたいのを知っていながら、泰衡は逆に利用した。富士で幕府軍が混乱するのを見計らっての進軍。北朝軍は勝ち続けるだろう。だが、幕府軍が立て直した後は大軍同士の戦になる。
「人が大勢死ぬぞ!」
「お静かに」
「そんな大声出されたら、驚いてオイラがおっ死んじまうよ」
「すまん……」
流為がやってきて、優介を外に呼び出した。
「……伝令に会って」
回廊に出て行くと、庭に山伏姿の男が跪いていた。
「なぜ俺に?」
「火急の報告ですが、どなたもいらっしゃらないので、どうしたら良いものかと……」
「わかった。聞こう」
「富士の巻狩りの最中、頼朝は夜襲を受けました――」
「知っている。当事者だ」
「続きがございます。夜襲を退けた頼朝は、安堵して杯を取りました。そして、酒を飲んだ後――倒れました。杯に毒が塗られたと噂されております」
「本当か!」
優介や曾我兄弟には毒を仕込む余裕は無かった。
それができるのは頼朝の側に近づける者だけだ。
「だとすれば怪しいのは時政だ」
頼朝が死んだのなら、幕府軍は戦どころじゃなくなる。
泰衡もいずれ頼朝の死を知るだろう。そうなったら――。
「鎌倉が危ない!」
優介は五郎のいる部屋に戻ると、五郎は包帯でグルグル巻きにされていた。
薬箱を片付けている医者に聞く。
「治療は終わったんだな」
「はい。後はゆっくりと養生して――」
「なら行けるな。五郎、立て」
「嘘だろ!」
「人手が足りない。男なら根性見せろ」
「根性って……、師匠もあんたも狂ってる!」
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奥州・日本海沖
「ありえない……。今日、平泉に着いたはずなのに、オイラ、また船に乗ってるよ……」
「そうだ。ありえないんだ。頼朝が死ぬなんて」
「ハァ!? 殺すために襲ったんだろ? 意味わかんないよ」
優介は歴史には修正力があると考えていた。だが、年々、史実との幅が大きくなってきている。本来なら富士の巻狩りの襲撃は失敗し、頼朝の死は八年後に訪れるはずだった。
「未来は変えられる。素晴らしいことだ。けど、俺やキララにとっては危険なことなのかもしれない」
優介は人差し指を五郎に魅せた。
「あ、あれ。優兄ぃの指が透けて見える。どうなってんだ、これ?――あっ、元に戻った! 幻術か? オイラにも教えてよ」
「違う。タイムスリッパーの呪いさ」
「また、意味わかんないこと言ってらあ。会話になんないよ」
五郎は呆れると、甲板に寝っ転がった。




