1191年5月 富士の巻狩り・後
駿河国・富士 頼朝の宿所
曾我兄弟が頼朝の酒宴の間に踏み込むと、御家人たちは血まみれの二人を見て騒然とした。
逃げ惑う者、太刀を持ってこいと叫ぶ者、頼朝の盾になろうとする者。そんな中、兄弟は頼朝目指し、邪魔する者を切り伏せていく。たちまち大乱闘が始まった。
由利維平は頼朝を守る位置に立ちながら、二人の戦いぶりを見る。
「ユーリ、兄貴の護衛を頼む」
隣にいた安達藤九郎は由利にそう言うと曾我十郎に斬りかかった。
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優介が頼朝の宿所に着くと、中から怒号が聞こえてきた。
「もう始まってる。急がないと――」
優介たちは頼朝の宿所をぐるりと周り、人が倒れている入り口を見つけた。
「曾我兄弟からここから侵入して頼朝を襲ったとすると、頼朝の死角になるのは――流為、こっちだ!」
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「兄者あああ!!」
曾我十郎の体から血しぶきが上がると、由利は苦しそうに目を瞑った。弟の五郎が十郎を斬った藤九郎の顎を蹴り飛ばすと、藤九郎は気を失って倒れた。
「五郎、てめえは強い。だが……」
五郎は傷つきながらも無双っぷりを発揮し、次々と御家人を切り伏せていくが、それでも頼朝を守る人の壁は増えていった。
「死に様を教えてもらおう」
由利は太刀を抜くと、五郎の元に歩いていった。
満身創痍の五郎と目が合う。
「――ここまでってことだね」
「賊。後は囲まれて切り刻まれるだけだ。楽にしてやる……」
「あーあ。豪傑ユーリが出てきたんじゃ、かなわねえや。手柄にしろい」
五郎は床にどかりと座るとカラカラと笑った。
「……泣かせるんじゃねえよ」
由利は太刀を振り上げたとき、背後から悲鳴が上がった。
「賊は二人じゃない! 後ろにもいるぞ!」
「妖怪じゃ! 血まみれの赤子が人を斬っておる!」
「――優介か!?」
由利は五郎を囲んでいる御家人に言った。
「みな、公方を守れ! こいつは俺様一人で充分だ」
由利は五郎だけに聞こえる声でつぶやく。
「俺様の弟子なら、根性を見せろ」
「えっ?」
「フンッ!!!」
由利は目にも止まらぬ速さで五郎を斬り上げた。
五郎の体は大勢の御家人の上を飛び、壁を打ち破って外に転がっていく。
「ゴホッ! 師匠、太刀が速すぎるよ……。峰打ちを隠したいのはわかるけど、これじゃ死んじゃうって……。でも逃げないと師匠に殺されるし。あれ、オイラ死ぬ覚悟で来たんじゃないっけ。ああ、痛すぎて、何も考えられない……」
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優介たちも頼朝襲撃に失敗し、宿所を飛び出していた。
流為が不満気に言う。
「……もう少しで殺せた」
「いや無理だった。それより見ろ! 諭吉の顔を。返り血で真っ赤になっているじゃないか。トラウマになったらどうするんだ。こら、諭吉! 血の付いた指をしゃぶるんじゃない」
「バブー」
「……強い子。血など恐れない」
「教育方針について話し合う必要があるな――なんだ? 人のうめき声がする」
草むらを覗くと血まみれの男が倒れていた。
「おい……。あんた優介だろ。オイラを助けてくれよ……」
「なぜ、俺の名を知っている」
「曾我兄弟を探してんだろ? 弟の五郎だ……」
「わかった。俺の肩に捕まれ」
「……追いつかれる」
「だとしても、放っていけない。流為は周囲の監視を頼む」
――とは言ったものの五郎を背負って逃げ切れるか? いざというときは流為と諭吉だけでも逃がさなきゃいけない。
そんなことを考えながら逃げていると、流為がつぶやいた。
「……おかしい。まだ猫面を付けている」
「それがどうした?」
「……猫面のまま、たくさん死んでいる」
優介は流為に言われるまで、そのことに気づかなかった。
一時的にパニックになったとしても、冷静になれば猫面を外すはずだ。にもかかわらず、猫面をつけた武士は錯乱したまま暴れていた。
「まさか、本当に義経の祟りが起こったとか?」
優介が死体の猫面を取ると、こめかみに黒い斑点が見えた。流為が匂いを嗅ぐ。
「……狂う毒」
猫面の裏側に刺のようなものがあった。
「面を被ると毒に犯されるってわけか。泰衡のやつ余計なことを! 死者が増えるじゃないか!」
「……でも、逃げられる」
「バブー」
「くっ! さっさと逃げるぞ!」
翌朝。優介たちは北朝が駿河湾に用意した船に乗って奥州へと脱出した。




