1191年4月 曾我兄弟
駿河国・富士
優介は駿河国に入ると、富士の軍事演習が行われる予定の場所へ向かった。現在でも富士には自衛隊の火力演習に使われるほどの広い野原がある。
――史実では富士の巻狩りは奥州合戦で奥州が滅んだ後になっている。滅びていない世界線ではどのような変化が起こっているかどうかを確かめなくてはいけない。
多くの木材が運ばれているのを見て流為が言った。
「……あれは?」
「頼朝や御家人の宿所を作るためさ。巻狩りは一カ月以上かけて行われる。ずっと野宿ってわけにはいかないからね」
優介は木材を運搬を差配している大柄の武士に声を掛けた。
「すいません。宿舎準備の責任者は北条時政殿ですか?」
「誰だ、俺様に来やすく声を掛けるやつは――あっ、てめえは、優介!」
「ユーリ!」
流為は太刀を構える。由利維平も応じて太刀を抜こうとしたが、手を止めた。
「フン、赤子を背負った女相手に戦えるか。俺様に恥をかかそうったって、その手には乗らねえ」
「考えすぎだ。ずいぶんと立派な格好だな。出世したというのは本当らしい」
「祝いでも持ってきたのか? 無けりゃてめえの首でもいい」
「それは勘弁してくれ。ところで、なぜここで差配している? 富士は駿河守護の北条時政が仕切っているはずだ」
「手伝ってんだよ。あのジジイにはいろいろと便宜を図ってもらっている。そのお返しみてえなもんだ」
「へえ~。ちょっと図面を見せてよ」
優介は由利の手元の紙をのぞくと、宿所の配置が描かれていた。
「なるほど、なるほど。建物の図面は無いのか?」
「オイコラ! 勝手に見るんじゃねえ!」
由利は紙を身体の後ろに隠した。
「建物の細かいところは時政自身が指示するつもりか……」
「何をぶつぶつ言ってやがる」
「ユーリ。曾我兄弟を知っているか?」
「……優介、危ない!」
ブン! キン!
ユーリが抜き打ちで太刀を放つのを、ルイが受け流す。
「――やはり、てめえは油断がならねえ」
「この件に関しては味方だ。時政にいずれ俺が会いに行くと伝えてくれ」
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「「師匠!!」」
由利の元に二人の若者が駆け寄る
「曾我十郎、五郎。やつと会ったことは?」
「見たのも初めてです。あの方が奥州で神算鬼謀をめぐらした優介殿ですか」
「全然、大したことなさそうだね」
「十郎、相手を大きく見すぎるな。五郎、相手を舐めるな。どちらもしくじりの元だ」
「オイラは師匠に稽古で勝てるほど強くなった。舐めてもいいでしょ」
「五郎! 師匠に対して失礼だろう」
「構わねえ。俺様も人に押し付けられるのは御免だ。好きに生きろ。それが俺様の流派だ」
「さっすが師匠! 器がでかい!」
「優介に見つからねえように遊女屋に隠れていろ。太刀の稽古は忘れるなよ」
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駿河国・旅宿
優介は記憶を思い起こす。
富士の巻狩りで起きた事件が、物語にもなった「曾我兄弟の仇討ち」だ。父親を工藤裕経という頼朝の寵臣に殺された曾我兄弟が父の復讐を誓い成長していく。苦難を経て若者になった曾我兄弟は富士の巻狩りが行われている夜、工藤裕経を見事討ち取り、頼朝に迫ったところで捕えられる。
だが、この事件には陰謀説がある。「北条時政黒幕説」だ。
・時政が曾我兄弟の縁戚であり、弟五郎が元服するときの烏帽子親であったこと。
・時政が宿舎を準備できる立場にあったこと。
・曾我五郎が父の仇の工藤だけではなく、頼朝も狙ったこと。(父が殺されたのは頼朝のせいであり、工藤は実行者に過ぎないと、時政が誘導したのではないか)
・工藤は時政と同じ伊豆に所領を持っており、伊豆国ではライバル関係であったこと。
・後に時政が頼朝の息子・頼家を殺したこと。
いずれも、確証はなく学者が状況証拠からの推測した説だ。
頼朝を殺せたとしても、その下手人であることがバレたら、天下を獲るどころか、御家人全員から攻め滅ぼされる。時政としても証拠は残さないはずだし、実際、残ってもいない。だから真相はわからない。
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駿河国・守護館
数日後、優介は時政を訪ねたが、時政は「曾我兄弟とはしばらく会っておらぬ」と繰り返すばかりだった。
「兄弟を見つけたら、わしにも教えてくれい。心配しておるでの」
「では、宿所の建物の図面を見せてもらえますか?」
「いくらでも見るがいい。何もやましいことはないからのう」
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優介は宿に戻った後、記憶した図面を描き起こしながら笑った。
「やはり、時政が黒幕だ」
「……どうして?」
「この図面を見てごらん。頼朝と工藤の宿所だけ不自然なほど入り口の数が多い。普通ならありえない場所、考えられない場所にもある。襲われた方は意表を突かれた形になるだろうね」
「……なぜ図面を優介に見せたの?」
「誘導だよ。言葉では何も知らないと言いながら、刺客に有利な建物を作り、その図面を俺に隠しもしない。俺が刺客を試みたくなるように仕向けている。ノーリスク、ハイリターン狙いだ」
とはいえ、時政の思惑通りに動けば、頼朝を討てたとしても、逃げ延びるのは至難の業だ。笑うのは時政だけだろう。さて、どうすればいいか。
優介はしばらく考えた後、奥州の藤原泰衡へ手紙を書いた。




