1191年3月 面倒臭い男
奥州平泉・伽羅御所
馬場で大姫が乗馬の稽古をしていた。教えているのは安徳帝だ。
優介は二人に対し、表向きは帝と后だが将来好きな人ができたら、その人と結婚すればいいと言ってある。
藤原泰衡や平教経も優介の方針に賛成したが、理由は真逆だった。
「そのほうがいい。将来、鎌倉と戦になったとき、帝の戦意が鈍っては困る」
「教経の言う通りだ。皇子を産んで国母になったときに、大姫が皇子を人質に取るかもしれぬ」
「なあ、二人とも戦前提で考えるんじゃなくて、平和統一も視野に入れないか?」
泰衡は、いい加減にしてくれ、と言わんばかりにため息をついた。
「頼朝も南朝も、未だ北朝を認めていない。頼朝が西国を完全に掌握したら、後顧の憂いなく奥州へ攻めてくるだろう。貴様がそのことに気づいてないとは言わせぬぞ」
「そうかもしれないが、まだ幕府は公にはしていない。大姫をきっかけに仲良くなれるかも――」
「あのユーリが御家人の中で出世して侍所司になったそうではないか。奥州を知る者を重用するということは、頼朝はすでに準備を始めているということだ」
「でも、話し合うぐらい――」
「もう止せ、優介。弁慶の諜報で、富士で幕府がかつてない規模の軍事演習を行うことがわかっている。幕府の動きによっては、こちらから戦を仕掛けることもありえる」
「幕府軍恐れるに足らず! 奥州軍はさらに強大になった。貴様の策によってな」
優介は前の幕府軍の戦いで浄土宗徒を兵として使ったが、そのときは調練が間に合っていなかった。しかし、それから一年半の間、武士が宗徒に弓矢を教えた。幕府軍に勝った自信と、再び攻めてくるという危機感が、宗徒の武術の上達を早くした。
泰衡が優介が得体のしれぬ物のように見る。
「国民皆兵。妖怪・悪鬼のような策だ。北朝の民すべてを浄土宗徒にすることで、死を恐れない兵に変える。人の命に拘るくせに、民を戦に導いている。優介、貴様の本性は誰よりも非情だ」
「違う! 国民皆兵は戦をするための策じゃない。圧倒的な兵力を見せることで、戦を抑止する。不戦の策だ」
「泰衡よ。優介の話など聞き流せばいい。こやつは只々、面倒くさい男なのだ」
――国民皆兵は兵力を劇的に増やすことができる。だが、負ければ支配階級だけではなく、北朝の民すべてが地上から消える危険性がある。なぜ、それがわからない。
「――それに、戦いはすでに始まっている」
教経が言っている戦いとは、北朝による奥州浄土宗の布教と幕府による弾圧のことだ。幕府は前の戦の反省から、東国に奥州浄土宗が拡がることを許さなかった。
「泰衡、北朝から戦端を開くのだけはやめろ」
「幕府が軍事演習を終えれば、万全の体制で攻めてくる。それを指をくわえて待っていろというのか?」
「俺が軍事演習を成功させない」
「いい加減にしろ! どちらにしても戦が先に延びるだけだ。避けることはできぬ」
「状況を変わるかもしれない。例えば――」
そこで優介は考え込んだ。そして迷いを断ち切るように言った。
「頼朝の死」
教経がギョッとする。
「暗殺する気か」
「――病死や事故死をするかもしれない」
「なんだ、驚かせるな。貴様の願望ではないか」
「人の運命はわからない。泰衡、約束してくれ。軍事演習が失敗に終わったら、北朝から攻めることはないと」
「ふん、いいだろう。だが、どうやるつもりだ?」
「これから考えるさ。だけど、不可能じゃない」
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奥州平泉・伽羅御所の庭
優介が去ると、泰衡は庭木を剪定している老人に話しかけた。
「ご老人、満足されたか」
「そうじゃな。孫娘の元気な姿だけじゃなく、奥州の妖怪も見れたわい」
ご老人と呼ばれた男は手拭いでほっかむりをした北条時政だった。
「優介はご老人と似たことを言っていた」
「軍事演習の失敗、じゃな。大いに結構。互いに動けば混乱も深まろう。さらに間違いが起これば――」
「――頼朝が死ぬ。そうなれば天下は北条に転がり込む」
「いやいや公方が死んでも、すぐに天下は手に入らぬ。手強い御家人が多くてのう」
「北朝が北条家の天下獲りを援けよう」
「見返りは?」
「頼朝の死で十分だ。それで北朝への脅威は去る」
「よし、これで決まりじゃわい。左大臣殿、わしにもう少しやる気を出させてくれんか? 赤子はお金がかかるでのう」
「黄金百両を用意しよう。その和子がご老人の天下人か? 甘やかしすぎないほうがいい。傲慢になる」
――昔の私のようにな。
泰衡はかすかに自嘲した。
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奥州白河・白河本願寺
優介が訪れた白河本願寺は全焼から立ち直り、前以上に堅固な姿になっていた。
「殿ぉ~。早く戻ってきてくだされ」
「開墾と栽培方法の見直しによる収穫量の増加。海産物加工の推進。宗徒の調練を兼ねた街道の整備。さすが晴兵衛内大臣だ。上手くやっている」
優介は内政資料を読みながら感心する。
安倍晴兵衛は内政の成果により内大臣へ昇進していた。
「発案はすべて殿でございまする。殿の才をもってすれば天下など簡単。だから戻ってきてくだされ」
「簡単なことには興味ない。俺は子供時代から難問を解くのが趣味だったんだ」
「難問といいますと?」
「戦無き統一だ」
「ハァ……。勘弁してくだされ。その難問には答えがございませぬ」
「腕のいい物見を何人か俺に回してくれ」
「はい、はい、手配いたしまする――殿、お戻りにならないのなら、新しい法主を立ててくだされ。法主の姿が見えないので宗徒が不安がっております」
「ふさわしい人がまだ見つからないんだ。奥州浄土宗を変なやつに利用されたくないしね」
「利用しているのは殿じゃ……」
「晴兵衛!」
「ああ、忙しい、忙しい。殿、無茶をして死なないでくだされよ」
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奥州・蝦夷の里
吉次に赤子の諭吉を見せて挨拶をした後、優介は富士に向かった。
「流為、見送りはもういい。諭吉と里に戻ってくれ」
「……いっしょに行く」
「諭吉はどうする? 幕府の領内に潜入するんだぞ」
「……私たちの子。弱くない」
「しょうがない。流為は言い出したら聞かないからな」
「……似たもの夫婦」
「そうかなあ」
「……面倒臭い夫婦」
「なんだそれ」
流為はクスクスと笑った。




