1181年6月 九条兼実
平安京郊外・大寺院 宿坊
大勢の子供たちを守るように立つ優介に、吉次が詰問する。
「正気ですか? 早く親元へ返してきなさい」
「親の遺体の傍らで泣いていた子供一人一人と親子の契りを結びました」
「お兄ちゃんが帰らない理由って、みなしごを助けたかったからなのね……」
優介が奥州に帰らない理由がわかり納得するキララに対し、吉次は同情の欠片も見せなかった。
「百人の養子など聞いたことがありません。ここは私が借りている宿坊。勝手は許しません。すぐに追い出しなさい」
「追加で宿坊を借りてください。交渉用の米を子供たちに食べさせたい」
「なっ! 話しがまるで噛み合いませんね。僧兵を呼んで叩き出します」
「吉次さんは、昔、少年の義経様を救った。同じことです」
「まったく違います。義経様には源氏の嫡流としての価値があった。奥州の将来への役立つと考えたから、秀衡様が庇護なさったのです」
「この子たちも同じ。奥州の将来へ貢献できます」
「貴種の血を持たぬ、孤児に何の価値があるというのです!」
「価値を決めるのは、血じゃない! 教育だ!」
「……あなたにはガッカリしました。話しても無駄のようですね」
吉次が僧兵を呼ぼうとするとキララが止めた。
「お兄ちゃんの願いを聞いてくれなきゃ、九条様の屋敷に行かない!」
「何を言い出すのです!」
「踊っていて、ずっと心が苦しかった。でも、子供を助けるためなら、最高のパフォーマンスを見せられる」
敦盛が悲しい目でキララを見つめる。
「それで調子が悪かったのか……。なぜ、僕に言ってくれなかったんだ?」
「アッくんは貴族だからわかってくれないと思って……」
「わがままはそこまでです、狂巫女。大事な米を孤児に使うなど論外。引きずってでも連れて行きます」
「持ってきた米が無駄になるとしても?」
「――敦盛様、どういう意味です?」
「大量の米を秘密裏に京へ持ち込んだことを報告すれば平家一門は必ず怒る。米は没収され、平家への裏切り行為として、陸奥守解官を奏上するかもしれない」
「何を言われます! 我々は利害をともにする仲間ではありませんか」
「だとしたらキララも仲間だ」
吉次が黙り込む。頭の中で様々なケースを考えているのだろう。
しばらくして、重い口を開いた。
「いいでしょう。ただし、この米は秀衡様から公卿を調略するため預かったもの。九条の好意が得られなければ、米はすぐに九条と後白河院に献上します。証拠が無ければ平家もどうすることもできません。私が譲れるのはここまでです」
「やったあ! ありがとうアッくん! 大好き!」
「キララに冷酷な男だと思われたくはないからね。だけど、これからが勝負だよ。九条右大臣は気難しい御方だ。心をつかむのは生半可じゃない」
九条兼実が優介の知っている通りの男なら、敦盛の意見は正しい。
その日から、優介は九条兼実に関する記憶を思い起こすことに専念した。
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平安京・九条兼実邸
数日後、九条邸の庭に優介たちはいた。
この屋敷には、後白河院派でも平家派でもない、貴族たちが集まっていた。中立派とカッコつけてはいるが、いわば様子見派だ。その中心こそがこの館の主、右大臣・九条兼実だった。
キララたちが庭の中心で舞を始める。敦盛の演奏は見事で、キララの踊りも優雅だった。客からは感嘆の声があがり、滑り出しは上々だ。
だが、演目が進み、曲調が激しくなるにつれ、客の反応が好悪にわかれた。九条兼実の顔が見る見るうちに険しくなっていく。隣に座っている若者が髪の毛をクシャクシャにかきむしっていた。
兼実が立ち上がると、喜んで騒いでいた客が静かになった。
「曲を止めよ」
キララたちの動きが止まる。
兼実は隣で髪をクシャクシャにしている若者に聞いた。
「定家よ。どう聴いた。私には蛮族の舞にしか見えぬ」
「言葉に深みがありません。愛や絆と歌っているが、物事の上っ面をなぞっているだけだ。ああああ! 聴いているだけで不快になる!」
あれは、新古今和歌集の藤原定家か! 優介は心の中で感動した。後に「歌聖」「美の鬼」と呼ばれ、後世の歌人から神のようにあがめられる男だ。今は若手の歌人だが、それでもキララが作った詩など、寸評する気すら起こらないだろう。
隣に座っていた、吉次が立ち上がる。
「お待ちください! 他にも舞はございます。キララ、違う舞をお見せしなさい」
「そなたは誰か? なぜ女に指図する」
「藤原陸奥守が家人、吉次と申します。キララは私が奥州から連れてきた女にございますれば――」
兼実が笑みを浮かべて遮った。
「わかったぞ、定家。蛮族の舞に見えるわけが。奥州の蝦夷なら、さもあろう。さもあろう! 汚らわしいのは血だけではなかった。音も詩も汚らわしい」
「はい! 野蛮人の歌など聴いて損をした!」
周りの貴族がどっと笑う。
吉次が拳を握ってうつむく。その身体は怒りに震えていた。
優介は慌てて吉次の袖を抑える。
「蝦夷が汚らわしい血だと……。野蛮なのは蝦夷の地を犯した和人だろうが……」
「吉次さん、落ち着いて! ここで怒ったら終わりです」
「わかっている。だが、私の中に流れる蝦夷の血が、我慢できぬと言っている!」
「わかりました。俺が彼らを黙らせます」
ゆっくりと優介が立ち上がる。
「ハハハハ! 奥州が野蛮と感じるのなら、定家様の歌の才も、噂ほどではなさそうだ。まあ、それも仕方ないこと。平泉の文化は京の百年先を進んでいますから」
「何だと!」
定家は激しく床を叩くと、持っていた盃を優介に向かって投げつけた。




