1190年7月 九条家
平安京・白粉御殿
キララと静御前が住んでいる通称・白粉御殿では、貧民窟出身の少女たちが侍女として忙しく働いていた。ピンクのジャケットにパンタロンを履き、ハート形のサングラスをかけたキララを見て静御前が呆れる。
「何なの、その恰好。馬鹿みたい」
「常に新しい物を出さないと、消費者に飽きられちゃうからね」
「江口の遊里にまで店を出すって本気?」
「遊女は庶民よりお金を持っているし、客の気を引くことを常に考えているから、奇抜な服も喜んで買ってくれる。ちょうど幕府軍が遊んでいるしね。坂東武士から間接的に巻き上げてやるわ!」
「西国平定軍のことね。でも、軍規が厳しくなったらしいから、宛が外れるんじゃなくって。ほら、先鋒として西国に向かった軍、あの御家人なんて――」
「ユーリね。田舎者だから遊び方を知らないのよ――ねえ、アユ! ナミエ! ちょっと、これどうなってるの!」
キララは仕事の遅れを見つけると侍女を呼んで叱りつけた。
「また孤児の名前を変えたの?」
「歌姫のように立派に生まれ変わって欲しいっていう親心よ」
「何よそれ。意味がわからないわ」
シュンとしているアユとナミエを静御前がかばう。
「店を出すことに反対するつもりはないけど、この子たちを働かせすぎじゃないかしら?」
「はぁ!? あたしはみんなを貧民窟から救って職を与えたの! 今はバズって儲かっているけど、この先はわからないじゃん。今のうちにお金を貯めて、この子たちの能力も高めなきゃ。のんびり仕事をしている暇なんてないのよ! シズカならわかるでしょ」
「ええ、わたくしも親に売られてから、師の理不尽な稽古にも耐えて芸を磨いたわ。貧民窟にいる連中は抜け出す努力していないとも思ってた。でもね、キララ。みんながわたくしたちと同じではないのよ」
「そうね。みんなシズカみたいな超絶美人じゃないし、才もないもんね」
「本気で言っているの?」
「――ごめん。だけど、他の方法がわかんないんだもん! しょうがないじゃん!」
キララと静御前の間に無言の時間が流れた。
「シズカ、もうこの話はやめない? 侍女たちが困ってる。最近、定家とデートしてるみたいだけど、九条良経から乗り換えたの? あたしに良経に会うなって言ってたくせに」
「全然、良経様が振り向いてくれないもの。神様も反対みたいだし」
静御前が行った恋の神頼みは京中で噂になっていた。
まず、僧百人を雇い石清水八幡宮で祈祷をさせたところ、三羽の山鳩がやってきて食い合って死んでしまうという怪奇現象が起き、祈祷を止められた。
静御前は諦めず、今度は有名な修験者を雇って上賀茂神社で百日祈祷をさせたところ、神社に落雷があり社殿が焼けそうになった。祈祷していた修験者は神社から叩き出され、雇っていた静御前も上賀茂神社に出禁になった。
それでも、静御前は人目につかない夜に上賀茂神社に参拝し七日祈祷を行った。不屈の恋心である。七日目の夜、静御前の夢枕に神が現れて「この恋は成就しない」と告げた。静御前は夢の中で神に猛抗議したが、神は「頼むから恨まないでくれよ」と何度も言いながら消えていったという。
ようやく、静御前は恋を諦めた。
「恋人じゃないわ。一年間も恋歌をくれたから労っているだけ」
「そうだよね。あんな、うだつのあがらない髪くしゃくしゃ男」
「そんなことないわ! 定家は従四位に上がって左近衛少将になったのよ。これからも出世していくわ」
「へえ。もうすぐ公卿じゃん」
「そうなの! 凄いでしょ! ウフフフ」
静御前は真面目な顔に戻るとキララに言った。
「もう、わたくしに遠慮せずに良経様と付き合っても良くってよ」
「今は仕事が恋人。男に興味無い」
「良経様はずっとキララの商いを支えてくれているじゃない。好いている証拠よ」
「ビジネスパートナーだってば。摂関家に後ろ盾になってもらっている代わりに、儲けの半分は渡してる。だけど、良経は貧民救済に使っちゃうんだよね。あたしは朝廷工作に使えって言ってるのに」
「いいことじゃない?」
「良経は真面目でピュアだからね。でも、九条家は決して盤石じゃない」
「それって、優介の手紙に書いてあったこと?」
キララは厳しい顔でうなずいた。
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優介が京郊外で暮らしていていることをキララが知ったのは昨年の秋だった。法然が良経に話し、良経からキララに伝わった。その後は互いに法然に手紙を託して、連絡を取り合っている。優介からは「ライブに行くよ」、「流為が妊娠した」、「山で面白い人物に会った」など、近況報告ばかりだったが、今春、送られてきた手紙は、文面から優介の緊張が伝わってきた。理由はキララにもわかっている。
後白河法皇の崩御である。
「俺が歴史を変えたことで、法皇の崩御が二年も早まった。もう史実通りに物事は起こらないだろう。しかし、時期は分からなくても先読みできることもある。お前の庇護者の九条家の地位が危うくなる。朝廷内に味方を増やし反対勢力に注意するように、九条様に伝えてくれ」
優介の手紙にはそう書いてあった。
キララは九条兼実に伝えたが、一笑に付された。
関白になってからも兼実の政は後白河法皇に何かにつけ反対され、「無権の執政」「疎遠無双」「半死半死」と日記で自虐していたほどである。崩御により長年の重圧から解き放たれた兼実は、幼帝を輔弼する関白として、遅れてきた春を今まさに楽しもうとしているときだった。
いつもキララの言葉には耳をかたむける良経も、この話には首をかしげた。
「味方を増やすっていっても、九条家は摂関家だ。貴族たちに尊敬されている。父上は故実先例に厳格で違える人を糾弾するけど、それも古き良き時代の朝政を取り戻すためのことだっていうのは、貴族たちもわかっている。横暴で悪政を敷いているというのならともかく、今の父上に敵はいないんじゃないかな。妹の任子も帝の中宮になった。男子を生めば九条家は帝の外戚だ。キララが心配するようなことは何もないよ」
「世の中、良経みたいないい人ばかりじゃないんだって。あたしが納めたお金だけでもいいから、進物を買って貴族たちに配るなり、接待してあげて」
「おかしいよ。悪い人を接待して支持を得るなんて間違っている。政を歪める元だ。だいたい、そういう貴族を一番嫌っていたのが、キララじゃないか」
「そうだけど……」
キララは良経の説得を諦めるしかなかった。
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「こうなったら、あたしが進物を配るしかないじゃん。九条様をよろしくってね。お兄ちゃんも反対勢力の貴族の名前まではわからないっていうし。だから、仕事をしまくらなきゃ。お金はいくらあっても足りないの」
「わたくしも定家に相談してみるわ。でも一人ぐらいわからないものなのかしら」
「反対勢力のトップはわかってる。中納言・土御門通親。こいつが九条家の敵よ」




